第42話
月の周囲に纏わり着く夜光虫のように宇宙で白い輝きを放ち、連合軍の軍勢が月へと向かって迫り来る叛乱軍を迎え撃つ。
作戦に参加した連合軍の艦艇は優に9隻を数え、対する叛乱軍の艦艇は3隻に満たない。
しかし、その戦力差であってもセイヴ・ザ・アースの装備する全長3km、重さ1000tにも及ぶ弾体を電磁誘導にて射出する最終兵器。
第一級秘匿兵器“プラネット・イレイサー”の前には無力だった。
オーロラへの艦内通信には先程から叛乱軍のEVC内部から、助けを請う人々の嘆きと懇願の声が鳴り響いている。
AI搭載の無人機に浚った民間人を乗せる事で、セイヴ・ザ・アースへの攻撃を防ごうという魂胆のようだ。
余りにも原始的かつ卑劣な手口に、オーロラの艦長ヴィオラはその表情から憤りを隠せない。
『俺達は兵士じゃないんだ……撃たないでくれぇ!』
「今すぐ通信を切れ! 士気に関わる!」
「で、ですが……」
攻撃を加える為に敵の防衛網を突破しようにも、AI機がカバーに入ってしまう為に民間人による肉の盾は十全に機能していた。
連合軍のEVC部隊は目に見えて士気が落ち始め、セイヴ・ザ・アースの船速は今でも上昇を続けている。
叛乱軍はプラネット・イレイサーによって超高速の弾体を射出する事で月を破砕、その破砕片で地球を爆撃するつもりなのだ。
ともすれば、月ごと地球に落ちかねない馬鹿げた行動に連合軍は一笑に付す者が多く見受けられた。
しかしこの状況になって現物を目にすると、今までの経緯から現実に可能なのではないかという恐怖が込み上げて来る。
場合によっては月が地球の公転軌道から外れ、潮汐力を失う可能性もあるのだ。
「奴等は自殺志願者か何かか!
こんな事をして一体何の意味があると言うのだ!?」
ヴィオラの激昂の言葉に答える者は居ない。だが月を地球への攻撃に利用するという計画は今に始まった事ではない。
過去に米ソで競い合うように行われた月面有人飛行も、核ミサイル基地を月面に建造する計画の一角に過ぎなかった。
宇宙空間に於ける泥沼の軍拡競争を防ぐ為に締結したのが、かの“宇宙条約”であったのだ。
ウェリントンは現状を再確認すると共に目的達成に向かって着実に速度を上げつつ艦艇の中央船室で笑みを零す。
「あの厄介な連中は居ない様だな」
「どれだけ高速だとしても、1ヶ月は懸かる道程です。
我々の勝利は確約された物と見てもいいでしょう」
連合軍に残された唯一のジョーカーは観測不可能なコスモポリタンの機体ミンネザング。
だが、これだけの質量を誇る巨大戦艦であれば、例えモーメンタルランチャーの直撃弾を浴びたとしても微動だにしないであろう。
あの機体が存在しない事で叛乱軍の作戦成功はより確定的な物となる、発射された弾体を逸らせても止める事は不可能。
調子付いたウェリントンは通信回線を開き、連合軍艦艇に演説を始めた。
『私はセイヴ・ザ・アース艦長のウェリントン。
今この場に於いて我々の勝利は確定的な物となった。
傲慢なる地球の破壊者よ、君達は知っているか?』
突如通信に入り込んだ通信にその場に居合わせたEVCパイロット達は皆一様に不快な顔を浮かべた。
『地球の陸地91%が乾燥地となり67%が砂漠化している。
何故か? 総人口の75%がアジアとアフリカ大陸が占め。
今も尚その数を増やし続けている――自省の足りぬ人類が地球を蝕んでいる!』
「運命を前にして目が曇ったか……」
ウェリントンの演説を聞いていたレべリオは哀れみに満ちた目で、モニターに映し出された異貌の戦艦を見つめた。
『我々は聖別されなければならない、選ばれる人類、選ばれぬ人類。
その苦渋の選択を耐え忍び、緑に輝く地球を取り戻さなくてはいけない。
――我々人類の手に再び!』
「何時から地球は人間の物になったと言うの?」
セクエンツィアに乗り込んでいたステラがウェリントンの言葉を聞いて怒気を含む顔付きで眼前の艦艇を睨み付けた。
『地球万歳』
その言葉と共に宇宙には大輪の銀の花が咲いた。
1兆分の1秒という極めて短い時間に高出力のレーザーを当てる事によって相転移空間を作り出す。
其処に粒子が通過するとどのような現象が起こるのか? 粒子は真空帯を一瞬で跳躍、有体に言えば転移する。
コスモポリタンから発進したEVC“レクイエム”が30万㎞離れた位置に漂っている、そしてそれは起こった。
「ルクス・エテルナの命中を確認――再充填まで00:05」
「降伏勧告を待つか?」
「投降を装った自爆攻撃はジュネーブ条約の違反事項です。
EVC遠隔操作の恐れがあります」
「艦艇を先に排除した方が安全策か……」
「充填完了、射角誤差修正、収束率1%――トリガー」
月面での自爆攻撃が逆に叛乱軍を追い詰める、通常ハルのAIに搭載された略式裁判機能によってトリガーにはロックが懸かる。
同乗者であるAIと搭乗員である人間の許可、そして法に照らし合わせた正当性による三重ロックによって、その安全性が確保されているのだ。
ルクス・エテルナの放つ一撃はセイヴ・ザ・アースの装甲表面まで質量を転移、核融合反応を起こしかねない加速度で完全に粉砕せしめた。
放射状に降り注ぐ慣性の乗った破砕片が宙域に撒き散らされると、電磁加速器に固定されていた弾体が脱落する。
月からの衝突コースも外れた為に最早再起不能である事を再確認すると、残存兵力はフリーダムとホライゾンを残すのみとなった。
旗艦から制御を行っていたのかAI機の反応も消失している、コウキはホライゾンをサイトに入れると再度トリガーを引き絞る。
宇宙空間に投げ出されたウェリントンが見た物は、何の前触れもなく爆散するホライゾンの姿。
それはまるで神の御技にしか思えず、ウェリントンは自らの命が亡くなるまでの間、懺悔の言葉を頭の中で繰り返していた。
「フリーダムからモーメンタルランチャーの射出を感知」
「何故、奴等がそんな物を?
迎撃は出来ないのか!?」
「現在充填中です――00:03」
操作不能になった敵EVCの何体かを巻き込み弾芯が月面へと落下、コウキは追撃を阻止する方針を決断するとトリガーを待つ。
後方から追走するコスモポリタンから伸びた送電ケーブルに加えて、マイクロ波送電システムも稼動。
充填が完了した瞬間にトリガーを引き絞るとモニターに表示されていたフリーダムが1秒間の間も置かず四方に爆散する。
僅か13分間での出来事であった。
「終わった」
「終わりました」
「マイケルの奴を殺しちまったかもしれない」
「コウキ」
「今更だと思うか? 親父はこの機体で命を創ったってのに俺は――」
「コウキ!」
突然ハルが大声を張り上げるのを聞いてコウキは慌てて複座席に座る彼女を見ると、何時もと変わらない顔をした少女が居た。
彼は子供の頃から彼女の事を知っている、ある時は妹のようで、ある時は姉のようで、非常識な隣人に困惑した事もある。
それでも彼にとって彼女はロボットの域を出ない存在であり、唯一の家族のような存在でもあった。
「コウキ……人殺しは楽しいですか?」
「ふざけるなよ、楽しい訳ないだろうが!?」
「そうです、私の知るコウキであれば必ずそう答えるでしょう。
では、貴方がウェリントンであったなら?
貴方がファルークであったなら?」
「知るかよ」
「貴方がコウキだからこそ、この力を扱う資格があるのです。
力を扱うのに最も大切なのは知恵でも勇気でもありません。
善き者であろうとする優しさです」
科学技術の進歩は際限なく人の力を高めていく、しかし人間の内面はどう成長したのだろうか?
科学技術が発達しても人間は骨と石を握り締めて戦争を始め、お互いを殺しあう類人猿のままでしかないのではないだろうか?
何も変わらない、原始の本能に逆らう事も出来ず、ただ手に持つ武器が変わっただけに過ぎない。
それこそが“スターチャイルド・プログラム”の要諦。人は過大な力を持つ前に扱うに相応しい精神を養わなくてはならない。
「私はコウキに沢山ご迷惑をおかけしました。
それでもコウキは私に親身になって支えてくれた」
「それは……俺がお前の管理者だからだ」
「はい、それでも私は貴方に“愛情”を感じています」
コウキは思わぬ言葉に何を馬鹿なという表情を見せた、確かにハルには化学反応による感情を再現する機能も着いている。
感情が化学反応で起こる人間も似たようなものかもしれない、だがそれで機械に感情があるとは言えない。
その時不意にコウキはハルが起動したての頃に体のあちこちを壊しては、根気よく修理してやった事を思い出す。
子供ながらに痛そうだと思ったからだ、彼はロボットの痛みにすらも“共感”出来る男だった。
「――マイケルを探しに行こう」
「はい」
彼女もまた彼に“共感”したのかもしれない、プログラムの引き起こした偶然であったとしても今の彼にとっては有り難い事に感じた。
僅かな時間を遡る――マイケルの視界には小さく見える月面を取り囲む連合軍の艦艇を辛うじて見る事が出来た。
眼前のEVCのコンソールを見る限りではUSG製のEVCと余り変わらない操作系のようだ。
セイヴ・ザ・アースの突然の崩壊に好機を得たマイケルは操作系をマニュアルに変更するとフライホイールを利用して反転する。
「クリスマス早々ついてねェぜ……ったく」
マイケルはミンストレルの機体内で愚痴りながらも、FCSのコンソールから武器を確認するが火器は積んでは居ないようだ。
ただ見慣れないモジュールが機体に備え付けられているのを見て全身から嫌な汗が吹き出す。
「Bombッて爆弾だよな?
クソッモジュールの機能をカットできねェ!」
『こちら月面……地より、EV……へ聞こえるか?』
「通信? 周波数は3002……で通るか」
マイケルは機内の通信装置の周波数を操作すると、月面基地の通信手とコンタクトを取り自爆装置の存在を暴露した。
しかし叛乱軍のコントロール下にはない為に起爆の心配は要らない事を伝えると妻子の安否を気遣った。
「自爆装置付きミンストレルからの報告だ。
だが、起爆の心配は今の所無いぜ」
『こちら月面基地了解、今から受け入れ準備を行う』
「少し質問良いか?
ラグランジュポイントのコロニーはどうなった?」
『生存者は現在月面基地の地下シェルターに避難している。
知り合いでも居るのか?』
マイケルは安堵の声を吐くと月面基地の通信から慌しい声を上がる、ミンストレルのレーダー光点にも浮かび上がる質量。
通常の弾体とは違う縦長の弾芯は特徴的なレーダー光点からでも判別する事が出来る。
フリーダムから射出された艦載モーメンタルランチャーが月面基地に向かって降下を始めていたのだ。
連合軍の艦艇から迎撃の弾体が発射されるが、あの距離からでは初速3km/s程度の弾体の到着は間に合わないだろう。
仮に迎撃出来たとしても弾芯は横転するだけで月面基地へ落下するのは避けられない。
相当な相対速度が付いている為に月面基地のシェルターがそれだけの攻撃に耐え切れる保証は無かった。
そしてマイケルに迷う時間など残されても居なかった。
「――させるかよォッ!」
EVCの搭乗経験のある者達が数人居たのだろう、数機のミンストレルが弾芯の射線に割り込むと体当たりを敢行する。
機体を破砕しながらも若干速度を落とした迫り来る弾芯に向かって、マイケルの操縦するミンストレルが拳を大きく振り上げる。
軽作業用のマニュピレーターを利用した、余りにも無謀な格闘攻撃が弾芯目掛けて炸裂する。
「I don’t give a fuck !」
モジュールを手動で起動する事でミンストレルに搭載された腕部の自爆用爆雷が炸裂。
運動エネルギーを得た腕部が弾芯に命中すると大きく基地への衝突コースから外れ、月面へ向かって緩やかに落下した。
マイケルは過大な衝撃を全身に浴び、体から骨の砕ける音を聞いた。
(デビット……)
虚ろな両眼に浮かぶのは一人息子の顔――そして彼の脳裏に浮かぶのは、デビッドが産まれた時にジャスミンの見せた笑顔だった。
(……ママを頼む)
衝突時に頚椎を損傷したのかマイケルは痛みを感じる事無く、その双眸が重く閉じられていく。
男の乗っていたEVCはその銀色の破砕片を静かに撒き散らし、月面基地の上空へとゆっくりと舞い落ちる雪を降らせた。




