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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第二章 ~色食街編~

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053 決意を胸に

 しかし困ったぞ。時間を掛ければなんとかなるとは思っていたが、飯さえ食わせないとは完全に潰しにきてるな。

 今は無理だが、色食街(しきしょくがい)の奴等……覚えてろよ?

 水もない。トイレも端にある穴みたいな場所しかない。囚人ってのはこんな扱いなのか。

 およそ人間として扱ってないな。いや、俺は人間だ。なんとかしてここを出なくちゃな。

 捕まらずに逃げてもよかったが、一度捕まっておかないと周りの人間に被害が及ぶ。それだけは絶対に避けなくちゃならない。

 杖はなく錠の力で指での宙図(ちゅうず)も無理。地面に魔法陣を描きたくても足下は石作り。


「となると…………つぅっ」


 古典的だが血文字でいこう。

 俺は靴を脱ぎ、足の親指を歯でざっくり切って地面に魔術陣(、、、)を描き始めた。親指が地面に擦れる度に苦痛が走るが、冒険者をやっていればこんなものはかすり傷にすら入らない。

 けど痛いから後で回復しよう。ポチの頭を撫でるより最優先事項だ。うん。

 勿論この魔術陣だけでは魔術自体が発動しない。魔法陣も魔術陣も魔力を込めてこそ発動するものだ。

 それにこれが出来るならここに捕まった魔法士の囚人は誰でも脱走出来る事になってしまう。

 だから俺は――


「ててて……よし、魔力吸引」


 鉄の錠を魔力の触媒として利用するんだ。

 錬金術の応用で魔力を物体に施すと、それはアーティファクトとなる。魔法に魔力は宿って然るべきである。

 これは魔法の基本法則だ。これを触媒として魔術を発動し、魔術で錠に残った魔力を吸収させる。

 その後残るのは……ただの鉄の錠だ。

 そうなれば俺は指での宙図(ちゅうず)が可能となる。ここでの残すべき仕事は後二つ。

 血文字で描いた魔術陣に細工をして、最後にストアルームを使って……――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― ポチズリー商店 アズリーの部屋 ――


「ふうっ、脱出成功」


 俺は光源魔法を放ち、部屋に光を灯した。

 ベッドに腰を下ろし、未だに血が出ている痛々しい足の親指の回復を図った。


「お待ちしておりましたマスター! ってなんて格好してるんですかっ!」

「ん、あぁすまんすまん。いるとは思わなかったんだ」

「なんで服着てないんですか! さっさと服着てくださいよ!」

「ったく、しょうがねぇなー。たしかストアルームに……ほい、ストアルーム! まだアレが……――」


 ストアルームの中から俺は一つの法衣を取り出し、肉球で目を塞ぐポチを前にいそいそと着替えた。


「ほれ、これでどうだ?」

「うわぁ……凄く見慣れた法衣ですねぇ……っていうかまだそれとっておいたんですか?」

「物持ちはいい方なんだ」

「補修に補修を重ねてもはや元の法衣の形を忘れてしまいましたが、確かに五百年程は持っていますね……」

「ははははは、だろ?」


 俺とポチが暮らしていたあのダンジョンを出て、フォールタウンでライアンたちに会った。リードやマナやティファ、レイナに出会った。そしてリナと過ごした二年間、その間ずっと着ていた法衣に、今また袖を通した。

 何か感慨深いものがあるが、そこまで余裕がないのも事実だ。


「ほぉ、出られたみたいだねぃ?」

「だ、誰ですっ!?」


 ポチが警戒して部屋のドアに意識を向けるが、その方向には誰もいなかった。


「あ、あれ?」

「メルキィさん、意地が悪いですよ。出てきたらどうです?」

「にゅふふふ、すまないね~。ちょっとその子の性格を見ておきたいと思ってね」


 メルキィはそう言うとポチが見ていた場所からすっと影を割るように姿を見せた。


「と、透明化の魔法ですかっ? マスターですらまだ完成させてないのに!」

「信は厚いみたいだねぇ、アズ君?」


 小さな笑みを零し、からかうようにメルキィが笑うと、ポチが恥ずかしそうに叫んだ。


「そ、そんな事ないです! ちょっとしたその……アレです!」


 どれだろう?


「ははは、これは透明化じゃなくて強制的に影に溶け込む魔法さ。夜や暗がりじゃないと使えないのが難点なんだけどねっ。初めましてポチ君、僕はメルキィっていうんだ。よろしくねっ」

「あ、はい。よろしくお願いします」

「それにしてもどうやって脱出したんだい? あの錠はアズ君の力じゃ外せないだろう?」

「実は――」


 俺は捕らえられてから魔力吸引までの経緯をメルキィに説明すると、メルキィはぽかーんと口を開けてしまった。


「……確かにそれなら解錠も簡単だ。はは、よく思い付いたね〜」

「それでマスター、ここにはどうやって来たんです?」

「空間転移魔法さ。予めここに設置しておいたんだ。牢でここまでの空間転移魔法を発動してここに飛んだのさ」

「ん、アズ君? それだと牢屋に設置した空間転移魔法の跡でバレてしまうだろう?」

「空間転移魔法の公式の中に時間経過で魔法陣が消滅する公式を組み込んだんですよ。ちょっと接続が厄介ですけど出来ない事はないですから。もう、その魔法陣で行き来は出来ませんよ。あ、その魔法陣も消しとかなくちゃだな」

「……そうか、公式無視かっ。いやー面白いね! 師匠とは違った面白さがある」


 俺は部屋の空間転移魔法の魔法陣を解体していきながら背中でその声を聞いた。

 そういえばメルキィはいくつなのだろう? 喋り方からだと歳をとってたり若かったりするからイマイチ掴めないな。


「しかしマスターがいない事がバレればここにいるのも危ないのでは?」

「いや、俺は既に死んでいる……」

「いやー! マスターが白骨化していくー!?」

「しねぇよ馬鹿!」


 しかしこいつのボケはたまに意表を突いてくるな。そして紙一重だったりする。


「既に死んでいるって……どういう事だい?」

「カルシウムで作られた俺の背丈そっくりな骸骨を置いてきました」

「あー、だから裸だったんですね!」

「は、裸っ!?」


 意外にもメルキィが赤くなる。凄いな、茹ダコみたいだ。今度血液循環の研究に協力してもらおう。

 裸、ロマンに満ちたスペルワードだ。


「そう裸です!」

「裸…………剥く……」


 ふむ、完全にとんでもない妄想に走ってるな。

 メルキィはこういう事には弱いタイプか。からかいがいがある。


「で、マスター……さすがに骸骨ではバレてしまうのでは?」

「あぁ、だから錠を外した時の魔力吸引の魔術陣を描き直して、アシッド系の魔法の魔法陣にしたんだよ。あえて間違えた式にしてな」

「……となるとどうなるんです?」


 首を傾げて聞くポチ。真面目な話をする時はちゃんと聞くから不思議だ。

 是非普段からも聞いて欲しいんだが……。


「マスター?」

「あぁ、鉄の錠を溶かそうと魔法を放つがその魔法陣が間違っていた為暴発。自身に降りかかったその魔法を回避する術も無くアズリーという人物は死亡。俺の死を調べに来た魔法士はそう判断して円満解決さ。外した鉄の錠は骸骨に付けてきたし、錠も同じ効果に戻したから大丈夫だろう」

「錠をしてたのに、どうやってアシッド系の魔法を放つ事が出来るんです?」

「あ、やべ……魔術の事は言えないし……どうしようポチ?」

「はぁ、全く……。どうしてマスターはどこか抜けてるんですかねぇ……?」


 お前にだけは言われたくないが、言い返すと言い返すでうるさそうだから黙っておこう。


「ビリーさんに頼んでみてはどうです?」

「おぉ、そうか! ビリーさんなら検死に来てもおかしくないし、無理言って自分が候補になる事も出来る!」

「お菓子もくれますからね!」

「関係ねぇよそれは」

「お菓子をくれる人は大体良い人です! ガストンさんもアイリーンさんも良い人でしたよ!」

「……なるほど。それはそれで面白い統計の取り方かもしれないな。今度研究対象にしてみよう」

「はだ…………か!?」


 メルキィがようやく復活したようだ。


「アズ君、それで……既に死んでいるってどういう事だい?」


 ……そこからかよ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「――……おし、ビリーさんにはお願い出来た」

「これから……どうするんです?」

「んー、身を隠しながらこの街にいるのも難しいし、メルキィさんに言われた事も気になるからなぁ……」

「にゅふふふ、それならアズ君、ウチの師匠のところに来れば? もしかしたら力になれるかもしれないし、僕も僕で修行出来るし、調査対象が近くにいれば師匠も私も楽だからねぃ」


 極東の賢者のところか。

 確かにそれはそれで面白いかもしれないが、俺は俺で調査をしたいってのもあるし、なにより――


「リナさんですか?」

「あぁ。それに色食街(しきしょくがい)の事も――」

「おうアズリー、そこは気にすんじゃねぇよ」


 俺の言葉に割り込むように入ってきたのは、光源魔法の外から聞こえた聞き慣れた声だった。


「ブルーツ……いたのか」


 一緒に暮らすようになって、いつの間にか砕けた言葉で話せるようになった銀のメンバーたち。

 勿論、最も早くそうなったのはこのブルーツだった。


「元々俺の無理な頼みが今回の件を招いちまったんだ。やり方さえわかりゃこっちはこっちでなんとか出来る。ベティーもブレイザーも乗り気みたいだからこっちの事は気にしなくて大丈夫だ」

「でも養うだけならともかくさすがに教育までとなると――」

「そこはちょっと考えがあるからなんとかなる……いや、なんとかするから安心しろ」


 そう言ったブルーツの声には力がこもっていて、俺が反論する余地を与えてくれなかった。

 ちょっと強引だが、これもブルーツの気遣い方だとわかるから困りものだ。

 出て行く……か。メルキィにキツく優しい言葉を掛けてもらった時、沢山の事を考えた。

 リナの事もそうだし魔法大学や冒険者ギルド、そして色食街(しきしょくがい)の事。全てがやりかけという状態。いや、リナは卒業出来たか……。しかし心配な事に変わりはない。これからリナはどうやって成長するのか見てみたい気持ちもあるが、いつまでも近くにいたのであれば、ある意味成長の妨げにもなりうる。

 魔法大学に認められ、ガストンの守護魔法兵団にもスカウトされた。ビリーから聞いた話じゃ俺の退学は決定らしいが、ガストンなら受け入れてくれるだろうという話も聞いた。俺が守護魔法兵団に入るかは不明だが、行ける場所(、、)があるというのは嬉しいものだ。

 リナはどうするのだろうか。魔術があればいつでも連絡とれるし、あの渡した()さえあれば多少の安全にもなる。

 銀の厚意で色食街(しきしょくがい)の件は現状大丈夫だろう。娘を買うにはしばらく時間を要するだろうが、ここは時間をかけてやって行くことだからな。

 冒険者ギルドにしたって、何もベイラネーアだけの冒険者ギルドって訳でもない。世界は広く、ギルドも無数に存在する。

 ならばこそ……、ならばこそ、いつかライアンが俺に言った通り……『目的と、その知識を世界に知らしめる義務がある』という事を実行しなくてはいけないんじゃないだろうか?

 人に言われるならまだしも、自分でそう考えると傲慢とも思える。確かにもっとやってもよかったかもしれない。

 魔術を認め、世間に公表してもよかったのかもしれない。いや、神の使いとやらが現れなければそうしてただろう。だったら俺は、国の真相に近づき、そしてそれをなんとかしなければいけないような気がする。けど、それにはまだまだ俺は実力不足。

 それなら――


「へっ、決意は出来たみたいだな」

「わかりやすいマスターですよ!」

「にゅふふふ、勿論僕も付いていくよ~」

「俺は……街を……ベイラネーアを出ます」

24時頃、もう一話投稿予定です。

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