第9話 宿発見と名付け あなたの名前は・・・
~~始まりの町 アルヒ 噴水前広場~~
「猫の木漏れ日亭……。ここだな」
トレスさんと別れた俺は大通りを抜けて噴水広場まで戻って来ていた。
それにしても道中いろんなお店があったが看板の文字全てが日本語か英語だった件。文字が読めないと困るってのはわかるけどここはファンタジーの定番、なぜか文字が読める方式にして欲しかったな……。
閑話休題
それにしてもトレスさんにこの宿のこと聞いておいてよかった。完全に風景に同化してるぞ。トレスさんの言う通り結構大きな宿なのにまったく気づかなかった。おかげで噴水広場をグルグルと3周もしてしまった。もし話を聞いてなかったら間違いなく宿だって気づかなかったと思う。
「と、とにかく見つけられたんだから早速入るか」
気を取り直して宿の扉を開ける。チリリ~ンと澄んだベルの音が響いた。こういうのドアベルって言うんだっけ? きれいな音だな。
「いらっしゃいませ! 猫の木漏れ日亭にようこそ!」
そんなことを考えながら奥に進んでいくとカウンターの向こうに座っていた中学生くらいの少女が立ち上がって出迎えてくれた。
「こんにちは。泊まりたいんだけど部屋は空いていますか?」
「宿泊ですね? あの、不躾なんですがこの宿のことはどなたからお聞きになりましたか?」
「? 北門の門番であるトレスさんからですが、あの……?」
「まあ! トレスさんからですか! それでしたら問題ありません。何日お泊りになりますか?」
もしかしてここ紹介が必要だったりするんだろうか……? トレスさんそんなこと一言も言ってなかったけど?
「1泊いくらになりますか?」
「朝食と夕食付きで1泊150G、なしなら1泊100Gです」
なるほど初期資金だと食事付きでぎりぎり6泊できるくらいか。
「召喚モンスターも入れるといくらになりますか?」
「召喚モンスター、ですか? あのそれはどういったものなのでしょうか?」
「え?」
え? 今なんて?
「あの召喚術士って知ってます?」
「召喚術士? ですか?」
「はい。モンスターと契約したり、モンスターを召喚したりできるんですけど……」
「はあ? それは従魔とは違うのですか?」
この反応本当に召喚術士を知らないみたいだな。
……もしかして召喚術士ってこっちの世界でも数が少ないマイナー職業なのか?
この世界の召喚術士の先輩と会える日は遠そうだ。
とはいえ、俺も召喚術士のことはよくわかっていない。でもまあたぶん響きからして従魔も召喚獣も似たようなものだろう!
「ちょっと違いますけど、似たようなものです。部屋は一つでいいのですが食事が一人分増えます」
「それでしたら、200Gで大丈夫です!」
単純に一食分上乗せか。これなら数日は大丈夫だな! ありがたい。
「それじゃあとりあえず1泊お願いします」
「わかりました。それでは200Gになります」
少女にお金を渡し、部屋の鍵を受け取る。
「ありがとう。そうだ俺はシュン! 1泊だけどよろしくな!」
「ご丁寧にありがとうございます。私はラーナといいます。こちらこそよろしくお願いします」
そう言って少女、ラーナは深々と頭を下げた。さっきから思ってたけどラーナって無茶苦茶礼儀正しいな。俺とそう違わないように見えるのに。ちょっと見習おう。
「お部屋は2階の203号室です。ごゆっくりどうぞ」
「どうも」
その言葉に俺はカウンターの隣にある階段を上り、廊下を少し進んだところにある203号室の扉を開いた。
「確かに広くはないけどきれいな部屋だな」
部屋の中にはベッドに小さな机、椅子、棚がおいてある。現実でもこんな感じの宿とかありそうだな。
椅子を引き出して座り、一息つく。
「ふう。さて、まずは名付けをしよう」
なんだかんだ契約してから結構な時間が経ってる。MPもすでに全快してるから呼び出す分には問題ないな。
契約を発動した時のようにアーツに意識を向けることで、自然と召喚のやり方がわかる。
「よしっ。行くぞ……! 召喚!」
部屋の中に魔法陣が広がった。大きさは直径で1メートルくらい。契約の時と比べると半分くらいの大きさだ。
契約の時と同じように魔力を注ぎ安定させる。今回は魔力を限界まで使う必要がないのと魔力を動かすことに多少慣れたためそれほど不安もなく召喚は発動した。
だけどこれ戦闘中に瞬時に召喚とか、かなり練習しないとできなさそうだな。これも今後要練習っと。
頭の中のメモ帳に今後のプランを書き込んでいると、魔法陣の光が収まる。
そこにはゴブリンと同じくらいの背丈の、小さな2本角を額に生やした少女(幼女?)が俺に向かって跪いていた。
「えっ? 女の子?」
あまりの事態に思考が停止する。どうみても女の子に見える。身長は120㎝くらいだろうか? 目を閉じて、顔を俯かせているため、全体はわからないがそれでもかなり整っているように見えた。絹のような美しい漆黒の髪を腰まで伸ばし、雪のように白いその肌を際立たせている。紅葉色の丈が膝までしかない着物と同色の鼻緒が付いた黒い下駄を履き、腰にその背丈に合った刀を履く姿は世の殆どの人間が可憐だと評するだろう。
本当に契約前の面影など欠片もない。あの醜悪顔は、一体どこへ行ってしまったのか?
あまりの事態に呆然と彼女を見ていると、彼女はゆっくりと目を開き顔をこちらに向けた。きれいな桜色の目と、俺の天色の目が交差する。少女の顔が笑みに染まった。
「初めまして、我が君。こうして召喚の栄誉に与れたこと大変嬉しく思います」
「あ、ああ。その君が俺の契約した子で合ってるんだよな?」
「はい。あなた様の慈悲に救われた、愚かな小鬼にございます。これからはあなた様のお役に立つべく、私は私の全てをかけてあなた様の剣となり盾となりましょう」
きれいだがどこか幼さのある声で俺に向かって宣誓すると彼女は再び頭を下げる。
「つきましては私に名を、あなた様から授けていただけないでしょうか」
そこまで言って彼女は黙り込む。
う~ん。なんか想像してたのと様子が全く違うな。なんかもう既に忠誠心Maxです! みたいな感じだ。見た目も角以外は完全に女の子だし。
こんな子連れ歩いて俺、お手手が後ろに回ったりしないよな? な?
そんなことを考えて思わず黙り込んでいると、不安そうにこちらに目を向ける彼女の姿が目に入る。
……まっ、先のことは気にしても仕方ないか。まずは名前を付けてやらなきゃな!
「そうだな……朔夜、サクヤはどうだ?」
「サクヤ……」
「そうだ。俺の世界の言葉でサクは始まりを意味する。そして夜は君のことだ」
「私が夜……」
「ああ。夜は怖れを抱かせるが、同時に安らぎを齎すものだ。今後君が俺のためにすべてをかけるというなら俺は君にそう在って欲しいと思う」
敵に怖れを、味方に安らぎを。
「だからそう在る君の始まりで“サクヤ”だ」
「サクヤ……私の名前、サクヤ……」
俺のその言葉を聞いて、彼女は自身の名を幾度も呟きながら、いつの間にか上げていた顔と瞳に静謐を湛え、祈るように手を合わせ目を閉じる。
その姿はまるで幼子が大切な宝物を大事にその手に握りしめているかのようで……
「我が君」
その言葉に、その音に、その願いに
「その名、その想い、その願い……」
狂おしいほどの思いを込めて、
「賜りましてございます」
言葉を紡いだ。




