009 六勇士の一人、《ドラガン》
―― 戦魔暦九十一年 一月七日 午後一時 イベリアルタウン北街道沿い ――
二人と一時的に別れた俺は、ゴブリンの討伐に来ていた。ゴブリン程度のモンスターであれば魔法を使わなくても余裕で倒せる。
俺は杖を使いゴブリンの集団、と言っても五匹のゴブリンを相手にしていた。
「ほいほいほい!」
「ギャッ!」
「よし……コンプリートだな」
俺は依頼書の下部に記載がある「0/5」が、「5/5」に変わっているのを確認し、イベリアルタウンに帰る事を決めた。
この文字には特殊なインクで書かれており、そのモンスターに該当するモンスターを倒すと、依頼書が自動的に改変される仕様になっている。
「しっかし、ゴブリンを倒すまでにゴブリン以上のモンスターと出くわしていたら、本末転倒な気がするな……」
ゴブリンに遭遇するまで、俺はスライムやマンイーター、襟巻ドラゴン等を相手にしていた。ランクEのモンスターが多かった為、ここら辺はビギナーの育成に適していると言えるだろう。
「残金は……二万三千七百ゴルドか。ゴブリン討伐で百、リナちゃんが稼いで百、これで二万三千九百で……宿が三人で一泊三百だから、このままだと残るのは二万三千六百か。魔法大学の入学には一人一万かかるから、使えるのは三千程か。となると、早いところ評価を上げてランクを上げた方が良さそうだな。複数の依頼を受けて来ればよかったな……夜までまだまだ時間があるし、一回帰ってもう一度討伐しちゃうか」
「せいっ、はぁっ! だぁ!」
「……ん?」
街道を歩いていると、どこからか気合いの入った掛け声が聞こえてきた。
「はぁああっ! わ、ちょちょちょちょぉおっ!?」
「声はこっちの方から……あ」
街道から外れた道には、リナと同い年程の赤髪の青年が、襟巻ドラゴン六匹に囲まれていた。
ランクEの襟巻ドラゴンの注意すべき点は、地味に鋭い爪と、稀に吐く火炎ブレスだろう。これにさえ注意すれば、一対一であればビギナーでも比較的楽に倒せるモンスターだ。
しかし相手は六匹、青年の実力はランクEからDにかけて……というところだ。苦戦は必定と言える。
「あ、そこのお兄さん、ちょっと私を助けていきませんっ? このっ! うりゃ!」
「いや、えらくストレートだな」
「くっ、たぁ! 師匠に思った事は口にしなくちゃわからないぞ、と言われてるので! 火ぃいいっ!?」
それは違う意味で言ったんじゃないだろうか?
火炎に警戒している為、うまい事襟巻ドラゴンの隙を突けないみたいだな。
「省エネという事で、二匹引き受けるよ」
「十分です!」
そ、十分だと思う範囲で言ったんだからな。
昔から命の危険性の少ない戦闘で、冒険者を甘やかすのは良くないとされているからだ。
「ほいほい、ほほい!」
「グゥ……」
杖で数回襟巻ドラゴンを叩き、倒す事に成功した。
「この数なら……エアリアルダンサーッ!」
なんですと!? そのレベルで習得してるとは驚きだな。
青年は横一線に跳び、二匹がいなくなった事による隙を突いて、並び立っていた襟巻ドラゴン三匹を一瞬で倒した。
残った一匹に負ける訳もなく、襟巻ドラゴンの討伐に成功した。
「よし、レベルアップだ! あ、いやぁ、助かりました。自分の名前は《エッグ》っていいます。お兄さんのお名前は?」
「俺はアズリー、宜しくねエッグ君」
「アズリーさんですね、宜しくお願いしますです!」
「しかし、その年でエアリアルダンサーが使えるのは凄いね」
まだまだあどけなさが残る年頃で、そのレベル……しかし特殊技能が使える。……先程言っていた師匠の指導力の高さが窺える。
「何たって師匠は六勇士の一人ですから!」
「そりゃ凄い、一体誰なんだい?」
「へっへー、師匠は六勇士が一人、《ドラガン》様です!」
六法士、六勇士については、リードから聞いた事がある。
ドラガン……使う武器は状況に合わせ、緻密な計算をして戦う事から、《繊細な虎》とか訳のわからない異名を持っている戦士だとか。
「んで、そのドラガンさんはどこに?」
「イベリアルタウンの宿にいますよ! 自分もこれから帰るところです!」
「へぇ、俺も帰るところだし、一緒に行こうか」
「はい!」
そんな訳で、俺とエッグはイベリアルタウンまで足早に向かった。
俺より早く依頼が終わったらしく、ポチとリナは既にギルドで報告を済ませていた。
宿に着くと、出入り口にあるスペースでポチとリナが待っていた。
「マスター、これがマスターと私との差ですよ!」
鼻高々にポチが威張る。
「いきなり酷い言われようだな。それより、リナは大丈夫だったか?」
「んまっ、それよりの『それ』って私の事ですかっ!? 酷いのはマスターじゃないですか!」
「……ポチより、リナは大丈夫だったか?」
「あ、大丈夫でしたよ!」
それはいいのか?
「ところで、そこのお坊ちゃんはどちら様で?」
「あの……なんか私、ジロジロ見られている気が……」
急に身なりを整え始めたエッグが、髪のセットを大雑把にまとめながらリナを見つめている。
……わかりやすい奴だな。
「あのそのえっと、わたわたわたくし、エッグと申しますです! リナさんですね、以後お見知り置きを!」
「その……宜しくお願いします」
ちょこんと礼をするリナに対し、エッグはカチカチに固まっている。
内気なリナの気恥ずかしさからの赤面と、エッグの真っ赤になった赤面はおそらく意味が違うだろう。多感な年頃って事だな。
「私はマスターの使い魔、ポチと申します」
「凄く綺麗な髪ですね、輝くような赤茶……まるでレッドドラゴンの排泄物を思わせます」
輝かない例えもあったもんだな。見ろ、リナの困った表情を!
そして見ろ、挨拶を無視されたポチの悲しそうな表情を!
「ポチと申します!」
「その美しく白い肌は、まるで毒沼にハイキュアーの魔法をかけたかのように澄み切っています」
女の子の前だと暴走してしまうタイプか。
「マ、マズダァ、いつ私に透明化の魔法かげだんでずがぁっ……うぅ」
「かけてねぇよ。つーか、その考えに至ったポチを尊敬するよ」
「貴様何者だっ!」
「それは前にやったからもういいわ!」
おっと、そろそろリナを救援しなくてはいけないな。
「エッ――」
「エッグ、何をしているのです?」
誰だこのおっさん?
「へ……あ、師匠っ!?」
見上げる程の……巨体。グリーンメタルの鎧に包まれた、筋骨隆々の男がそこに現れた。
首も太く、鎧越しからでもわかる体躯、太い眉に鋭い目付き……身長も二メートルはあるんじゃないか?
これが六勇士のドラガンか。しかしこの人なら、虎って言うより熊って感じだが……きっと民衆は……熊は失礼だと思ったんだろうな。
エッグがドラガンに事の経緯を説明してるようだ。
「ほぉ、貴方がエッグを……申し遅れました、私はドラガン、六勇士のドラガンと申します」
「これはご丁寧に、私は旅の魔法士のアズリーといいます。使い魔のポチに、魔法士見習いのリナです」
「ほぉ、使い魔を使役出来る程の魔法士……となると、魔法大学の出でしょうか?」
熊さんの敬語とは、あまり慣れないものだな。がさつなイメージしか出来ないが、なるほど、こういう所から《繊細》がきてるのだろう。
使い魔の使役って結構簡単だったりするんだが、魔法大学出身じゃないと出来ないものなのか?
「いえ、これから入学する予定です」
「なんとっ……これは数年後、六法士が荒れるかもしれませんね」
そんな大層なものになる気はないけどね。
いやしかし、称号の能力上昇は確かに欲しいかもしれない。
「エッグ、女性の前に立つ時は、後二度程正面に顔を持っていくのが良いですよ。足は踵がつくかつかないかという状態が望ましいでしょう。後一ミリ目を開いて口角を二ミリ上げましょう。……はい完璧です。これからも精進なさい」
「はい!」
細けぇっ!
「私も普段はベイラネーアに居を構えておりますので、お会いする事もあるでしょう。その際はどうぞ宜しくお願いします」
「はぁ……よろしくお願いします」
「ではこれで……失礼します」
「あぁ、どうも……」
俺は部屋に戻ろうとするエッグとドラガンをそのまま見送った。
六勇士の強さが気になったので、最後に鑑定眼鏡を発動して階段を上る二人を覗いてみた。
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エッグ
LV:15
HP:136
MP:33
EXP:11201
特殊:剛力・エアリアルダンサー
称号:六勇士の弟子・剣士見習い・弓士見習い・槍士見習い・拳士見習い・斧士見習い・均一野郎・ランクE
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凄い見習いもいたもんだな。
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ドラガン
LV:100
HP:3250
MP:680
EXP:9999999
特殊:剛力・剛体・エアリアルダンサー・高周波ブレイド・獣王拳・ステルスショット・大地割り・一閃突き
称号:戦士大学卒・六勇士・繊細な虎・竜殺し・先生・豪戦士・スペシャリスト・ランクS
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え、怖い。
何だこの特殊技能の量は。見た目三十歳程なのに……こりゃ才能の塊ってか?
「マスター、どうしました?」
「いやぁ、世の中広いなーって」
「だから見聞を広めるんでしょう? さ、もう一回くらい討伐行きましょう!」
ポジティブなポチに励まされ、俺達は、その後三回の討伐依頼をこなした。
各町で適度に討伐をしつつ、二月末日が締切とされる魔法大学の入学試験を目指す。