054 あの頃と今
―― 午前一時三十二分 ベイラネーア北門 ――
「まさか、メルキィさんと出会ったその日に逃避行するとは思いませんでしたよ……」
「人の心の接近に時間は関係ないさね。修復には時間が掛かるかもだけどねぃ」
「マスター、お菓子を持ってないのは何故ですか! 持ってないとかないですよね!?」
「お前の尻尾に括りつけてるよ」
「なんですって!?」
自分の尻尾を追いかけ始める我が使い魔。
確かに綿菓子のようだが、よく目が回らないな?
「付いてませんよ!」
「付けてないからな」
「嘘はよくありませんよ! マスターのことです、実は付いてるんでしょ?」
と言いながら逆回転を始める我が使い魔。
メルキィは俺とポチの関係を少し見ただけで理解した。確かに情報としては不足してるかもしれないが、それを踏まえて彼女は「面白い関係」だと言い切った。
確かにここ一年、使い魔はほとんど見なかった。これも何か理由があるのだろうか。ただ単に使い魔召喚の魔法が流行っているからという訳でもなさそうだ。
「……来るかね、噂のリナちゃんは?」
「時間との勝負ですからね……なんとも言えません。……後五分」
念話連絡の魔術を使って深夜にリナを呼び出した。
脱寮自体をそそのかすのはどうかと思ったが、しばらくの別れとなるとそうもいかない。魔術だけでは伝えきれないものもあるからな。
今はベイラネーアに長居は出来ない。急なこの呼び出しに、リナは即答して連絡を切った。
「マスター、来ましたよ!」
ポチの鼻がヒクつく。嗅ぎ慣れたリナの匂いが近付いたのだろう。
「もう一人来ます……これは――」
はて、もう一人? そう思ったが、ポチの微妙な表情からその人物の特定が出来た。
アイリーンか。
ポチがその人物の名前をボソりと呟くと、メルキィが反応した。
「ふむ、今あいつと会うとうるさそうだからね。僕は外で待ってるよ」
メルキィの言葉から察するとアイリーンと面識があるのか?
そういえば昼間『アイリーン如き』とか言ってたし、知ってる事は知ってるのか。
北門の外側へ歩いて行ったメルキィを目で送ると、今度はポチの耳がピクりと反応した。
来たか。
遠目に見える二人の女子。いや、一人は違うが、そうにしか見えないのが困りものだ。
片や息を切らすリナ。片や仏頂面なアイリーン。その姿はどこか対照的で、どこか親しみやすさがある。
「……よぉリナ」
「はぁはぁ……はぁ……アズリ、さん……」
いつぞやアイリーンを魔力枯渇へ追い込んだ時、リナが息を切らせて教室まで戻って来たのを思い出す。
あれから一年近くの月日が流れたのか。どうにも今まで過ごした年月とは密度が違うというかなんというか……なんとも懐かしい感じがするな。
「心配したわよ!」
「それはありがとうございます」
「く、口が減らないわねっ」
「口はひとつ以下にはならないんです」
「もうっ…………で、本当に出て行くの? 時間を掛ければアナタの冤罪だってなんとか出来るのよ?」
「えぇ、なんかドタバタしちゃいましたけど、いい機会だと思って、もう少し見聞を広めようと思います」
「……そう」
どことなく顔に影が見える。どうやら本当に心配してくれてたみたいだ。
寂しそうな表情をするアイリーンも珍しい。あの六法士様がね。
入学試験の時に杖の周りをぐるぐると追いかけられたっけ。あれも懐かしい思い出だ。
そろそろ呼吸も整っただろうと思い、俺はまたリナの方を見た。やはり寂しそうな表情だ。胸の前で拳を握り、きゅっと口を結んでいる。眼に涙を浮かべてるが、流さないのは成長と言えるのか。
いや、涙が出なかった俺からすれば、それは退化と言えるかもしれないな。そんなリナの行動と自分の気持ちに、俺は少し顔を綻ばせた。
「アズリーさん……なんで……笑ってるんですか?」
そんな俺の気持ちを読み違えたのか、ただの疑問なのかはわからないが、リナは小首を傾げて涙を堪えながら俺に聞いてきた。
「さぁ、なんでだろうな?」
「それは……ズルいです」
「攻撃をかわすのも戦略のひとつだよ、リナ」
「い、今のはかわしたんじゃなくて反撃に該当すると思いますっ」
それも反撃だぞリナ。
いやまったく、リナの成長には驚かされてばかりだ。魔法の才は確かにあったが人間的成長の方が俺は驚いた。今後もどんな成長を遂げるのか楽しみだな。
「あ、また笑ってます!」
いつもの調子が戻ったのか、いつの間にか溜まってた涙を消え、少し怒ったようにリナがむくれる。
あのほっぺたはやはり指で潰したくなる。ぷすーって鳴るんだよな。
「そのほっぺた、潰していい?」
俺が言ったあの時と同じ言葉。
「ダメです!」
リナがあの時は返さなかった言葉。
「ぬぅ、そりゃなんでだ?」
「こ、今度です!」
……なるほど。
きょとんとするアイリーンは蚊帳の外という感じだったが、それを感じたのかアイリーンも頬を膨らませた。
「はははは、アイリーンさんのほっぺたも潰したいものですね」
「……はぁ、馬鹿マスター……」
大きな溜め息とともにポチが俺を愚弄する。おや、俺今何か失敗したか?
アイリーンはポチ同様に呆れ……あれ、リナちゃん怒ってらっしゃいます?
「もうっ、気を付けてくださいね。私も頑張りますから!」
「ふん、別れ際だ。アズリーがどこまで愚かでも、今のはリナに助けられたな」
「まったく、どこまでも愚か者ですよ、マスターは!」
「悠久の愚者か、確かにアズリーに一番ピッタリの言葉かもしれないわね」
「あ、しっ!」
俺は慌てて人差し指を口元にもっていくと、アイリーンが目を丸くする。そしてバッとリナを見た。
「まさかリナは知らないのか!?」……そんな様子だ。
そのリナはキョトンとして首を傾げている。
そのまさかです。そんなアイコンタクトを送ると、アイリーンは更に呆れて見せた。
「よし、それじゃあそろそろ行くよ」
そう仕切り直し、俺はボロボロの法衣を翻して背中を向けた。
「リナ、アイリーンさん、落ち着いたら連絡するよ」
「……はいっ」
「何かわかったら私からも連絡するわ」
俺は小さく頷き、ポチの頭をひと撫でした。
合図を受け取ったポチが前に進み始めベイラネーアの北門を跨ぐ。
俺もその後に続き、外側の外壁に寄りかかるメルキィに横目で合図を送った。
「「アズリー!」さん!」
同時に背中に掛かる声に、片手を上げて反応する。
ポチが巨大化し、その背に跨る。メルキィは駆け始め俺とポチもその後を追って駆け始めた。
またな、リナ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― ベイラネーア北、草原 ――
「いやー、大漁というか……大量だなぁポチ?」
「やみくもに走り過ぎなんですよ! どうするんですかこの状況!? マーダータイガーが七体にオーガが三体ですよ?」
「落ち着け、俺達の絶妙なコンビネーションを編み出す良いチャンスだと思え。作戦名《ポチの墓から出てきてこんにちは》を発動だ!」
「却下です! あ、良いアイディアありますよ、作戦名《リビングデッド・アズリー君》、これを発動しましょう!」
なんて恐ろしい事を考えつくんだこいつは!
そんな可愛らしいリビングデッドとか見てみたいわ!
「却下だ却下! とりあえず時間を稼げ!」
「しょうがないですねぇ、もうっ!」
「はははは、君たちいつもこんな感じなんだね! 何か考えがあるのかと黙ってたけど……これはピンチかい?」
「えぇ、メルキィさん、右頼みます!」
俺の声にメルキィの耳がピクりと反応する。そして何故か俺を睨んできた。
「メールー! そう呼んでくれたら手伝おうじゃないか。何しろ旅を共にするんだからねぇ?」
俺の胸ぐらをグイと掴み、顔を近付けてメルキィはそう言った。
中性的で少年のよう少女のようなその金髪碧眼の女の子は、少し頬を赤らめて沈黙している。
同調してか俺も何故か恥ずかしくなった。これは断れなさそうだ。
「わ、わかった。メル! 右を頼む!」
「にゅふふふ、まっかせなさーい!」
ドンと胸を叩いたメルキィは意気揚々と右前方に歩いて行った。
そんな中ポチはモンスターの牽制に入り、上手く立ち回っていた。
「マスター、この虎たち厄介ですよ!」
「次の街で焼き菓子買ってやるよ! だから頑張れ!」
「さあ猫ども! 今の私に勝てると思わないように!」
「アズ君、僕には何かないのかぃ!?」
「ったく、今度空間転移魔法の公式教えますよ!」
「ははははっ、今の僕は無敵だよ!」
千万ゴルドという金額で売れた魔法の大安売り。だが命には替えられない。
目的という名の欲望に張り切った二人は本当に無敵で、難なく俺の宙図の時間を稼いだ。
「ほいのほいのほい! 二人とも下がれ! メテオランス!」
「「ガァアアアアアッ!」」
灼熱の槍が空から現れ、狙い定めたかのようにオーガとマーダータイガーを貫いていく。
ギリギリでかわしたマーダータイガー二匹も、待ち構えてたポチとメルキィによって倒された。
同時に、俺の頭の中でレベルアップのファンファーレが鳴り響いた。久しぶりのレベルアップ……という訳でもなく、ここ数ヶ月で無理をしたからかなり頻度が高く上がっている気がする。
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アズリー
LV:72
HP:1354
MP:20035
EXP:1109445
特殊:攻撃魔法《特》・補助魔法《特》・回復魔法《上》・精製《上》
称号:悠久の愚者・偏りし者・仙人候補・上魔法士・錬金術師・杖豪・六法士(仮)・良教師・ランクA・首席・腑抜け・SS殺し・守護魔法兵(仮)
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……おや、一番最初に昼間見た時は無かった称号が付いてるぞ?




