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3チーズ目:ロイドの願い


 モルラット達の断末魔と共に、僕の視界は真っ暗になった。

ところが、身体が全く痛くない。どうやらこの岩盤には、くぼみがあったらしく、それが僕の身体をガードしてくれたみたいだ。

しかし、落ちてきた衝撃は想像以上に激しく、すぐに僕は気絶した。





 ピチュピチュと何かに頬を舐められる感覚がして、僕は目を覚ました。するとそこには、かばに毛を生やしたような変な生物が僕を見つめていた。

 驚いて立ち上がり、辺りを見渡すと、そこは見渡す限りの草原が広がっていた。変な生物も数百匹の群れで草を食んでいる。先ほどまで洞窟にいたはずなのに、なぜこんな場所にいるのだろう。隣で気絶している兵士を起こして回ると、その中には、スティックもアランも、キップ隊長もいた。

 すっかり額から流れる血も止まったアランは、横で鳴いている変な生物を見て表情を曇らせた。

 「……ムクリナじゃないか、何でこんなところに」

 「え?この変な生物…が、ムクリナ?」

アランは頷くと、隣で爆睡しているスティックを見て立ち上がった。

 「昔図鑑で見たことがある、間違いなくこの生物はムクリナだ。大人しい気性に珍しいものを見るとすぐ舐める…」

アランはあたりを見渡すと、驚いた表情でもう一度ムクリナを見た。

 「見渡す限りの草原にムクリナ…先ほどまで森の洞窟にいたのに…なんで…」

僕は青い空を見上げた。すると、何か黒い影がこちらに向かってくるのが見えた。

 「アランさん、あれ。何ですか?」

 「…ロイド」

アランは自分の言った事が信じられないとばかりに、口を押さえる仕草をした。しかし、間違っていないことに気付くと、顎に手をあてて

「それにしても──洞窟からシャローナ草原に一瞬で飛んでくるとは…」

と、呟いた。

それを聞いて、周りの兵士達が騒ぎ始めた。キップ隊長が必死で収集をつけようとしている。

 「冗談じゃない!今俺達の中で、充分に戦える奴がどれだけいると──」

 「…いるさ」

キップ隊長は、青い瞳でアランを見据えた。

 「…アラン、兵士も私もスティックも、先ほどの洞窟での戦いで体力を消耗しすぎた。だから、隅の方で気絶していた君でしか、ロイドと戦えるものはいないんだ、辛いだろうが…頼む」

 「わかってます隊長。俺はまだまだいけますよ」

アランは徐々に大きくなってくる影を見上げた。次に、キップ隊長は僕を見た。

 「ユウキ。お前もまだ行けるだろう。アランの護衛をしろ」

 「あ…ハイ!」

ムクリナは飛んでくる影をようやく察知して、一斉に移動をし始めた。アランと僕は座り込んでいる隊の前程に立った。僕は何故かワクワクしていた。森といい、洞窟といい、何かとキップ隊長に止められて、中々自分の実力の判断をしかねていたからだ。

指をならすと、隣のアランに話しかける。

 「あれ、ほんとにロイドで間違いないですか?」

 「…あぁ、少し生えたとさかに、目の周りの赤と黒の模様。ガルバンよりは小さな体。ロイドに間違いない」

アランはそう答えると僕を睨んだ。

 「くれぐれも、足を引っ張るなよ新入り!」

 「分かってます」

影が大きくなった、と思ったその瞬間、僕とアランの間を物凄い速さで何かが駆け抜けていった、直後にブオン、という音共に、強い風が吹きぬけて、僕は思わず尻餅をついた。

 「み、見えなかった…」

飛び回る影を必死で目で追うが、中々その姿は見つからない。

 「当たり前だ。ロイドの特徴はその恐るべき瞬発力。お前の能力では勝てない。だが安心しろ!」

アランはそう言うと静かに目を閉じた。すると僕はまた妙な感覚にとらわれた。アランの身体が、やはり光り始めたのだ。

 「アランさん──」

 思わずとめようと立ち上がったその瞬間。激しい音をさせながら、渦を巻いて、立つ巻きの様な風が吹き荒れた。思わず草原にへばりつく。身体に突き刺さるような暴風は、僕の体の毛という毛を揺らしまくった。

 「さぁ来い…!」

目を凝らしてみると、激しく吹き荒れる風の中心に立っているのはアランだった。ロイドは、空中でしばらく様子を見ていたが、すぐにアランめがけてその鋭い口ばし突き出し、一気に急降下した。

 「あぶな──」

急いで草原の地面にはいつくばりながら、風を巻き起こすアランに近づいていく。頭上を見上げると、ロイドは羽をばたばたを動かしているが、何かの気流によって動けなくなっていた。キィキィとわめき声を上げている。

 「すごい…」

僕は思わず歓喜の声を漏らした。しかし、次の瞬間。目の前の巨大鳥は目をギラつかせると、羽を激しく動かして周りの気流を追い払ってしまった。さらに突発的な速さでアランの目の前に現れると、その口ばしでアランの身体を貫いた。

 「グアッ…!」

 「…!!」

ロイドは素早く突き刺さった口ばしを抜くと、また遥か上空へと舞い上がってしまった。草原の真ん中で、血が止まらない腹を押さえながら、アランは苦しそうに僕を見た。

 「ユウキ…こっちへ…来い」

 「え」

 アランは、僕が来たのを確認すると、自らの手に風を集め始めた。先ほどまでの、草原の真ん中の草を吹き飛ばすような、激流が、手の周りに集約されていく。渦をまきながら、円のような形になった風。そしてアランは空を見上げて呟いた。

 「発射砲だ──お前、空に打ち出される勇気があるよな?」

 「発射砲?」

アランが立ち上がると、腹から流れ出る血がボタボタと地面に落ちた。それを見て、僕は息を飲んだ。普通これだけの怪我を負ったら、気絶するか立ち上がれないか、まして戦いなんで出来るわけがない。特殊能力に共通する点──それは、発動したら、狂気なまでの戦闘意欲が発揮されること…

 「言い訳する事は許さない。早く俺の目の前に立て」

血走った目でアランは僕の背中を押し、自分の目の前に立たせた。僕は覚悟を決めた。ここで死んだら、それまでの命だったという事だ。あの鳥を倒せるのは、今は僕しかいない。

思わず、身体に力を入れた、次の瞬間には物凄い風圧で背中を押された。空中にはじき出されるようにして僕はネズミ発射砲になった。グングンと青い空に舞上がる。下は見ない。絶対怖くなるから。

ロイドのバサバサという羽音と鳴き声が聴こえた。と、思ったら僕の目が一瞬鳥の姿を捉えた。この速度、角度で行けば…!

 バシンと、何かを掴んだと思ったら、それはロイドの足だった。そう、僕は見事にロイドを捕らえたのだった。

 「キィ!キィ!」

必死で僕を落とそうと、ロイドは身体全体を振るわせたが、僕はその揺れる反動で勢い良くロイドの足から背中へと移動した。しっかりと、首の根元を掴んで、振り落とされないようにする。地上のアランを見た。するともう身体の光はなく、草原に座り込んでいた。兵隊とキップ隊長がすぐに駆け寄って介抱していたんで、命に別状はないだろう。しかしこれで、事実上僕を助けてくれる人はいなくなった。ビュンビュンと四方に飛びながら、僕を落とそうと試みるロイドに叫んだ。

 「なぁ…いい加減、止まってくれよ!」

すると、すぐに何かの声が聞こえた。

 {黙れ…}

 「…??」

声は、実際に聞こえているわけではない。頭の中に入り込んでくるような、そんな感覚だ。

 「誰だ!」

僕はあたりを見渡した。しかし青い空が続いているだけで、何もいなかった。

 {私に決まっているだろう小僧…!}

 「…ロ、ロイド…がしゃべった…」

僕は呆然とした時、何故かロイドは地面に向かって急降下した。落ちないようにしがみつくのが精一杯だったが、やがて勝手にロイドの言葉が頭に流れ込んできた。

 {ガルバン…ガルバンだ!}

 「──なんだって!?」

ロイドが見ているその方向。そこには、大きく太い首に、硬い足にはでかいかぎ爪。口には何頭ものムクリナを咥えて飛んでいる、ロイドよりもさらに巨大な鳥の姿があった。その長い尾は、赤と青と黄色と…様々な色が混じって、美しく光っていた。例えようなない存在感と、圧倒的な力。

 「……」

僕はガルバンに見とれていたが、ハタと、気が付いた。ロイドのほかに、ガルバンをも倒さなければいけなくなったのか…ムクリナを美味しそうに食べるガルバンを見て、僕はある作戦を思いついた。ロイドに話しかける。

 「なぁ、お前の望みを教えてくれ」

 {……私の望みは…}

ロイドはバサバサと羽を動かし、大空へ舞い上がった。

そして見渡す限り草原の大地。ロイドが見据えるその先には、巨大な1本の木が葉っぱを揺らしていた。

 {あの木に巣を作っている私の仲間達の飢えを、なくしてやりたい…一際凶暴なあのガルバンのせいで、我々のエサであるムクリナは減少の一途を辿るばかりで、昔は数千頭いたムクリナは、今や数百頭にまで減ってしまった…}

 「…なぁロイド」

僕はロイドの毛を握り締めると、覚悟を決めた。この状況を切り抜けるには、この方法以外にはない。

 「エサ。僕が用意するから」

 {──なんだと?}

ロイドが羽ばたくたび、風が僕の頬を撫でてる。

そう、僕は居住区のどこかで、破産したムクリナ養育場の処理をSOSするチラシを見た気がしていた。数が増えすぎて困っている…と。

 {我々の数は、ざっと100を超えるだろう。それでも用意できるというのか?}

 「あぁ」

それを聞いたロイドは、是までにないほどの大きな声で鳴いた。

キィィィという超音波のような鳴き声が、草原中に響き渡った。すると、ロイドの巣である巨木の葉っぱがザワザワと揺れたかと思えば、一斉に大量の黒い影がこちらに向かって飛んできた。それは巨大なロイドの群れだった。さらにロイドの声につられて、ガルバンもゆっくりとこちらへ向かってくる。

 「その代わり頼みがあるんだ」

 {何だ…?エサのためなら何でも我々はやるだろう}

 「よし、じゃあまず。あのガルバンを足止めしなくてはいけない。お前の仲間で何とかできるか?」

 {お安い御用だ…}

そうしてロイドは今度は低い声で鳴いた。それを聞いた仲間達は、自慢の俊敏性を生かして、激しい気流と共に、ガルバンより先にこちらへ到着した。キィキィと、なきわめくロイドの仲間たち。ロイドが仲間達に目配せをすると、それを見た彼らはガルバンのほうへ一斉に向かった。自分達よりも一回り大きなガルバンを数で取り囲んだ。

 「じゃあ急いでアランの元へ。君が腹に口ばしを突き刺した奴の事だよ」

 {よし}

そう言うと、ロイドはしなやかに気流に乗って、あっという間に地上に座っているアランの下へ降り立った。草原の草が涼やかになびく。アランは、腹に医療用の草をまかれていた。

 「アランさん…やって欲しいことがあるんだ。ガルバンを倒すためには、この方法しかない」

 「…あぁ、お前に命令されるのは小癪だが。何だ?」

僕はアランに素早く用件を伝えると、ロイドの背中に乗っかり、彼のとさかが顔に当たるのを気にしながら、また広い大空へ急浮上した。空ではガルバンがロイドの仲間を、大きなかぎ爪で捉えて、何とか包囲網を突破しようとしているところだった。ロイドの悲鳴と鮮血がほとばしる。

 地上を見てアランを確認すると、鳥の背中の上で深呼吸をした。

 「よし。突っ込め」

次の瞬間、ついにガルバンを外に出してしまったロイドの群れめがけて、僕とロイドは加速した。ヒュウヒュウと耳鳴りのような気流が起き、ロイドと僕は一体化したかのような感覚になった。

お互いの考えている事が手に取るように分かる。

 「行けぇぇぇ!!!」

ズドン、という音がしたかと思うと、ロイドの口ばしは見事ガルバンの胴に食い込んでいた。ロイドが素早く、くちばしを引き抜いたとき、何か硬いものが僕の胴体にひっかかった。ガルバンの…かぎ爪。

 「…!!」

乗っていたロイドは、硬いガルバンの皮膚に当たったせいか、フラフラとしながら落ちていった。仲間がすかさず背中でキャッチするも、彼は意識を失っているみたいだった。

 「ギャ!ギャ!」

ガルバンは怒り狂ったような声を出して、僕の胴体を掴んだままほぼ直角に急降下していく。僕は突然の気圧の変化と視界の斜め具合に思わず意識が飛びそうになった。物凄い速さで近づく地面。そのとき、視界に見慣れた顔が現れた。

 「上出来だ」

アランは地上に近づいてきたガルバンに向かって、空気の槍を乱射した。鋭く尖った透明なそれに、ガルバンは近づいていると気付かないまま、さらに降下した。次の瞬間、空気の槍はガルバンの胴体を貫いた。ポッカリと開いた穴からは、血は噴出さず、そのままガルバンの爪は僕を離した。同じように落ちていく中で、僕は何かの背中にドサリと落ちた。先ほどまでクラクラして頭で、それが何かを確かめる。

 「ロイド…」

僕は、一匹のロイドの背中に着地していた。周りには大勢のロイド達が、嬉しそうな顔をして僕の周りを飛んでいた。

 「ふぅ…」

それを見た僕は、心底安心して、再び意識を手放した。



 何かの毛が僕の鼻の穴に入った。くすぐったくて、顔を動かすも、思わず大きなくしゃみが出た。その反動で上半身を起こすと、僕は空を飛んでいた。飛んでいた──は正確ではない、飛んでいるロイドの背中に乗っていた。

あたりを見ると、隊員の一人一人がそれぞれロイドの背中に乗っていた。スティックは相変わらず寝ていたけど、キップ隊長やアランは、こちらを見て少し微笑んだ。僕は先頭を飛んでいて、よく見ると乗っているのは最初に出会ったロイドではないか。

 「…君、無事だったんだ」

僕が首の辺りの毛を撫でると、ロイドは首を捻り、羽をバサバサと動かして、上に下にピョンピョンと跳ねるように動いた。

 {えぇ、そういう貴方も…}

心地よい風が、僕の疲れた身体を撫でた。フサフサとした毛。なんだか無性に眠たかったので、そのまま首にしがみついて横になる。

ロイドの群れが向かっている方向を見ると、2本の細い木が見えた。あの高さ。居住区だ。キィ、という声と共に、僕とロイドは最後の一伸び、とばかりに加速すると、雲ひとつない青い空を、突き抜けた。


 「じゃあ、よろしくお願いします」

僕はムクリナ用の小さな部隊を見送りながら。彼らの頭上で付いていくロイドの群れに手を振った。先頭を行っているあのロイドが、こちらをチラリと見ると、またあの超音波のような声で鳴いた。

 「…はぁ〜やっとおわったぁ…」

 「疲れたな、今回の任務は…」

欠伸をしながら居住区に戻るスティックとアラン。僕は背伸びをして、肩を鳴らした。するとそれを見て、スティックとアランは顔を見合わせて何か考え込んだ。

 「どうしたんです?」

 「……決めた!ユウキ、今日はお前の歓迎パーティをする!夜になったらこの居住区の下の広場に来い。それまでは何をしようとかまわない」

スティックは、思いっきり笑うと、バブルフレッシャーに入っていった。それを見送ったアランはこちらを見て、少し微笑むと、

 「あんまり図に乗るなよ」

と、だけ言って自らもバブルフレッシャーに乗った。

あいかわらず透けている外を見ながら、僕は何ともいえない感情にとらわれていた。

 「……」

敵が多くて何かと疲れるけど。隊長はいい人だし、スティックとアランも徐々に心を開いてくれている。それに僕にはいろんな能力があるらしい、鳥と会話できたり、馬鹿力を出せたり。来た当初は、一刻も早く帰りたかったが、今はここに住んでもいいと思っている。

 あっという間に最上階についたバブルフレッシャーから降り、少し濡れた身体をブルブルと震わせて部屋の中へ入り込んだ。

葉っぱのハンモックに、パン。昨日の朝のまんまの姿の部屋が、そこにあった。シンとした部屋で、僕は置いてあった本棚から本を取ると、そのまま葉っぱのハンモックの中へ滑り込んだ。

 「歓迎会……か」

僕は重たくなってくる瞼に抵抗できず、やがてまた深い眠りに落ちていった。






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