(8)
エヴィルは、しまった、見逃していた、と気付いた。
「離れろ時雨君!」
そもそも、いも虫のように、時雨が斬り倒した連中が蠢いているのは、苦しみに、痛さにのたうちまわっているものとばっかり思っていた。
時雨という暴風雨から逃れるためとばかり。それがいつものパターンだったから。
だが、それにしては動きが一定すぎる。
「まるでどこかに移動するかのように」のたうちまわっていたのだ。
加えて、彼女が斬り飛ばした死体。そのパーツが、人と人との間を縫うようにして、少しずつ移動していたことを、エヴィルは失念していた。
その人塊が描く軌跡は――果たして、魔法陣であった。時雨の周りを大きく取り囲むようにして、「人間そのもの」で魔法陣を構築したのだ。あの屍霊術師は。
円の中に、二つの棒。棒と棒の間に三角形。その三角形は――ああ、ああ、時雨が「切り飛ばしたモノ」だったから、もはや何の情けもかける必要がなかったモノだからだったからこそ、気付かなかった。
グロテスクに、足や腕で構成された三角形。
屍霊術師は、足元に転がっている、まだ息をしている冒険者に、勢いよく剣を突きさす。
ガァッ! と咆哮があがる。血が噴き出す。
どこまでも勢いよく吹き出す血。動脈を正確に斬り飛ばしたか。
その血を、まるで絵の具で思い切りキャンバスに弧を描くようにして、空間にひゅっと線を描くようにして、投げかける。
無尽蔵にも思えるほどの血液が、自動的に「人体魔法陣」の上をなぞっていく。
まずい。まずい。まずい。
これは召喚術式だ。
エヴィルの脳内に溜めこまれている、倉庫さながらの知識群の中から、これは高位存在の召喚術の魔法陣であり、生贄として、この「人体魔法陣」は利用された、と、瞬時に見抜く。
あるいは、エヴィルは時雨に「術師を斬れ!」と言うべきだったのでは?
という疑念を抱く読者もおられるかと思われるが、エヴィルが気付いたときにはすでに時遅かったのだ。
もうこうなったら発動される他ない。たとい斬ったとしても、術式は完成し発動への道筋が決定済みであるので、発動される他ないのだ。
あとはこうなったら、「召喚されるモノ」との間合いを取るしかない――エヴィルが判断を下したのは、こういったものだった。
だがそれでさえも、遅かった。
ぶぉ、と、低音が響いた。血の魔法陣が鈍く光る。
次の瞬間、時雨の身体は巨大な両腕に挟まれ、潰され、ぶん、と部屋の片隅まで、勢いよく放り投げられた。




