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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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第15話 食堂再開

第15話です。


マイラが目を覚まし、アイの小さな食堂にも少しずつ日常が戻ってきました。


しかし、残された借金と生活の問題はまだ消えていません。


大河は、地球の料理知識を使って、アイの料理ランキング挑戦を手伝うことになります。

アイの店が再び扉を開けたのは、マイラが目を覚ましてから数日後のことだった。


 まだ本格的な営業とは言えない。看板は表に出ているものの、営業時間は昼の数時間だけ。仕込みの量も以前よりずっと少なく、出せる料理も限られている。それでも、閉じられていた扉が開き、窓にかけられていた布が外され、店の奥から温かな湯気が上がるだけで、通りの空気は少し変わって見えた。


 大河がその店を訪れたのは、昼を少し過ぎた頃だった。細い路地には、近くの工房から聞こえる金槌の音や、露店の呼び込みの声が遠く混ざっている。店先の木の看板には、鍋と魚の絵が描かれていた。以前は休業中の寂しさを背負っていたその看板も、今は昼の光を受けてどこか誇らしげに見える。


 扉を開けると、真っ先に出汁の匂いがした。


 魚を煮込んだ柔らかな香り、焼いた根菜の甘い匂い、香草の青い気配。大河は一瞬、立ち止まった。異世界に来てからいくつかの店で食事をしたが、この店の匂いはそれらとは少し違っていた。派手さはない。けれど、誰かが家で待っていてくれるような、静かで温かい匂いだった。


「いらっしゃいませ」


 奥からアイの声がした。以前より少しだけ明るい響きだった。彼女は小さな身体にエプロンを巻き、両手で盆を持っている。客席にはすでに数人の客が座っていた。年配の男性が湯気の立つ椀を前に目を細め、近所の主婦らしき女性がマイラの体調を気にするように厨房の方を覗いている。誰も大声を出してはいないのに、店の中には戻ってきた日常を喜ぶ気配が満ちていた。


 ポルポルは大河の肩の上で、すでに目を輝かせていた。


「いい匂いなのです」


「今日は食べ過ぎるなよ」


「食堂再開のお祝いなのです」


「その言い方はなんか危ない」


 大河が小声で釘を刺すと、ポルポルは聞こえなかったふりをした。紫色の尻尾が期待で揺れている。


 アイは大河の姿に気づくと、ほんの少しだけ目を開いた。驚きと嬉しさが混じった表情だったが、すぐにいつもの控えめな顔へ戻る。


「来てくれたんだ」


「ああ。再開したって聞いたから」


「お母さん、まだ長くは立てないの。でも、作るのはお母さん」


 アイはそう言って、厨房の方へ視線を向けた。奥ではマイラが鍋の前に立っていた。顔色はまだ完全ではない。頬は痩せたままで、時折椅子に手をつきながら身体を休めている。それでも、鍋の中を見つめる目には力が戻っていた。病床で眠っていた女性とは違う。食堂の厨房に立つ料理人の顔だった。


 マイラは大河に気づくと、柔らかく微笑んだ。


「いらっしゃいませ。まだ簡単なものしか出せませんけど、食べていってください」


「もちろんです」


「ポルポルもたくさん食べるのです!」


 ポルポルが胸を張ると、マイラは少し驚いた後、楽しそうに笑った。


「それは腕が鳴りますね」


「鳴らさなくていいです。普通で大丈夫です」


 大河が慌てて止めると、店の空気が少し和らいだ。アイも盆を持ったまま、目元だけで小さく笑っていた。


 大河は窓際の席に座った。外の通りを行き交う人々の影が、店の床に細く揺れている。客席は三つのテーブルしかない小さな店だが、掃除は行き届いていた。古い木の椅子、少し傷のある机、壁に掛けられた手書きの献立。どれも派手ではないが、大切に使われてきたことが分かる。閉じられていた時間を取り戻すように、店は静かに息を吹き返していた。


 料理は魚の煮込みと、根菜の焼き物、それに香草を浮かべたスープだった。アイが盆を慎重に運んできて、器を一つずつ並べる。手元は丁寧だが、まだ接客には少し緊張が残っていた。器を置くたび、ほんの少しだけ大河の表情を確認している。


「熱いから気をつけて」


「ありがとう」


 大河はまずスープを口にした。優しい塩味が舌に広がり、魚の旨味が後からゆっくり追いかけてくる。地球の料理に比べれば調味料は少ない。だが、素材の味を引き出す力は確かだった。病み上がりのマイラが作っていることを思えば、むしろ驚くほどしっかりしている。


「うまい」


 大河が素直に言うと、アイの肩がわずかに緩んだ。厨房の奥でマイラも小さく頭を下げる。


 ポルポルはすでに魚の煮込みに夢中になっていた。小さな身体で器の縁にしがみつき、湯気の向こうに顔を近づけている。


「おいしいのです。優しい味なのです。もう一皿いけるのです」


「相変わらず早いな」


「味見なのです」


「一皿食べ終わって味見はないだろ」


 ポルポルの食欲に呆れながらも、大河はもう一口魚を食べた。柔らかい。臭みもない。けれど、どこか物足りなさもあった。悪い意味ではない。むしろ、この料理に少し違う香りや酸味を足せば、もっと印象が強くなるのではないかと思ったのだ。


 地球の料理が、頭の中をよぎった。


 魚に柑橘を絞ること。肉に甘辛いソースを絡めること。スープに出汁を重ねること。焼く、煮る、揚げる、蒸す。同じ素材でも、少し考え方を変えるだけで料理は大きく変わる。大河自身は料理人ではない。だが、地球では当たり前に食べていたものの中には、この世界ではまだ知られていない発想があるかもしれない。


 食事が一段落した頃、客が一人、また一人と帰っていった。常連らしき老人は会計の時、マイラに向かって「無理するなよ」と声をかけた。マイラは笑って頷き、アイはその横で深く頭を下げていた。店内が少し静かになると、大河は思い切って口を開いた。


「マイラさん、少しだけ料理のことで話してもいいですか」


 マイラは不思議そうに顔を上げた。アイも盆を抱えたまま大河を見る。


「料理ですか?」


「はい。自分のいた場所には、少し違う料理の考え方があって。もしかしたら、アイの料理ランキングにも使えるかもしれないと思って」


 アイの目が一瞬で変わった。控えめだった光が、急に鋭くなる。料理ランキングという言葉が、彼女の中の何かに触れたのだろう。マイラも表情を引き締めた。


 店の営業が落ち着いた後、三人は厨房の小さな作業台を囲んだ。ポルポルは客席で満腹そうに転がっていたが、「試食」と聞くとすぐに飛んできた。大河は手元にある食材を見た。魚、根菜、卵に似たもの、香草、少量の粉、油。地球と完全に同じではないが、似たような使い方はできそうだった。


「自分は料理人じゃないので、細かい技術は教えられません。でも、考え方なら話せます」


 大河はまず、魚料理に酸味を足す話をした。地球では焼いた魚に柑橘を絞ることがあると説明すると、アイはすぐに店の棚から小さな黄色い果実を取り出した。


「これ、酸っぱい」


「それに近いかもしれない」


 アイは迷いなく果実を切り、焼いた魚の端にほんの少しだけ果汁を落とした。その動きは速い。大河がまだ説明の途中なのに、彼女はすでに試している。マイラは少し心配そうに見ていたが、アイは小さな切れ端を口に運ぶと、目を細めた。


「香りが立つ」


「脂っぽさも少し軽くなると思う」


「うん。でも、この魚だと果汁が強すぎる。皮を焼く時に香りだけ移した方がいいかも」


 大河は思わずアイを見た。大河が知識として話したことを、アイは一口で自分の料理へ置き換えている。ただ真似るのではない。自分の食材に合わせて調整しようとしている。


 次に大河は、卵料理の話をした。地球には卵をふんわり焼いて、中に味のついた米や具材を包む料理があると説明する。もちろん、この世界に米があるかはまだ分からない。だが、刻んだ根菜や肉を炒め、卵に似たもので包むという考え方は伝わったらしい。アイはすぐに卵を割り、器の中で混ぜ始めた。


「包む料理……見た目も点になるから、いいかもしれない」


 小さな手が泡立てるように卵液を混ぜる。マイラが火を調整し、アイが鍋に油を薄く広げる。大河は横で見ているだけだった。卵液が流し込まれると、柔らかな香りが立ち上る。アイは火加減を見ながら、薄く焼けた部分を木べらで寄せた。まだ形は不格好だったが、彼女の目はすでに次の改善点を探している。


「火が強い。もっと低くして、ゆっくり」


 アイが呟く。マイラは驚いたように娘を見た。


「アイ、今のをもう一度やってみる?」


「うん」


 二度目は、明らかに変わった。卵は先ほどより柔らかくまとまり、中に刻んだ根菜を包む形になった。完全ではない。けれど、見たことのない料理の輪郭がそこにあった。アイは出来上がったものを皿に乗せ、じっと見つめる。


「黄色い布で包んだみたい」


「地球では、こういう料理は子供にも人気だった」


「地球……大河さんのいた場所?」


「そうだね」


 アイは少しだけ顔を上げた。以前なら、そこでそれ以上聞かなかったかもしれない。だが今は違った。彼女の目には好奇心があった。


「そこには、もっと変わった料理がある?」


「たくさんあると思う」


「教えてほしいな」


 短い言葉だった。だが、大河にはそれがアイにとってどれほど大きな頼みなのか分かった。アイはただ珍しい料理を知りたいだけではない。ランキングで稼がなければならない。父が残した借金がある。店が再開したとはいえ、売上だけでどうにかなる状況ではない。だから彼女は、どんな小さな可能性でも掴もうとしている。


 マイラは娘の横顔を見つめていた。嬉しさと心配が混ざった表情だった。


「アイ、ランキングは無理をしなくても」


「でも、お店だけじゃ返せない」


 アイは皿を見つめたまま言った。声は小さいが、揺れていなかった。


「お母さんには、もう無理してほしくない。だから、わたしが料理ランキングで稼ぐの」


 マイラは返事をしなかった。できなかったのだろう。病み上がりの身体で店を再開した母と、十歳ほどでランキングへ挑む娘。どちらも相手を守ろうとしている。その間に、返済しなければならない借金という現実が横たわっている。


 大河はしばらく黙っていた。自分が軽々しく「助ける」と言っていい問題ではない。けれど、知っている料理の話ならできる。地球で当たり前だった味や工夫を、アイがこの世界の料理に変えていく手伝いならできるかもしれない。


「一緒に考えよう」


 大河が言うと、アイが顔を上げた。


「俺は料理人じゃない。だから作るのはアイやマイラさんだ。でも、俺の知っている料理の話なら多少はできる。それをこの世界の食材に合わせる方法を、一緒に探そう」


 アイは黙って大河を見つめた。大きな瞳の奥で、何かが小さく灯る。マイラも静かに頷いた。


「ありがとうございます。私も、できる限り手伝います」


「無理はしないでください」


「ええ。でも、料理を考えるくらいならできますから」


 その声には、病人ではなく料理人としての誇りが戻っていた。アイもそれを感じたのか、ほんの少しだけ表情を和らげた。


 ポルポルは試作品の皿を見つめ、我慢できないという顔で前足を上げた。


「試食してもいいのです?」


「まだ完成してない」


「未完成も大事な味見なのです」


 アイは少し考え、皿をポルポルの前へ差し出した。ポルポルは嬉しそうに一口食べる。しばらく真剣な顔で味わった後、尻尾を大きく揺らした。


「おいしいのです。でも、もっとふわふわがいいのです」


 アイの目が真剣になる。


「ふわふわ……」


 彼女はすぐに卵の混ぜ方を変えようとした。大河はその吸収の早さに圧倒された。たった一つの感想から、もう次の改善へ向かっている。才能があるというのは、こういうことなのかもしれない。


 店を出る頃には、昼の光が少し傾き始めていた。マイラは入口で見送り、アイはその横に立っていた。まだ店は再開したばかりで、借金も残り、料理ランキングの道も険しい。それでも、今日の店には以前にはなかった熱があった。消えかけていた火に、新しい薪がくべられたような熱だ。


「また料理ランキング、出るのかな?」


 大河が尋ねると、アイは小さく頷いた。


「もちろん出るよ。今度は、もっといい点を取る」


「じゃあ、一緒に考えようか」


「うん」


 その返事は短かったが、確かなものだった。


 帰り道、ポルポルは満足そうに大河の横を飛んでいた。腹も満たされ、試食もできたので機嫌はすこぶる良い。


「アイちゃんは、きっと強くなるのです」


「違いない」


「料理でもランキングを上がれるのです」


「俺にできることもありそうだな」


 大河はそう言いながら、協会の方角を見た。巨大な建物の中では今日も無数のランキングが動いている。走る者、戦う者、治す者、作る者、料理する者。それぞれが自分の武器で順位を競い、人生を変えようとしている。


 大河は足を止め、協会の掲示板を思い浮かべた。


 料理ランキング。


 直近三回の平均点で順位が決まる採点競技。アイの今の点数は、まだ上位には遠い。だが、彼女には才能がある。マイラという料理人の土台があり、地球の知識という新しい風が加われば、きっと何かが変わる。


 大河は静かに思った。


 自分が王を目指す道は、自分一人のポイントを積み上げるだけではないのかもしれない。


 誰かの才能に火をつけることも、この世界を変える一歩になる。


 その日、アイの小さな食堂には、久しぶりに温かな湯気と、新しい料理の匂いが立ち上っていた。

第15話を読んでいただき、ありがとうございました。


アイの店が再開し、マイラも少しずつ料理人として戻り始めました。


そして大河の地球の料理知識が、アイの新しい武器になりそうです。


走る、戦う、魔法を学ぶ。

それだけではなく、誰かの才能を伸ばすこともランキング攻略につながっていく。


次回、アイの料理ランキングへの挑戦が本格的に動き出します。

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