プロローグ
喉を焼くのは吹き荒れる熱砂か、それとも拭えぬ後悔か。
郝彰は、朱に染まった視界の中でよろめいた。一歩踏み出すたび、砂地獄が彼の足を過去へと引きずり込もうとする。
西域の陽光は、罪人の肉を削ぐ刃のように鋭い。
かつて「剣より心」を説いた門派──『追実門』の純白の武服は、いまや砂に塗れ、正体のわからぬ茶褐色に変じていた。
「……ここが、果てか」
乾ききった唇からこぼれた声は、風にさらわれて霧散した。
意識が、陽炎の向こう側へと遠のいていく。
追実──それは、真実を追い、義に殉ずるということ。
混沌きわまる江湖にあって、追実門は私欲を捨て、公義のために剣を振るう清廉の士として知られていた。
握りしめた『無鋒剣』が砂に突き刺さり、杖のように彼の身を支える。
その時、不意に風の音が変わった。
死を運ぶ砂の嵐が止み、代わって耳を打ったのは、遠くから響く清かな水のせせらぎ。
砂塵の果てに、黄金の輝きがゆらめく。
忽然と姿を現したのは、数世紀も前に滅びた古都・楼蘭。
天を突く金の塔、満ちあふれる運河、匂いを忘れるほどの静けさ。
そこには砂漠の乾きも、江湖の血の匂いも、朝廷の陰謀も存在しない。
ただ、残酷なほど澄みきった美しさがあった。
「旅のお方、こちらへ」
鈴を転がすような声が砂の静寂を破った。
水辺の柳のほとりに、薄桃色の衣をまとったひとりの少女が立っている。
瑞々しい瞳、やわらかな微笑。彼女は郝彰の砂にまみれた姿にも怯まず、むしろ慈しむような眼差しを向けて駆け寄ってきた。
「お待ちしておりました。父上から聞いております。あなたは、この国を救いに来てくださった剣客様なのでしょう?」




