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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
叛乱軍の抵抗
40/65

第40話

 空高く聳え立つ摩天楼の足元でスーツに身を包んだ男達が通りを行きかっている。

 1人の男がニューススタンドから今朝の朝刊とコーヒーを受け取ると、備え付けのベンチに腰をかけながら紙面を捲った。

 数ヶ月前であれば火星に対する罵詈雑言で埋め尽くされていた紙面は打って変わって合同軍勝利の吉報が届けられている。


「何々……叛乱軍の自爆攻撃? 丸っきりテロリストだな」


 メディアは民主主義を殺す毒にもなる事は疑いようがないだろう。

 スポンサーの意向に沿った記事のみを掲載するマスコミは容易に民意を捻じ曲げ、妄執が真実であるかのように囃し立てる。

 火星の殺人ロボを揶揄した新聞記事や、脳改造を受けた倫理観の欠如した火星人、肉食獣のような同性愛者が多い等。

 当たらずとも遠からずだが、意図的に歪曲された事実を過去の紙面には書き連ねていたのだ


「俺もEVCに乗ってみたいな」


 しかしそうした紙面も地球軍に兵器を提供した企業に対する懲罰的賠償金を設けた事で鳴りを潜めてきた。

 何故ならそうした新聞記事を書かせていたのは、他でもない軍産複合体であったからだ。

 彼らは得てして戦争が民意や政治で行われるような事を口にするがマスコミのスポンサーは企業、政党に献金するのも企業。

 民主主義の民意などという物は金の力によって容易に動かすことが可能なのである。


 連日のようにTVや新聞で報道されれば、周りに合わせようと簡単に意見を変えてしまうのが民衆という者なのだから。


「おっと」


 男はハンドレスホンの通話をオンにすると、電話口から彼の息子の声が聞こえてきた。


『パパ、クリスマスプレゼントの事なんだけど……』


「あぁ、テディそれならサンタさんにもう頼んであるよ。

 パパの分と一緒にね」


『EVCのプラモだよ! コスモポリタンのミンネザング!』


「えぇっ!? そ、それは火星のEVCだろテディ?

 やっぱりマーチングの方が……」


 彼は弱った風に頭を掻くと電話口でプラモを強請る息子に対して、なだめる様に返事を返した。

 何分EVCのプラモデルは人気商品であり、クリスマス前のホリデーシーズンも重なって生産が間に合わない事態となっている。

 中でも人気が高いのがコスモポリタンのミンネザング、戦艦6隻、艦載機を含めればEVCを100機以上を沈めたEVC。

 実際には彼もミンネザングが欲しかったのだが、何処も品切れ状態で買うに買えなかったのだ。


「あぁ……わかったよ……。

 ママのお手伝いがキチンと出来たらね」


 男はそう言いながら腕時計を眺めると、プラモデルの販売元である企業に直接購入しようと画面を切り替える。

 ようやく休憩を終え、その場から立ち上がると自身の勤務する企業へと足を向けた。


「テクノロジーは悪魔!」


「終末の時は近い! テクノロジーを地球から排斥せよ!」


 途中セントラルパークではアンチサイエンス運動の活動家達が、プラカードを立ててデモを行っている様子が見える。

 かくいう彼も車通勤から地下鉄通勤に変えたり等して、なんとなく自然に貢献した気になっている。

 化石燃料から自然再生エネルギーに切り替え。既にかなりの年月が経っているが、世界の砂漠化の進行は止まる事を知らない。


 力を奪われ政府の家畜になった事には気付かぬ民衆達が、科学の家畜になる事を恐れシュプレヒコールを挙げている。

 日常を生きる地球人の脳裏には漠然とした不安だけが広がり、その不安を払拭する為に闘争を求めているのに違いなかった。




 執務室の一室で一人の女性がデスクに詰まれた書類に目を通す。前任の大統領の後任としてついたエイブラハム女史である。

 彼女は自分に齎された役回りがどのような物であるかを理解できていた、それは前任の致した尻拭いの後始末。

 政府に対する信用を失墜させるのは簡単だが、問題が山積した状態からの信頼回復は容易ではない。

 現に彼女は火星軍の講和に即日応答した事で任期から1年も経たずに支持率は40%を下回る有様であった。


「火星軍に拿捕された民間船の返還?

 麻薬密輸船を返せと火星側と取引をしろと言うのですか?」


「エイブラハム大統領、民衆からのたっての要望で……」


 エイブラハムは大統領補佐官の男を横目で見ると浅い溜息を返す、何が民意かと心の中でそう呟いた。

 大方新聞記事に載っていたアンケート集計か何かの話だろう、そういった物はサンプル数に偏りがあり正直無意味な指標だ。

 火星に目を向ける以前に地球には解決しなければいけない問題が余りにも多過ぎた。


 それは特にオガララ帯水層水位低下から始まる世界規模の水源危機と食糧危機、飛砂によって年々速度を増す砂漠化。

 インド・アフリカの先進国化に伴う人口爆発によって世界人口の半分はアフリカ人が占めている。

 AIによる産業の完全自動化によって路頭にはホームレスが溢れ、アンチサイエンス運動が巻き起こり暴動も度々発生した。


 そのような状況で火星近辺を無断で航行していた、麻薬密輸船の返還要求を行うのが喫緊の課題だというなら救いようがない。


「善処するとでも伝えておきなさい」


「ですよね」


「エイブラハム大統領、前任の国防長官がお見えです」


 エイブラハム大統領は通すように伝えると厳つい顔をした国防長官が、まるで借りてきた猫のように背を丸め部屋に入った。

 彼は火星侵攻作戦にも幾つか携わっており、地球軍の敗退が決定的になった時でも高圧的な態度を崩さない厚顔不遜な男。

 それがこのように沈痛な面持ちで執務室へと入室したので、思わず大統領は補佐官と顔を見合わせた。


「大統領、実はこのような物が諜報部に……」


「オペレーション・ムーン・ミストレス?

 SFの類でしたら、思う存分堪能しましたのでもう結構ですよ」


 そう言いながら大統領は書面を受け取ると流し読みをしながら片眉を上げ、もう一度序文から読み直すと数分後に読了する。

 途端に大統領はデスクの上に両肘を着くと両手で頭を抱えては遂に唸り声を上げ、その様子を見た補佐官が書類を取り上げた。

 国防長官は補佐官が読むのを止めようと駆け寄るが、大統領の手により制止される。


「え? え? まさかこれ本気で実行する訳ではないですよね?」


「なぜ今になって、このような物が出てくるのですか!?

 まさか貴方がたも……!?」


「いえ! そのような事は!

 この書類が発見されたのは、ほんの1時間前の事です。

 隠蔽していた担当者はその場で解雇処分を行い拘束。

 部下からその者の親族に到るまで、背後関係を洗っています」


 大統領はもう結構とばかりに国防長官の声を遮ると、対応手段を考える為に椅子に腰を深く落とし深い推考に入った。

 補佐官は先程から大使館を通してこの事実を各国に伝えるよう要求するが、止めようとする国防長官と議論の応酬となっている。


「増援を月方面へ配備できるよう火星に働きかけなさい」


「ですが、航空宇宙軍の配備には議会の承認が……」


「宇宙海兵隊の出動を大統領権限で発動します。

 任務は連合軍に対する月面への補給活動で良いでしょう」


 宇宙海兵隊は駐留した地域が襲われた場合、正当防衛の範囲内において反撃する事が可能である。

 叛乱軍の艦艇フリーダムが逃亡した事で叛乱軍の計画は最終段階に入り、最早議論をしている段階は過ぎ去ってしまったのだ。




 地球と月との引力が釣り合うラグランジュポイントに浮かぶ、計画の途中で遺棄されてしまったコロニー建設跡地が存在する。

 破棄された理由は太陽から照射される高エネルギーの宇宙線による耐久劣化によるもの。

 絶える事無く降り注ぐ高レベルの宇宙線は外壁に命中すると、数µm程度の僅かな穴を空けスポンジのように劣化させてしまう。

 その為に定期的な塗膜の貼り直し等のメンテナンス業務が必要とされる為に大型コロニーの建設計画は白紙となったのだ。


「マイケル、食事は何処で取る?

 折角重力があるんですもの、外食したいわ」


「あんまり手持ちに余裕はねェんだけど……」


「んもぅ、なら見栄張ってご馳走だなんて言わないでよね」


「ダメダメだね、パパ」


 ステーションの元はコロニーの先端部分となる機軸点を改造された物で、車輪のような形状で外周にリングが通っている。

 この地へと訪れた観光客はさながらハツカネズミのように擬似重力ブロックを歩き回り観光するのだ。

 地球ではメンテナンス費用が膨大な物となる為に、実質火星の企業が出店との引き換えに資金を拠出して修復に充てている。


 マイケルはコスモポリタンの戦列を離れ内勤へと回されており、丁度この日ステーションでの家族サービスに奔走していた。

 彼は肩車をしていた息子のデビットから頭部をペしゃりと軽くはたかれると、溜息を吐きながら店を見て回る。

 宇宙空間を展望できるのは入口にあるエントランスルームのみで、左右には様々な店が軒を連ねていた。


「おッ! これなんか良いんじゃねぇか?

 コスモうどん、火星でも食った事あるぜ」


「火星で食べられる物をわざわざ、ここで食べる必要ないわよ。

 発光するうどんなんて、よく食べられるわね」


「うめェのになァ……ん、何だ?」


 微かな床板の振動を感知してマイケルは思わず声を上げる、EVC乗りであれば嫌でも染み付く癖のようなものだ。

 ステーションの質量を揺らすほどの衝突が起きたとするのであれば、何かしら問題が発生する筈である。


「我々はフッリーヤ!

 我々は傲慢なる欧米諸国に挑戦する!」


 突如エレベーターでリング内に降りてきた男達が手に持った自動小銃を乱射すると、地球から訪れた観光客を威嚇する。

 慌てて家族の手を引きマイケルが身を隠すと、武装集団の方角を観察しながら通信機を取る。

 武装集団はバラクラバを頭から被り目だけを露出している為に顔を窺い知る事が出来ない。

 辛うじてマイケルは1人の男の目の虹彩が青い事に気付いたが、フッリーヤに白人が居るなど終ぞ聞いた事さえなかった。


「下手に逆らわない方が良いかも知れねェ」


「ねぇママ、あの人達、誰?」


「デビットはどうするの?」


 マイケルはテロリスト達が捕まえた観光客達を整列させ、爆弾等を持ち込んでいないのを見て目的が破壊ではない事を確認。

 店舗内の倉庫に妻のジャスミンとデビットを隠すと、物音に気付いたテロリストの1人が歩き寄って来た。

 マイケルはコスモポリタンへの救難信号を発する通信端末をデビットに渡すと、口元に指を当て頭を撫でる。


「少し早いが、クリスマスプレゼントだ。デビット」


 店舗内に入ってきた男の前にマイケルが両手を上げて姿を現すと、小銃を背後から突きつけられ連れ去られていく。

 ジャスミンはその様子を隠れながら、眺めている事しか出来なかった。


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