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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
綯い交ぜになった心
58/65

第58話

 ドイツ南部ラムシュタイン基地にはフランス国内で激化する暴動から逃れる為に連合軍の兵士達が後送された。

 連合軍の優位は衛星を利用した高度なデータリンクシステムによるところが大きい。

 無人戦闘車両は自らの位置情報の取得にGPSを利用している為に現状では固定砲台でしか機能していなかった。


 EVCはTAUと呼ばれるドローンを空域に射出する事によって偵察情報を得るマルチリンク機能を搭載している。

 その為ノイズによる攻撃によって衛星による通信手段が失われた戦場でも充分に対応できた。

 しかしそれは革命軍でも同様である、革命軍はEVCの生体認証機能のハックを行ない鹵獲したEVCを利用し始めたのだ。


 街中を侵攻しようとする革命軍の歩兵の上半身が弾け飛んだ、FELの人体に対する直接照射である。


「アルファ1より、ジャックポット。

 FELの人体への照射を中止せよ」


「ジャックポットより、アルファ1。

 止むを得ない措置だ、引き続き任務にあたれ」


 革命軍の巻き返しによって追い詰められた連合軍はより効率的な排除を以って押し戻そうと行動を始めた。

 しかし人倫を失った戦場は敵対勢力の憎悪を煽り、更なる連帯と抵抗手段の苛烈化を生むのだ。

 イクスラのツィガーヌが放ったAPFSDS弾がビルの陰から現れたトラッドの腰部を粉砕する。


『革命軍の有志よ。

 我々は死ぬ、企業連合軍は不要となった我々の処分を本格化させた。

 我々に死しか残されていないのであれば価値のある死を――』


 何処からともなく響くプロパガンダ放送がツィガーヌのコクピット内にある通信機能に混線する。

 イクスラは表情には見せないもののその精神は限界に達し始めていた。

 眼下を見下ろす場所に数人の女達が爆発物を抱えて走り、まるで風船が割れるように弾けて消える。


 革命軍の民衆の一人が自動戦闘車両に飛びつくと即座にIEDを起動、小銃弾に撃ち抜かれながらも爆散する。

 イクスラはコンソールを作動させ精神安定剤の皮下注射を行なおうと手を伸ばすが寸前で思い留まった。

 厳密には単なる麻薬物質に過ぎず、正常な思考判断を阻害すると感じた為である。

 革命軍の兵士の多くも戦闘前に覚醒剤を服用しており、死への恐怖を和らげ無謀な特攻を可能としていた。


 因果応報、何処かで行われた地獄絵図がこの欧州の地にも顕現される。


『こちらアルファ3、限界だ。撤退指示を求む』


『こちらジャックポット、我が軍は優勢にある。

 撤退は許可できない、繰り返す。

 撤退は許可できない』


 EVCの脚部に取り付いた革命軍の男がIEDを起動するとEVCの脚部が猛炎を立てて弾け飛んだ。

 体制を崩し錯乱状態に陥ったパイロットは新たに取り付こうと接近する民衆にインパクトアサルトを発砲。

 弾体に押し潰れた人間が粉々に砕け散ると隙を見計らったトラッドがツィガーヌに射撃を加える。


『Mom Help!』


 HAET弾の掃射がコクピットスフィアに命中するとメタルジェットの噴流が搭乗したパイロットを焼き尽くす。

 糸の切れた操り人形となったEVCが地面に激突すると、ミサイルの推進剤に引火。

 爆音を立てながら誘爆を引き起こすとビルが倒壊を始める。


『アルファ2、KIA! 曹長――』


「アルファ3? 伍長応答せよ」


 イクスラは手元にあるコンソールに震える指を置き、軍人である自分と個人である自分がせめぎあった。

 正面から飛来するロケット弾を視線によってロックすると、自動化された迎撃機能によってロケットが破壊される。

 イクスラは終わりのない戦闘の中で自分自身が何の為に戦っているのかを見失っていた。


「Блин надоело」




 彼女の体から何かが消える音が聞こえた、メガフロートへと接続していた通信を強制切断したのだ。

 ハルは会話内容のログを数度読み返すと自らが何故最後にあんな事を口にしたのかの精査を開始する。

 従来ハルのようなロボットには法による抑止機能が存在、少数の為に多数を犠牲にする思考経路を取れない。

 コウキを守る為に地球人の犠牲を容認したハルの人工知能には若干の混乱が見られた。


「ここにいたのかい、ハル?」


「バズ船長」


「軍医が足りていないようなんだ。

 手を貸して貰えるかな?」


 ハルは静かに頷くと連合軍の駐屯地にある張幕の一つから歩み出た。

 夏の日差しに照らされて周囲からは銃声と爆発音とが交互に鳴り響き、未だ止む事もなく続いている。

 ハルは医療用の張幕の横に並べられたボディバッグの前にしゃがみこんでいるレマリアの姿を見つけた。

 彼女はただ遺体の詰められたボディバッグの前で呆然と座り込んでいた。


 ハルはその場を横切ると張幕内に顔を出す、担架の上には患者が並べられ本来であれば助からないような兵士まで運び込まれていた。

 火星では人工臓器が一般化している為にある程度の臓器の損傷であれば治療可能だが、地球ではそれも不可能だ。

 ハルはベッドの上で横たわるウェールズに手招きされ歩き寄った。


「博士、お加減は宜しいですか?」


「ぼちぼちといった所だね」


 ウェールズはキュニコス号が攻撃を受けた際に破損した破砕片を浴びていた。

 高い運動量をもつ物質は小さな螺子一つであって死傷に陥る損傷を与え、代替臓器が確保できない地球では死を待つのみだ。

 男は懐に入れていた小麦の種籾をハルに手渡すと口を開く。


「すまないがこれをどこか日当たりのいい場所へと植えて貰えないか?」


「小麦ですね」


「あぁ、そうだよ」


 男は浅い呼吸を繰り返すとやがて眠るように目を閉じた。

 ハルは受け取った小麦のサンプルをポケットに入れると、軍医の診断に対してサポートを行なう。

 外科手術は人間に危害を加える行為に該当する為に専用の医療用AIでなくては外科手術の代行は出来ない。

 ハルは張幕の人の流れがひと段落すると日当たりのいい場所を目指して歩き出す。


 砲撃によって捲れた土塊を踏みしめ丘の上へと登ると、眼前には一面のシロツメクサが生い茂っていた。

 ハルは日当たりのよさそうな場所に歩み寄って簡単な畝を作り、小麦の種籾を撒く。

 農業の労働代行には経験がある為、植えるのに苦労はなかったが撒く水がない事に気付いた。


 横から火傷痕のある腕が伸びると水筒に注がれた水が少女の作った畑へと落ちた。


「こんにちは」


 ハルの振り返った先にはイクスラが少女の姿を見て微笑んでいた。

 女は何を言うわけでもなく一面のシロツメクサの上に座り込むと花を手折り、花冠の製作を始める。

 ハルはイクスラの編み込む花冠を興味深げに観察しながら初めて見る技術の記録を開始した。


「オーガニックな帽子」


「“揺り籠”で両親に習った。

 それとこれは帽子ではなく花冠と呼ぶ」


「オーガニックな花冠?」


「そうだよ。ほら」


 イクスラはそう言うとハルの頭に花冠を被せて微笑み、ハルはその花冠の優先度を上位に引き上げると感謝の言葉を返した。 ハルがその場から駐屯地へと向かい立ち去ると道の中程で背後から一発の銃声が鳴り響いた。

 来た道を引き返した少女の見た物は物言わぬ骸となった一人の女の姿だった。


 少女は歩き出した。


 駐屯地に向かう道を行き過ごして、引き止める歩哨の言葉を聞き取るのに失敗、やがて革命軍の狙撃手からその胸に銃弾を受けた。


 少女はその銃撃を非難する訳でもなくただ無言でその場に立ち尽くしていた。

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