005 戦士と魔法士
―――― 十一月一日 正午 ――――
ようやく湖と堀が出来た。
南門も、門としての機能を成し、門番は門上部の小屋から見下ろすだけでよくなった。
警鐘を作りたかったが、金属は貴重な為、木製のホイッスルを作った。細部にまで凝った職人気質の老人達のお手製だ。
相変わらず北区側は放置するしかないが、現状の人口では南区だけで機能するのでそちらは追々というところだろう。
畑の方は成長促進として、速度上昇魔法を適度に振りかけているので、果実の木がようやく土から頭を出した。皆の頑張りのおかげで、飲み水と食料にはそこまで困る……という事はなくなった。
未だに配給という状態だが、そのうち物々交換、果ては通貨による売買システムを構築したいと思っているが、それはまだまだ先の話だろう。
リードとライアンとポチは相変わらず門番をしているが、俺とマナは教師の真似事をしていた。
「では、魔法の基礎、四大元素について教えます」
「はい、先生っ!」
「はーい!」
この臨時の魔法教室に通っているのはリナと、まだ十歳の女の子の《ティファ》の二人だけだ。
若く成長が見込める魔法士候補は見たところこの二人だけだった。魔法を覚えるのに才能は必要ないが、どうしても体内の魔法力、通称MPというのは致命的に関わってくる。
そのMPが高い人間が、リナとティファだった。
ティファは他人の痛みがわかる優しい子供で、緑髪のおっとりしている女の子だ。両親はいないが、リナやマナのおかげで寂しいという様子はなさそうだ。この教室に通うのも自分で決めたというから驚きだ。
因みにマナは現在、大多数の男の子達と女の子達と一緒に剣の稽古中だ。
「じゃあリナちゃん、四大元素を全て言えるかな?」
「はい、火・水・土・風の四つです」
「うん正解だ。次にティファちゃん、この元素の中で最も扱い易い元素は何かわかるかな?」
「うーん……えーっと……火、かな?」
「お見事!」
「やったぁっ!」
満面の笑みで喜ぶティファは本当に輝いていた。俺が与えた宿題もしっかりとやって、俺が魔法書……と言っても初心者用の手引きみたいなものを渡して、しっかりと予習して来ている。
「そこで本日は魔法の基礎、四大元素の内の一つ、火の魔法の初歩、《リトルファイア》を実際に発動してもらいます」
「せ、先生!」
「はい、リナちゃん?」
「そ……それは危険ですかっ?」
「勿論危険です」
一瞬でリナの顔が硬直する。優しさというより、攻撃に対する過度な恐怖というところか。
「しかし、正しい使い方をすれば危険性はまったくありません。先生みたいにポチに振り向いて欲しくて使うのはオススメ出来ません」
「安心させたいのか不安にさせたいのかわかりません!」
「わかりません!」
「勿論安心させたいと思ってます。リトルファイアは簡単な魔法なので、杖ではなくステッキを使って発動させます。ここに、老人会からお借りしたステッキが二本あるので取りに来てください」
二人は席(と言っても地べただが)から立ち上がり、ステッキを取りにきた。
「席に戻ったらそのまま立っててください……では、魔法陣の描き方は昨日教えた通りです。《宙図》と呼ばれる技術ですね。ステッキの先に魔法力を集め、ペンで書くように、宙に魔法陣を描きます。ステッキが重ければ両手を使っても構いません。魔法陣が描けたら五芒星の中央にステッキの先を置き唱えてください。……今っ!」
「「リトルファイア!」」
二人の掛け声と同時に、宙に描かれた魔法陣の中央より豆粒程の小さな火の玉が発生し、外壁に向かって飛びパチンと弾けた。
「お見事です」
「で、出たっ……」
「できたよアズリー!」
「私は発動させるまでに二週間掛かりました。しかしお二人は一日で出来ました。本当に素晴らしいですね」
自分の才能の無さに泣きそうだ。
魔法大学の先生を困らせた珍事件だったな。
魔法大学は成人し、魔法力の高い者ならある程度の筆記試験で入れる学校だ。
勿論入る為には多少の金銭が必要で、半年に一回の昇級試験に合格しなければお金を払い続けなくてはいけない。
昇級試験は卒業までに八回有り、最短でも四年掛かる。
俺は合格率百パーセントの最初の試験で落ちて、散々笑い者にされた後、大学を去った。
周りを見返す事だけに意識を向け、魔法と関係が密接な錬金術にも手を出し始め、《悠久の雫》を偶然精製し、気付いた時には、周りの連中はお亡くなりになっていた。
今の自分に何が出来るかはわからないが、人生を一歩一歩しっかりと歩む若人達の今後を見守るのも悪くはないかもしれない。
「では、簡単な魔法公式を書いた羊皮紙を渡すので明日までに覚えてくるように。先程の魔法は私の監督下以外の場所では絶対に使わないでください。もし使ったら……」
「「も、もし使ったら……?」」
二人の顔に緊張が走る。仲も悪くないし、息も合っているようだ。
「もう二度と魔法は教えません♪」
「「はい!」」
火属性魔法は非常に便利な魔法だが、同時に危険な魔法でもある。復興に小さな光が見え始めたこの町では、そういった危険には釘を刺さなくてはならない。抜けなくなる程深めにね。
しかし、現在この事が原因で魔法士がどんどん減少傾向にあるらしい。
魔法大学は魔法士に対しライセンスなるものを発行し、それがない魔法士はすべて非公式魔法士なる蔑称が与えられるそうだ。
俺の境遇を知ったライアンが親切心から教えてくれた事だが、実際、非公式魔法士に対する法律等は存在しないらしい。だが、いざそういった魔法士が問題を起こすと不利になってしまうのは否めないだろう。
リナとティファには予め言い含めているが、成長すれば魔法大学に通えるレベルになると信じているので問題はないだろう。
―――― 十一月一日 午後四時 ――――
魔法教室を少し早めに切り上げたところで、俺はマナが行っている戦士教室にお邪魔した。
戦士教室は広場の外れで行われており、老人や女の目の届く範囲で行われている。
勿論、子供をそんな教室に参加させたくないという親もいたが、無理強いはしていない。あくまでも任意参加を基本としている。
「やぁマナ、どんな感じだい?」
「あらアズリー、ようやく得意武器の選択が終わったところよ」
この一ヶ月、マナとは子供達の事で何度も意見を交わし、とても友好的な関係を築いていた。
まだまだ若いマナだが、子供達の事はちゃんと考えていて、一人一人の名前までしっかり覚えている優秀な教育者だ。
因みにリードは二十八歳、マナは二十歳、リナは十三歳だそうだ。もっとついでに言ってしまうと、レイナは二十三歳で、ライアンは四十九歳だ。
戦士教室は子供の人数が多く、また活発な子供達が多い。過去、性格が魔法士と戦士を分けるという仮説が立てられた事もあるが、確かに無視出来ない事柄かもしれない。
「アズリー、ちょっと私と模擬戦してくれないかしら? 子供達が見せろ見せろって聞かないのよ」
「あぁ構わないよ。あまり得意じゃないけどね」
肩を竦めて言った俺に、マナは訓練用の木剣を子供から受け取り、笑ってみせた。
周りからは子供の野次と、井戸に水汲みに来ている女達の歓声が聞こえる。
「そう言ってくれると信じてたわ。何せ、魔法士としてだけで、アズリーの動き……体術を見た事がないからね」
「そうだなー、おそらく中の上というところじゃないかな」
「うふふ、余裕……ねっ!」
マナはぶらりと持っていた剣を、そのまま切り上げながら俺との間合いを詰めた。俺は持っていた身の丈程の杖先で切っ先を止めた。
木と木のぶつかり合う音が広場に響き、広場の作業している者達もこちらへ意識を向けた。
「うっそ……止められちゃったわ?」
「杖との付き合いは長いからな」
俺はそう言うと、ふわりと後方へ跳び、マナとの距離を確保した。
マナはすぐにまた距離を詰め、右から袈裟斬りを放ち、俺が一歩後退する。更に一歩詰めるマナはそこから逆袈裟を放つ。
俺は少しよろけながらも後方に回避するが、すぐにマナは左前蹴りの行動へ移っていた。間一髪で杖の腹で蹴りを受けた俺は後方に押し飛ばされる。追い打ちを駆けるようにマナは回転しながら剣を払ってきた。
倒れ込むようにしゃがみこんで回避した俺はマナの不安定な足を杖で刈った。片足を払う事に成功したが、マナは軸足を瞬時に逆に変え、しゃがみこむ俺に唐竹割りをしかける。
不恰好に横に転がりその流れで立ち上がった俺は、剣を振り下ろしたマナへと詰め寄り、斬り上げる剣を杖で防いだ。
再び響く木と木の衝突音。そして――
「おーし、そこまでだ!」
俺とマナとの間に剣の鞘を出し止めたのは、リードその人だった。
「あ、兄貴……なんで止めたのよぉ?」
頬を膨らませてマナがリードに詰め寄る。
「あまりやりすぎてもギャラリーを怖がらせるだけだぜ? ほれ」
顎先で子供達の反応を確認するように促したリードに、マナは恐る恐る振り返った。自分でも熱中し過ぎたとでも思ったのだろう。
子供達を怖がらせていないかという面持ちのマナだったが、当の子供達は――
「すっげー、マナ姉ちゃん!」
「アズリーもー! カーンって鳴ったよ、カーンって!」
拳を握り俺達を称えてくれていた。
女や老人からも称賛の言葉をもらい、マナは顔を赤らめ気恥ずかしそうな様子だった。
「アズリー、お前もやるじゃねぇか? マナと渡り合うとはな」
「ははは、いっぱいいっぱいでしたよ」
「こりゃちゃんとした戦闘じゃマナに勝ち目はねーな」
「な、兄貴、それはどういう事よっ」
先程の気恥ずかしさを誤魔化す為かリードに突っかかるマナ。こうしてみると意外にも子供っぽいところもあるようだ。
「だってよ、アズリーはまだ魔法もあるし魔術だってあるんだぜ?」
「わ、私だって特殊技能を使ってないわよっ」
「おいおい、魔法には補助魔法ってのがあるんだぜ? だから魔法士は化け物って呼ばれてんだぞ? ま、それと渡り合うって話の六勇士もとんでもないけどな」
「それは……確かにそうだけどー……」
マナは小口を尖らせて不満の混じった納得を口にする。
リードは大きく笑いながらマナの肩を叩いていた。
仲の良い兄弟とは羨ましい。俺は一人っ子でそういった関係の者……と言えば、もしかしたらポチがそれに当たるのかもしれないな。
この後、そのまま日は暮れ、何事もなくその日は終わった。