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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燃え盛る地球
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第56話

 火星の衛星軌道を周回している小惑星アレスはかつてアレス.Indの所有する小惑星の一つであった。

 地球軍に加担した事から他の火星企業との取引全面禁止という経済制裁を受け破綻、現在では火星軍の所有化にある。

 ヤミン帝国による地球への攻撃は火星軍にとっては不測の事態ではあったものの混乱は見られていない。


 太陽の光に照らし出されて現れたアレスの地表には遠方からでも目視可能なほどの巨大光学兵器が備え付けられていた。

 アレスの開発していた高出力レーザー兵器を火星軍が接収してコスモポリタンが改修を加えた物である。

 通称“アンタレス”と呼称されるこの戦略兵器は万単位の標的に圧倒的熱量をもって粉砕する事を可能とするのだ。


 アレスに寄港したオーロラからドッキングベイへと通路が伸張するとアレス内部に繋がるシャッターに接続される。

 ヴィオラは下士官から受けた敬礼に礼で答えると部下を従え、アレスに存在する作戦本部へと出頭した。


「オーロラ艦長只今出頭しました」


「よく来てくれたヴィオラ准将。

 昇進おめでとう、かけてくれたまえ」


「タイパス少将も御健勝のようで何よりです」


 ヴィオラは室内に既に着席している顔ぶれを見渡すが、見知った顔は見受けられない。

 第一次宇宙戦争から残存している旧式艦はユートピア・ケルベルス・シルチス・オーロラの4隻を遺すのみとなった。

 着席している者の多くは新たに艦を預かる者達ばかりで、その表情からも緊張が窺える。

 ヴィオラは見知ったシルチス艦長タイパスと目が合うと、男は片手を上げて苦笑いした。


「さて、各人との親交は後ほどの楽しみに取っておこう。

 今回……諸君等を直接召集したのは他でもない。

 ヤミン帝国に対する火星の対応についてだ」


 レベリオは政治的な働きかけを行うために火星の地表を走り回っており、今会議に置いては不参加。

 ダンドネルはラグランジュポイントから地球への防衛に向かっている為に不在だった。

 口を開いたタイパスの言葉に一同は息を飲むと室内は緊張に包まれる。


「我々は不干渉を貫く事を決定した」


(矢張りそうなるか……)


 タイパスの言葉に騒然となる士官達の最中、ヴィオラは極めて落ち着いた様相を崩さなかった。

 火星軍の問題はなんといっても人材不足によるその継戦能力の低さにある。

 今現状にある室内の顔ぶれのように人材の層が薄く、宇宙戦闘での死亡率の高さも相まって経験の蓄積が得られない。


「タイパス少将、発言を宜しいでしょうか?」


「構わんよ。私にも青空に雷が奔るような話でね」


「相手はたかが一企業に過ぎないと聞き及んでおります。

 我が軍の敵になるとは到底思えません」


 ヴィオラはその言葉を聴いてコスモポリタンの小憎らしい少年の顔を思い浮かべ無意識に目を細めた。

 彼女が不機嫌になった事を察した周囲の士官達とは裏腹にタイパスは極めてマイペースに返答を行なう。


「そのたかが一企業からの協力により、

 先の大戦では多大な戦果を上げる事が出来た。

 このアレスに建造したアンタレスもその内の一つだ」


「“アンタレス”?」


 小惑星アレスに建造された核融合発電や太陽光発電施設から得られたエネルギーをアンタレスに供給。

 例えヤミン帝国が万単位のEVCを火星の惑星圏内に送り込もうとも接近前に蒸発する事になるだろう。

 火星の防衛能力が完成された事でヤミン帝国の侵攻は充分に防衛可能と判断された。

 タイパスのその言葉に不快な表情を隠さなかったのが親地球派の士官である。


「それでは地球を見捨てると仰るのですか?」


「見捨てるも何も地球は火星の領土でも友好国でもない」


「君には聞いていない。

 地球人を見殺しに出来るのかという話だ!」


「親地球派のブルーはまだ懲りていないようだな。

 先の大戦で……!」


「静粛に!」


 士官の間で言い争うになるのをヴィオラの一喝で場を諌めるとタイパスに対して発言を促す。


「地球は我々の第一の故郷とも言える。

 危機感を覚える者がいるのも無理からぬことだろう。

 だが軍では不可侵条約の締結を優先すべきだと考えている」 


「条約の条文に矛盾しない限りであれば、

 介入は可能であるとお考えですね」


「その通りだ。ヴィオラ准将」


 不可侵条約は自衛権を逸脱する戦力の惑星圏侵入を禁止する条約である、従って地球軍との戦闘を目的としない小規模の戦力であれば派兵は可能であると言えるだろう。

 曖昧な表記はこの事を見越した上でのレベリオの判断であったのか、ヴィオラは地球圏への駐留軍の再編成に名乗りを上げた。




 火星に存在する4つの軌道エレベーターの内の1機に一際異彩を放つ形状を持つ“揺り籠”が存在する。

 軌道エレベーターのアンカー部にはドーナツ状の回転体が備え付けられ遠心力による人工重力を生み出す。

 米国・ロシア・中国がそれぞれの軌道エレベーターを所有しているが“揺り籠”のみは自治行政の管轄下にある。


 コクピットスフィアに採用されている装甲材等はこの“揺り籠”建造時に開発された技術だ。

 火星の住人の多くは幼少期にこの人工重力下で養育されて火星の地表へと送られる。

 子供を家族ではなくコミュニティ全体で養うという構想は子供の貧困化を解決する火星独自の政策だと言えるだろう。


 そしてその基底部に建ち並ぶのはクレイドルと呼ばれている学術都市。

 単純労働はAI機が代行する為に、ほとんどの火星人は学術機関での研究開発を行なっている。

 現在でもレンズサーリング効果を利用した遠心力以外での人工重力発生装置の研究が進められていた。


「スキロス博士は居られますか?」


「はい、哲学科で現在講義中のようです」


 学内に突如現れたメナエムの容姿に受付嬢は目を奪われると呆けた表情で案内板を指し示した。

 メナエムはにこやかに微笑み一言礼を告げると構内を歩きながら哲学の講義が行なわれている部屋へと辿り着いた。

 ドアを開くと講義を受ける生徒は片手で足りるほどで年老いた老人が耳を澄まさなければ聞こえないような声量で講義中であった。


 老人は白髪混じりの眉からちらりとメナエムの姿を捉えると気にする事無く講義を続け、やがて終了した。


「随分と珍しい顔を見たものだ。メナエム・リヴカ」


「スキロス博士。少しお伺いしたい事が……」


「君の言いたい事はわかる。

 ヤミン帝国に我々の関与はない」


 メナエムはスキロス博士に尋ねる用件を先んじて予測され表情には出さないまでも困惑の動作を見せた。


「彼等の宣誓はお聞きになりました?」


「あぁ、我々“宵の会議”の訓戒を口走っておったな。

 だがな、メナエム。我々はそこまで性急ではないよ」


「ではこの件については御存知ですか?

 プロトタイプミンネザングが先の戦場に現れました」


 メナエムのその言葉に今度はスキロス博士が困惑するかに見えたが、さも当然のように鼻息を吹くとメナエムに視線を向ける。

 科学技術の中には現代人の人知を超える物や兵器に転用すれば過大な被害を齎す物が存在した。

 そうした物を早期に発見する事で保護監察下に置く者達が通称“宵の会議”である。


「メナエム、お前は勘違いしておる」


「ミンネザングのRRF装甲は宵の会議の管理下にある筈。

 情報が流出した可能性があるのでは?」


「思考する事を誰にも止める事は出来ぬ。

 我々の管理した技術も何れ公の物となろう」


 パトリア.Indが戦域でのミンネザングの活動や破片を回収して逆解析にかける事で、ある程度の特性は把握できる。

 特にミンネザングのステルス性はRRF装甲と呼ばれる入射した電磁波を屈折させる特殊流体。

 周囲の映像を投影する欺瞞装甲の効果による所が大きい、その複製さえ制御可能であれば真似る事は容易い。


「人の作り出した物を他の者が作れぬとは驕りに過ぎんよ。

 この時の為の教えもお前には教えておいた筈だが?」


「“覚悟”ですね」


「そうだ。哲学とは“覚悟”の学問。

 力 知恵 全ては我々の与り知らぬ所まで高まるだろう。

 何故なら人類は思推をやめる事など不可能だからだ」


「はい」


「どこで始まりどこで終わるのかは定かではない。

 人類の持つあらゆる能力と知恵が均衡化。そして無価値化する。

 それに耐えうるのは唯一つ運命に対する“覚悟”のみなのだ」


 スキロス博士は教壇にある資料を纏めると立ち尽くすメナエムの脇を通り過ぎると、思い出したように振り返った。


「この宇宙の全てを識るには人類には“覚悟”が足りぬ。

 だが、お前の息子は別だな。

 あやつは大した大哲人になるやも知れんぞ」


「彼はヤミンと戦っています」


「ほぉ、そいつは気の毒にな。

 ――ヤミンというのも不運な男だ」


 スキロス博士の真意を測りかねる発言を聞きその場で立ち尽くすメナエムを置いて老人は教室から立ち去った。


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