第22話
ゆっくりと自転をしながら時折弾体を投射するアンセム、そのコクピット内でフレデリックは苛立ちを募らせていた。
アンセムに搭載された兵器の1つであるレールガンは多量の廃熱を必要とする為に連射出来ない。
更には反作用を抑える為に逆方向へ推進剤を稼動せねばならず、弾速もたった3km/sしか増えないのだ。
とはいえ、この機体にはその他の長射程投射兵装は搭載されていない為に、その待ち時間を待機する必要がある。
「ふん! ようやく出てきた……メナエム」
『隊長、早く殺っちまおうぜ!』
『どうします隊長?』
「出てこなければ炙り出すまでだ。
ロコ、サルダール、アンセムに火を入れろ……但し深追いはするなよ」
強烈な加速力とGを生み出す核パルス推進装置に火が入ると、3機のアンセムはコスモポリタン目掛けて突撃を始める。
彼等は肉体に血液が低流動を引き起こす溶液を注射しており、激しい高G環境でも意識を失う事がない。
フレデリックは足元から這い上がる不快感に顔を歪ませながら口角を上げた。
フレデリックのアンセムがメナエムのツィゴイネルワイゼンに接近すると双方に通信が入る。
「よぉ、メナエム! 元同僚の誼だ。
苦しないよう、真っ先に殺してやるぜ!」
『まさか……フレデリックか!?』
ツィゴイネルワイゼンのTAUが戦域に展開すると、フレデリックの指揮するアンセム部隊の迎撃にFELを照射する。
アンセムは機体から球状の弾体を発射すると、前方に向かって球体を爆発させた。
円錐上に拡散した弾体の破砕片が慣性を乗せながらTAU目掛けて降り注ぎ、穴を穿ちながら粉砕する。
『死ね死ね死ねぇ――ッ!』
ロコの駆るアンセムがコンバットツールを構えると、がら空きになったツィゴイネルワイゼンに肉薄する。
両者が交差した瞬間、アンセムをいなす様にメナエムが機体を翻すと、ロコの進行方向にTAUが待ち構えていた。
『Cabrán!』
ロコは進路上にあったTAUを回避しようと慌てて機体を急回頭するが、そのままTAUに接触する。
アンセムは激しく回転しながら慣性に乗って直進、ロコは辛うじて機体を立て直すと目標をキュニコス号へ変更した。
その時、キュニコス号のガイドレール上から一機の機体が光条を引いて飛来するとロコの機体へと走る。
「……来たか! 避けろロコ!」
アンセムのレーダーに映る事のないそれは、両腰に備え付けられた剣からMPDアークジェットを噴流を上げ。
赤外線探査による熱反応だけがモニター上で明滅していたが、すぐにその反応は消え失せた。
謎の機体はロコの操縦するアンセムに突進するが、ロコは迫り来る脅威に気付く事無く体勢を立て直す。
両腕に構えたコンバットツール“アスカロン”を振るうと、無常にも搭乗者諸共機体を溶断された。
『ロコ――ッ! た、隊長!?』
「サルダールは戦域から離脱しろ、奴は俺が相手をする」
フレデリックは核パルス推進装置を利用してツィゴイネルワイゼンの攻撃から逃げ切ると目標を変更する。
機体内に乗り込んでいたコウキは、フレデリックの予想外の行動に慌てて機体を立て直す。
コクピット内のOSを開き、キュニコス号から送信されるハルのサポートを受信。
コウキの搭乗するミンネザングとフレデリックのアンセムが会敵距離に入ると、コクピットに通信が入る。
「ようやく会えたな! ミンネザングのパイロット!」
ミンネザングはレーダー波はおろか赤外線から画像認識に到るまで、完全に遮蔽するステルスEVCである。
フレデリックはその事がもたらす意味をよく理解出来ており、ロックオンすら不可能なこの機体の対応も体が覚えていた。
ミンネザングは唯一肉眼のみで確認出来る、フレデリックは迷う事無くアンセムのコクピットを開き無謀な突進を開始する。
アンセムの球状榴弾、オーブスロアーでは致命打を与える事は不可能と判断したフレデリックはコンバットツールを抜く。
続いて手動照準によって威嚇用に投射されたレールガンの弾体がミンネザングに迫る。
ハルの遠隔サポートによってアスカロンの出力を調整、機体はEVCとは思えない不可思議な軌道を描いて回避。
しかしフレデリックに焦りはない、ミンネザングのパイロットであればその程度は造作でもないのだ。
『なんだこいつ? 人違いか?』
「別人? はっ、何にせよこれで決着だ!」
フレデリックは仇敵の搭乗者が別人である事に多少落胆したが、構う事無くミンネザングに剣を振り上げた。
その瞬間、ミンネザングの胸部インパクトマシンガンが火を噴くとアンセムに向かって浴びせられる。
宇宙空間では全長の短い浸徹体は機体を損壊させるほどの効力射にはならない。
更には銃口の向きで飛来物を予測出来るベテランのフレデリックにはそれすらも無為な行為であった。
「What the hell!?」
しかしそれは、フレデリックのアンセムを狙った物ではない。
アンセムが保持していたコンバットツールに銃弾が命中すると剣が脱落、質量分布が崩れた事でアンセムは体勢を崩す。
ミンネザングがすかさず追撃したアスカロンの剣戟を、アンセムは辛うじて回避するとそのまま機体を交差した。
フレデリックは小さく舌打ちしながら核パルス推進装置に火を灯すと月方面へ向かって戦域から飛び去った。
月の軌道上に到着したコスモポリタンは月の公転速度に船速を合わせ、緩やかに公転を繰り返す。
数度逆噴射を行い相対速度は限りなく0に近付け、月の重力によって眼下の宇宙港を目掛けて落下して行く船体。
キュニコス号もドッキングベイから外れると、月の地面に向かって綺麗な着陸を成功させた。
着陸した船体は車両によって軽々と牽引され、格納庫内へと引きこまれるとシャッターが閉じる。
抜かれていた酸素が格納庫内に流入後、気圧が調整されコスモポリタンの船内からニコが月面へと降り立った。
「ようやく着いたな、ホッとしたぜ」
「私達の出番は余りなかったわね。
あの機体のお陰だけど……」
「ツィゴイネルワイゼンかァ? やめとけやめとけ。
あの機体はメナエム艦長ぐらいしか、まともに動かせねェよ」
熱心なスパイであるイーリアが船体から飛び降りると、そんな彼女を茶化す様にマイケルも地面に降り立つ。
ツィゴイネルワイゼンは無数のTAUを、メナエムが独自に作り出した圧縮言語と呼ばれる特殊言語で操作する。
僅かな韻の含み方が無数の意味を持っている為に、常人で理解するには難解すぎる代物である。
「よっと」
「コウキ、不本意な用途で使用されるのは心外です」
やがてコウキがバラスト代わりにハルを横抱きしながら、コスモポリタンから浮遊すると地面へと着陸。
それを追う様にメルセデスが後を追った。
「……随分と仲が良いみたいじゃない?」
「おっと、ついに深窓の御令嬢も男に目覚めたようだぜ、ニコ」
コウキに怪訝そうな表情を向けるイーリアの言葉をマイケルが冷やかすと肘鉄を食らわされる。
マイケルは肘鉄によって壁へと飛んで行くと、イーリアも反作用で逆方向へ飛んでいった。
学習能力のない同僚にニコはやれやれといった表情で両腕を上げると、一同を引き連れて避難民の誘導に参加した。
「daddy!」
「おォ! デビット、ちょっと重くなッたんじゃないか?」
「そのジョークはつまらないねパパ」
避難民の誘導に加わっていたマイケルに向かって、彼の息子であるデビットが走りより足元に飛びついた。
会心のジョークをあっさり流されたマイケルは、手厳しい息子を足から引き剥がす。
そしてデビットを肩車の体勢でマイケルが持ち上げると、ニコが目配せをしながら先に行くように促した。
「悪ィな、お先に失礼」
「またねハルねーちゃん!」
火星への核攻撃によって多数の犠牲者が出たが、大気圧の薄さが功を奏した形となる。
流石に爆心地付近では多大な被害が生まれたが、ドーム等の防護効果もあってか被害の拡散は抑えられた。
しかし、デビットの通う学校は爆心地付近にあり、多数の関係者が犠牲となった。
避難民の移送という大仕事を終えたコスモポリタンのクルー達は皆一様に安堵した表情を見せていた。
WA ミンネザング
EUC Ind.が開発したEVC試作機。TAU射出機能が排除され慣性制御機構を通常より強化、機能は格闘能力のみ。
自機には影響しない独自のEMP発生装置を組み込んでおり、カーボンナノフレークを利用した特殊流体装甲はベンタブラックを超える電磁波吸収率を誇り、事実上外部からの光学観測装置を無効化する。
主な兵装は戦艦前方から入射して背部まで完全貫通する120フィートを超える全長を誇るモーメンタルランチャー。
MPDアークジェットを放射する事でリコイルを無視して敵機を切断する、2基のコンバットツール ”アスカロン”が特徴。
太平洋紛争終了後にコスモポリタンによって、映像認識すらも無効化する改修を受けた。




