第60話
FCSSコスモポリタンが地球の影から姿を現すと陽光にその身を晒した。
火星軍の所属する旗艦である戦艦ユートピア、戦艦ケルベルス、巡洋艦オーロラ、巡洋艦シルチス。
新造艦となるアルカディアに加え高出力艦載FELを搭載したマリネリスが続き、月面にて待機状態にある。
地球から打ち上げられたロケットから小型宇宙船がコスモポリタンへと接近、艦内へと収容された。
コウキは久方振りに袖を通したパイロットスーツに身を包むと卸し立ての臭いに辟易しながら格納庫に降り立つ。
既に見慣れた者達が集まり、コウキの姿を視野に捉えたハルが歩み寄った。
「ちょっと背が伸びた?」
「そのジョークはつまらないです。コウキ」
格納庫に集まった者達は思い思いの場所に腰掛け、今から戦闘が始まるとは思えないほどにリラックスしていた。
イーリア・メルセデス・チャンドニー・ニコ・リュウ・サリンジャー、そして何故か寛いでいるオッツォ。
訓示を挙げるメナエムは不在のまま挙動不審になるコウキに対してリュウは咳払いを一つ、掌を向け言葉を促した。
「あぁ、すまないが俺は余り気の効いたことは言えない。
しかしまぁ、皆見事なまでにバラバラだな」
「万国博覧会でもやるかァ?」
コウキの言葉を茶化すオッツォの頭をサリンジャーが抑え込むと、再びリョウの咳払いが響いた。
笑いを堪えるニコと今にも余計な発言をしそうなイーリアをチャンドニーがスーツを抓んで止めている。
「この場に思想は意味を持たない。
言語・国家・習俗・慣習、様々な国には様々な多様性がある。
だが、今この場で判断する間はそれは置いて貰う」
この場に居合わせる唯一の地球人であるサリンジャーが片眉を上げると今度は彼がオッツォに制止される。
「ヤミンは人を殺す。俺達も差して変わらないがヤミンは桁が違う。
その上にヤミンは“無自覚な殺人”だ」
「へぇ、それはどういったもの?」
「俺達がトリガーを引く度、重みを感じるだろう。
一人の人間が一人を殺すのは精神的苦痛を伴う。
なら百人で一人を殺せばどうなる?」
コウキの質問の意図が計りかねるイーリアであったが、意図が理解できたのか口を噤んだ。
一人が一人を殺す時よりも百人が一人を殺す際の方が精神的苦痛が和らげられる。
これは言ってみれば人類の特性の一つであり、人間は集団で各々が責任を分散する事によって他人を命を軽く奪えるようになるのだ。
「“間接的な殺人”に罪悪感はないんだ。
それがどのような主義主張の下で行なわれようとも……」
ヤミン帝国による完全に自動化された戦争は加害者の誰もが心の痛まない戦争である。
剣による戦いから銃による戦いに戦場が移り変わった時、死傷者が爆発的に増加したのは死に直接触れないからであった。
これは言ってみれば社会淘汰による殺人にも同等の事が言えるだろう。
血の通っていない社会という名のシステムによる人為淘汰に対して人類は一切の罪悪感を持つ事が出来ない。
「ヤミンは何処までも人を殺す。
俺はヤミンを止める」
この場に多様性は関係が無かった、ヤミンの行動を静止せねばならないと感じたのは共通していたからである。
其処には対話も議論も必要が無いのだ。
「但し、さっき説明した通り、責任は各々が取って貰う。
責任の逃げ道を国家や社会に求めることは出来ない」
「ヒッデー条件」
「この戦闘で何があっても命の保証はしない。
俺が今ここで頭を下げて懇願することもしない」
格納庫に揃ったEVC乗り達はお互いの顔を見合わせながら笑っていた。
コウキは長々と念を押しているが既に皆の意志は決まっており、まるで無意味な話だったからだ。
「それじゃ一応聞いとくぜ?
自由意志による参加を求める、これは強制ではない」
「確かに無意味だったわね」
「全く何を言い出すかと思えば……」
堪らず笑い始めたニコを皮切りに呆れ顔でイーリアが溜息を吐くと、時間を無駄にしたサリンジャーが機体の整備に戻る。
コウキはバラバラに散会した仲間達に取り残されて両手を上げ肩を竦めた。
火星軍の艦艇が前方方向へとFELを照射しつつ約RS・300㎞/sの速度で木星圏へと舵を向けた。
宇宙空間に存在する宇宙塵や原子をレーザーによって弾く事で掃海する、レーザー掃海航法と呼ばれる航行技術だ。
加えて新たに導入されたEMドライブによって極めて長い時間をかけることで推進剤の節約を行なう。
EMドライブは太陽光や余剰電力をマイクロ波に変換する事で光の波が持つ運動エネルギーそのものを推力に変換する。
この運動量は極めて小さなものなので比推力は皆無に等しいが、推進剤を消費しないのが有用である。
「Ve te a la mierda!」
小惑星ケレスでの補給を受けるまでその位置を秘匿する為かヤミン帝国に目立った反応は見られなかった。
デンドロンが手に入れたヤミン帝国の生産施設へと舵を向けた時、ケレスの観測施設からノイズの侵攻を確認。
コスモポリタンから迎撃に向かったオッツォの七声がインパクトマシンガンを両手に連射すると的確にノイズを弾いていく。
『中々どうしてやるもんじゃないか、
手を抜いてたんじゃないだろうな?』
「貰ったカネの分は働くぜ?」
地球から打ち上げたマーチングSSに搭乗したサリンジャーの言葉にオッツォは返答する。
南米のファベーラで生まれ育ったオッツォは盗んだ高級車をディーラーに売り払って火星への渡航費用を得た。
特に宇宙に憧れがあった訳ではなく純粋に金の為である。
資源採掘宇宙船の船員となったが下っ端作業員の生活に嫌気が差して一念発起で火星軍に雇われた。
採掘作業員仲間のウォンとリーは月面作戦時に死亡、月で治療を受けている際に月の女王作戦の事を知り。
コウキからもマイケルについての話も刑務所で聞いていた。
(らしくねぇよな、こんなの)
オッツォにとっては地球だの火星だのはどうでもいい話だったが、マイケルの話については何度も思い返していた。
もしその時その男が犠牲にならなければ自らが死んでいたかもしれない。
他人の力を借りる事を嫌い自由奔放に生きてきたオッツォにとって、命を救われた事は生き恥その物だった。
「借りた借りは返すぜ! 利子は払わねぇけど……」
『こちらコスモポリタン。
航路上にあるEVCは直ちに指定位置に退避せよ』
前面で防衛に当たっていた直掩機がコスモポリンの前面から退避運動を行うとゾルコロイドブレーンの抽出が始まる。
宇宙空間に放出した水分膜を利用する事でこちらへと直進するノイズを罠にかけるのだ。
ゾルコロイドブレーンに無警戒に飛び込んだノイズは進行方向を曲げられあらぬ方向へと飛んでいった。
『コスモポリタンよりデルタ1へ。
前方から巨大な投射物を確認』
「デルタ2了解。デルタ3、ちょっとそこを退いてくれ」
『OK Boss』
前方から巨大な小惑星がコスモポリタンを目掛けて飛来する、マスドライバーによって打ち出された小隕石弾だ。
回避運動を取るコスモポリタンに対して推進剤を噴射する事で追尾運動を行なっている。
サリンジャーのマーチングSSが小隕石弾の前に立ちはだかると強化されたシールドを大きく振り被った。
米国はこれ以上の国民生活の混乱を避ける為に先制核攻撃を行なったヤミンへの降伏を決定した。
政治的判断によって屈服を余儀なくされた祖国に変わってサリンジャーは滞在した折にこの機体を受け取ったのだ。
マーチングSS(スターズ&ストライプス)のシールドがDCアークジェットの閃光を放ち小隕石に放たれる。
「Take Justice Back!」
シールドが小隕石の惑星表面に大きく穴を穿つと大きな地割れを起こし始める。
FELによる光学兵器対策の為に氷を多く含む隕石を選択したのが仇になり、小隕石はそのまま真っ二つに破断した。




