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12チーズ目:命の羽

僕は動かないジェニーの肩を激しく揺さぶった。しかし、ジェニーはピクリともしなかった。

「そんな――嘘だろ…起きてよ……ジェニー!」

喉に悲しみがこみあげてきた。くぐもった声で僕はジェニーを揺さぶり続けた。

涙で視界が歪んできた。鼻が鳴り、口には力が入らず、僕は混乱していた。

「……あぁ、死ぬなよ――ー…ジェニー」

力無くうなだれた瞬間、耳をつんざくような怒声がした。

「じゃあ…こいつは!マルコは!あんたに操られて村に火をつけたのか!」

スティックだった。僕は虚ろな目で声のする方を見た。スティックはマルコの幻影を指差しクレイヴに詰め寄った。アランは目の前に現れたマルコを見上げて呆然している。

「……そうとも」

クク、と笑うとクレイヴはさらに目を血走らせた。

「マルコを洗脳し、お前ら特殊部隊の行った町に火をつけさせたのは私だ――」

「ふっ…ふざけるな!!」それを聞いたスティックは直ぐ様クレイヴに掴みかかった。しかしそれよりも先に漆黒のネズミは地面を跳躍し、間合いを取りケラケラと笑った。

「私を殺すのは無理だよ、お前らみたいな虫ケラじゃあ…ッ!」

「ぬあーー!!」

いつかの様に叫ぶと、スティックは覚醒を始めた。そしてそれに呼応するかのようにアランも覚醒を始めた。

もし吹き抜けでなければ、この洞窟は崩壊していただろう。僕は帯ただしいまでに光を放つ二匹を見つめながら、今だに目の前のジェニーの死が受け入れらなかった。

アランの周りにある空気が、渦のように集約され始め、スティックが地面を刳り貫き持ち上げると、洞窟全体が揺れ始めた。パラパラと粉が降ってくるが、クレイヴは何一つ動じていないようだった。

「は…これが特殊能力ってヤツか………ちょっとは楽しめそうだな」


「……減らず口が叩けるのは今のうちだよクレイヴ……」そう呟くとアランは指先を暗闇の中に潜むクレイヴに向けた。

空気の反動でアランが後ろに吹っ飛ぶと同時に、鋭利な空気の槍が大量に発射された。洞窟中、どこに逃げようと当たる程の量だ。


ウソだろ…逃げ場がない!


瞬時に僕はジェニーの上に覆い被さるようにして地面にはいつくばった。頭上のスレスレを空気の槍が霞め、風圧で耳が少し切れた。

洞窟中の空気の流れが変わり、目を細めて辺りを見回すとアランの空気の盾とクレイヴの爪がギリギリといがみあうような音を立てていた。


「ハッ!これがお前らの能力か?ならば、全く……警戒に値しない!」

吐き捨てるようにクレイヴは言った。それを聞いたアランは歯を噛み締めさらに風圧を強めた。埃や砂が凄まじい風圧により地面に押し付けられ、逃げ場を探すように吹き抜けの空へと吹き出す。僕は湿った岩の影にジェニーを運び、おもむろに冷えたヒルトンさんの腕を取った。

すると、不意にキップ隊長の指が足に当たった。

「……?」

「…よく聞けユウキ。ヤツの……クレイヴの狙いはこの洞窟に眠ると言われる宝だ。だから宝を探せば…お前の命までは取らないかもしれない。だから……」

次の隊長の言葉は、轟音によって掻き消された。素早く振り替えると、スティックが砕いた岩がアランの風で巻きおこる激流に乗って洞窟内を竜のようにウネっていた。岩盤の剥き出す壁をとがった強靭な岩が削りながら飛ぶ。塵が僕の体に吹き付ける。

計算され尽したような動きで飛んでくる槍を避けるクレイヴ。一見防戦一方に見えるも、その黄色い目はまだまだ余力があるとばかりにアランとスティックを見据えていた。その濁った目の先には、スティックの脇に置いてある歴史本があった。僕は思った。

あれを奪われたら――。体を奮い起たせキップ隊長をみ下げる。

「隊長、宝って何なんですか?」

すっかり萎んだ隊長は片目を開き静かに笑った。

「さぁな…私にも分からない。ただそれを示唆する何かが歴史本に載っているのは確かだ……宝は何をも支配する力を持っているとも言われている…もしやネズシティの平和が崩れるかもしれない」

隊長は一息つくと、僕の腕を取って呟いた。その手はすっかり冷えきっていた。

「お前が……自らの命とネズシティの市民や仲間の命どちらを選ぶかは好きにしなさい…ただ――」

今までで一番の微笑みを浮かべた隊長は、力強くいった。

「…我が親友、ヒルトンの行為を無駄にはしないで欲しい――」

それを最後に隊長は目を閉じ腕をダランとさせた。


「………」


僕は足に力を込めた。――決めた。

いくらスティックとアランが勘違いして僕に当たっていたとしても。マルコさんが人間だったのに間違いはないし、騙したのはクレイヴだ。


僕は宝等探さない……今ここで彼等と共に戦う。「さぁその本を渡せ……」

「――黙れ、だまれ…ッ!」

アランは頭に血が昇っているのか見境なく空気の槍を打ち続けたので、僕は中々三匹の近くに行けなかった。一方のクレイヴは特殊能力を持つ二匹を相手にしているにも関わらず徐々にスティックの懐に潜り込んで行った。

「宝は私のモノだ!!」

下劣な低い声でクレイヴが叫んだかと思うと、ヤツは釘のような牙でおびただしい数の岩槍を打ち砕いた。風よりも早く懐に潜り込まれたスティックは、即座に本に手を伸ばしたが――それよりも早く全身が刃のように鋭いクレイヴの牙に弾かれた。その瞬間、ゆっくりと宙に埃まみれの茶色い体が浮き、次に胸から真っ赤な鮮血が吹き出た。

「スティックッ!!」

スローモーションの様に見えたその光景は、やがて現実に戻り、牙で傷付いたスティックは地面へと転がった。

「ぐあッ……う」

僕より先にアランが駆けよると、肩から胸にかけて出血が止まらず悶え苦しむスティックに言った。

「大丈夫だ……絶対大丈夫だスティック――お前は俺と、故郷に帰るんだろ?」

「ぐッ…あ、――あぁ!」

洞窟の地面に、血が流れ出していく。

涙を溢すアランは、震える手で自らの服を千切りスティックの止血を試みた。しかし、血は止まらない。どうやらかなり傷は深いようだった。

やがて洞窟には何の声もしなくなった。悶えていた、スティックの声さえも。

「……スティック?」

アランは親友の頬をつねった。その指は、ガタガタと空気が壊れてしまうんじゃないかという程震えていた。

そして反応がないと気が付くと、親友の血が流れ出て水溜まりのようになった地面を見て膝を震わせながら立ち上がった。

「――あ、あ、あ………………」

フッと膝から崩れ落ちたアランを、僕はすかさず抱き止めた。

「くそったれ!!」

僕はガンガンと鐘が鳴るような心臓を押さえた。コメカミがカァッと熱くなる。

今なら――僕は死んでもいい。25D程前までの変わらない日常から、ここまで僕を強くしてくれたのは仲間だ。このネズミ達が死んで、僕が生き残るワケがない。

クレイヴは歴史本を血眼になって読み耽っていた。

「ハッ…!私に歯向かうから死ぬんだよ馬鹿共が――いや、そんな事はどうでもいい。宝はどこだぁ!?財宝の記述は!」

僕は気配を消してヤツの背後に忍び寄った。ヤツは歴史本に夢中だ。僕は確かに……絶対に気配を消したハズだった。しかし次の瞬間クレイヴの漆黒の毛色が視界から消えた。

「!?」

「まだ居たのかカスが………」

グチ、と牙が肩にめり込む音がした。同時に焼けるような痛みが体を突抜けた。


「うあっ……!」

瞼の裏がチカチカして、赤やら青やら様々な光が何度も見えたり消えたりした。やがて、深く食い込んだ牙が抜かれた。僕はズルリと倒れ込み朦朧とする意識と戦った。


先程、スティックはこれの何倍痛かったのだろうか?



「――やれやれ…しつこいカスだ」

クレイヴが、ほくそえむように口の周りを舐めた。

「…しかし、念の為だな。徹底的に殺しておこう」

そう呟くと、クレイヴは気絶しているアランの方へ向かった。


「やめろ――!!」

僕は振り絞るように叫んだ。しかし、クレイヴは見向きもしない。血が流れ過ぎたのか、頭がクラクラしてきた。地面に赤い液体がにじんでいく。

……結局…僕は誰一人救えないのか。

すごく――カッコ悪いな……




『母さん、今日の夕飯は何?』


…何だこの声――?


『今日は貴方の好きなカレーライスよ。たくさん食べて大きくなるのよ』


母さんと小さい頃の僕だ。


『何で大きくならないといけないの?』


…理由なんかあるワケない――


『……う〜ん。ユウキの大切な人を守る為かな?』


……大切な人を、守る為?


『じゃあ、僕が大きくなったらお母さんを守ってあげる!』


『まぁ、本当に!?……』



うやむやな記憶はそこで途切れた。

朦朧としていた意識を集中させると、クレイヴがアランの首に爪を立てようとしていた。


…大切な人を、守る為?


消えかけていた目の前の光が、微かにともる。

僕は力の入らない指を握りしめると、近くに落ちていた岩の槍を掴んだ。しっかりと、確かめるように。


……母さん、ちょっとは僕大きくなったかな?



掴んだ槍を、力の限りクレイヴに投げた。


「!?」


僕が死んだと油断したクレイヴはとっさに体を反転させたが、空気を切り裂きながら一直線に飛んだ槍は頬を霞めた。裂けた皮膚より血の球が飛ぶ。

「――まだ生きていたのか……カスが!」

忌々しいとばかりに僕の首ねっこを掴んだクレイヴは牙を剥き出した。

まずい――体から血が流れすぎた…


意識が遠のいたその瞬間、洞窟中の空気が軋み透き通るのような鳴き声が聴こえた。


「何だ!?」


クレイヴが見上げた吹き抜けの空から、キラキラと光りを帯た青い羽が僕の頭にフワリと落ちた。


美しい風を引きつれ舞い降りたその姿。

神々しいまでに青く輝く羽先と躯。羽ばたく度にガラスのように透けた青い羽が洞窟中に散る。肌色の小さな嘴が奏でる全てに触れるような鳴き声。

そして、この世の全ての優しさを詰め込んだような瞳は光の角度により様々な色彩を放ち僕を見据えて揺れていた。


「ドルヴァース……だと?」


「――――」


僕は舞い落ちた羽を握り絞めた。羽から滲出る光は僕をつつみこんだ。唖然とするクレイヴを尻目に、ドルヴァースは皆が倒れている岩に長いカギ爪で止まり何度か羽ばたいた。

舞い落ちる羽は空から差し込む光で雪のように輝き、傷付いたみんなの体に触れた瞬間、柔らかな光を放った。


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