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異世界ランキング王~総合1位だけが王になれる世界〜  作者: れいじ


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第1話 神に選ばれた男

はじめまして。


『異世界ランキング王』は、「すべてがランキングで決まる世界」を舞台にした異世界ファンタジーです。


走ることだけは誰にも負けたくなかった一人の青年が、異世界で”王”を目指す物語。


最後まで楽しんでいただけたら嬉しいです。

夕暮れの河川敷には、一日の熱をゆっくり冷ましていくような風が吹いていた。西の空は茜色に染まり、雲の縁だけが金色に燃えている。川面にはその光が細かく砕けて揺れ、遠くの鉄橋を渡る電車の音が、風に乗ってかすかに届いていた。


 望月大河は、その河川敷の舗装路を一定のリズムで走っていた。靴底がアスファルトを叩く音と、自分の呼吸だけが耳の奥に残っている。肺はじんわりと熱を帯び、額から流れた汗がこめかみを伝って顎へ落ちた。仕事帰りの身体は決して軽くない。それでも、大河にとって走る時間は、日々の中で唯一、自分の輪郭を取り戻せる時間だった。


 学生時代、大河は陸上競技にすべてを注いでいた。短距離を専門にし、朝も夜も走り込み、筋力トレーニングを重ね、食事や睡眠にまで気を配った。ほんの一秒、いや百分の一秒を削るために、同じ動作を何度も繰り返した。武道も嗜んでいたため、身体の使い方にはそれなりに自信があった。だが、どれほど努力しても全国の壁は厚かった。最後の大会で届かなかった順位を思い出すたび、胸の奥にはまだ小さな棘が残っている。


 それでも走ることをやめなかったのは、未練だけではなかった。風を切る感覚、地面を蹴った瞬間に身体が前へ進む感覚、自分の限界をほんの少しだけ押し広げていく感覚。それらは今も大河の中に残っていて、平凡な毎日の奥で静かに火種のように息づいていた。


 河川敷を折り返し、緩やかな坂へ差しかかったところで、大河は少しだけペースを上げた。ふくらはぎに力が入り、腕の振りが自然と鋭くなる。呼吸は苦しくなったが、不思議と気分は悪くない。むしろ、身体がまだ動くことに安堵していた。もう競技者ではない。誰かと順位を争う必要もない。それでも、負けっぱなしで終わりたくないという感覚だけは、どうしても捨てられなかった。


 坂を上りきったところで、大河は足を緩めた。息を整えながら空を見上げると、夕焼けの中にひときわ白い光が浮かんでいるのが見えた。最初は飛行機かと思った。だが、その光は動き方がおかしかった。夜空へ向かうのではなく、こちらへ落ちてくるように、まっすぐ近づいてくる。


 大河は眉をひそめ、足を止めた。耳に届いていた川の音や遠くの話し声が、急に薄くなる。まるで世界の音量だけが下げられたようだった。


「……なんだ、あれ」


 呟いた瞬間、白い光が視界いっぱいに広がった。反射的に腕で目を庇ったが、眩しさはまぶたの裏まで染み込んでくる。足元の感覚が消え、風の流れも、汗が肌を伝う感触も、すべてが遠ざかっていった。


 次に大河が目を開けた時、そこは河川敷ではなかった。


 足元には床があるようで、しかし目に見えるものは何もない。壁も天井もなく、ただ白い光だけが周囲を満たしていた。雲の中に立っているようでもあり、磨かれた水晶の内側に閉じ込められたようでもあった。音はない。けれど無音というより、音が生まれる前の場所に迷い込んだような、不気味な静けさだった。


 大河は自分の手を見下ろした。指は動く。呼吸もできる。心臓はいつもより速く打っている。夢にしては、喉の渇きも、掌に滲んだ汗の湿り気もあまりに生々しかった。


「ここは……」


 言葉の続きが出てこなかった。河川敷で倒れたのか、事故に遭ったのか、それとも本当に何か異常なことが起きたのか。考えようとするほど思考が空回りし、胸の奥に冷たいものが広がっていく。


 その時、白い空間の奥で淡い光が揺れた。


 大河は息を呑んだ。光の中から一人の女性が歩いてくる。長い銀髪は風もないのにふわりと揺れ、白い衣の裾が水面に触れるように滑らかに動いていた。顔立ちは人間のものに見える。だが、人間ではないと直感した。美しいというより、そこだけ世界の法則が違っているような存在感があった。


 女性は大河の数歩前で立ち止まり、申し訳なさそうに目を伏せた。


「突然連れてきてしまって、ごめんなさい」


 声は静かだった。けれど、その響きには不思議な力があった。耳で聞いているはずなのに、胸の奥へ直接届くような感覚がある。


 大河は一歩だけ後ろへ下がった。逃げ道など見当たらない。それでも距離を取りたくなるほど、目の前の女性は圧倒的だった。


「……あなたは誰ですか」


 警戒を隠せない声になった。女性は大河の反応を責めることなく、ゆっくりと顔を上げた。その瞳は深い蒼色をしていて、夜空を覗き込んだ時のような静けさを宿していた。


「私は、あなたたちの言葉で言うなら神です」


 大河はすぐに返事ができなかった。冗談だと笑い飛ばすには、目の前の光景があまりにも現実離れしている。だが、素直に信じるには話が大きすぎる。神という単語が頭の中で空しく反響し、うまく意味を結ばなかった。


 女性は大河の困惑を見透かしたように、小さく手を上げた。すると、大河の横に光の幕が生まれた。そこには先ほどまで走っていた河川敷が映っている。夕暮れの色、川沿いの道、放置されたように落ちている大河のタオル。すべてが本物にしか見えなかった。


「信じろと言う方が無理なのは分かっています。ですが、私は本当に神と呼ばれる存在です。そして、あなたにお願いがあってここへ呼びました」


「お願い……?」


 大河は光の幕から視線を戻した。心臓の鼓動が少しずつ重くなる。嫌な予感というより、これから自分の人生が大きくねじ曲げられる予感があった。


 神は静かに頷くと、再び手を動かした。今度は白い空間全体が薄く色づき、見知らぬ大陸の風景が広がった。高い城壁に囲まれた都市、青黒い森、雪をかぶった山脈、空を飛ぶ巨大な鳥のような生き物。そのすべてが光の映像でありながら、匂いや温度まで伝わってきそうなほど鮮明だった。


「これは、私が見守っている星です」


 映像の中では、さまざまな人々が何かに挑んでいた。競技場で走る者、剣を交える者、杖を掲げて炎を放つ者、巨大な本を前に文字を書き続ける者、料理台の前で包丁を振るう者。彼らの頭上には順位と数字が浮かんでいる。


「この世界では、あらゆる分野がランキング化されています。基礎体力、武術、魔法、知能、技術、芸術、料理、商業。数え上げれば千を超えるランキングが存在し、人々はその順位によってポイントを得ます」


 大河は映像を見つめた。まるで競技会と社会制度が混ざり合ったような世界だった。走っている者の顔には真剣さがあり、剣を構える者の額には汗が光っている。単なる遊びではない。彼らにとって、その順位が人生そのものに直結しているのだと、映像の空気から伝わってきた。


「ポイントは富にもなります。月に一度、その時点のポイントに応じた報酬が与えられるため、ランキングだけで生活する者たちもいます。彼らはランカーと呼ばれています」


 神の声がわずかに沈んだ。


「そして一年の最後の日、その時点で総合ポイントが最も高い者が王になります」


「ランキングで、王を決める……」


 大河は思わず呟いた。血筋でも選挙でも戦争でもなく、ランキングの総合点で王が決まる世界。常識から外れた仕組みのはずなのに、映像の中の人々はそれを当然のものとして受け入れていた。


 光の景色が変わり、巨大な玉座の間が映し出された。黒い石で造られた城。赤い絨毯。高い天井から吊るされた無数の灯。そこに座る男の頭上には、冷たく輝く数字が浮かんでいた。


 五九五七。


「あれが現在の王です」


 神の横顔には、深い疲れのようなものが滲んでいた。


「王になれば、制度や法律を大きく変えることができます。本来なら、その力は世界を良くするために使われるべきでした。けれど今の王は、上位の者だけがさらに有利になる仕組みを作り続けています。挑戦に失敗してマイナスを背負った者は苦しみ、才能があっても最初の一歩を踏み出せない者が増えています」


 映像の端に、うずくまる少年の姿が映った。握りしめた紙には赤い数字が並び、その横で母親らしき女性が口元を押さえている。別の場所では、競技場の入口で足を止めた青年が、拳を震わせながら引き返していった。


 大河は黙ってそれを見ていた。競争は嫌いではない。むしろ自分は競争の中で生きてきた人間だ。けれど、挑戦そのものが人を潰していく世界だとしたら、それは競技とは違う。胸の奥に、うまく言葉にならない違和感が沈んでいった。


「神なら、あなたが変えればいいんじゃないですか」


 大河の声は思ったより低かった。神は目を伏せ、ゆっくりと首を横に振った。


「私は世界の外側から見守ることはできます。けれど、定められたルールを直接書き換えることはできません。王の権限は、その世界に生きる者だけが扱える力です」


「だから、俺を呼んだ?」


「はい」


 神は大河を真っ直ぐに見た。その眼差しに曖昧さはなかった。


「私は長い間、王になれる可能性を持つ者を探していました。この世界の者では、すでにランキング制度そのものに縛られすぎている。けれど地球には、違う価値観で努力し、競争を知り、敗北を知っても前へ進める者がいる。あなたを見つけた時、私は思いました。この人なら、もしかしたら届くかもしれないと」


 大河は喉の奥が詰まるのを感じた。自分が特別だと思ったことはない。学生時代は届かなかった側の人間だった。勝者ではなく、あと少しの場所で足を止めた人間だ。それなのに、目の前の神はその敗北ごと自分を見ているようだった。


「俺は、全国にも行けなかった陸上選手ですよ。王になれるような人間じゃない」


 口にした言葉は、自分で思っていたより苦かった。神はその苦さを受け止めるように、しばらく黙っていた。それから柔らかな声で答える。


「届かなかったからこそ、あなたは考えることを覚えました。身体の使い方、練習の積み方、勝てない相手への挑み方。勝者だけが持つものではなく、敗者が積み上げるものもあります」


 大河の胸の奥で、古い記憶が静かに揺れた。雨上がりのグラウンド、濡れたタータンの匂い、タイムを見た瞬間に指先から力が抜けていく感覚。悔しさで声も出せず、ただスパイクの先を見つめていた自分。あの日の自分を、誰かに価値があると言われた気がした。


「この世界に行けば、あなたの身体は向こうの環境に適応するよう調整されます。地球人のままではなく、異世界で戦える器を与えます。けれど、それだけで王になれるわけではありません。必要なのは、どのランキングに挑み、どこで勝ち、どこを避けるかを見極める力です」


 神は一歩近づいた。白い空間に足音は響かなかったが、その距離が縮まっただけで、大河の周囲の空気が少し温かくなったように感じた。


「望月大河。どうか、私の星へ行ってください。そして一年後、総合ランキング一位となり、王になってください」


 大河はすぐには答えなかった。地球に残してきたものが頭をよぎる。仕事、住んでいる部屋、いつもの道、使い慣れたランニングシューズ。大切ではないわけではない。だが、それらを思い浮かべても、不思議なほど心は引き止められなかった。


 代わりに湧き上がってきたのは、ずっと忘れていた感覚だった。スタートラインに立つ前の静かな緊張。胸の奥で熱が灯り、指先まで血が巡っていく感覚。自分より速い相手がいると知りながら、それでも前へ出たいと願う衝動。


 大河はゆっくりと息を吐いた。白い空間の冷たさを肺の奥まで吸い込み、神の瞳を見返す。


「一年で、その王を抜けばいいんですね」


 神の瞳がわずかに揺れた。大河は自分でも驚くほど自然に笑っていた。


「無理かどうかは、やってみないと分からない。そういうのは、嫌いじゃないです」


 神の表情がほどけた。安堵と喜びが混じったその笑顔は、最初に見た神秘的な姿よりもずっと人間らしく見えた。


「ありがとうございます」


 神が両手を重ねると、足元に淡い光の輪が広がった。大河の身体がふわりと浮くような感覚に包まれる。視界の端が白く滲み、神の姿が少しずつ遠ざかっていく。


「あなたには、相棒をつけます。ランキングの情報、訓練方法、対策を助ける子です。少し食いしん坊ですが、きっと力になってくれます」


「食いしん坊?」


 大河が聞き返す前に、光はさらに強くなった。神の声だけが、風のように耳元を通り過ぎる。


「行ってらっしゃい、大河。どうか、この星を変えてください」


 白い光が弾けた。


 次に大河が感じたのは、草の匂いだった。湿った土の匂いと、どこか甘い花の香りが混じっている。頬には柔らかな風が触れ、背中には地面の固さがあった。ゆっくりと目を開けると、視界いっぱいに青い空が広がっていた。地球の空よりも深く、吸い込まれそうなほど澄んでいる。見たことのない鳥が高く鳴きながら飛び去り、遠くの草原が風に撫でられて銀色の波のように揺れていた。


 大河は身体を起こした。違和感があった。身体が軽い。疲労が消えているだけではない。筋肉の奥に、これまで知らなかった弾力がある。軽く拳を握ると、指先まで力が素直に通った。神が言っていた異世界仕様の身体という言葉が、急に現実味を帯びる。


「本当に……来たのか」


 呟いた声は、広い草原に吸い込まれていった。胸の奥ではまだ戸惑いが渦を巻いている。それでも、目の前の景色は夢ではない。風の冷たさも、草の匂いも、掌に触れる土のざらつきも、すべてが本物だった。


 その時、耳元で小さな羽音のようなものがした。


「起きたですか?」


 大河は反射的に振り向いた。そこには、手のひらより少し大きいくらいの生き物がふわふわと浮かんでいた。丸みのある身体を覆う毛は、ピンクに近い紫色で、夕焼けを溶かした菫色のように柔らかく光っている。顔立ちは猫に似ていて、大きな瞳が興味津々といった様子で大河を覗き込んでいた。長い尻尾は空中でゆらゆら揺れ、感情を隠す気などないように先端がぴこぴこと動いている。


 あまりにも現実離れした愛らしさに、大河は一瞬、警戒することも忘れた。


「……猫?」


 その言葉を聞いた瞬間、小さな生き物の耳がぴんと立った。丸い頬がぷくりと膨らみ、紫色の尻尾が抗議するようにぶんぶん揺れる。


「猫じゃないのです!」


 高く澄んだ女の子のような声が草原に響いた。


「ポルポルなのです! 大河さんの相棒で、案内役で、トレーナーなのです!」


 胸を張るように空中でふんぞり返る姿は威厳とは程遠かったが、その必死さに大河は思わず笑いそうになった。異世界に来たばかりで、神に王になれと言われ、頭の中はまだ整理できていない。それなのに、最初に出会った相棒はピンクに近い紫の毛並みをした、猫扱いを全力で否定する小さな生き物だった。


 ポルポルは大河の顔をじっと見つめると、にぱっと笑った。


「これから忙しくなるのです。まずはポイントを稼がないと、ごはんも宿もありません!」


 その一言で、大河の表情からわずかな笑みが消えた。


「……いきなり現実的だな」


「ランキング世界は甘くないのです!」


 ポルポルは得意げに尻尾を揺らしながら、大河の周りをくるりと一周した。その小さな身体が風に乗って浮かぶたび、紫色の毛が陽光を受けて柔らかく輝く。


 大河は草原の向こうを見た。遠くに石造りの街らしき影が見える。そのさらに向こうには、見知らぬ山々が青く霞んでいた。自分の知らない世界。ランキングで王を決める星。現在の王は五九五七ポイント。そして自分は、まだゼロポイント。


 だが、不思議と足は震えていなかった。むしろ、胸の奥に眠っていた何かが、ゆっくりと目を覚ましていく。


 大河は立ち上がり、膝についた土を払った。


「分かった。行こう、ポルポル」


 その名を呼ばれた小さな相棒は、嬉しそうに空中で一回転した。


「はいなのです! 目指すは世界のランキング王なのです!」


 草原を渡る風が、二人の背中を押すように吹き抜けていった。

第1話を読んでいただき、ありがとうございました。


ここから大河は、ランキングですべてが決まる世界へ足を踏み入れます。

剣や魔法だけではなく、料理や商売、知識まで順位になる世界で、彼はどのようにポイントを稼ぎ、王を目指すのか。


そして、食いしん坊な相棒・ポルポルも本格的に活躍していきます。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、フォローや応援をいただけると励みになります。


それでは、第2話でお会いしましょう。

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