第37話
叛乱軍の艦艇フォボスとダイモスが火星へ向かって巡航を始めたのに呼応して、コスモポリタンは火星に向けて出航した。
二軍に分けた編成であり、火星圏にはコスモポリタン・巡洋艦キンメリア・戦艦シルチス・戦艦オリンポスが配備される。
4つ存在する軌道エレベーターにそれぞれの艦艇が貼り付き防御体制に移行、コスモポリタンが単独攻撃へと向かう。
艦載EVCはコスモポリタン外壁に備え付けられたガイドポールに予め取り付き、加速による慣性を加えられる。
軌道エレベーターからは、次々に開発されたばかりの新型EVCゴスペルが姿を現し迎撃体制に着く。
敵艦の相対速度はRS・13㎞/sこの頃には叛乱軍の推進剤は尽きかけており、後発の火星軍艦艇に遅れを取る有様であった。
「通電状況、電波状況、推進剤充填確認、可動状況に修正の必要有り」
「プロトコル試行――コレクト」
「コール・ブラボー1……ミンネザングで先行する」
『コスモポリタンよりブラボー1へ。
敵EVC部隊の展開を確認、距離10万㎞』
コスモポリタンの船速がRS・41㎞/s、敵艦の船速がRS・13㎞/sとなるので、これで交差した場合RS・54㎞/sとなる。
敵艦との距離から換算すると、敵EVC部隊とは約30分ほどで会敵するようだ。
宙域には戦艦跨乗を利用する事によって相対速度を稼いだ、火星軍のEVC部隊が十分に距離を取りながら編隊を組む。
しかし今回は防御重視の陣形を組む為にメナエムはコスモポリタンを操舵、ツィゴイネルワイゼンは未出撃だ。
早速、宙域に宙間爆撃と思われる弾体がレーダー光点に映し出されると、質量の大きい物に対してインパクトアサルトを放つ。
弾体が質量に命中する寸前に微かに軌道が逸れ外れると、コウキは慌てて宙域の精密観測を行った。
「ブラボー1よりコスモポリタンへ、気体層を発見」
『こちらでも確認できた、宙域情報を直ちに更新する』
「確認しました。範囲は然程広くはないようです」
宇宙空間に噴射された気体の壁はRS・54㎞/sで飛翔するEVCにとっては非常に危険な物となる。
その気体の層に一度踏み込めば、気体との摩擦熱や機体の急減速によってパイロットが死傷する事も考えられるのだ。
しかし宇宙空間は広大である、叛乱軍の噴射した気体層は所々に点々と存在するだけで大規模な物ではない。
「またあの連中の策か?
ハル、気体層の分布から奴さんの襲撃ポイントを割り出せるか?」
「certainly」
ミンネザングが気体層を回避するように立ち回るのを、ミスパル分隊はおぼろげな熱量観測によって捉えていた。
推進剤を噴出する度に排出される廃熱がしっかりとIR観測装置に写り込んでいる。
策が上手く行った事をチェスは確認すると、フィロソファーへと通信を繋いだ。
「こちらチェス、第一段階は成功したみたいだ。
後は僕に任せてくれ……」
『封殺するには少なすぎる手札だが……』
「相手に選択を強制している時点でこちらの盤上にあるのさ」
EVCの運動は大まかに数えれば前後上下左右の6パターンの機動が可能だが、それは行動が最大限自由であればの動きだ。
最小限の推進によって気体の壁を回避しようと考えるのなら、必ず最適解を得るだろう。
さながらチェス盤のようにモザイク形状で展開した空気の壁は、どのような動きをとっても指定された焦点の幾つかを通過する。
ミンネザングは盤上の駒、チェスは予め3つのポイントを割り出しており、攻撃の準備は事前に整えられていた。
しかしチェスにとっての悲劇なのは、ミンネザングを操作しているのはあのハルだという現実である。
『Oops! コウキ、失敗しました』
『はぁっ!? 時と場所を考えろよ、このポンコツ!』
ミスパル達のモニターからは確認できないが、気体の壁に触れてしまったミンネザングの機体がぐるぐると回転し始める。
コウキが機体を制御しようとアスカロンを稼動させると、まるで千鳥足のような動きで宙域をうろつき何度も壁に接触した。
熱量観測によって捉えられたミンネザングの奇妙な動きに予想が外れたチェスは思わず言葉を失う。
「あれ? こ、この場合は……」
『……普通に好機じゃないか?』
「全機火砲開け!」
僅か数秒の指示の遅れ、これがクローン兵にとっては致命的ミスとなりうる。
何故ならば、彼らは指示を正確にこなすように教育されていても、自発的な判断で行動することは禁じられていたからだ。
結果として起こるのは隙だらけのミンネザングに対する明らかな見逃し行為。
数名のクローン兵が攻撃を仕掛けた物のアスカロンによるプラズマフィールドに阻まれ、まんまと機体を交差されてしまうのだった。
叛乱軍艦艇フォボスの艦長を勤めていたイアンは自分の座する床板が抜け落ち、どこまでも落ちていくような錯覚に囚われた。
先程まで慌しく報告を入れていた観測手は時折口を開いては止め、眼前のモニターを目を皿のようにして眺めている。
こんな筈ではなかったと後悔を重ねても時既に遅し、叛乱軍の前線はほぼ壊滅状態にある。
地球から火星軍へのスパイとして送り込まれた時から彼の人生は安泰であった。
火星という星は知れば知るほどに未発達な未開惑星だと、知る事が出来たからである。
まず国家という枠組みがない。火星を統治しているのは火星最高裁判所による法の抑止のみであり、軍も存在しない。
火星軍というものは志願者により構成される自警団に近い烏合の衆に過ぎなかった、だからこそ油断があった。
「宙域に対し、再度通信を呼びかけよ」
「はい……引き続き通信を呼びかけます」
観測不可能と言われているコスモポリタンのEVC、イアンも実際見るまでに半信半疑ではあった。
艦内の観測機器には一切その姿を見せることなく、友軍機の光点が直線を描いて消滅する事で辛うじて其処に居るのがわかる。
まるでニンジャのように身を潜めながら、一方的にこちらのEVCを刈り取っているのだ。
イアンはミンネザングに対し数度呼びかけを発していたが、答えを発することなく悉く無視されていた。
せめてあの機体さえ居なければと淡い期待を抱いた結果、こちらに組み居るよう説得することも可能ではないかと踏んだからだ。
最早オードは一つ残らず使い潰しアンドロイドも残り少ない、叛乱軍の継戦能力は限界に達していた。
(利に敏い者であれば……)
「応答がありました! 通信入ります」
『こちらコスモポリタンコーポレイトガード、ハルです』
「こちらフォボス艦長、イアンだ。君達と取引をしたい」
イアンは通信に出た声が少女の物だとわかり、若干困惑を覚えたが気を取り直し早速取引を持ちかけた。
すると通信が混線したのか突然ビープ音が鳴り響き、続いて聞こえる少女の声が極めて落ち着いた物に変わった。
「君は現状に不満はないか?
君が我々と共に戦ってくれるのであれば、1000万ドル以上の報酬を約束する」
『……例え話をしましょう』
「ん?」
『ある日、あなたは道を歩いていました。
すると目の前から突如男が歩き寄って、あなたを殴りつけたのです。
あなたは咄嗟に殴り返してしまいました』
「すまない、何が言いたいのか分からない」
『……すると反撃を受けた男はこう言ったのです。
よくも暴力を振るったな訴えてやる』
少女の言葉を聴いたイアンは取引が破綻したのを確信した、通信手が悲鳴を上げ緊急警報が出される。
ミンネザングから投射された弾体は無常にもフォボスの側面からこちらへと向かい直進している、会話中に発射された物であった。
それでもなお少女の声は淡々とフォボスの中央船室に鳴り響き、イアンは悲壮な面持ちで食い下がる。
『“公共の福祉”という言葉があります。公共の福祉を害する存在とは“犯罪者”の事です。
犯罪を犯した者は“人権を制限”されます。近代法の殆どに記述されている一般常識です』
「こ、降伏する! 核を使用したことに対しては、法廷で裁きを受ける!」
『それでは最後の質問です。貴方がたは一人でも合同軍の捕虜を保護しましたか?』
「……そ、それは……」
『国際法でも同じことが言えます。国際法を守らぬものに対しては、法の根拠に基づく扱いを受けません。
自らは不正を行いながら他人の不正を咎める、洒落臭い真似は宇宙では通用しないのです。
失礼、お時間のようです……Take care』
ハルが言葉を切った瞬間。中央船室の壁が弾け飛びモーメンタルランチャーの弾芯がイアンを襲う。
膨れ上がる空気の圧力がダンプに挟まれたかのような衝撃を与え、続いて襲い掛かる音速の破砕片が男達の体を細切れにした。
US-50 ゴスペル
トラッドの後継機として開発途中にあった試作機をコスモポリタンの技術を投入して完成させた機体である。
貫通のインパクトアサルト、質量のインパクトランチャーと使い分けが容易で各種グレネードも揃っている、偵察や弾体を投射するTAU等も4機射出できる。
その特徴は真空に金属粒子を含む水蒸気を噴霧する事でレーダーをかく乱する事が可能なヴェイパーチャフと呼ばれる機能である。
トラッドの汎用性とツィガーヌの拡張性を上手く組み合わせた機体となっている。




