第34話
全方位からの艦隊攻撃によって小惑星メレフは崩壊、基地内部から押収されたデータの回収が行われている。
叛乱軍艦艇は一点集中による強行突破を敢行すると、合同軍の追跡を振り切り逃亡する事に成功した。
しかしレーダーによる捕捉は敵艦艇を捕らえ続けており予断を許さない状況である。
「バートン、マーチングの分析は?」
「んー、ミンストレルに比べリゃマシって所かなぁ。
生存性は悪くないけど、悪くないってだけ」
コウキの声に振り向いたバートンは回収したマーチングの残骸を調べ上げると、幾つかの問題点を指摘した。
四肢のパーツはある程度の互換性が存在するが、スフィアブロックは互換性のない地球のUSG Ind.製のものだ。
「あれと比べるのは流石にUSG Ind.に失礼だぜ」
電流により硬化する流体傾斜、金属粒子を含む水蒸気を入射面から噴射するゾルコロイドブレーン。
電磁波を利用した収束光撹乱、磁性体を逸らす簡易バリアフィールド、フォトニック結晶体と剥離塗膜による伝導熱遮蔽。
質量攻撃を角運動量に変える球体形状、電磁誘導により慣性を軽減する事も可能なリニア駆動。
外周に向かって装甲を飛散するリアクティブ装甲、ありとあらゆる技術がパイロットのサバイバビリティを高める。
対してBCAN Ind.製のEVCは欠片も考慮されておらず、パイロットは殆ど機体の部品の1つという体裁だった。
生存性の向上は継戦能力と再稼働性を高め、戦力を数倍に引き上げる重要な要素だ。
特にオードなどはバートン曰く「水風船でも浮かべた方がマシ」と言わせしめる程度の代物である。
「とりあえず残りのマーチングを改造して互換性を持たせるよ。
それか、地球軍の改修に期待だね」
「二軍合同で開発するって話みたいです」
「あっと、チャンドニーちゃん。
この回路、導通検査して貰える?」
EVCオタクのチャンドニーは連日格納庫に入り浸り、何故かバートンと懇意になっているようだった。
コウキは狐につままれたような顔をすると、今回の作戦で若干無理をし過ぎたミンネザングの整備に向かう。
吹き飛んだ片足を交換した為に色合いのバランスが悪い、機体の足元では周囲を取り囲むように女性陣が集まっている。
「ブートン軍曹は最高です。
チャーシューにされた伍長と再会した時はショックでした」
「……あれは神回」
どうやら精神年齢が同程度らしく、ハルとステラのアニメ談義に花が咲いている様子だ。
イーリアはメルセデスにちょっかいをかけながら歳相応にはしゃいでいる、性癖の補正がなければ実に微笑ましい光景である。
(仕事するか)
「コーキー、サリンジャーさんのお見舞いにいこー?」
「大勢で押しかけても迷惑じゃないか?」
サリンジャーは多大な圧力を受けて毛細血管などから出血していたが、幸い命に別状はなかった。
現在はメリンダが付きっ切りで看病しているので、邪魔になるのではないかというコウキの大人の対応である。
「ほら、薄情者は置いて早く行きましょう?」
「ではミンネザングの整備はお願いします」
「あぁ、よろしく言っておいてくれ」
コウキは手を振って立ち去るハルを見送ると整備作業に向かい、普通はロボットが整備するのではないかと疑問を抱く。
今までもそうだった記憶を思い起こし、その疑念を拭い去ると無心の心で地味な整備作業を続ける。
横目に見るとデンドロンがセクエンツィアの整備を行う合間に電子タバコを咥え一服していた。
「やぁ……何だか君とは仲良くやれそうな気がするね」
「奇遇ですね、俺もそう思います」
天性のぼっち体質であった二人は言葉少なに会話をこなすと黙々と機体の整備作業に追われるのであった。
地球圏にある荒涼たる大地に似つかわしくない、広大な施設面積を持つ研究所が建造されている。
申し訳程度に植林された緑の木々から鳥が飛び立つのを窓から見て、研究所の主任ウェールズは深い溜息を吐いた。
(まさかこんな事になるとは……)
デスクに散乱しているのはタケルという名の少年のデータと比較対照のサンプル、コスモポリタンクルーの経歴。
ヤエジマ コウキ 18歳 過去の太平洋紛争に於いてミンネザングを駆り、多数の被害を齎した傭兵の1人息子である。
だが彼には配偶者の女性は居ない、人工卵子と人工胎盤によって生まれた少年なのだ。
無重力の宇宙空間では精子が上手く泳ぐ事が出来ず、子供が産まれる事はない。
地球人が火星人に差別感情を抱くのも彼等の多くが人工子宮から産まれる存在であり、自然分娩を行わないからだ。
肌の色の違い、脳とAIの違い、天然物と人工物の違い、差別感情とは常に相手の異質さに対する不寛容から発生する。
「所長、イチブンCorp.の方がお見えです」
「あぁ、分かった」
対してイチブン タケル 17歳 は最高の男女を掛け合わせ、自然交配により作り出された言わばサラブレッドである。
イチブンCorp.が望む結果は天然物が人工物に勝利する未来なのだろう、しかし結果は全くの逆であった。
クレアーレ Ind.から一点物の機体、オラトリオを拝借までして行われた実証試験は最終的に無残な結果に終わったのだ。
(どう説明しろというんだ)
彼等が求める答えは何時だってサラブレッドが駄馬を圧倒する歪んだ進化論なのだが、ウェールズは元々乗り気ではなかった。
何故ならサラブレッドはパドックしか走れぬ畸形、自然環境に放つと蹄が割れて生きてはいけない。
時代と環境には流動性がある、正しい環境適者は無数の乱数から発生し人間如きの自由意志が定める物ではない。
コウキは正しく環境適者であった。アンドロイドのような歩く劣化辞書ではなく、その場その場の閃きが他者よりも優れている。
ウェールズは彼がコスモポリタンの入社する際に受けた筆記試験の回答欄を見た。
そこにはただ大きく「要検索」とだけ書かれている、調べれば分かる事を態々覚える必要はないという意味のようだ。
「科学に私情を持ち込む人間の相手というのは、どうにも気を使う物だな」
「……頑張って下さい所長」
とは言え、彼等もビジネスでやっているのだから、遺伝子操作すらされていない駄馬に劣ってましたとは言える訳がなかった。
ウェールズは要点をはぐらかしながらコープの重役を丸め込み、資料から集めた有利なデータだけを引用。
手練手管を駆使して研究費用の継続を獲得すると、内心冷や冷やしながらも披検体に対して悪感情を募らせるのであった。
2500万㎞ほど離れた宙域を航行するコスモポリタン、何かの呪いにかかったのかタケルは大きくくしゃみをすると鼻を啜った。
無重力空間では飛沫が浮遊するので非常に危険である、コウキは慌ててタオルで拭き取るとタケルは頭を下げる。
「船内じゃ水分厳禁な」
「すいません、最近ちょっと風邪気味みたいで……。
熱はないのに、くしゃみばっかり出るんですよ」
タケルは初出撃にオードに不覚を取るという失態を晒し失禁までした事を通信手にばらされ、汚名を雪ぐ為に行動していた。
勿論教えを乞う対象は戦艦どころか小惑星まで無力化したコウキに対してである。
コウキはハルが起動してよちよち歩きの頃から面倒を見てきたが故に、年下に対しては意外に面倒見が良い。
「大体お前さんはビビリ過ぎだ。
今回経験したように宇宙ってのは広くて、短くても数100㎞は離れてる。
敵の攻撃なんて早々当たらない」
「えぇっ? でも、脚部装甲が吹っ飛んじゃいましたよ?」
「EVCの手足なんて消耗品だよ。
スフィアブロックの中心点を打ち抜けば致命的かも知れないが……。
それこそ天文単位の確率になる」
タケルは持ち前の知識を生かして脳内シミュレートすると、確かにそうかもしれないとコウキの言葉に力強く頷いた。
「EVC乗りに大切なのは自分を信じない事だ」
「何だか随分と後ろ向きですね」
「考えても見ろ、数100㎞先にある僅か10mの動く的に手動照準で当てられるか?
コンピューターのサポートをよく聞いて、判断するんだ」
「それじゃパイロットは何の為に乗ってるんですか?」
タケルはコウキの言葉に身を乗り出して詰め寄ると、コウキはEMPによるOSのリブートやバグ対応といった言葉を並べる。
それでも後方からのレーザー通信によって再起動すればいい、タケルは納得のいかない様子を見せた。
「後は“責任”だな」
「“責任”ですか?」
「あぁ、俺はもう既に数万人は殺してるだろう。
俺がトリガーを引いた……俺が“責任”を負って殺した」
「……」
「トリガーを引くのは何時だって“人間”でなくてはならない。
ハルには何も罪はない、あいつは人間の指示に従いサポートするだけなんだ。
人間の都合で起きた戦争責任は“人間”が持つんだ……わかるよな?」
仮にコンピューターの誤作動によって人身事故が起きたからと言って、コンピューターが悪いとは言えない。
そう指示したのは他でもない人間なのだ、タケルはコウキの言葉に静かに頷くと歳の近い筈の青年が異質な者に見えた。




