008 冒険者ギルド
―――― 戦魔暦九十一年 一月七日 午前十時 イベリアルタウン ――――
フォールタウンを出発してから一週間が経過していた。
俺達はイベリアルタウンという町に到着していた。フォールタウンの東門から北へ向かって歩いていると、フォールタウンに続いていない街道へ出た。
勿論、その昔は続いていたような名残みたいな道という風には確認出来たが、雑草が生え揃っていて、注意深く見なければそれを確認する事が出来なかった。
その街道を真っ直ぐ北へ向けて歩いたら、このイベリアルタウンに着いたという訳だ。
俺達は店の外にあるバルコニーのテーブルで食事を終えていた。
ポチはバルコニーの下で座って待機している。
「やはり……誰もフォールタウンの事を知りませんでしたね」
リナが辛そうな様子で語る。
「誰に聞いても十年前くらいまではあった町……という回答、これはもしかしたら情報封鎖ですかね?」
「参ったな、もしかしたらこの推薦状使えないかもしれないぞ」
「確かにそれは問題ですね」
「そ、そんな……酷すぎます……」
ま、これは最初から案じていたものであるが、いくつかの策は考えている。
「こりゃ違った意味でも魔法大学、いや、もしかすると魔法大学より上、国を調べなくちゃいけないかもしれないな」
「しかし、推薦状の件はいかがします? 無い町からの魔法大学入学生……となると些か問題が起きそうですよ?」
「ライアンさんの好意を無駄にするのは申し訳ないが、やはりここは別の手段で入学するのがいいだろうな」
ポチとリナが顔を見合わせる。
「あの、それはどうすればいいのですか?」
「そうですよ、いくらマスターが卑怯で卑屈で愚か者だったとしても、それは難しいのでは? あまり時間もありませんし」
愚か者は余計だろ。こいつがいつもこう言うから俺の称号が変わらないんじゃないかと思えてくる。
しかし、ここで口を挟むのは実に愚かだと言えるだろう。
いやしかし、口を挟まない故愚かだと捉えられるのも問題だ。
いやいやまてよ…………
「アズリーさん、何を考えてるんでしょう?」
「どうせくだらない事ですよ」
「――という事は……これだ! いやいやポチ、愚か者ってなんだよ!」
「いや、マスター、それはかなり遅い反応です。だから愚か者とか言われちゃうんですよ」
「おのれぇ、失敗だったか……あれ、そういえば何の話してたんだっけ?」
ポチが溜め息を吐いて、呆れ混じりの顔でこちらを見る。
「まったく、推薦状ですよ、推薦状っ。魔法大学に入れなかったらマスターはともかくリナさんが可哀想です」
「あー、そうだったそうだった。この二年で俺もリナもかなりのレベルが上がった。だからこそ冒険者ギルドに入るべきだと思ってな?」
ポチが首を傾げる。
「だからそんな時間はないでしょう?」
「冒険者ギルドの契約書のサインは、そのギルドの町の長が直筆で書くんだ。あとは……わかるだろ?」
「あぁ、そういう事でしたか」
「あの……一体どういう事ですか?」
俺とポチは笑って答えると、リナは困惑した表情で俺達の考えに追いつこうとしていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺は二人と共にイベリアルタウンの冒険者ギルドまで来ると、昔との意外な違いに驚いた。
と言ってもちょっとした違いで、使い魔の入場が許された事だ。勿論、普通の動物は入っては駄目だという話だが、使い魔として使役している動物であれば問題ないそうだ。
なんでも、昔とは違い魔法士の数が少なくなったのと、使い魔の知能が下手すると人間より上だという事が世間に認知されたからだとか?
「いやー、驚きましたね。まさか私も入れるとは驚きでした。このまま冒険者にでもなっちゃいましょうかっ?」
「ふふふ、流石に登録は出来ないそうですよ?」
「それは残念ですねー」
ギルドとは仕事の依頼と斡旋を行い、それを纏める団体、場所の総称だ。
運営はギルドへの依頼料がランク毎で決まっており、その決まった金額を積めば、ギルドは仕事として受諾し、適正ランクの冒険者へ紹介するという簡単な流れだ。
勿論、冒険者からもお金を取る。それは、仕事の成功報酬の一割を予め引いて提示している事と、冒険者ギルドへの年間登録料の二つとなっている。
その外観は多様で、大きな詰所のような建物から、このイベリアルタウンのギルドみたいに、簡素な酒場風の建物も存在する。
「へぇ、魔法士とは珍しいね。しかもそれでいて新規ってのは驚きだ。あっちの台の上に置いてある登録用紙に名前を書いて、こっちに持ってきてくれ」
ギルドの受付員と思われる男が、カウンター横に置いてある記載台を指差して俺を案内する。
記載台の上にはギルド登録用紙が数枚置かれ、その用紙の中にはこの町の町長のサインが確かに存在した。
「あの、確かに書いてありますけど、これをどうするんですか?」
リナが小声で質問してくる。
「ちょっと待っててー。ほいのほい……コピー&ライト」
小さな魔法陣を記載台に描き、町長の名前が側面から二枚分剥がれて浮き上がる。それがリナが開いた推薦状のライアンの名前の部分に上書きされていく。
「す、凄い……こんな事が……」
「ついでに……ほい、レターエディット」
推薦状の町の名前フォールタウンの文字が紙面で踊るようにくねくねと動き、《イベリアルタウン》という文字に変わっていく。
「これは……魔法になるんですか?」
「そ、魔法大学の卒業者だったら使えるはずだよ。俺のは少し特殊な公式を加えてるけどね」
「特殊……ですか?」
「本来のこの魔法だと細工したってばれちゃうんだけどね…………あ、先に書いちゃおうか」
俺は受付員の視線が気になり、先に登録用紙の記入を済ませた。それを受付員の所へ持っていく。
「えっとー、リナちゃんにアズリーさんね。冒険者ギルドについて説明させてもらうけど時間は大丈夫?」
「えぇ、お願いします」
ポチは昼間から飲んでいる冒険者達の注目を集めているが、あいつの事だ、うまくやるだろう。
「まず君達のレベルは、そこにある魔法陣に手をかざせばわかるようになってるよ。後で試してみるといい。そのレベルとは別に、ギルドにはランクってのがあって、そのランク毎に請け負える仕事が変わってくる。あぁ、勿論上位ランクの人は下位ランクの仕事も出来るからね。君達はビギナーだからランクは《F》、最高は《S》……まぁ、Sって言っても六法士や六勇士、あとは数える程しかいないって話だけどね。ランクの仕事はそこの掲示板見てね。受けたい仕事があれば剥がして持ってくればいいから。以上、説明終了っ」
「ありがとうございます」
「えぇっ、今の説明でわかったんですか?」
「わからなかったらまた聞けばいいだけだよ。とりあえず習うより慣れろ精神で、まずは一つやってみようか」
困惑気味の表情のリナ。
こちらの区切りに気が付いたのか、ポチもこちらへやってくる。
三人でランクFの仕事が貼ってある掲示板を見る。
「えっと……あれ? ランクFのお仕事ってこんなに簡単なんですか?」
「そ、よく気付いたね。あの町ではゴブリンですら珍しいからね。スライムやキラービーなんかは、もしかしたら初めて見る事になるんじゃないかな?」
あの町付近のモンスターはランクがC前後のモンスターが多かった。
ゾンビロード、マリンリザードはC。あの草原にいたサイクロプスやキラーマンティスもC。ランクBのモンスターはキマイラの他に、この二年でゾンビキングの存在も確認出来た。ランクが低いモンスターを見かける方が稀だった。
その中で戦ったと言えば、あのアルファキマイラが最強だったか……あんなモンスター、レベル60~70台のパーティで倒すようなもんだ。ポチがいなくちゃ、長年研究した魔法や魔術がなくちゃ、ダイナマイトなんかのアーティファクトがなくちゃ…………俺もまだまだだって事だな。
せめて後……二、三千年あれば……っ。
「マスター、また変な事を考えてませんか?」
「なかなか鋭いな毛皮君?」
「えへん、私が死んだら是非その首に巻くといいですよ!」
いや、怒る所だろここは。
「へぇ、あ……これなら私にも出来そうですよね?」
リナが一枚の依頼書を剥がして俺に見せてくる。
「なになに……グール討伐三体ね、別にいいと思うけど、何でグールなの? スライムやゴブリンの方が倒し易いと思うんだけど……?」
「グールの行動ってゾンビに似てるって聞いた事があって……その、ゾンビだったら戦い慣れてるので、その……」
恥ずかしそうに俺へ説明するリナ。
意外という程ではないが、やはり考えているようだな。時間があるのであれば多種多様なモンスターと戦いたいところだが、時間節約と共に尚且つ新しい種族と戦う……頭は良く回転は速い。並の十五歳にはこんな事考えられないかもしれない。
「うん、いいんじゃないかな?」
「はい、いいと思いますよ?」
「そんじゃあ俺も……ゴブリンでも退治してくるかな。ここら辺のモンスターは落ち着いてるが、ポチはリナちゃんに付いてあげて。今日はここに泊まるから、終わったら町の宿で集合って事でっ」
「「はい!」」
俺と二人は一旦そこで別れ、リナとポチはグールを倒しに東へ、俺はゴブリンを倒しに北へ向かった。