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ぼくらのコスモポリタン  作者: 01
燃え広がる戦火
29/65

第29話

 月面のダイダロス港では寄港した火星軍の艦艇に対する大規模な修理作業が行われていた。

 EVCは四肢が外されコクピットのあるスフィアブロックのみを残し、破損した部位の大部分は交換のみで修復する。

 宇宙機の装甲材は3000℃まで耐えうる耐熱セラミックと超高分子量ポリエチレン等で成型されており、鉄などの金属は殆ど使用されていない。


 何故なら塑性変形のユゴニオ弾性限界が僅か1.2ギガパスカルしかない鉄は、宇宙空間では紙同然に脆いからである。

 対してセラミックの弾性限界は20ギガパスカルと非常に高い弾性を示しており、宇宙戦闘での装甲材に最適と言える。

 結果としてEVCの総重量は鉄で出来たそれよりも遥かに軽いのだ。


「VASIMRモジュールを倉庫から頼む」


「燃料ペレットをあるだけ載せろ!」


 しかし宇宙艦艇ともなれば修復作業は上手くいかない、船体そのものの質量から生じる応力に耐える剛性が必要なのだ。

 結果として質量が重くなれば推進力が下がり、質量を下げれば剛性が足りないというジレンマに陥る。

 宇宙艦艇のほとんどは比推力可変型プラズマ推進機を利用しており、推進剤の水素電子をプラズマ化して推進に利用する。

 緊急時に利用する核パルス推進などに比べれば、極めて小さな推進力を長時間をかけて行う事で慣性を乗せるのだ。


「この機体は何?」


「地球との技術交換で得た機体、悪く言えば上納品だ」


 イーリアが見覚えのない機体の前に立ち止まると、彼女の疑問にリュウが答えた。

 ロシア製のロマンスは敵の光学観測や熱力反応、電子経路等を精査して発射前に回避するソフトウェアを搭載している。

 完成前にお蔵入りになった物がコスモポリタンに運ばれ、機体と引き換えに完成設計図を提供するという筋書き。


 露系企業 リヴァリューツィア Ind.は米国系企業 USG Ind.に、EVC開発で大きく水を開けられているが故の営業である。


「良ければ君の機体にしようか?」


「あら、良いの?」


「マニュアル操作がスピナルコントロールシステムなんだ。

 コスモポリタンに扱える人間は居ないからね」


 イーリアは両腕を胸の前で組みながら満足そうに鼻息を吹くと、自らの専用機になるロマンスを見上げた。

 不意に一人の少女が彼女の横を通りがかると、イーリアは思わずそちらへと視線を向ける。

 突如現れた美少女に向かって自然と視界が向いてしまうのは、彼女にとっては仕方のない事だ。

 やがて彼女はミンネザングの前に立ち止まると、ハルの興味深げな視線を気にせずに惚けた顔でその機体を見上げた。


「火星軍の方ですか?」


「貴方の機体……?」


「いえ、私はおまけのおまけです」


「……そうなの」


 そういったきりステラは興味なさげに視線を移すと、ミンネザングと見上げ続けている。

 美少女2人の邂逅にイーリアは沸き立つ心を抑えながら、彼女達の居る方角へとフロアを蹴ると2人に声をかけた。

 その時、丁度背部の修理を終えたコウキが声を出すとイーリアに声をかける。


「おっとイーリア丁度良い所に来たな、ディスク」


「んもう!」


「え、何怒ってんの?」


「貴方の機体……?」


「ん、俺はただのおまけだよ」


 ステラは残念そうに肩を下げると、その場から跳ねるようにステップを踏み立ち去る。

 イーリアは腹立ち紛れに工具用ディスクをコウキに投擲すると、受け取ったコウキは慣性によって何処かへと飛んでいった。




 月に存在するコスモポリタンの支部の室内では、伏せの体制で大きく欠伸をするライカとそれを見咎めるモーリーの姿がある。

 中央の席にはメナエムとヴィオラが対面で座り、コスモポリタン側に対しての説得を続けていた。

 済し崩し的に一時は共闘する事となった両者だが、コスモポリタンはあくまで民間企業である。


「では何故、特務艦に対しての妨害を?」


「緊急避難対応ですよ、他者の生命と財産を守るのも正当防衛権の1つです。

 あの時は乗員からの総意を得ての事ですから、表立って戦闘となると……」


「叛乱軍はハイドロゲンブレットでの再度核武装を企て。

 地球への再攻撃を謀っています」


 ヴィオラの言葉を聞いたメナエムは微かに反応を見せると、身に纏う雰囲気が変容する。

 ハイドロゲンブレット――かつてメナエム・リヴカが実用段階にまで携わった第2級秘匿兵器。

 封印の解かれたそれを悪用する者が居るとなっては彼の心中は穏やかな物ではない、しかし搭乗員の多くは一般人である。


「私自身が参加する事については吝かではありません」


「心強い御言葉、感謝に堪えません」


「あと3名ほどの戦列参加は御約束出来ます。

 その内の御1人はイーリア少尉ですが……」


 この内3名とはコウキ・ニコ・イーリアの3名の事である、メナエムが彼等の所属を明示するとヴィオラは満足そうに頷く。

 ツィゴイネルワイゼンのEVC撃墜数はこの時点で50を数え、ミンネザングは4隻もの戦艦を撃沈している。

 言ってみればコスモポリタンの主力2機を丸々手に入れた形となる。


「しかしEMPの代用に核を撃つとは……」


「戦術的な用法の一つ、インターネット等はその為に生まれた物ですから。

 幸い規模の小さな物ばかりでした、除染作業を行えば線量は低下しますよ」


 ハイドロゲンブレットから放たれた中性子線を殆どの機体が浴びる事となった。

 ゾルコロイドブレーンによる放射線の遮蔽によって被曝は最小限に抑えられたが、放射化した物質が大量に発生する。

 火星軍が元の戦力を取り戻すためにはまだまだ時間が必要とされていた。


 一方、月内部にある食堂ではマイケルとテーブルを挟んで、メルセデスとチャンドニーが食事を取っている。


「死ぬかと思っちゃったヨ」


「私もEVCが壊れていくのは見たくないです……」


「何だか、えれェ事になってたみてぇだな、ニコ?」


「オレも居残りしとけば良かったぜ」


 そう言うとニコは食堂に並んでいる食品を掬い上げる、粘性の高いそれに眉をしかめると忌々しげにトレーに叩き付け。

 マイケルはメルセデス達の愚痴を聞き流しながら相槌を打つと、食堂に入ってきたヴィオラの姿を見る。

 チャンドニーはその美貌に思わず溜息を零し、メルセデスは食事の手を止め最近益々だらしなくなってきた尻肉を揉む。


「ミンネザングのパイロットは此処に居られるか?」


「艦長殿、後ろです」


 ヴィオラは背後を振り向くと其処には火星軍のイーリアの後ろを歩く、女性型ロボットと青年の姿があった。

 日本人の容姿はやはり幼く見えるのだろう、ヴィオラは眼前の男が自らを御嬢様呼ばわりした事を根に持っており。

 青年を見た瞬間、その容貌が自分より年下に見えたのでなお一層機嫌を悪くした。


「ミンネザングのパイロット?」


「あぁ、あの時の御嬢さんか……」


「コウキ! この方はオーロラの艦長ヴィオラ少将よ!」


「あれ!? 女艦長さんでしたか……失敬しました」


 コウキの飄々とした態度にイーリアが袖を引いて注意すると、コウキはヴィオラに向かって慌てて一礼した。


「これからも宜しく頼む……少年」


 ヴィオラのさりげない皮肉と共にコウキに握手を求めると、コウキは気付く事無く頭を掻きながら握手で答え。

 コウキの背後にいたハルは所有者のコミュ障っぷりに思わず口元からビープ音を漏らすのであった。


ロマンス


チャストゥーシカの後継機として開発されていたが、予算獲得の目処がたたず頓挫。開発に当たっていたEVC部門も閉鎖。

試作機がコスモポリタンに運び込まれ様々な改修を経て完成に到った。高い運動性能は高精度のプログラムと連動する事で回避力が向上している。

画像認識・電磁波・熱量探査は勿論の事、電子回路の導電経路まで観測して予測回避運動を行う。

FECLやインパクトアサルトといった極めて安定した性能を持つ。


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