金色の紙
始めに目に入ったのは、彼女の髪の毛なのが大半のクラスメイト。残り、とりわけ男子はその胸に目がいった。
金髪美少女とは、彼女のためのあるような言葉だった。
セミロングの艶らかな金髪には、星が3つ連なった様な綺麗な金色の髪飾りが、前髪と左右の横髪をまとめていた。端正な顔立ちは、外国人のようでもあったが、日本人の美人の良い所を、寄せ集めしたみたいで、ハリのある乳白色の肌に、目は、金と水色の砂が瓶の底に沈澱して、太陽に照らされているみたいに、鮮やかに輝いていた。
彼女のスタイルは抜群としかいいようがなかった。服の上からでもそれはわかった。男子の視線は彼女の胸元に惹きつけられてしまった。
でかい。そういう表現がとても良く似合った。その部分だけ、服が張り詰められていて、今にも弾けそうだった。よく漫画の表現でスイカみたいというのがあるが……なるほどなぁ。
「じゃあ、自己紹介をして」
「はい」
流暢な日本語だった。
「アメリカから来ました。ルベル・ギルウェールです。よろしくお願いします」
クラスは静まり帰っていた。それは、転校生が来た時特有の気恥ずかしさではない。まさしくあっけに取られていたのだ。
そんな状況でも、彼女はCAみたいな完璧な微笑みを皆に見せていた。
僕もあっけに取られていた。でも、それは彼女が綺麗だったからじゃない。あまりにも似すぎていたからだ。
もちろん「彼女」は、成長していたとしても、彼女ほどスタイルが良くはないだろう。「彼女」は彼女みたく、髪の毛は金色じゃない。それでも、彼女の顔のパーツは「彼女」と売り二つだった。例えば、双子は似ているものだが、それでもどこか違う。だが、彼女は「彼女」だった。それは説明し難いものだった。少しはずれたたとえだが、彼女達は、まるで駄菓子屋のビー玉のようだった。
「えー、ルベルさんは、親の仕事の都合で日本に来ました。えー、そうだな。何か質問ある人」
とは、言ってもクラスメイトの反応は静かだ。
それはそうだ。
「何?皆緊張しているのか?じゃあ指名するぞ」
やな予感。だが、ちょっと期待。
「レイタ」
僕のこういう予感は本当よく当たる。よーし、やってやるか。
「おーっと……わかりました。あー、男子5番カガミレイタです。よろしく」
しどろもどろ風に言うと、クラスメイト達は軽く吹き出した。空気が少し緩くなった。
「あーっと、僕は、特撮ヒーローが好きなんです。あの、ルベル、さんは、何か趣味とかありますでしょうか」
「私の趣味かぁ……君を見ることかな」
「えっ?」
僕は、半笑いのまま固まった。クラスの空気も固まった。だけど、半分はさっきとは違って、何か期待に満ちた固まり方だった。とりわけ女子は。
ルベルさんは、教卓前から、僕の前までゆっくりとやってきた。そして、意を決したように深呼吸をし、少し俯き気味に手を僕の前に出した。
「レイタくん。好きです。付き合ってください」
「……あ、はは。あーいやいや。アメリカンなあれっすか?」
「…………」
ルベルさんは答えない。
僕は汗が吹き出ていた。さっきまでの僕の頭の中にあったシリアスムードの疑念はどっかに言って、割と混乱状態だった。あー、やっと涼しくなってきていたのになぁぐらいが頭の片隅にでかろうじて思っていた。
膠着状態は永遠に感じられた。僕はしきりに頭をかいて、半笑いしていた。先生も、クラスメイト達も、何も言わず、ただちょっと口角を上げたり下げたりして、僕らを見ていた。
「just kidding」
ルベルさんが、笑顔で顔を上げた。
「は?」
「just kiddingだよ」
あっけに取られる人と、笑い始まる人に別れた。先生は笑った。
「誰か、この単語がわかる人」
カガ先生の問いに、ナカハラさんが笑いを堪えながら手を挙げた。
「『ほんの冗談だよ』です」
「正解です。そうアメリカンな奴です」
ルベルさんがとびきりの笑顔で言った。
クラスメイト達の緊張が解け、安堵の息や、話し出すものが出た。
「ごめんねレイタくん」
ルベルさんは、手を合わせて、待ち合わせに遅れた彼女の謝罪ポーズをとった。
うーん。僕でなかったら惚れてるだろうな。
「いやぁ、アメリカンなやつだったかぁ。残念」
僕は、頭をかきながらなんとかそう言った。
「というわけで、皆」
彼女が手を挙げて言うと、クラスの視線は一気に彼女に戻った。
「ルベル・ギルウェールです。好きなものは、くだらないジョークです。どうぞよろしくお願いします」
クラスの皆はバラバラによろしくと言った。
ルベルさんは、朝の会が終わると、たちまちクラスの皆に囲まれた。彼女が座る窓側の一番後ろの席は正しく転校生にお誂え向きと言えた。
「部活は何やるの?」
「何か英語話せる?」
などと言うベタなものから、
「彼氏とかいるの?」
「スリーサイズいくつ?」
などとなかなか踏み込んだ質問をする陽キャもいた。もちろん女子だ。
僕らは、陰キャなので、囲む人材には属していなかったが、そう言う質問に聞き耳を立ててしまう自分がいた。情けないし、むかつく。
「そ、それはちょっと言えないかな」
声だけで、ルベルさんの頬が赤くなるのがわかった。彼女の態度は完璧だ。慎ましくて、明るくて、ピュアだ。男子達の目線も、かなり特別になっている気がする。まぁ中には、ずっと胸元をチラチラ見ている奴もいるんだろうけど。
なぜ、そう断言できるかって? 僕もそんなことをしてしまう最低な奴だからだ。
そんな僕はというと、
「いやぁ、アメリカンなやつで残念だったな」
「レイタ。ジャストキディング」
と言われ続ける有様だ。言われる度に僕はただ「いやぁ」とか、「ははは」とか、そんな無様な相槌しかできない。
あーうるさいな。わかってるよ。勘弁してくれ。僕だって自分が情けなく動揺していたのはわかってるよ。でも、じゃああの時どう振る舞うのが正解だったっていうんだよー。
「いやぁ、レイタ氏残念でしたな」
キラが僕の肩を揉みながら言う。
「キラ、俺はお前を殴りかねないぞ」
「でもさ、よかったじゃん。冗談でも好きって言ってもらえて」
ソウゴが無難なフォローを入れてきた。でも、
「別にどうでもいいさ。僕が誰かを好きになることはないだろうし」
3人は「やれやれまただ」という目を僕に向けた。少し空気が暗くなってしまった。僕はしょうがないので、
「まあ、向こうがどうしてもっていうなら考えてやらないこともないけど」
と言って、軽い笑いを取った。
気のせいかも知れないけど、その時彼女がこっちを見た気がした。僕が確かめようと彼女の方を向こうとした時、強い風が窓から流れ込んできた。
思わず目を閉じた僕の瞼の上に、小さくて軽い平べったい何かが当たった。僕はすぐに目を開けて、その何かを探した。
金色の紙は、小さなその体を風に任せて、クラスの奥の方へ飛んでいった。僕は立ち上がってその紙を追った。3人はどうしたんだよと言いながら僕の後をついてくる。
扇風機の風に吹かれて、紙はまた軌道を変えた。机とクラスメイトの間を抜け、僕はそれをそっと包むように両手で掴んだ。僕は息を呑んだ。
見覚えがありすぎる紙の形だった。その手触りも。もう何年も前のことだというのに、一気に感触が蘇ってきた。
そうだ。この軽くて見た目の割に乾いたような手触り。僕の記憶の中には『カガリ』によって姿も名前も消えたものもあったけど、それでも、この感触だけは確かなものだった。
僕の尻のあたりが一気に冷えた。不安が一気に溜まった。お腹が冷えたなんてもんじゃない。
「あの」
僕は全身を震わせるほどビビった。振り向くとルベルさんがいた。
「その紙、私のなんだ」
「あ、うん」
僕は平然を装いながら彼女の手にそっと紙を置いた。内心ビビりまくっていた。指だって何時間もペンを握っていた小説家並みに震えていたと思う。
なんで思いもしなかったんだ。彼女を見た時から警戒すべきだった。もし、この紙が意味するものが本当なら。ああ、そんなことあって欲しくないと思うが、彼女は『シビト』だ。そしてもし、僕の最悪の予想が当たるとするなら、僕は彼女に「消される」。
「ありがとう。そういえば、しっかりと自己紹介してなかったよね」
「ルベル・ギルウェールです。よろしくね」
そんなこと言われたって、僕の疑念と不安でいっぱいいっぱいで、上手く反応なんかできなかった。彼女の顔が「彼女」に似ている理由、一番に考えられることが彼女が『シビト』であるということだったはずなのに。
うかつすぎた。この距離では、『カガリ』から逃れることができない。
「……この紙って何なの、ですか?」
僕は出来るだけ笑顔を装って聞いた。だが、呼吸すら肺が緊張してうまくできていなくて、固まった笑顔であるということが自分でもよくわかった。
「うん? いや、ただの紙だけど、レイタくんが欲しいならあげるね」
彼女は、僕の両手手を握って、紙を渡してきた。結構危ない状況なのかも知れないのに、僕は艶々した手の感触にちょっと別の意味でビクッとしてしまった。
「あ、いや、僕は……」
「いいから。さっきはほんとにごめんね」
彼女は、ほんとに申し訳なさそうにした。その姿からは、少なくとも、敵意は感じられなかった。でも、だからといって安心などできやしない。
ゆっくりと、出来るだけ平然を装うんだ。もしかしたら、全ては僕の思い過ごしなのかも知れない。そうであって欲しいと思う。いつも通りを意識だ。
「いや、全然いいんだ。アメリカンな挨拶ってのが体感できてよかったよ。よければキスのほうも欲しいな。なーんてね……」
言った瞬間にしまったと思った。気づけばクラスのほとんどが僕らを見ていた。ルベルさんのすぐ後ろのあいつらは、「うわぁきっしょ」みたいに笑いを浮かべていた。命の危機的状況であっても、この失態は結構キツい。
あーーー! 俺の悪い癖だーーー!! 本日2度目ですはい。
「そうだね」
「え」
ルベルさんがゆっくりと僕に顔を近づけてきた。僕の理性は僕を守るために後退りを命令した。でも、足が醜い思春期の期待を振り切れなくて、その場に止まってしまった。
彼女の顔が僕の目の前に来た。かげった彼女の顔の、目だけがきらきらと輝いていた。彼女の小さく開いたの唇が近づいてくる。僕の半笑いで半開きになっていた唇に神経が集中した。
すっと彼女の顔が右に逸れた。
柔らかい感触が僕の右の頬に触れた。柔らかくて、少し濡れた官能な音を立てた。ねっとりとした温かさが軽く押し付けられた。
彼女の顔がゆっくりと離れていく。唇の感触がなくなるのが、寂しく感じた。まるで元からそこにあったものが、急に別れを告げていなくなるみたいに、寂しいことに感じた。母を求める子供のような我儘な欲求が僕の心に生まれていた。
「「「「きゃー!!!」」」」
女子の黄色い悲鳴で僕は我に返った。
「どうアメリカンな本場のやつは。あ、口の方が良かったかな」
ルベルさんは指を自分の唇に当て、いたずらに微笑む。
クラスの皆の反応は、それはもう大興奮だった。こればかりは、男子も女子も馬鹿みたいに、あの3人でさえ、大興奮だった。童貞でやりたい少年のキヨくんは、顔をわかりやすく真っ赤にして、口をムンクみたいに広げて叫んでいた。
さあ、僕はどう答えればいい? 半ば泣きそうである。
「い、いや。そういうことは、生涯のパートナーとしかしない予定だからさ」
どうだ。即興にしては上手くいったのではなかろうか。
「ふーん。じゃあ、ベロ入れられるように私頑張るね」
またクラスに歓喜の声が上がった。なんなんだこの人は、奇人か? 変人か? 勘弁してくれ。




