056 愚者と賢者
第三章開始です。
ベイラネーアを旅立ってどれだけの月日が流れただろう?
あぁそうだ……七百日を過ぎたあたりだ。間も無く二年になるな。
あれから王都レガリア……へは寄らず、その東にある《極東の荒野》と呼ばれる場所までメルキィに連れて来られた。
そして出会ったんだ。
――極東の賢者に。
「おぅら! スクワット後一万回じゃごらぁああっ!」
「っしゃああおらぁ! スクワットがなんぼのもんじゃいぃいいっ!!」
荒野の岩の上に腰掛け、あそこから俺にスクワットの指示を延々と出し続けるオーガと見間違う程の筋肉ダルマ野郎が、そのダークエルフ賢者様だ。
白い腰巻が一枚。黒髪黒髭で六勇士のチャーリーも真っ青な厳ついオッサン。耳が尖ってるという情報は間違いではなかったが、あの肉体派のオッサンは耳が潰れて尖ってすらいない。
出会い頭にオーガと間違って大魔法放ってしまった俺の、極ブレスを放ってしまったポチの気持ちもわかるだろう。
「お? てめぇ今生意気な事考えたろ? スクワット一万回追加!」
「じょ、冗談だろ!?」
「更に一万追加! 大変だな三万回も! ガハハハハハッ!」
「くっ、おのれぇえええええっ!」
極東の賢者改め、極東のボンバーヘッド。《知肉のトゥース》は、今日も俺の鬼教官だ。
守護魔法兵団に入った方が絶対にマシだと思えるような労働環境。炊事洗濯は勿論、荒野の雑草抜きから整地など、挙句の果てにはモンスターの巣のおトイレチェックと、訳のわからない労働の後に、この地獄の凶戦士育成プログラムが行われる。
メルキィが異常な程強い理由がわかりましたよ。えぇ!
最初の一年は爆弾頭から魔法や魔術を教わった。勿論俺が会得した数々の魔法や魔術も提供した。
俺は魔法や魔術を覚えるのにやはり時間が掛かり、この筋肉爆弾は干したへちまが水を吸うように一気に覚えていった。
そう、あの頃から俺とこのクソ野郎との上下関係が構築されていったんだ。
「お、終わった……ぜぇ……ぜぇ……おぅふ……なんか出る……」
「ガハハハハハッ、そんなんで魔王とやり合おうってんだから笑いもんだわな! 聖戦士レベルの強さなんぞ夢のまた夢だな!」
「う、うるさいっ! 大体なんで神の使いは俺に言ってきたんだ! この親父でもいいじゃねーか!」
「俺様は自分以外信じねぇからな。おそらく現れたが信じなかったから記憶が消されたんだろう! んで、巡り巡ってハズレクジを引いたのがアズリー、お前って訳だ!」
「ハズレクジってなんだハズレクジって! つか魔王の復活は信じてるんだろ! 手伝ってくれたっていいじゃないか!」
「嫌だ」
「理由くらい教えろってーの!」
「……魔王の目的はなんだ? 言ってみな」
目的…………あれ? そもそも魔王の目的ってなんなんだ?
「はい愚か者ー! 魔王は歴史の中で何をしたっ? 聖戦士たちはなんの為に魔王と戦ったんだよ!」
「……それは……世界を支配されるのを防ぐ為じゃないのか?」
「そう、魔王がするのは支配だ。やる事は人間と変わらん。なら誰が王になったとて俺様には何の影響もない。世界を滅亡させるってなら動かないでもないがな」
「それじゃ神はどうなる! 今まで人間を護ってきた神の存在が消えるかもしれないんだぞ!」
「だから俺様は自分しか信じてないと言ってるだろう? 魔王が世界を征服した後に世界が滅ぶのか? ならば魔王は自殺志願者だ。征服後の統治を望んでいるからこそ、人間を滅ぼすか奴隷にしようとしてんだよ! 自殺したいならその膨大な魔力を地中に数発ぶちこみゃ星は死ぬんだ! だが、歴史上の魔王は皆それをしなかった! ならば荒野に生きる俺が関与すると思うか? ありえねぇな! 土に暮らす土竜が地上の事を気にしないのと一緒なんだよボケナスがっ」
ぐぅうう、確かにその通りだ。
俺の言い分は英知と繁栄を願う文明人だからこその理屈だ。
モンスター同然の暮らしをしているこの賢者には通じる訳もないか。
だけどな、土竜だってたまに地上に出るんだぞ。まったく、だから年寄りは嫌なんだ。
「お? なんだ、また愛の筋トレ劇場にご招待か?」
「ば、そんな事したら俺の足が――」
「はいアズリー様、腕立て二万回のスペシャルコースへご案内! 足は無事だ、安心しろ!」
「きぃいいいいっ、やってやろーじゃねぇかーっ!!」
拝啓リナ様。
砂とオヤジの汗臭さで季節もへったくれもありませんが、いかがお過ごしでしょうか?
風の噂でブルーツとブレイザーがランクSになったと聞きました。ベティーも負けじと頑張っているでしょう。
そして新たに一人、銀のメンバーが増えたとか? 黒髪の美少女、という噂でしたが、それはおそらく春華なんじゃないかと思っています。
ナツもフユも順調に成長し、アイリーンさんのおかげで色食街の子供の保護も進んでいるそうで何よりです。
この度は学生自治会会長になったとか? おめでとうございます。《黒帝》なんて呼ばれていない事を切に願います。
ポチですか?
ポチは相変わらずです。まるで成長を感じられません。
私ですか?
私も相変わらずです。全く成長を感じられません。
ただ、二人とも多少強くはなったんじゃないかなーと思います。
成長していないのは多分人間的部分でしょう。
私もポチのお菓子に激辛ソースを入れる程には思考が子供です。
ポチもポチで、やせ我慢して食べきるところは子供で、俺を許してくれるところは大人だと思います。本当に大人だと思います。
すぐ忘れるところは獣だと思います。
大学はどうですか?
オルネルやミドルスやイデアとは仲良くやってますか?
そういえば、アンリとクラリスも両方黒の派閥でしたね。昨年の親善試合は白の派閥の弱さにアイリーンさんが嘆いていたとか? 優秀な魔法士が育っているといいんですが、いなければいないで、圧勝でもなんでもすればいいと思います。
バラードは成長したんでしょうね。もう誰も狙おうとは思わないでしょう。そういえば、あの口癖治りました?
オルネルは学生自治会の風紀でしたね。副会長は誰がやってるんでしょう?
会長が黒の派閥のリナだから、副会長はバランスをとって白の派閥から……という事になると思います。今やリナは下級生から羨望の眼差しを送られる立場。副会長に舐められたらぶっ潰しちゃいましょう。
腕立ても一万とんで三回に達しました。
適度な食生活。超絶過度な運動を繰り返すと、筋肉ダルマになるみたいなので、アイリーンさんの魔法を模倣してみました。身体はガッチリとしましたが、原型は留めています。近々そちらへ一度伺おうと思います。
魔力も強くなり、体力もあり得ない程には強くなりましたので、ご心配などしないようによろしくお願いします。
成長したリナに会えるのを楽しみにしています。
追伸:一万百五十九回目です。
「お、終わった……ぜぇ……ぜぇ……おぅふ……なんか出る……生ま……れるっ!?」
「マスターお疲れ様ですー!」
「グエッ!?」
巨大化したポチが腹の上に跳び乗ってきたので、俺の口から昼食だったものが生まれる。
「何やってんですか! 本当どうしようもないマスターですね!」
「おぇ、お前……過激さが増しすぎだろ……」
「え、でもトゥースさんがマスターに乗れば腹筋が強化されるって言ってましたよ?」
「オーバーマッスルにも程があるだろう。そういえばそのマッスルキングとオーガキングを配合したような賢者はどこに行ったんだ?」
「メルキィさんと組手してますよ」
「なんと! 観戦しなくては!」
「ダメですよぅ」
既にスカート程しかない俺のボロボロ法衣をポチが引っ張って止める。
「え、なんでだよ?」
「伝言をたまわってきました」
「伝言?」
「『ガハハハハハッ! 腹筋二万だ!』、だそうです」
目覚めろ……俺の腹筋!
いつも読んで頂きありがとうございます。




