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1ノ陣 2.大乱闘




駅構内に最近オープンした飲食店は、

ブラウンを基調とした煉瓦造りの外観が特徴だった。




店内も落ち着いたモダンテイストで統一され、

天井から零れる間接照明が柔らかな光を落としている。

大きなガラス張りの窓からは駅構内を行き交う人々の姿が見え、

反対に外を歩く人々からも店内の様子がよく見えていた。


「んめぇ!! いやー、わりな! 飯までおごってもらってよ!」


駅を利用する人々は、

通り過ぎるたびに窓の向こうへ思わず視線を向ける。

店内で食事をしていた客も料理を運ぶ店員も、

誰もが一瞬だけ動きを止めてしまうほど異様な光景だった。


カウンター席に座る青年の左右には、

空になった皿が山のように積み上げられている。

その高さは座った青年の頭を越え、小さな塔のようになっていた。


「……いや、助けてもらったから」


隣に座る少女は周囲の視線を気にしながら、

小さくストローをくわえてアイスコーヒーを一口飲む。

対照的に青年は、目の前の大皿チャーハンを勢いよくかき込み続けていた。


カチャカチャ、

とスプーンが皿に当たる音が絶え間なく響く。

積み上げられた皿の数を見れば、

この青年が常人では考えられない量を平らげていることは誰の目にも明らかだった。


「こんなに食っちまったけど、支払いは大丈夫なのかよ?」


青年は口いっぱいに頬張っていたチャーハンを

ごくりと飲み込む。

手の甲で口元を拭うと、不思議そうに少女の方へ顔を向けた。


「一応、現金は常に持ってるから」


少女はそう言って財布を開き、中から一万円札を取り出す。


「……ん?」


青年の片眉がぴくりと上がった。

少女の手元にある紙切れを、まじまじと見つめる。


「なんだそりゃ?」

「え?」

「一万円札だよ」

「この紙きれで支払いできんのか?」

「そうだよ?」

「へぇー……初めて見たぜ」


青年は感心したように一万円札を眺めている。

紙を裏返したり、光にかざしたりする姿は、

本当に初めて見る物を観察している子どものようだった。


(お金を知らない……? どういうこと?)


少女は横目で青年を見る。

服装も言動もどこか世間離れしている。


さっきの裏路地で見せた圧倒的な強さも含め、

この青年には普通では説明できない違和感があった。


(やっぱり変だ、この人……)


唇を噛みしめ、少女は視線を落とす。


「……んで、さっきの連中はなんだったんだ? 知り合いってわけでもなさそうだったが」


青年はコップの縁を持ち、水を一口飲んだ。


少女の肩が僅かに震える。

スカートの上に置いた両手へ自然と力が入り、指先が白くなるほど握り締められていた。


青年はその様子を横目で見つめる。

無理に続きを促すことはせず、頬杖をついたまま静かに視線を逸らした。


「訳ありらしいな」

「……」


少女は俯いたまま、小さく頷く。

しばらく沈黙が流れたあと、意を決したように口を開いた。


「……うちの家、多額の借金抱えてて」


声は震えていた。


「お父さんとお母さんもいなくなっちゃって……代わりに私がバイトを掛け持ちして返してるの。この前、条件のいいバイトを見つけて応募して……言われた場所に行ったら」


そこで言葉が止まる。

小さな拳に、さらに力がこもった。


青年は何も言わない。

ただ黙って、少女が話し出すのを待っていた。


「……新薬の実験補助っていうバイトだったんだけど、集合時間より少し早く着いちゃって。雨も降ってたし、扉も開いてたから中で待たせてもらおうと思ったの」


少女はゆっくり息を吸う。


「あの建物、奥のドアだけ開いてたの」


思い出しただけで身体が震えるのだろう。

肩が小刻みに揺れ、握った手も震えている。


「変な光が漏れてて……気になって入ってみたら」


少女の声がかすれた。


「奥に、人が一人入れるくらい大きな水槽があったの」


青年の視線が少女へ戻る。


「中には人が入ってて……でも、生きてなくて……みんな白骨化してて……」


言葉を絞り出すたび、少女の瞳が潤んでいく。


「あまりにも怖くて逃げようとしたら、変な人たちに見つかって……」

「それで追われてるってわけか」


青年は短く呟き、少女は力なく頷く。


「あんなバイト、受けなきゃよかった……」


重いため息と一緒に肩が落ちる。

泣くのを堪えているような声だった。


青年は頭をぽりぽりと掻き、小さく息を吐く。

店内には食器の触れ合う音だけが静かに響いていた。


青年は最後の一口を口へ放り込み、ゆっくりと顔を上げる。


その視線は、ガラス張りの窓の外へ向く。

数秒眺めたあと、口角がニィっと吊り上がった。


「どうやら、食後の休憩は出来ねーらしいな」

「……え?」


少女もつられて窓の外を見る。


そこには、

店の入口を取り囲むように立つ複数人の男たちがいた。


全員、まともな人間には見えない。

鋭い目つきに、威圧するような立ち姿。


手には釘バット、鉄パイプ、ナイフ、木刀と、それぞれ物騒な武器を握っている。


駅構内を歩いていた一般客も異変に気付き、男たちを避けるように大きく迂回していく。

店内で食事をしていた客や店員までもが手を止め、

窓の外へ緊張した視線を向けていた。


空気が、一気に張り詰める。


「ど、どうして……!」


少女の顔から血の気が引いた。

青年は椅子にもたれたまま、外の男たちを眺めている。


「さしずめ、さっきやったヤツの仲間ってところか」


パキッ。

青年は指の関節を鳴らした。

その表情には焦りどころか、どこか楽しげな狂気じみた笑みさえ浮かんでいる。


「わ、わ…私が……ここにいるから……?」


少女は唇を震わせた。


目尻には涙が滲み、

膝の上で握った拳が小刻みに震えている。


自分がここへ来たせいで、この店まで巻き込んでしまった。

その思いが胸を締め付けていた。


青年はそんな少女を横目で一瞥すると、積み上がった皿を見渡して鼻で笑う。


「食後の軽い運動にはちょうどいいか」


椅子からゆっくりと腰を上げる。

ボロボロのマントが肩から滑り落ち、裾が床の上を静かに揺れた。


青年は首を鳴らし、店の入口へ視線を向ける。


「かかってこいや」


パリィィンッ!!

店の正面を覆っていたガラスが、一斉に砕け散った。


無数の破片が店内へ雪のように降り注ぐ。


外で待ち構えていた男たちが、

ドスの利いた雄叫びを上げながら店内へなだれ込んできた。


血まみれの釘バットに、へこみがある鉄パイプ。

黒ずんだ木刀と綺麗に刃の手入れが行き届いたナイフなど。


握られた凶器が照明の光を鈍く反射する。


「きゃあああ!!」


食事をしていた客たちは悲鳴を上げ、椅子を倒しながら出口へ殺到した。

店員たちも厨房へ逃げ込み、店内は一瞬で阿鼻叫喚の空間へ変わる。


少女も思わず立ち上がり、恐怖に肩を震わせた。

だが、青年だけは動じない。


まるで最初からこうなることが分かっていたかのように、

口元へ薄く笑みを浮かべていた。


先頭を切って突っ込んできたのは、二メートル近い巨体の男だった。

釘バットを大きく振りかぶり、

力任せに青年の頭を叩き潰そうと振り下ろす。


ゴォッ!!


風を裂く一撃。

青年は羽のように軽く後方へ跳び、その一撃を紙一重でかわした。

床へ叩きつけられた釘バットが木材を砕き、破片が飛び散る。


続けざまに左右から二本目、三本目の釘バットが襲いかかる。


青年は最小限の動きだけで身を捻り、

すべてをかわした。


そして、一歩だけ踏み込む。

腰だめに引いていた拳が一直線に走った。


ゴスッ!!


鈍い衝撃が腹部へめり込む。

二メートルある巨体が、重力を無視したように宙へ浮いた。


「がぁっ!?」


男は数メートル先まで吹き飛び、

砕けたガラスを突き破って店の外へ転がっていく。


休む間もなく、横から木刀が振り下ろされた。


青年は右手を軽く上げる。


バキンッ!!

手の甲だけで木刀を叩き折った。


驚く男の顎へ、そのまま掌底が突き上がる。


ドゴォッ!!


男の身体が浮き上がり、店の壁へ激突した。

壁が大きく揺れ、額縁や照明が音を立てて落ちる。


背後では細身の男が姿勢を低く落とし、一気に距離を詰めていた。


長身とは思えない鋭い身のこなし。

口元には獲物を仕留める肉食獣のような笑みが浮かんでいる。


両手のナイフが閃いた。


一撃。

二撃。

胸と首を狙った連続斬撃が空を切る。


青年の姿は、すでにそこにはなかった。


男が見上げる。

青年はボロボロのマントを翻しながら、空中で身体を一回転させていた。

落下の勢いを乗せた踵が、真上から振り下ろされる。


ガァンッ!!


踵落としが男の脳天へ直撃した。

床が陥没し、男はその場へ崩れ落ちる。


三人目も動かない。


「捕まえたぞ!!」


ガシッ!!


両腕を背後から掴まれた。

青年が振り返ると、自分より一回り大きな大男が歯を剥き出しに笑っている。


筋肉で膨れ上がった腕が万力のように締め上げた。


「このまま両腕の骨を砕いてやる!」

「できんかよ!」


青年は足元へ重心を落とす。

腰を深く沈めたかと思うと、一気に身体を反転させた。


大男の腕を利用し、そのまま豪快に背負い投げを決める。


ドガァァンッ!!


大男の巨体がテーブルへ叩きつけられた。

木製のテーブルは真っ二つに割れ、料理や食器が宙へ舞う。


白い皿が砕け、埃と料理の湯気が入り混じって店内へ広がった。


「おっと、そこまでだ」


低い声が店内へ響く。

青年がゆっくり振り向いた。


店の奥。

残っていた男たちが少女の両腕を押さえつけ、動けないよう拘束している。


「離して……!」


少女が必死にもがく。

そのこめかみには、一丁の拳銃が押し当てられていた。


銃口を握る男は、不敵に笑う。


「随分と手練れだな? だが、人質を取られたら話は変わるだろう?」


青年は男を見つめたまま、小さく鼻で笑った。


「……はっ」

「何がおかしい!」


男が怒鳴る。


青年は視線を落とした。

足元には、さっき砕いた木刀の切っ先が転がっている。


右足のつま先で僅かに持ち上げる。


そして――蹴った。


パシュッ!!

折れた木片が弾丸のような速度で一直線に飛ぶ。


男が反応する間もない。

木片は拳銃を握る手首を正確に打ち抜いた。


「ぐあっ!」


衝撃で拳銃が宙へ弾き飛ばされる。

少女のこめかみから、冷たい銃口が離れた。


隙を見て少女が駆け出し、男たちから距離を置き青年のいる方に向かって走る。


「チッ、捕まえろ!」


手首を押さえた男が怒鳴る。

その号令と同時に、残っていた男たちが一斉に青年へ襲い掛かった。


少女は拘束から逃れ、息を切らしながら青年の背後へ駆け込む。

震える身体のままマントの陰へ身を寄せる少女を見て、青年は口元をニィっと吊り上げた。


「全員まとめてかかってきやがれ!!」


店内に響いたのは、獣のような咆哮だった。


割れた食器が飛び散り、椅子やテーブルが宙を舞う。

怒号と悲鳴、鈍い衝突音が店中へ鳴り響き、静かな飲食店は瞬く間に戦場と化した。





――数分後。



通報を受けた警察と救急隊が現場へ到着した頃には、

騒ぎはすでに終わっていた。


店内には砕けたガラスや倒れたテーブル、散乱した武器が生々しく残されている。


そして、暴れていた男たちは一人残らず気絶し、

店の太い柱へ容赦なく縄でひとまとめに縛り上げられていたという。




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