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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第三章 ~成長編~

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082 リナの意思

 あの後、ポチと二人で選考して、水龍の杖に入れる四つの魔法を決めた。

 ポチズリー商店に戻る頃には、すっかり真夜中になっていた。空間転移魔法で部屋に戻った俺たちは、すぐに床につこうとした。しかし、すぐに寝息を立てたポチとは違い俺は中々寝付く事が出来なかった。

 ポチの腹枕はいつも通りフカフカで気持ち良いのだが、やはり気になるのは今後の方針。

 ベイラネーアを拠点に動き回るにしても、やはりその情報量は王都レガリアには劣る。上手くメルキィと連携をとれると思っていたんだが、通信遮断の魔術を使われるとは思わなかった。

 世知辛いと言えば世知辛いが、そんな事を言っていてもしょうがない。神の使いは言った。「研鑽せよ」と。ならばレベル百になった今学ぶべきは戦闘での経験と知識、そして良称号の獲得と言えるだろう。

 戦闘系の称号であれば、戦っているうちに獲得出来るだろうから、まずはそちらから煮詰めるべきか。

 差し当たって欲しい称号は……ランクSの称号だろうか? そうだな、そうすれば得られる情報も増えるだろうし、ポチズリー商店の資金を増やす事も可能だ。明日ダンカンに話を聞いてみるか。

 そう思いようやくきた眠気に身を委ねようとした時、部屋の外に魔力の揺らめきを感じた。


 この静かで優しい感覚は…………、

「……リナ?」


 微かに聞こえた「はい」という返事に、俺は身を起こして立ち上がった。そうか、大学に泊まりと聞いていたが、仕事を片付けて帰って来たという事か。

 俺は、ポチを起こさないように足音を立てず静かにドアまで向かい、ゆっくりと開けた。

 すると、いつかの宿屋での出来事と同じように、杖を抱え、嬉しそうに顔を綻ばせたリナが立っていた。

 後ろ手にドアを閉め、リナは一歩下がって俺を迎えた。実際迎えたのは俺の方なんだが、どうしてかそんな気がした。


「あの、杖、ありがとうございましたっ」


 深々と下げる頭に俺は驚いた。


「いやいや、お礼は俺じゃなくガストンさんに言うべきだよ」

「も、勿論それもあるんですけど、アズリーさんがいなかったら、こうはなりませんでした」

「そんな事ないよ。リナの頑張りが評価されたって事だよ?」


 俺の言葉にリナの頬が紅潮する。くっ、真夜中で暗いってのに何て眩しい顔をするんだっ。

 そんな事を考えていると、リナは意を決した顔になって改めて俺を見た。なるほど、真面目な話って事か。

 俺はリナにアイコンタクトを送り、一階の食堂で話そうと手振りした。

 こくりと頷いたリナは、俺の後ろをトコトコと歩き、ゆっくりと一階の食堂まで付いて来た。

 対面の椅子に腰掛けると、リナは胸に手を当てて深く息を吐いた。


「……あの、アズリーさん、私…………王都守護魔法兵団に入ります」


 ガストンから話を聞いていなければ、俺は相当驚いていただろう。

 リナは言うタイミングを見計らっていたのだろう。リナの性格から考えると、念話連絡で話したくない内容だろうしな。

 俺と二人きりになれるタイミングを見て話すつもりだった。別に話さないつもりでいたという訳ではない。

 そう考えると何故か心がほっとする感覚がした。と同時に身体も反応し、自然と息が漏れた。


「……そうか。リナならやっていけると信じてるよ。あっちにはフユもいるしな」

「私は……私は、まだまだアズリーさんの足下にも及びません。だから王都守護魔法兵団に入って力をつけます。そして、魔王が現れたその時、私は……アズリーさんの力になりたいんですっ」


 言葉に…………詰まった。

 リナの新たな決意表明にではない。リナの真摯な気持ちにだ。

 神の使いに言われたからという理由を持つ俺では想像も出来ない、自分だけの意思。俺は知らず知らずの内に理由で誤魔化し、自分の意思を放棄してしまっていたのかもしれない。

 だから俺は何の言葉も出せなかった。

 この夜、リナの意思は……俺の意思を揺らした。

 俺の生徒は知らない内にどんどん成長していく。その成長は俺の背中を力強く押してくれているような気がする。


「俺も……俺も負けないからな」


 ようやく返事を絞り出した時、リナは小首を傾げ、俺の顔を覗き込んでいた。

 そしてその時、リナの頬は一気に桜色に染まった。緊張がほぐれて安堵したせいだろうか?

 雲が動き月明りがリナを照らした時、俺はリナの変化に気が付いた。

 リナの服がいつもの黒いローブから、その頬と同じ、色鮮やかで美しい桜色に変わっていた事に。


「…………綺麗だ…………」

「へっ!?」


 思わず零れた言葉に、桜が茹で上がった瞬間だった。

 両手で火照る顔を覆い隠したリナは、俺の視線から逃れるように部屋を駆け出て行った。

 食堂の扉越しに聞こえたリナの最後の声は「ま、負けません!」というさっきの俺の言葉への返事。

 その後、階段を駆け上がる足音を聞き終えると、俺は俯き掻き毟るように頭を抱えた。


「…………………………………………やっちまった」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日、俺はポチと共に冒険者ギルドを訪れ、カウンターで酒を注ぐダンカンと話していた。


「ランクSの昇格審査ねぇ……。レベル百だからと言ってポンポン推薦出来る訳じゃないから、すぐには難しいわよ~? アズリーちゃんなら安心して薦められるんだけど、アズリーちゃんってレベルだけで依頼の消化自体はそこまで多くないから……ま、単純に言ってしまえばレベルより経験不足で推薦出来ないってのが正しいわね。ブランクも少し空いちゃってるしね~」

「やっぱりそうですよねぇー。わかりました。ちょっと冒険するので、高難度の依頼を紹介してください」

「マスターが我儘(わがまま)言って申し訳ありません!」

「うふふふ、わかったわ~。あ、これをC卓に持って行って頂戴♪」


 ダンカンは注いだ酒をトレイに載せ、若い女の子のウェイトレスに持たせた。

 あれ、この子は確か……ポチズリー商店で一緒に住んでいる。イツキちゃんじゃないか? いや、間違いない。俺に二コリと笑いかけて挨拶してくれた。

 小さい身体で一生懸命にトレイを運ぶ姿を俺が追っていると、ダンカンが気付いたのか、俺に教えてくれた。


「最近ではウチに交代で働きに来てくれるのよ。うふふふ、こういった仕事の斡旋もしてるのよ~?」

「はは、驚きました」

「ホントです! まさかイツキちゃんがいるとは思いませんでした!」

「ウチに来る冒険者で信用出来る人間には仕事を紹介させてもらってるの。子供だから賃金もそこまで高く出来ないけど、それでも色食街(しきしょくがい)の子供たちは働き者だからね、頑張ってくれてるわよ? 評判も良いし、私も助かってるわ~」


 ……そうだったのか。子供たちのエネルギーは本当に力をくれる。あの無邪気で可愛い笑顔は正義だ。

 冒険者の皆が率先して仕事に使ってくれるのは、なんだかわかる気がする。


「さて、お仕事の紹介だったわね。アズリーちゃんは今ランクAだから~…………これなんかどうかしら?」


 ダンカンが見せてくれた依頼書はモンスター討伐の内容だった。

 ベイラネーア南東、《巨人の通り道》の東に、ランクBのモンスター、「ケルベロスワーム」の巣窟が存在し、これを討伐して欲しいという依頼だ。

 ケルベロスワーム……三つ首の巨大ミミズのモンスターか。ランクBのモンスターがランクAの依頼になっているところを見ると、単体ではないという事か。

 俺はダンカンに受領の意思を示し、他にもベイラネーア付近の高難度依頼を見繕ってもらった。

 依頼は最高で三つまで。可能な限り受け全てこなしてから報告というのが効率的だ。

 幸い俺は、空間転移魔法でいつでも自分の部屋に戻る事が出来る分、人一倍早く動けるからな。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「それで……ケルベロスワームの他にはどんな依頼を受けたんです?」

「それがな、ランクAのモンスターは最近珍しいみたいで、ランクBの依頼しかなくてなー。とりあえずお金のために受けては来たが、どれも今の俺たちなら簡単な依頼だよ」


 モンスターの探索は、使い魔であるポチが担う。

 やはり獣の鼻は鋭敏だからな。依頼の場所まで行ってモンスターの探索を始めれば、意外と簡単に見つかったりする。

 だからという事でもないが、巨人の通り道付近に着くまでに、メインのケルベロスワーム以外のモンスター討伐は終わっていた。


「おし、ここから東にそれつつ、索敵だな」

「アウッ!」


 ポチへのこの指示から十数分、ポチの鼻がひくついた。

 モンスターの(にお)いかと思ったが、ポチの顔を見るにどうやら違うみたいだ。


「……どうした?」

「人、ですね。非常に高い戦闘力を持っています。身のこなしから戦士かと思います」

「よし、警戒しつつ近づこう。野盗の類であれば倒しておいた方がいいからな。ほいのほい、オールアップ・カウント2&リモートコントロール!」


 身体向上魔法を上書きし、俺たちはポチの鼻と耳を頼りに先へ進んだ。

 そして、再びポチの鼻が動いた時、ポチは瞬時に巨大化し、声を出すより早く俺に危険を知らせた。


「マスター、いつでも逃げれる準備を! かなりの数です!」


 ポチの剥き出す牙と、鋭い瞳がその危険度を知らせ、俺に臨戦態勢を整えさせた。

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