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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
綯い交ぜになった心
59/65

第59話

「我は今“幸福”の絶頂期の最中にある」


 木星圏から小惑星帯に航行したクレオールの船内ではヤミンが前線から送られてくる地球への映像に感嘆の声を漏らす。

 傍らにいるヨハンの他に船内には乗組員が見当たる事はない。

 地球に夜の帳が降りても煌々と光り輝く地上の燃える炎は止む事はなかった。


「地球人の不幸が我を幸福の階段へと押し上げてくれる」


「素晴らしい」


「幸福を賭けて競い合う市場原理に勝ち抜き、

 我は資本主義における最後の勝利者となった」


 着席するヤミンの言葉に傍らにいたヨハンの拍手が起こると地球に再びハイドロゲンブレットの閃光が輝く。

 地球が混乱を呼ぶほどにその支配権力は分断され完全に分断化された世界でヤミンは支配権を伸ばそうと画策していた。

 それはかの独裁者達が成し遂げようと挫折してきた夢、地球統一国家及び惑星地球の所有である。


 マルクス共産主義は市場最後の勝利者が国家資本を独占することによって実現する。

 ヤミンは熱烈なる共産主義者であり、真の共産主義を実現する為に地球の資本全てを掌握する計画だったのだ。

 国際通貨の掌握、競争原理の破壊、そして地球全土から収奪したゴールドマインの金塊が彼の夢を実現するのである。


 しかしその道は平坦な物ではなかった、火星軍に地球を侵略させ押し返す事で地球人の団結を諮り。

 地球連邦を設立させる事で合法的な独裁国家が樹立できる目算であった。

 人類共通の敵を作り上げる事で民族融和と団結による全体主義を達成しようと考えたのである。


 ヤミンは夢の実現を間近にして彼の敬愛する師への感謝の言葉を高らかに吠える。


「地球の資本は今全て我が手の内にある!

 今こそ師マルクスの予言を成就させる時が来た!」


「僭越ながら閣下。

 少々火種が大きすぎたような気も致します」


「それでよい。

 人が最も幸福を感じるのは不幸な弱者を見下す時だ。

 鶏小屋の鶏のようなものだ」


 鶏は小屋でまとめて飼ってしまうとその中で最も弱った個体を嬲り殺しにする事で知られている。

 そしてその弱い個体が死んだ場合は2番目に弱った個体を狙って執拗な攻撃を加えて殺害するのだ。

 その為現代の養鶏では一羽一羽をケージに入れて分断して飼うのである。


 ヤミンは既に個別監視のシステムを完成させており実用段階に入っていた。


「新たな生贄となるALWの解析は?」


「残念ながら完全な物ではなく“素材”が必要なようです」


「“差材”を早急に準備させよ。

 大衆には不満解消の為の玩具も必要だからな」


 人類を統治するに当たって最も重要なのは人間の蛮性を如何にして充足させるかと言う点にある。

 ヤミンはALWと言う人類が殺しても罪には問われない人造人間を作り出し、その狩猟を娯楽にしようと用意した。

 差別感情は人類を秩序の元で管理する為には絶対に必要とされる制度だとヤミンは考えていた。

 子供を持った者達が持たない者達を差別するように強固な慣習によって編み出された不寛容の精神は古代の支配者層の考え出した知恵である。


「感情を残した個体も混ぜておけ。

 大衆の嗜虐心もより満たされるだろう」


「殺害に躊躇する恐れがあります」


「躊躇する者を反乱分子として炙り出す。

 知恵のある者は我々だけで良い」


 ヤミンは心理学・人類学・歴史学、果ては脳科学に於けるまで幅広い知識を持って完成された秩序を考案した。


「大衆は豚である。豚に知恵など要らぬ」


 力と知恵、宇宙へ逃避した巨大資本の掠奪、そしてヤミンの千年秩序の元で人類は枷を嵌められ管理される家畜となる。


「神に選ばれた我こそが神の右に座すのだ」 




 メガフロートの打ち上げ施設の施工が完了しつつある中でコウキは各地で起きているTV情報を分析していた。

 人の群れが公共物を打ち壊し制止する兵士を薙ぎ倒していく様相はさながらゾンビ映画である。

 コウキはチャンネルを頻繁に変えながらザッピング視聴を行なう内に気になるNEWSに目を留めた。


『――それでは先日の戦略核衛星の落下。

 地球軍の主導で意図的に行なわれたものと?』


『仰る通り、衛星には核融合弾を満載していたのです』


『条約で禁止されていた物が素通りでした。

 その中核にいたのは航空宇宙軍所属イチブン・タケル少尉』


『軍事法廷での追求は?』


『当時イチブン少尉の搭乗していた機体は、

 オーストラリア空軍の迎撃ミサイルによって撃――』


 宇宙から降下するハレルヤが迎撃ミサイルによって爆散する映像が映し出されコウキはチャンネルを変えた。

 部屋に備え付けられたソファに力なく腰掛け両手で頭を抱え込む。


『ヤミン帝国の使節団がフランスに訪れました。

 我々は真の民主主義革命の訪れと――』


『アンチサイエンス運動の活動家でもある。

 地球共生党の党首が就任演説を――』


『人類にとって危険な科学技術。

 その中でも最も危険なAI規制法案がようやく――』


 コウキはリモコンを大きく振り被ると、旧型の液晶TVに向かってリモコンを投げつけ。

 なおも鳴り響くアナウンサーの音声に向かって蹴りを入れた、液晶TVは粉々に砕け地面へと叩きつけられる。

 全く意味もなければ問題の解決にもならない行為に彼は自省した。


「人間の規制でもやってろ。 nuts head」


 地球で最も人間を殺害している生物は“蚊”であり、その次が“人間”である。

 コウキが手を見ると微かに震えているのが目に入った、まだ何も終わってない内から心を折る訳にはいかない。

 青年はもう一方の手で震える手を抑え込むと部屋から外へ出た。


 屋外では呆れかえるほど青い空の下でEVCの前にしゃがみこんで機体を見上げているヨウコの姿があった。

 海上への落着時に搭乗していたゴスペルは海上に引き上げてコスモポリタン支社に持ち込んである。

 EVCは到る所が破損しているがコクピットスフィアだけはほぼ無傷の状態にあった。


「EVCが珍しいのか?」


「イーブイシー、どういう意味?」


「EVC(Extra Vehicular Combat Unit)

 ……とこっちは俗称だな」


「宇宙人はこんなロボットで戦うんだね」


 コウキはヨウコの言葉に若干不愉快な表情を見せるともう一方の名称を語りだした。


「正式名はEVC(Einstein Vector Carrier)」


「へぇ、日本語ではなんて?」


「“アインシュタインの荷車”」


 アインシュタインは第三次大戦にどのような戦争が起こるのかを問われてこう答えた。

 「第三次世界大戦についてはわかりませんが、第四次大戦ならわかります。石と棒です」

 この予言を聞いた多くの者は人類が第三次世界大戦の核戦争で原始時代まで文明が後退すると考えた。

 だがその実態は第一次宇宙戦争で行なわれている戦闘その物である。


「等速直線運動を行う宇宙空間では、

 石や棒でも慣性によって驚異的な破壊力を生む」


「何でそんな曖昧な言い方したんだ?」


「科学を悪用する人間が信用できなかったからさ。

 こいつはあくまで荷車なんだ、兵器じゃない」


 最もゴスペルは戦闘用に改良されたものでその言い分は苦しい物がある。

 青年は鼻息を吹きコクピットスフィアの制御プログラムを改竄していた事を思い出すと開放信号を送った。

 EVC内に乗り込み端末操作を行なう間に少女も何故かコクピットスフィア内に乗り込み同乗する。


「お前洗ってない犬の臭いがするな」


「お前本当に愛想ないね」


 背後から頭部を叩かれながらコウキは端末内に保存されていたデータをチェックすると容量が増加している事に気付く。

 ファイルを確認するとそこにはデンドロンが死の淵にあって送信したと思われる情報が残っていた。

 ヤミンの本拠地となっていた小惑星の位置を示すデータ、青年はそれを読んで嗚咽を漏らしながら大粒の涙を零す。


「悪い、強く叩き過ぎた?」


「いいさ」


(ありがとうデンドロン)

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