(6)
屍霊術師は、腕をくっと胸に引き寄せる。
そうすると、その場で採掘していた何十人もの (元)冒険者たちが、一斉に時雨、エヴィル、アークの周りを囲んだ。
大きく分けて、屍霊術師側から攻め入る陣形 (というかひとかたまり)が、三人の前に来る形となり、その他の連中で、三人の左右を、ゆるい形で、逃げる隙間をなくして包囲する。
正面からマス (大きな質量)で押す、その間、じわじわと横から突いていき、戦闘のバランスを崩していく。そういった作戦であることが、時雨とエヴィルはすぐに見てとった。
時雨は構える。
腰を落とし、左腰に備えた黒い刀に手をかけ、じっと相手が攻めてくるのを待つ。
エヴィルはその場でぼけっと突っ立っている。
戦闘における、二人のいつものスタイルである。
相手が来るのを待つ。
さて、協力者であるアーク、懐から何か鉄製のモノを取りだした。
エヴィル、それを見て、きっと武器だろうな、と思ったが、その代物自体を見て、ぎょっとした。
この中世時代にはありえない物だったからだ。
しかし現代の我々は知っている。
銃。
正確には、中折れ式の信号弾射出機、といったところであろうか。現代のリボルバーやセミオートといった複雑な機構は有していない。
当然の話である。そもそもこの時代、火縄銃もフリントロックもマスケットも登場していない時代なのである。それが出現し普及するのは、ずっとずっと先であるとエヴィルは予測している。
が、エヴィルは知っている。
古代魔法文明というのがある。
魔法を、我々の世界の現代で言うところの「科学」にまで高めて、プラチナも霞むほどの繁栄を誇りながら、逆にその強大な力のあまり、自滅してしまった文明があったことを。
その存在は (中世レッズ・エララでは)ほとんど知られていなく、エヴィルレベルの知性がようやくその存在を研究しているくらいのモノなのである。
何故自滅したか。簡単に言えば、各家庭に原発が一基あるような文明だったからであった。ここまで書けばあとは読者の方々には、「そりゃ崩壊するわ」と納得していただけるであろう。時代が時代だし。
が、自滅した文明とはいえ、その技術は、中世レッズ・エララにおいては、明らかにオーバーテクノロジーであった。
その代表格が、この銃である。いわば、魔法弾射出機。
「すげえもん持ってるじゃないか、お前」
「といわれても、何で私がこれ持ってるか、忘れてしまったんですけどね。というか、エヴィルさん、これの使い方とかさえも知ってるんですね~」
「天才だからな。しかし、それは実戦的に『使える』。どんな弾が使える?」
「村の魔法使いさんに、いくつかの弾にそれぞれひとつづつ魔法を込めてもらっているであります。攻撃系のはないでありますが……」
「ちょっと見せてみな」
が、そんな呑気な会話を交わしているうちに、三人に向かって群衆は勢いよく襲いかかってくる。
「うぐぐぐぐぁぁあ……ああー!」
「ぎぎぎぎぎ……」
みたいな得体のしれないうめき声をあげながら襲いかかってくるものだからスプラッタである。ホラーである。
何しろ相手は屍霊術師、人道に外れた魔術でもって己が欲望を叶える人種であるからして。
が、それに相対する剣聖、微塵も揺るぐことなく。
ふっ、
と姿を時雨は消す。
次の瞬間。
時雨の姿がひるがえり、斬撃の軌跡が弧を描いたと同時に、幾人もの「人形」たちが、音を立てて崩れていく。
ぐぇ、とか、ぎゃっ、とか、そういった声をたてながら、時雨の峰打ちは続く。
まるで旋回する刃物、あるいは転がる断頭台、はたまた剃刀付きの台風、連続する殴打、圧倒的な機動力と手数の多さでもって、時雨は敵の群れをことごとく沈めていった。
時折血が混じるのは御愛嬌。それくらいの傷は負ってもらわないと、打ち倒したことにならない。
また、最初から「死体」であることが確認出来ている場合には、遠慮なく首を飛ばす。胴をかっ捌く。腕を、足を、戦闘不能にするため、丸太切りの要領ですぱすぱと。
そんなに簡単に人体って切れるものなのか、と、凡夫からすれば慨嘆極まりないのだが、これこそが剣聖の技量であり、かつ人斬りお嬢たる面目躍如である。
「ずいぶん……余裕のよう……ねっ!」
業を煮やした屍霊術師、指を「くっ!」と上方に向け、時雨に対して、「肉で圧する」が如く、人を重ねていく。
が。
時雨、そのアクションを見たあたりから、ぶつぶつマントラを唱えはじめる。
「奇々機械当機会、機会応時情。 (きききかいまさにきかいとす、きかいおうじるときのなさけに) 情即人仁如、然非花鳥風月如。乎ッ! (なさけすなわちひとのじんのごとくして、しかれどもかちょうふうげつのごとくにあらざる。カッ!)」
漢詩、というには余りに破格。
七文字=「律」と五文字=「破」といった、詩形のパーツを組み合わせた、しかし内容がイマイチ判然としないマントラ。
だが時雨には理解が出来ているのだ。
言葉のリズムでもって集中する。
不条理な詩吟でもって集中する。
「……秘剣、型之壱 (かたのいち)、『時計仕掛け』 (Clock-works)ッ!」
浴びせかけられ、押しつぶされようとされていた時雨。
しかして彼女の剣戟は、無数の連打でもって……無数? それは余りにも、手数が多すぎて、無数、というほどの表現しか見当たらない。
それほどの速さでもって、それほどの正確さでもって、相手共の急所を射ぬく、射ぬく、射ぬく、射ぬく、射ぬく。
時計仕掛けのように正確に、しっかりと刻みきった――肉体を、そして相手の心胆を。
事ここに至って、目の前の少女の剣の腕が、冷や汗が、脂汗が滲んでくるほどに、研ぎ澄まされていることに、屍霊術師は気付くのであった。
それでも時雨は本気を出していない、ということに、冷静な(あの賊とは違い、こちらこそ本当に冷静、といえる)屍霊術師は、「切り札」を切りだすことを躊躇いなく決断した。
それくらい、実際のところ、差し迫っていた。




