第27話
宇宙空間に折り重なるように縺れあったEVCが慣性の波に乗せられ流れていく。
静寂に包まれた暗黒空間に曳航線が煌くと無数の弾体が交差して、音を立てる事無く次々と破壊の光芒を巻き起こす。
火星と地球による戦争は終わった――だが戦いは終わる事はなかった。
「TG・H…TG・P…TG・1A…TG・1N……遅延が発生しています」
「こちらブラボー1! ブラボー2・3、応答せよ!」
「応答ありません。EMPによる混線と思われます。
引く事も勇気ですよ。コウキ」
コウキの目にハイドロゲンブレットが放つプラズマ光が目視できた。
それと同時に機体に大量のエラーログが流れ、コクピット内の被曝線量が跳ね上がる。
宇宙空間では衝撃波を伝える為の空気がないので、核兵器の効果は限定される。
スフィアブロックのゾルコロイドブレーンに含む水素によって、放射線を乱反射させ減衰する為に浴びる線量は少ない。
それと変わって放射される電磁波によるEMP効果は、ECM対策が取られているコスモポリタン機ですらも例外はない。
進行上で交差する多くの機体は抵抗の痕跡も無く、OSのリブート時を狙われた物だった。
「コクピットが無事な者も居る。
戦域から離れるのは敵の主力を無力化してからだ」
「A099より敵機確認 マカームです」
『見つけたぞ、コスモポリタン!』
MPDアークジェットによる加速中、ミンネザングを狙ったマカームのインパクトアサルトが横射される。
ジェットの放つ熱に向かって赤外線ロックオンを行い手動で補正しているようだ。
コウキは慌ててアスカロンの出力を切るとリアクションホイールによって旋回、胸部インパクトマシンガンで反撃する。
「ファルーク! 何故お前が!?」
『その声は……それをお前が言うのかよ! コウキ!』
「弔い合戦のつもりか、もう戦争は終わってるんだぞ?」
『知ったことかよッ!』
ファルークの搭乗するマカームは交差寸前まで、コウキのミンネザングに食い下がり射撃を加え続ける。
交差して遥か遠くまで流れていくマカームを見送ったのも束の間。
もう一機のマカームによる狙撃によって、ミンネザングの肩部を撃ち抜かれた。
慣性を逃す為に脱落する肩部装甲、質量分布が崩れ体勢が乱れるのをハルは瞬時にして修正する。
「ハル! 射線を絞らせるな!」
「了解しました」
ハルは腰部のアスカロンを再稼動すると、出力を調整しながら変則軌道によって敵に照準を絞らせない。
狙撃のタイミングを外されたもう一機のマカームは深追いはせずに、ミンネザングから離れる進路を取った。
其処に接近して来たのは一機の火星軍所属であるUNIT-13、インパクトアサルトを構えながら直接照準でミンネザングを狙う。
『alto!』
「back off!」
オッツォの搭乗するUNIT-13からインパクトガンの弾体が投射される。
コウキは片腕でアスカロンを構えると弾体をプラズマで弾き飛ばし、UNIT-13に無数の弾体を浴びせると宇宙を駆けた。
火星軍総司令が地球との講和条約が結ばれ休戦する時機を同じくして、火星ではクーデターが発生していた。
弱腰のレベリオを国賊として非難すると、一部の艦隊を率いて地球への攻撃を継続しようと企てたのだ。
それと時を同じくして宇宙に展開中の地球軍艦艇の一部は火星からの再三の投降勧告を無視。
皮肉にも二正面作戦を強いられた火星軍は、地球と叛乱軍2つの戦力に挟まれる形となり苦戦を強いられている。
「今の状態で戦線に出るのは危険だ、私の機体から離れるな」
『ブラボー3よりエコー1へ。
ブラボー1は無事ですか?』
「レーザー通信を何度か試みているが……如何せんデブリが多すぎる。
今の時点では把握できない」
『コーキー……』
メルセデスとチャンドニーは敵陣との相対速度をなるだけ合わせ、光学兵装によるサポートに徹する。
時折投射される流れ弾をメナエムのツィゴイネルワイゼンによるTAUが密集陣形によって防護。
コスモポリタンを中心に宇宙の要塞として機能させている。
ニコはツィガーヌを繰りながら敵戦力の弱い部分を的確に分析、リュウ・イーリアと共に戦列を組み応戦していた。
イーリアはかつては友軍であったUNIT-13に銃を向けると、躊躇いを見せる事も無く引き金を引く。
EVCの建造数その物は少ないにも拘らず、この場には全てのEVCが集結しているように見えた。
『まるで蟲毒だな……』
「言葉の意味はわからないけれど、碌な物じゃないと言うのは分かるわアルファ2」
『こちらアルファ1、居残り組はラッキーボーイだな。
俺でもウッカリ死んじまいそうな戦場だぜ――コリャ』
「お祈りの言葉を今の内に考えておかないとね」
すっかりコスモポリタンに馴染んだイーリアがニコに言葉を返すと、接近するレーダー光点に目を向けた。
三次元スクリーンで見る限りでは大した相対速度ではないが、ほとんど動きがないのが余計に不気味に見える。
次の瞬間、機体内の照明が一瞬落ちるとOSがリブートを開始する。
イーリアは舌打ちすると慌てて手動操作に切り替え、接近してくる敵機に照合をかけた。
『アレはパテティック、まだ現存していたのか?』
「アルファ1が知ってるって事は碌な物ではなさそうね」
『アルファ2より各機へ、抛磚引玉だ』
「知らないわよ、そんなの」
『ツィゴイネルワイゼンのTAUは、EMPで無効化出来ないって話さ』
イーリアが友軍の位置を確認するが、ツィゴイネルワイゼンのTAUは停止しているように見える。
通常のTAUは電波通信によって、本体からの指示を受信して動作するように設計されていた。
しかしツィゴイネルワイゼンはレーザー通信のリレーにより、本体の指令を送信する方式を採用している。
3機のツィガーヌはパテティックを誘い込むようにその場で後退、敵は臆する事無く包囲へと入り込んだ。
次の瞬間、TAUは機首を上げCFELによる高出力レーザー照射を浴びせると、パテティックの上半身が融解を始める。
『南無阿弥陀仏』
ニコは経を唱えながらツィガーヌのトリガーを引き絞ると、インパクトアサルトの掃射を浴びたパテティックが弾け飛んだ。
ET パテティック
西側の技術を結集して作られた、EMP・ECCM戦に特化したEVC。
速度的に劣る物の核攻撃による高出力の電磁波を物ともしない防護性能を持つ、巡航モードからの切り替え時に放つ合計4機のTAUレーザーユニットにより敵を囲い込む一撃離脱特化型。
無人機に対抗する為のEMPザッパーを始めとして中継機としても利用可能で電子戦にも対応している。
太平洋紛争時に遭えなく撃墜され現存していない。




