◆エピローグ16:賢者のすゝめ
25500文字
続く街並み。緑豊かな自然と作物。
活気溢れる聖魔国の中央地区。通称【セントラルゲート】と呼ばれる巨大な空間転移魔法陣から、男と女が現れる。同時に出現した二人は、賑やかな中央区に圧倒されつつも、周りを見渡す。
「ほぉ、ここが魔王陛下が治める聖魔国……!」
男は感心しながら唸り、目を輝かせている。
そして女はポカンと口を開けながら感嘆の息を漏らしていたのだ。
「はぁ~、よぃよぃよぃ……こいつぁたまげたねぃ」
そんな二人の後ろで起動する空間転移魔法陣。現れたのは、一人の少女だった。
青い瞳と灰色の瞳のオッドアイ。金色の髪の中に銀が交じった不思議な目をした少女は、女の下に走るや否や、その裾を掴んだ。
そして、女はその少女の頭にポンと手を乗せてから言った。
「うんうん、一人で出来たねぃ! それじゃあ行こうか、魔王城に!」
キョロキョロと周囲を見る少女は、目に入る全てに興味を示した。
初めて見る店、初めて見る食べ物、初めて見る文化。
そんな中一際目立つ店を見つけた少女。男はその少女の視線に気付き、女の肩をトンと突いた。
「どうやらパティーが、気になるようだぞ?」
「ん? ん~? ふんふん? あぁ! 魔王陛下弁当じゃないのよぃ! いやぁ~、懐かしいねぃ! もう十一年前かねぃ?」
「あのシチューを食べてからもうそんなに経つか」
「うんうん、そうだねぃ! そうかぃそうかぃ、そりゃ可愛いパティーちゃんも十歳になっちまうよぃ!」
嬉しそうに言う女が、懐かしそうに魔王陛下弁当を眺める。
そして、何か思いついた様子で手をポンと鳴らしたのだ。
「何だ、メル? 変な事じゃないだろうな?」
「さっすが私の旦那! よくわかってるじゃないか、ガスパー!」
「…………変な事なのは認めるんだな」
「いいから財布出しなさいな!」
「財布? 別に構わないが……?」
メルキィはガスパーから財布を奪い取り、それをパティーに与えた。
「お、おい……メル?」
「パティーちゃん、それで聖魔国を探検して来るといいよぃ! 無駄遣いは禁止だけど、興味持った事にはどんどんお金を使うんだよぃ! 最悪空っぽになっても良しっ!」
「私の金だぞ?」
「まぁまぁ! 未来への投資だと思ってっ! ねぃ?」
ガスパーの背中をバシバシと叩きながら快活に言うメルキィ。
ガスパーは、それに観念した様子でパティーの前に腰を下ろした。
困惑するパティーの頭にポンと手を乗せたガスパーが言う。
「メルの許可が出た。探検して来なさい」
それは同時に、父の許可でもあった。
少女パティーの胸が高鳴る。心躍る両親の計らいにコクリと頷き、トコトコと小走りに駆けて行く。
「パティー! 後で念話連絡するんだよぃ!」
メルキィがそう叫びながら見送ると、パティーは両手をブンブンと振って消えていく。
心配そうにそれを見つめるガスパーに、メルキィは呆れた視線を送る。
「子煩悩もいいとこだねぃ」
「いや、普通に考えて心配だろう?」
「モンスターが跋扈する極東の荒野で育ったあの子に心配とか、ありえないよぃ」
「人間のが恐ろしいからな」
「なはははははっ! それについては認めるけど、この聖魔国ではそんな心配必要ないよぃ! ガスパーもそう思ったから送り出したんでしょぃ?」
「……確かにな」
すんと鼻息を吐いたガスパーは、全てを見抜いていたメルキィを前に肩を竦める。そして、目を伏せ、また魔王城に足を向ける。
「さぁ行こう。魔王陛下に呼ばれたのだからな」
「ついでにアズ君に集ろうよぃ!」
「……魔王陛下も厄介な姉弟子を持ったものだ」
「なははははははっ!」
人波に消えて行くメルキィとガスパー。
しかし、その陽気で豪快な笑い声は、彼等の居場所をいつまでも示していた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
聖魔国の北区。
興奮冷めやらぬ様子のパティーの目が、様々な店を吟味する。
すると、北区の外れで自然と止まった足。
その看板は、他の店と違いどこか古ぼけていた。
店の看板に書かれた「ポチズリー商店」の名前と、看板の端に描かれる獣の肉球マーク。
どこもかしこも新しい店ばかりだというのに、その店だけは違った。
子供ながらに趣を感じたのか、パティーはその店の扉に手を掛けた。
ドアベルの音と共に響く女の声。
「いらっしゃいませ~」
カウンターから聞こえた声に、パティーがそこに座る女を見た。
パティーはとことことそこへ歩き、カウンターの椅子に腰掛けた。
自分をじっと見つめる女が、怪訝な様子で言う。
「……身売りですかね?」
ビクリと背筋を伸ばすパティー。
入る店を間違えたのだと理解したパティーはピタリと硬直してしまった。
「うーん、どうもそうは見えませんね? あ、お茶どうぞっす」
お茶に何が入っているかわからない。
そう判断したパティーは、首をぶんぶんと振る事しか出来ない。
「ま、基本的な相談事もやってるので、何かあれば聞きますよ?」
そう言われるも、パティーは硬直するばかり。
「ふんふん……ははーん? もしかしてお店を間違えましたね? なら出て行っても大丈夫ですよ? あ、これサービスなんであげます」
言いながら女は一冊の本を差し出した。
ワインレッド色の装丁の本を差し出されたパティーは、目を丸くしてそれを受け取る。首を傾げながらも、その本のタイトルに目を通す。
すると、正面の女から声が聞こえてきた。
「魔王陛下の自費出版本です。大見得切って初版五百万部で出したらこれがもう大コケ。だから、魔王の縁のあるこのお店で無料配布してるっす。枕が低かったら是非使うといいっすよ」
パチンとウィンクした女に、目を向けるパティー。
すると、カウンターの奥から声が聞こえてきた。
「イツキねーちゃーん! お腹減ったー!」
「あーはいはい! そろそろお昼休憩っすね! あ、ご飯食べるならあそこがいいっすよ! ディルムッドキッチン! 南区にあるから行ってみるといいっす! それじゃあまたね~」
パティーはイツキの言葉を聞きながらコクコクと頷く。
そして、言いながら奥に消えて行くイツキ。
そんなイツキの背中を見た後、パティーは一礼して外へ出た。
息を切らしながら目指す場所は、聖魔国の南区。
走りながらパティーの鼻がひくりと動く。得も言われぬ良い匂い。
匂いに釣られながら、足が向けた先にあった店。それは、イツキが紹介してくれたディルムッドキッチンに他ならなかった。
「やぁいらっしゃい」
店主と思われる男が、テイクアウト用の窓から顔を覗かせる。
「お持ち帰り? それともお店で食べて行く?」
そんな説明に、パティーは一瞬悩む。しかし、答えは一瞬で決まった。
走り回った後の小休止。そんな考えは誰にでも出てくるものだ。
店の中を指差したパティーに、男が嬉しそうに頷いた。
「ララ! 一名様ご案内だよ!」
「はーい!」
元気よく現れたのは緑髪の女の子ララだった。
「ちちー、来たどー」
「うん、よろしくね」
トレイを頭に置き、パティーの前でトレイが落ちないように器用に頭を下げるララ。
「いらっしゃーい。カウンターしか空いてないけどー……いい?」
パティーがコクリと頷き、ララが案内する。
足は届かないが、何とかカウンターに座ったパティーは、ララに差し出されたメニューを受け取る。
どれも美味しそうなメニューばかりで、目移りするパティー。
そんな時、カウンター越しに声が聞こえてきた。
「「おすすめは『ブルーツのばか焼き』だ」」
同じ声が重なって聞こえた違和感。
それもそのはずで、厨房には蛇神と称されるカガチがいた。
カガチはララに巻き付き、調理するララを器用にサポートしている。
カガチという異様な存在に目を輝かせながら、パティーは心を決める。
メニューを掲げ、「ブルーツのばか焼き」を指差し、それをカガチに示したのだ。
「「相わかった! ララ、ばか一丁!」」
「ばか一丁りょうかーい!」
調理が始まると、パティーは二人の背中を見ていた。
嬉しそうに足をぱたぱたと動かすパティー。
そんなパティーの右隣の席から声が聞こえてくる。
「ブルーツのばか焼きか。あれも美味いんだよな」
「私ゃ『ベティーの胸板』のが好きだけどね」
「ただのステーキじゃねぇか。アレ」
「付け合わせの野菜が最高なのよ」
「まぁ、そりゃな……っと、こんな時間か。ララ、おあいそー」
「おーう! えっと、イデアとミドルスのはこれ! これちちのとこにー」
「うい、ごっそさん」
「ご馳走さまー」
ララから伝票を受け取ったイデアとミドルスが、店主にお金を払い雑踏へと消えて行く。
それと入れ替わるように入って来たのは、二人の男。
「おじゃましまーす」
「どうも、お邪魔します。ツァルさん」
ツァルが振り向き、カウンターに並んだ顔ぶれを見て呆れた溜め息を吐く。
そこには、ララと然程変わらない背丈の男と、青髪の男が座っていた。
「「まったく、国はいいのか……二人とも」」
「いや、オルネルさんに誘われちゃって~」
「いやいや、バルンさんが誘ったんでしょっ?」
「「戦魔国の王都守護魔法兵団の指揮官と、北方同盟のトップがこれでは、先行きが不安だな」」
そう言われるも、バルンはにへらと笑うばかりである。
しかし、オルネルは違った。頬を少し膨らませ、口を尖らせた。
「別にお昼休憩の昼食くらい自由でしょう……」
とブツブツ言うも、
「国境を跨いだら駄目ですね」
オルネルの背後から聞こえた声がそれを否定する。
聞き慣れた声なのか、ビクリとしたオルネルが震えながら振り返る。
「ジャ、ジャンヌ先輩……」
「ジャンヌとお呼びくださいと何度も言ってるでしょう?」
「そ、そうでしたね。……コホン、ジャンヌ団長だって来ているじゃないか?」
「私はオルネル様を迎えに来たという大義名分があります」
「くっ! いいじゃないですか! たまには!」
「そのたまにで国家が脅かされるという事も十分あり得ます。さぁ、帰りますよオルネル様」
そんな二人のやり取りを見て、「残念だったね~」と言いながらニヤリと笑うバルン。
「何が残念ですか、バルン様」
聞こえたのは艶っぽい女の声。
ピタリと硬直し、そーっと後ろを向くバルンがその顔を見て驚く。
「うぇ!? 何でミネルバさんまでいるのっ!?」
「今日の会議は昼休みを一時間ずらして行うと言っておいたはずですが?」
「だからリッキーを置いてきたじゃないですか……?」
「そのリッキーに、貴方は売られたんですよ」
「んなっ!?」
「どうやら盟主である前に私の弟子としてもう一度お説教した方がよさそうですね」
「さぁ、オルネル様も行きますよ!」
「「んがっ!?」」
ミネルバが、ジャンヌが、バルンとオルネルの耳を引っ張る。
「あだだだだだっ!?」
「ま、まだ食べてないのにぃいいいい!」
そんな悲鳴をディルムッドキッチンに残し、四人が消えて行く。
パティーはきょとんとした目でそれを見ていた。
「「まったく、騒がしいヤツらだな」」
呆れ眼で溜め息を吐いたツァルに、ララが言う。
「師匠、おさらー」
「「抜かりはない」」
既に置かれていたお皿に、茶色い焦げ目が付いた球体の料理が載せられる。
「ブルーツのばか焼きだどー」
眼前に置かれた十センチメートル程の球体を見て、パティーは首を傾げる。
「「割ってみたまえ」」
ツァルにそう言われ、パティーはスプーンで球体の中央上部を割った。
さくりと入っていったスプーンは、パティーに球体の中が空洞になっている事を知らせる。徐々に上部を砕き、中に落としていくパティー。
やがて見えたのは、野菜たっぷりのシチューだった。
「「聖魔国で門番をしているブルーツが、かの有名な大事件を引き起こした魔王陛下をからかうように考案した料理だ。陛下のトレードマークだった赤をイメージした具材が多く入っている。外側から落としたパイ生地と一緒に食べるといい。さぁ、冷めない内に召し上がれ」」
人参、赤パプリカ、赤玉葱、赤ジャガイモ、そして赤身肉。風味豊かなシチューの香りと、セットのトマトジュースに、パティーの目が輝く。
スプーンをシチューに入れ、落としたパイと一緒に掬う。
パティーはそれに何度も息を吹きかけた後、ゆっくりと口へ運ぶ。
瞬間、パティーの口に広がる甘い風味。具材の味が染みこんだホワイトソースと、野菜、赤身肉の歯ごたえも合わさる。止めどなく訪れる旨味に、パティーは幸せそうに頬を押さえた。顔を横に揺らし、笑顔を振りまくパティーを見て、ツァルもララも嬉しそうな様子だ。
パティーのスプーンは止まる事なく、何度も小さな口へ運ばれた。
「うぃ~……だりぃ」
そんな中やって来たやる気のない声。
先程バルンが座ってた席に座った男は、ツァルを前に人差し指を出して言った。
「ララ、ツァルのかば焼き一つ」
「そんなものないどー」
「「やって来たな、門番……」」
「ブルーツー、いつものでいいのー?」
「おう、頼まぁ」
だるそうにカウンターに肘を突くブルーツが、不意に隣を見る。
見えるのは、一所懸命に息を吹きかけてからシチューを口に運ぶパティー。
そして、その隣に置かれた本だった。
「んお? 賢者のすゝめじゃねぇか?」
そう言われると同時、ララとツァルもパティーを見た。
スプーンを口に咥えながら小首を捻るパティーに、ブルーツが言う。
「嬢ちゃん、ポチズリー商店に行ったのか?」
コクリと頷くパティー。
すると、ブルーツはパティーの前にぱんと両手を合わせた。
「悪ぃな、つい懐かしくなっちまってよ。それ、ちょっと見せてもらえっかい?」
断る理由のなかったパティーは、スプーンを置いた後、両手でブルーツに賢者のすゝめを渡した。ぺらりとページをめくったブルーツは、嬉しそうにニシシと笑った。
「著者を《アズリー》にしときゃもうちょっと売れただろうにな……はははは」
ブルーツが持つ賢者のすゝめに書かれている著者名は――大賢者。
「おかしいだろ、ペンネーム大賢者って……なぁ?」
ブルーツがパティーに語り掛けるも、パティーは小首を傾げるばかりである。
それを見たブルーツは、ニシシと笑った後、視線を本へ戻した。
「んーと? 「010 ベイラネーア」より……『人間は忘れたい過去は結構簡単に忘れられる』。「017 楽しいいじめられ生活」より……『人間、咄嗟の状況判断は浅く、甘くなる』。「022 愚者の秘密」より……『人間とは責任転嫁をしたがる生き物である』。何だよ、完全にアズリーが人外みてぇだな。はははは」
「「何だ、ちゃんと読んだ事がなかったのか?」」
「家に千冊もあればいつでも読めるって思うだろ、普通?」
困った様子で言ったブルーツに、ツァルが深く溜め息を吐く。
「「ららふぁ~むにもあるぞ。第一から第七ららふぁ~む、しめて七千冊」」
「このお店にもあるどー」
言いながらララが厨房にある壺を指差す。
「かかかか、漬け物石代わりだな、ありゃ」
「ララもたまに読むー。ブレイザーの言葉好きー」
「ん? あぁ、これか! 「025 帰らずの迷宮」より(ブレイザーより抜粋)……『人が見てそう思った事は、少なからずそう見せているという事だよ。それが淘汰され、削られ、研磨されて呼び名や印象が決まってくるものだ』。あー、そういや言ってたな、あいつ? ま、らしいっちゃらしいか」
「「言葉だけではないぞ。ちゃんとモンスターや悪魔の考察も書かれている」」
「ん、ほんとだ。「069 力」より……『モンスターは悪魔に付き従った場合、ある程度統率のとれた動きをする』ね。こりゃあれだな、ライアンたち助けに行った時だろ?」
「ララもいたー」
「「無論、私もな」」
ララは楽しそうに言い、ツァルが目を伏せながら、懐かしみながら言った。
やがて、調理を終えたララは、ブルーツに料理を提供する。
それと同時に、パティーは満足した様子で空のお皿を前に手を合わせた。
「……っと、悪かったな嬢ちゃん。もう行くんだろ?」
こくりと首を縦に振ったパティー。
「あんがとよ。礼にここの料金は払っておいてやんよ。浮いた金で何か買いな。カカカカカッ!」
ブルーツが言うと、パティーは厨房にいたツァルに顔を向けた。
すると、ツァルは二つの首をちょこんと下げ、頷いた。
「「気にするな。どうせこの男はツケで食うからな。む……?」」
ツァルがパティーを見る目が変わる。ぎょろりと動いた目に一瞬パティーがビクつく。
自分がパティーを怖がらせてしまったと気付いたツァルは、ハッと我に返る。
「「すまない。驚かせてしまったな。そうだ、西区に行ってみるといい。そこにある《ガストンの魔道具専門店》は、中々興味深い物が置いてあるからな。私の紹介と言えば入れてくれるはずだ」」
すると、パティーの目がまた輝く。
嬉しそうに首を縦に振りにぱりと笑ったパティーが、三人に頭を下げ去って行く。
出入口でディルムッドに手を振るパティー。その小さな背中を見送った後、ブルーツがツァルに言った。
「おい、魔道具に興味があるってどうやってわかったんだよ?」
「「……あの娘、不思議な眼を持っていた」」
「はい師匠、魔力も高かったです」
そんな二人の説明を聞き、ブルーツがパティーの消えてしまった背中をもう一度追った。
「へぇ……魔眼持ち、か」
出入口の方を見ながら、ブルーツが呟くように言った。
そして、今一度ツァルの方へ目をやると、ツァルは一度だけ頷いた。
ブルーツは提供された料理を一瞬で胃に送り込み、「ごっそさん」と言いながら店を出て行く。
「師匠……?」
「「何、念のためだ。これもヤツの仕事だしな」」
そう言った後、ツァルとララは仕事に戻るのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
聖魔国の西区。
多くの店が並ぶ中、周囲の石造建築の店とは違った風情漂う木造建築の店。
その前までやって来たパティーは、魔素が取り囲む《ガストンの魔道具専門店》に心を踊らせる。ゆっくりと店の階段を三段上り、扉に手を掛ける。いや、掛けようとした。
パティーではなく、店側から扉が開いたのだ。ギィという開閉音と共に聞こえる声。
「それじゃあお使い行ってきまーす――ん?」
店から出てきた女は、パティーの存在に気付き視線を向ける。
「あれ? 今日はお店お休みですよ?」
そう言われた瞬間、パティーの表情は一気に歪んだ。
ツァルの紹介と言う前の不意打ちに、十歳の少女は何も出来ない。
困惑するパティーに困った女だったが、それはすぐに解消される事となる。
先のブルーツと同じように、女はパティーが手に持つ賢者のすゝめに気付いたのだ。
「それは……あっ、もしかしてイツキさんに言われて来ました? ポチズリー商店の」
そんな女の言葉に小首を傾げるパティー。
イツキという名に聞き覚えはなかったが、ポチズリー商店は記憶に新しい。
そう判断すると、パティーの思考の流れは至極単純だった。
ポチズリー商店で紹介されたディルムッドキッチン。そこにいるツァルが紹介したガストンの魔道具専門店ならば、ポチズリー商店で紹介されたと言っても過言ではない――と。
首をぶんぶんと縦に振ったパティーに、女は微笑みながら「やっぱり」と言った。
「中にいるティファに色々聞いてみてね。私はお使い行っちゃうから」
もう一度頷いたパティー。
そして、女は一度店の中に顔を入れ、伝言を残すように叫んだ。
「ご紹介一名でーす! よろしくお願いしまーす!」
女は最後にパティーを店に招き入れると、とことこと小走りしながら中央区の方へ行ってしまった。
店に入ったパティーは、棚に置かれる物珍しい素材に目を光らせていた。
どれもが珍しく、どれもが貴重。メルキィとガスパーの娘ならではの理解力である。
そんなパティーは、背後に強い気配を感じる。警戒しながら振り返るも、そこには誰もいなかった。正確に言えば、パティーの視線の先には誰もいなかった。
「何をしている? こっちだ」
それは、パティーの視線の下から聞こえた。
眼下へ視線をずらしたパティーが見つけたのは、耳が黒く、その他の体毛が真っ白な……チワワーヌ。
「ぬぅ、フユめ……行ってしまったか。ティファは一度ベイラネーアに戻ってしまったというのに」
扉を見やるチワワーヌを屈んで見るパティー。
すると、チワワーヌは振り返りながらニヤリと笑った。
「が、紹介という事ならば我輩も手を抜けぬっ! このガストンの魔道具専門店! 招き犬の称号を持つこのタラヲ様がな! ふはははははは! 案ずるな娘! 決して食ったりはせぬ! 血を巡らせ、細胞を分裂させながら店を堪能するとよい!」
そんなタラヲの計らいに、パティーは嬉しそうに頷く。
そして、店の奥へと入って行ったのだ。
後ろから付いて来るタラヲの歩き姿は断じて狼王などではないが、しっかりとパティーを案内しようとトコトコと付いて回る。
すると、一番奥にあった会計カウンターの奥。その壁に掛けられた一本の杖を見つけたのだった。そこへ視線をずらしたと理解したタラヲは、満悦そうに言った。
「ふははは! 良い目をしているな、娘! これは魔王の杖! ……と言ってもその初代だ。この杖の名はスターロッド。魔王がベイラネーアで警備隊に捕まった時、警備隊の連中はこの杖をあろう事か売却した。そして、市場に流れたこのスターロッドを、ベイラネーアにやって来た我が主、ティファが見つけ、購入したものだ。む? 娘……賢者のすゝめを持っているのか。ティファの家に十万冊程あるぞ。この店には一万冊しかないが――むっ! そうだ娘よ! その賢者のすゝめには、我輩の事も書かれているのだ! 読み聞かせてやろう!」
強引な物言いだったが、パティーはその提案に対し悪い気はしなかった。
屈んで床に賢者のすゝめを置いたパティーを前に、タラヲが本を開く。
「ふむふむ……「075 本当に」より……『本当に人間というのは面白く強い生き物だと思う』。確かに魔王の周りの人間は奇っ怪な者が多いが、これではないな。「076 続・バラードの乱」より……『人間は死ぬときに走馬燈を見ると聞いた事があるが、俺の目の前は無邪気に笑う死翼の竜しか見えない』。そうだった! 魔王は臨死体験をした事があった! ふふふふ、バラードとの戦績は……まぁこれはいいか。しかしこれでもないな。「078 賢者の石?」より……『平坦な道でも転ぶ事がある』。……なるほど、真理だな」
タラヲがそう言うと、パティーも嬉しそうにコクコクと頷いた。
「ふははは! そうか娘よ! お主も転ぶか! わかっているではないか! 「103 ヴィオラ団長」より……『とてつもない勢いで視界が半円を描く事もある』。あぁこれか。これは今しがた出て行ったフユがな? 魔王に空間転移魔法陣を教えてもらえると知って興奮したのだ。これでもないな。「104 これで十分」より……『冷静な時程、どうでもいい事が頭を過るものだ』。「125 錬金術師アズリー」より……『ダメなんだろうがやってしまう』。うむ、我輩もそうだ。ティファのおやつを食べてしまった時は、本当に死ぬかと思ったくらいだ。「138 マサキとランドルフ」より……『結局金なのか。愛だの友情だのあろうが、それを育むには金が必要だって事か!』。ふん! 金が好きで何が悪いのだ、魔王よ! 「139 スプーンを持て」より『世界の金はこんな身近なところでも回っている』。……むぅ、《古の放浪編》に入ってしまったな? もう少し先かもしれぬ! 「173 地獄と天国」より……『人は窮地にこそ油断する』。むぅ……まだか?」
焦るタラヲだったが、パティーは微笑みながらそれを聞いていた。
すると、タラヲの声に、誰かの声が被って聞こえたのだ。
「「「184 真夜中の来訪者」より」」
「むっ!?」
「……『待ち合わせならともかく、連絡に一時間前行動があるとは知らなかった』。ここで初めて魔王陛下が注釈を書いてるのよ。『事前連絡の事前連絡も必要である』ってね」
タラヲがバッと振り向くと、そこには先程とは違う女が立っていた。
「おぉティファよ、確かに書いてあるな! 戻って来たか! 紹介の客だぞ! 我輩がもてなしていたのだ!」
「ふーん。イツキの紹介だってね? フユから念話連絡があったから戻って来たの。『返事がなかったから一応こっちでも』ってね。大丈夫? ウチの犬が何か変な事しなかった?」
パティーに目を向けたティファの目はとても優しく温かかった。
しかし、タラヲに向ける視線は、鬼のように闇に染まっている。
そんなギャップに困惑するも、パティーは苦笑しながら首を横に振った。
「ふははははは! だろう! 我輩のもてなしも、最早魔王の領域! ティファよ! 我らが世界を牛耳るのももう間もなくだ!」
「その前に魔法大学長よ」
「む? では……引き受けるのか?」
「あのお爺ちゃんもそろそろ限界だからね」
「そうか、テンガロンが……しかしこっちの家はどうする?」
「ここから通えばいい話よ」
「国籍というやつは?」
「コネを使う」
「………………ますます闇の支配者だな」
「何?」
「いえ、トイレ掃除して来ます!」
「よろしい」
右前脚で敬礼したタラヲは、店の奥にあるトイレに消えていく。
そして、ティファはパティーに向き直った。
「あの子の事はあんまり書いてないのよ、それ」
ティファが賢者のすゝめを見ながら言うと、パティーは床のそれを拾い、抱きかかえた。
「勿論、登場人物紹介には書いてあるんだけど、基本的には魔王陛下の自伝みたいなものだからね。それを毎回一生懸命探すの」
苦笑しながら言うティファに、パティーもくすりと笑う。
「「186 不穏」より……『使い魔にも息子にも生徒にも赤ん坊にも学ぶべき事がある。注釈:人それぞれが、その時その場で必要なモノを学ぶ』。「220 父親」より……『無意識下で起きる相手への尊敬。注釈:聖帝ハドルの第一印象』。とか書かれてるんだけどね、この過去の部分は私、大好きなの。だから何回も読み返しちゃって、覚えちゃった」
そうはにかんで笑うティファを見て、パティーは今一度、賢者のすゝめを見る。
表紙に描かれている「著者:大賢者」の文字。
先のブルーツ然り、タラヲ然り、このティファ然り。皆が好むこの「大賢者」の文字に興味を持ち、そして、惹かれた。
そしてその文字を指差してティファに向けた。
「ん? 何? 魔王陛下に会いたいの?」
ぶんぶんと首を縦に振るパティーに、ティファが腕を組んで唸る。
「一国のトップにそうやすやすとは会えな――――いや? あそこならもしかしているかも――」
「――ただいまー!」
そこへ聞こえて来るフユの声。
ティファはそれに気付くなり手をポンと鳴らした。
「フユ、お使いお願い」
「えぇ!? 今行ってきたばかりだよぉ!?」
「この子を、あそこに」
「ふぇ? って事は……魔王陛下に?」
こくりと頷くティファ。そしてパティーを見て微笑むフユ。
すんと鼻息を吐いたフユが、パティーにゆっくりと近付く。
「わかった。それじゃあ行こうか!」
パティーの肩に手をのせ、フユが店の出入口へ向かう。
すると、思い出したようにティファへ言った。
「あぁ、そうだ。オーナー何してるの? 今日来るとか言ってなかった?」
「そうだった。直接魔王城に向かうとか言ってた。今回はお忍びだから」
「そうなんだ、それじゃあ行ってきまーす!」
ティファの説明に納得したフユは、パティーを連れ店を出て行く。
向かうのは、緑豊かな北区――その先。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ありゃ? フユちゃんじゃーん。リナさんは?」
フユを見つけた途端周囲を見渡す男。
そんな行動に呆れ、フユは深い溜め息を零す。
「リナさんと私がセットだと思わないでくださいよ、エッグさん」
「はははは! ごめんごめん! それで、ここには何の用?」
「いや、私としては何でここにエッグさんがいるのかがわからないですけど……」
フユとパティーがエッグを見ると、彼は両肩に無数の作物が入ったカゴを抱えている。
「いや、ららふぁ~むに来ればリナさんいるかなーって思ったんだけど、ナツに捕まちゃってさ。暇なら手伝ってくれって事で、ここにいるわけ」
そう、ここは元フォールタウン。しかし、今やここはららふぁ~む。
世界の農業を牛耳るまでに成長した、広大な畑や田んぼは、他国からの視察もしばしばやって来る程である。
「あー! エッグ、サボっちゃだめー!」
遠方から聞こえる声に、エッグがビクつく。
「ナツ!」
駆け寄ってくるナツをフユが見つける。
そんなナツもフユの存在に気付いた様子だ。
「あれぇ? 何でフユが? リナちゃんも一緒?」
「いや……だから何で私がリナさんとセット扱いなの……?」
「よくリナさんと一緒に魔王様を探しに来るじゃん?」
ことりと首を傾げるナツに、フユが頭を抱える。
(そういえばそうだった……!)
「で、今日はどうしたの?」
このタイミングでナツの質問に返答するのは憚られる。そう判断したのか、フユは口を噤む事しか出来なかった。
そんな時、パティーが一歩前に出た。そして賢者のすゝめを前に出し、著者の名前を指差したのだ。
「何だ、やっぱり魔王陛下を探してるんじゃない」
「うぅ……今回は私用じゃないのに……」
肩を落とすフユの後ろから男が歩みよる。
そして静かに言ったのだ。
「陛下ならいないぞ」
「ブレイザーさん!」
フユが振り向くと、そこにはエッグの倍以上の量の作物を運ぶブレイザーの姿があった。
そのブレイザーもパティーの持つ本に気付く。
「む? 賢者のすゝめか……なるほど、そういう事か。だが残念だったな。今日は来客があるとかで、今はその対応をしている頃だろう」
ブレイザーに言われた事で、ようやくパティーは思い出す。
そう、パティーのガスパーとメルキィの今回の目的を思い出したのだ。
現在魔王とメルキィ、そしてガスパーは魔王城で話をしている。そう理解したパティーは、残念そうに肩を落とす。
その肩にポンと手をのせる女が一人。
「それじゃあ私が連れて行くよ」
「うぇ!? いいんすかっ!? だってベティーさんまだ仕事終わってないじゃないですか!?」
そう、パティーの後ろにいたのはベティーだった。
エッグは指差しながら言うも、ベティーはあっけらかんとした様子でエッグを指差し返した。
「大丈夫よ、今日は人手がいるから」
「何で俺なんすか!?」
「ほらほら、王都守護勇士兵団の指揮官様なんでしょ? これくらい楽勝でしょうに」
手をひらひらとさせベティーが言うと、エッグの反応は難色そのものだった。
不服そうなエッグだったが、ベティーが一度耳打ちをするだけでその色が変わる。
「本当っすか!? 約束っすからねっ!?」
「安心しなさい。私は嘘は言わないから!」
胸をドンと叩き、ベティーが保障を述べると、パティーとフユは見合ってから互いに小首を傾げたのだった。
ベティー、フユ、パティーは三人でららふぁ~むから南に歩き、魔王城を目指す。
「へぇ、ポチズリー商店にはまだ新品が残ってるのねぇ~」
賢者のすゝめのページをペラペラとめくるベティーに、フユが言う。
「陛下のストアルームの中にはまだ三百万部くらい残ってるそうですよ」
「アハハハハハッ! ま、いいんじゃない? 自費出版だし」
「でも、ティファとかリナさんは毎日一冊買ってるみたいですよ?」
「で、フユは?」
「毎日三冊買ってます!」
意気込んで言ったフユに爆笑するベティー。
ベティーは、賢者のすゝめを肩にトンとのせてから言った。
「じゃああの二人の毎日一冊ってのは嘘ね」
「うぇっ!? や、やっぱりそうですかっ!?」
「んまっ、フユと同じくらいには買ってるでしょうね」
そんな二人のやり取りをきょろきょろと見るパティー。
すると、ベティーが再び本を開き、あるページを指差した。
「私はここの悪魔登場の回が好きなのよ」
「あぁ、そういえば前にも言ってましたよね」
「「236 悪魔」より……『人間は恐怖を前にどうでもいい事を考えるものである。注釈:「173 地獄と天国」の言葉と少なからず関連性があると考えられる』。たまに似たような事書いてるからね、魔王へーかは」
苦笑して受けたフユは、思い出したようにピンと人差し指を立てる。
「私はその後のやつが好きです」
「んー? 「244 最後の欠片」より……『喧嘩した時だって何故かコイツは近くにいた』? あぁ、ポチのやつよね、これ? まぁ、魔王の隣にはいつもあの子がいるのは、今も昔も変わらないわよね」
「「257 返済の輪廻」より……『息子は父親の巨大で隆起した背中を見て育つもの』。これも面白かったです。注釈の『結論――子供は背筋で育つ』ってところで笑っちゃいました」
「まぁ、チャッピーなら魔王へーかの背筋をずっと褒めてそうね」
そんな言葉を受け、パティーがキョトンとした顔をベティーに向ける。
「あぁ、ポチってのは魔王の使い魔で、チャッピーってのは紫死鳥でその二人の息子」
更に混乱するパティーだった。
それを見て笑うベティーに、フユが焦る。
「んもう、適当な説明しちゃダメですよ! んー、義理の息子みたいな関係だよ」
ようやくそれを理解し、パティーの顔が明るくなる。
「さぁ着いたよ」
三人が見上げるは、巨大な魔王城――――の裏門。
当然、裏門であろうと門番がいる。門番の前に立ったベティーだったが、門番は持っていた槍を地にトンと置いて反応する。
「お疲れ様です、ベティーさん。でも通しません」
「何よアドルフ? ちょっと中に用があるだけよ」
「だから通せないんですっ。今日は要人がいらっしゃってるって話なんで、無理なんです! お帰りくださいっ!」
「いーじゃないの、通しなさいぃ!」
「ダメです!」
「ならこうするまでよ!」
直後、ベティーはフユを持ち上げた。
「へ?」
何が何だかわからない様子のフユが……そのままベティーに投げ飛ばされた。
「そぉれっ!」
「んなっ!?」
外壁の上に乗ったフユと、遅れて投げ飛ばされたパティーが着地する。
フユとパティーは外壁から眼下を見下ろし、もみ合うアドルフとベティーを見る。
「さぁ行きなさい! ここは私に任せるのよぉおおおおおおおっ! おほほほほほほほっ!」
妙に芝居がかったふざけたベティーの声を聞き、フユは呆れた溜め息を吐く。
パティーは高鳴る鼓動を押さえながらも、そんなベティーを見て笑った。
「あははは、ちょっと楽しかったんだね。ま、入っちゃったものは仕方ないよね?」
カタリと首を傾げて言うフユに、パティーはこくんと頷いたのだった。
二人は外壁から梯子を使い外壁内部まで降り、階段を使って魔王城の一階へ向かった。
道中会った兵たちは、皆フユに頭を下げて挨拶をして行く。
それを疑問に思ったパティーがフユの顔を覗き込む。
「あ、実は私、特殊警邏隊の隊長なんだよ? まぁ今日は非番だから、本当は入っちゃいけないんだけどね。はははは」
ぱあっと顔を明るくさせたパティーに、フユが微笑む。
フユに案内されるがままに、パティーはその後ろに付いて行く。
やがて見える大きな通路。それは、謁見の間に繋がる廊下だった。
煌びやかな装飾と多くの彫像。好奇心溢れるパティーは、それらをキョロキョロと見て回る。
そんなパティーを微笑みながら見守っているフユ。
すると、パティーの後ろから声が聞こえてきた。
「どちら様でありんす?」
子供故警戒度は低いが、その言葉はパティーを驚かせてしまった。
びくりとしたパティーを横切り、フユが一歩前に出る。
「あ、春華さん! こんにちは、こちらパティーちゃんです」
「フユさん? 今日は非番のはずではありませんかぇ?」
「えへへ……ちょっとこのパティーちゃんが魔王陛下に会いたいって」
「魔王様に? それは流石に……――」
と、言い掛けたところで春華が気付く。パティーの持っている賢者のすゝめに。
「そういう事でありんしたか。確かに、それに興味を持っていらしたのでありんしたら連れて来ない訳には行きんせんね。ではここからはあちきが案内しんしょう。フユさんは早急にお城の外へ。ウォレン様やブライト様に見つかったら大変でありんす」
「はははは、ですね」
するとフユは、足下に空間転移魔法陣を描き、それに乗った。
「それじゃあまたね、パティーちゃん」
手を振り合うフユとパティー。
フユが転移した後、春華がくすりと笑ってから言った。
「この魔王城、本来であれば素性の知れない者を絶対に入れる事はできんせん。パティーさん、貴方が何故入城出来たかわかりんす?」
キョトンと首を傾けるパティーに、春華は言った。
「魔王陛下の命令でありんす。『賢者のすゝめに興味を持っている人がいれば、絶対に俺の下に連れてきてくれ』……そういう命令を、あちきたちは受けているんでありんす。勿論、私的な命令でありんすがね。この命令を受けているのは、あちき含め五人。フユさんと一緒だったという事は、ティファさんには会いんした?」
こくりと頷くパティー。
「その二人で計三人。残りの二人もこの城にいんす。さ、行きんしょう」
静かに、しかし美しく歩く春華に、パティーは驚き以上の感動を覚えた。
優雅に美麗に……廊下を歩く春華を、皆が振り返る。
歩きながら春華はパティーに聞く。
「その本は、わかる人間にしかわからない本だと言われていんす。まぁ、陛下のご友人方は大抵面白がっていんすが、読む人によっては返金騒動を起こす事も……というか実際に起きんした」
驚き口を尖らせるパティーを横目に、春華がくすりと笑う。
「今日は各国の要人がお忍びでいらしてます。……あ、そういえば、その本にもその方の事が載っていんす。「278 着いた時代は……」より……『才能は肉体にも表れる。注釈:アイリーンは子供の頃から強かった』。この一文のせいで、戦魔国のアイリーン様が魔王陛下の部屋まで直訴に来た事もありんした」
春華が言うと、パティーはポンと手を叩く。
「そうでありんす。今日はアイリーン様もいらっしゃっていんす。……っと、これは流石に言ってはまずかったでありんしたね。ふふふふ、でも何故でしょう? ……アナタを見ていると、自然に口が開いてしまいんした」
そう言われるも、パティーは首を傾げるばかりだ。
「なるほど、不審者の報告はそういう事か」
「あら」
聞こえてきた美しくも強き声。
春華が振り返ると、そこにいたのは青白い目をしたエルフだった。
「リーリアさん。はい、パティーさんでありんす」
「理解した」
リーリアがコクリと頷くと、春華の前を歩き始めた。
顎下に手を当て考えるパティーに、春華が耳打ちする。
「先程話した残りの二人の内の一人でありんす」
パティーは思い出した様子で春華に向いた。その微笑みを見て、春華も微笑み返す。
「賢者のすゝめには色々書かれているわ。でも市場に流れていても、持っている人間は少ない。それは何故か? これはおそらく……――」
「――ジョルノさんの力が働いている……我々はそう考えていんす」
「神の力って言った方がいいかしらね。すぐに捨てる人もいるし、アナタのように持ち続ける人も稀にいる。そういう事よ」
「選別……なんでありんしょう」
春華の言葉を聞き、リーリアは鼻をすんと鳴らす。
「ふっ、明日を託せる者にだけ読める本。そういう事なのかもしれないわね」
そう言われた時、パティーはようやく気付く。
魔王の命令だけではない。皆はそれを気付いているからこそ、自分をここまで連れて来てくれたのだと。
「或いは、過去を見せないため……」
春華の言葉を拾い、リーリアが言う。
「「285 宣誓」より……『過去の事を気にしていたらどうしようもない。今はこの過去でどう生きるかが重要なんだ。注釈:一度過去を生きなければ生まれなかった言葉。読者の皆さんも時空転移魔法を使って過去へ行ってみましょう』。だったかしら?」
「で、ありんすね。気軽に行かれてはまずいのが過去でありんす。積み重ねを忘れた人程、穴に落ちやすい。そういう事でありんす」
「「293 歓迎の岩ドア」より……『賢者は一日にして成らず。注釈:日々を積み重ね、幾多の調整と修正により初めて、賢者に近付くものである』――ね」
それを聞き、春華はくすりと笑う。
パティーは感心しながらそれを聞き、リーリアの後ろに続いていた。しかし、その足は急に止まってしまう。急停止をしたパティーはさささと後ろに下がり、リーリアの顔を見た。
「この先が、謁見の間でありんす。パティーさん、あちきはここで失礼しんす。今日はこの後、新人の面談がありんすによりて後はリーリアさんに……」
春華が頭を下げて二人を見送る。
パティーは春華に頭をぺこりと下げた後、小さく手を振った。
長い廊下を歩きながら、徐々に見え始める巨大で物々しい扉。その前にやって来たところで、リーリアが止まる。
扉の前には一人の男が立っていた。険しい顔つきだが、瞳の奥には優しさが宿っている。
「これはリーリア殿、どうされましたかな?」
「ライアン、火急の用件につき魔王陛下に目通りを願いたい」
「左様でございますか。しかし、今は来客中です。それでも……という事ですかな?」
「そういう事」
リーリアとライアンのやり取りはそれきりだった。
ライアンはリーリアに目を伏せ、静かに扉の前から一歩引いた。
パティーの目の前には、もうこの扉だけ。それを眼前に、パティーはリーリアに続く一歩を躊躇う。
振り返るリーリアが、屈んでからパティーの肩に手をのせると、こう言った。
「大丈夫だ、別に恐れる事はない」
微笑みかけるリーリアに、パティーは一瞬目を奪われる。
すると、パティーの胸の中で何かが生まれた。その何かが何なのか、それはパティー自身にはわからなかった。しかし、躊躇った一歩を踏める何かだったという事は確かなのだ。
くすりと笑ったリーリアが立ち上がり、扉を開きながら歩を進める。
パティーはその後ろに続き、顔を強張らせながら扉をくぐる。
深紅の長い絨毯が続き、奥に見えるは己の両親。
その場にいた誰もリーリアに振り向き、その脇にいるパティーを見た。
「んにゃ!? パティーちゃんっ!?」
「へぇ? メルキィの知り合いだったのね」
リーリアが言うと、メルキィは首を縦に百回程振った。
「うんうんうんうんうん! 何たってこの子は我が愛娘っ!」
瞬間、リーリアの目が見開く。
そしてほんの少しの驚きを皆と共有した後、パティーを見たのだ。
「なるほど、そういう事だったの」
嬉しそうなその目に見つめられ、恥ずかしかったのか、パティーは賢者のすゝめで顔を覆う。それを見た皆が気付く。当然メルキィも。
「ほぉ、その本を持てる者……ですか」
長い黒髪を揺らし、男が一歩前に出る。
「これは面白いですね」
似たような雰囲気を持った黒髪の少年が、そう言いながら一歩前に出る。
「なはははは! そうなんだよぃ! ウォレンさん、ブライトさん! ウチの子、出来る子なんだよぃ!」
高らかに笑うメルキィを隣に、困りながら溜め息を吐くガスパー。
そして、更に前へ出る者が二人。
「なるほど、今日ここに来た理由はこの娘にあったか……!」
「うんうんガストン、そうだよぃそうだよぃ! 嬉しいねぃ! んまっ! 私も知らなかったんだけどねぃ!」
「へぇ、メルの娘か。賢そうじゃない? 父親の血が良かったんでしょうね」
「うぉいっ!? 私の血のが濃ゆいんだよぃ、アイリーン!」
謁見の間に母の声だけが響き、パティーはただただ恥ずかしく、顔を伏せるばかりである。
「そういう訳。それで、魔王陛下は?」
リーリアが聞くと、皆が中央を空けるように一歩下がる。
視界に映ったのは、小さな……それは小さな玉座に座る、精悍な男。
「何? またレオンが代理なの?」
リーリアが呆れた様子で言うも、レオンは苦笑する事しか出来ない。
「はははは……今日、魔王陛下は、ここにいらっしゃらないもので……」
「……どこにいるの?」
アイリーンとガストンを呼び、ここに魔王がいない理由。リーリアにはそれがわからなかった。
腕を組むアイリーンも、すんと鼻息を吐くガストンも、その理由を知らない様子だ。
「今、フェリスさんが探しに行ってくれてますが――っと、帰ってきたみたいですね」
フェリスが扉から現れ、ブライトたちに向かって首を振る。
「どうやら空振りのようです。念話連絡も通じませんし……」
ブライトがそう言いながら肩を竦める。
すると、ウォレンが皆に言った。
「しかし、陛下の事です。いないならいないなりの理由があるのでしょう。昨日、我らは陛下にここで待つように言われた。だから信じて待つ。それだけですよ」
すると、フェリスの後ろでまた扉が開いた。
「リナ? どうしたの?」
やってきたのは、魔王の一番弟子。
皆が振り返り、リナを見る。集まる視線に、リナは恥ずかしそうに頬を掻きながら言った。
「えっと……今日この場にいないはずの人って……――」
言い掛けたところで、リナは気付く。
リーリアの隣にいるパティーの存在に。
その手に持つ賢者のすゝめを見て、リナは嬉しそうに微笑んだ。
静かに歩み寄るリナ。そして、中腰になりパティーの顔を覗き込みながら言う。
「キミだね」
パティーが見上げるリナの瞳。
その色はパティーにとって、喜びに満ち、輝きに満ち、愛に満ち、この世の何よりも美しい宝石のように見えた。
惚けるパティーの前に差し出されたリナの手。そして、思わずそれをとったパティー。
「うん、行こうっ」
手を引かれ、リナと共に歩む一歩。
それを止めるアイリーンの声。
「リナッ、どういう事っ?」
困惑とほんの少しの怒り。そんな感情が見て取れるアイリーンの声を聞き、リナは振り返る事なく言った。
「魔王陛下が……アズリーさんがこの子を呼んでるんです」
その言葉に、親であるメルキィ、そしてガスパーが驚き、互いに見合う。
リナの性格を考えれば、この行動は明らかに異常。
しかし、リナの性格を考えればこそ、この行動は当たり前の事だった。
相手はお忍びとはいえ国賓であるアイリーン。リナが振り返り、その強き眼差しを見てしまっては、対応が出来ない。リナは自身の性格を理解し、そう動いた。動くしかなかった。
それがわかったからこそ、皆は何も言わずリナの行動を見守った。
(……何、考えてるの? アイツったら)
アイリーンはリナではなく、魔王の、アズリーの行動に疑念を持った。
しかし、考えても考えても……その答えが出る事はなかった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
謁見の間の扉を出たリナとパティーは、ゆっくりとその歩を進めていた。
連れ出したのはリナであるが、パティーはそれを嫌と感じなかった。
握られた手は優しく、触れる体温は温かく、リナの纏う空気はパティー全てを包んでいた。
リナの顔を見ながら歩くパティー。すると、その頬から小さな汗を一つ流した。
「ふぅ、怖かった~……。でも、アイリーン様には後で謝らなくちゃね」
それが恩師を無下にした結果なのは明白だった。
しかし、パティーは二人の間柄を知る者ではない。その理由がわかるはずもなかった。だから、少しでもリナを元気づけようと、優しく握られるその手を、優しく……しかし強く握り返したのだった。
「っ? ……ふふふ、ありがとう」
こくりと頷いたパティーに、リナが微笑む。
「そうだね、アイリーン様もわかってくれる。うんうん、自信を持たなくちゃ!」
そんなリナの反応に、パティーもニコリと笑い返した。
「「329 戦力分析」より……と言っても、トゥースさんの言葉からの抜粋なんだけどね? 『自信ってのは他人から与えられるもんじゃねぇ』。こんな言葉があるの」
パティーはメルキィとガスパーの娘。当然、極東の荒野で育った彼女は、トゥースの存在を知っている。知っている名前が出て来て、とても嬉しそうな様子である。
「うん、ちゃんとキミの応援で漲ってきたよ。ありがとう。あ、ここにも魔王陛下は注釈を書いててね? 『私は賢者なので、他者であろうと良い言葉は受け入れる』って書いてあるの」
そう言った後、リナが苦笑する。
「はは……そこで終わればいいんだけど、その後の言葉で、私笑っちゃった。トゥースさんに対して悪口が一杯書いてあったんだもん。『馬鹿エルフ!』 とか書かれてたけど、注釈に『個人の主観です』って書いてたのは魔王陛下らしいなーって。っと……着いたよ」
やって来たのは魔王の部屋。
その中央に設置された空間転移魔法陣をパティーが見る。
パティーがそれに歩み寄ろうと前に出ると共に、二人の手がほどかれる。
振り返るパティーに、微笑むリナ。
「私はここまでだけど、向こうにはチャッピーさんがいるから……ね?」
首を少しだけ傾けながら言ったリナに、パティーは静かに頷いた。
魔法陣に乗ると共に、消失していくパティーの身体。
消え去る光に、リナは小さな溜め息を吐く。
「ちょっとした気疲れってとこか、リナ?」
「もう、やっぱりつけて来てたんですね、ブルーツさんっ」
扉から顔を覗かせたのは、先程パティーの後を追っていたブルーツだった。
笑いながら入室するブルーツに、リナが頬を膨らませる。
「まぁ、リナにならバレてもいいかと思って警戒を緩めてたんだよ。それに、こっちも仕事だ、仕事っ」
「確かに、不思議な魔力を持った子でした。そしてとても不安定。このまま聖魔国にいたら強いモンスターを呼び寄せてたかもしれません」
「なんたって、メルキィとガスパーの娘だ」
「え!? そうだったんですかっ?」
「リナやフェリスが来る前、ライアンと一緒に聞き耳立ててたからな」
ニシシと笑うブルーツに、リナが目を細めて言う。
「それは後でレイナさんに告げ口する案件ですね」
「ちょっと待てよ、それじゃあ俺がリナに言った事だってライアンにバレちまうじゃねぇか?」
「何か問題でもぉ?」
「くぅ、最近どんどん魔王に似てきやがって……」
過去の自分に後悔しつつも、ブルーツは何故か嬉しそうだった。
リナとブルーツが今一度、パティーが消えて行った空間転移魔法陣を見る。
「何にせよ、アイツがこんな回りくどい事するんだ。よっぽどの大事だろ?」
「さぁ、ポチさんですら知らないそうですから」
「へぇ、そりゃ難問だ」
「でも――」
「――あぁ、俺たちは信じて待つ。それだけだ」
「はいっ」
微笑むリナに、ブルーツもまたニカリと笑うのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パティーが転移した先。
そこは、深い深い森の中だった。
「む、わかるぞお前! 女の子だなっ!?」
パティーの見上げる黒紫の身体。その羽が大きく開く。
「父上は言っていた! 「345 賢者のすゝめが書けない」より……『女の子の匂いは賢者を脱力させる』と! だが私は負けない! 何故なら私は賢者ではなく、チャッピー仮面だからっ!」
スチャリとサングラスを掛けたチャッピー仮面が高らかに叫ぶ。
だが、パティーはそれを見て小首を傾げるばかりである。
「……むぅ、私の認知度もまだまだという事かっ! しかーし! ヒーローに悩みはつきもの! そして父上は言っていた! 「356 紅魔の湿原」より……『悩んだ時間も財産だよ。それは決して無駄なんかじゃない』と! さぁ! 我が背に乗るのだ! そして共に行こう! 父上の下にっ!!」
チャッピー仮面は案内役。そう理解したパティーは、コクリと頷いてからチャッピーの背に乗った。
すると、羽を一度だけ羽ばたかせるチャッピー。それと共に二人は一瞬で大空へと舞った。
「毎度ご利用ありがとうございます! 本日のチャッピー便は、終日貸し切りでございます!」
そして高らかに言った。本日の行き先を。
「え~、次は~終点『始まりの地~、始まりの地』でございます!」
そう、二人が向かう先は……始まりの地。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「あ~、違う違う。なんでこうなっちゃうんだ……。パーフェクトインビジブルの魔法には瞬間的な魔力閉塞を起こし、それを時間制限の公式で解除すれば成功するってのはわかってるんだが、時間制限の公式を魔法陣に組み込むと、魔力を放出した途端に気配が漏れちまうのは何故だ? 組み込む場所が違うのか? いや、そうすると魔法陣のバランスが崩れてしまう……って事は、母体魔法陣を拡大させてバランスを保つのか? いや、そもそもの公式文字が比例して大きくなるから意味がなくなる。うーん……わからねぇ……」
「マスター、いい加減外に出ましょうよ~」
「なんだポチ、まだ籠って八十分程じゃないか。音を上げるのは早すぎるんじゃないかー?」
始まりの地……それはアズリーとポチが長い時を共に過ごしたダンジョンである。
そこへ来るや否や、アズリーは研究を始めてしまった。
「八十分じゃありませんよ! ここに来たの何時だか覚えてます!?」
「ん……あ、九時……とか?」
「六時ですっ! もうお昼の二時! つまりここには八時間いる訳です! 私のお腹が何回鳴ったかわかりますかっ!?」
「なら八十回だな」
間髪容れず返ってきたアズリーの説明にポチが驚く。
「何でわかるんですかっ!?」
「ふふふふ、何故なら俺は賢者だからっ!」
「単に付き合いが長いだけでしょう……馬鹿マスター」
「ふっ、「417 愚の骨頂」より……『人は馬鹿にされて初めて賢者に成る』のだよ、ポチ君っ!」
「なーにが賢者ですかっ! 今日は特別なお客さんが来るんでしょう!? もうちょっとピシっとしてくださいよ!」
「ふっ! 「438 魔技の多様性」より……『日常の方が……良い』だよ、ポチ君!」
「違います! 「438」のは『日常の方が、突発的な優しさより疲れない』ですー! 作者が適当に誤魔化してどーするんですかっ! だから売れないんですよ!」
「ぐっ!? それを言うか、お前!?」
「逆にぃ? イツキさんの『イツキのすゝめ』は大ベストセラー。全世界二千万部を記録って大騒ぎでしたよね~」
「くぅ……何であんな本が世界の経済動かす程売れるんだ……!」
「実際に、イツキさんの手法で経済が活性化したからです! それに引き替えマスターはどうです!? 売れ残った本を皆さんが協力して百万部買ってくれましたけど、発売初日に書店から『一冊も売れない』ってクレームきたの覚えてますぅ!? 残りの四百万部どうするんですか!? ストアルームって手を突っ込む度に本が出てくる仕様でしたっけ!? どうなんです!?」
実際に胸を抉られているような感覚に陥っているアズリーが、激しい動悸と息切れを起こしながら無様に倒れている。
苦痛にもがくアズリーだが、ポチはお構いなしである。
立ち上がろうとするアズリーが、泣きそうになりながら呟く。
「くそぅ……ジョルノのせいなんだよ。あれは完全に呪いの類だって……!」
「ジョルノさんは祝福って言ってましたよ」
「にゃろう、一冊買ったからって許さねぇ……!」
「ジョルノさんがサイン求めた時、マスターが涎垂らしながら喜んでたの、私覚えてますからね?」
「くそっ! 今でも嬉しいっ! ダメだ、ニヤけるっ!!」
「ではジョルノさんに感謝を」
「おぉ、神よ……感謝します……!」
アズリーは地面に蹲りながら両手を合わせ、神に祈った。
直後、ポチの耳が反応し、アズリーの目が見開かれる。
「……いらっしゃったみたいですね」
「あぁ……」
ダンジョンから出た二人。
二人は空からやってくるチャッピー仮面とパティーを出迎える。
着地したチャッピーを労うポチと……パティーに微笑むアズリー。
パティーの背後で変身したポッチー仮面。そしてポッチー仮面と戯れるチャッピー仮面。
背から聞こえる楽しそうな声よりも、パティーは歩を進める事を選んだ。
いや、パティーの足は自然と魔王の、アズリーの下へ向かっていたのだ。
賢者のすゝめを抱えながら、ゆっくりとアズリーに向かうパティーの眼前に、大きく逞しい手が差し出される。
「初めまして、アズリーだ。今は魔王なんて俺なんかには似合わない仕事をしてる。キミの名前は?」
だが、パティーは答えられなかった。
それは、魔王を前にした緊張からか、その魔力を前にした畏怖からか。
「ははは、まぁそれはいいか。じゃあ、ちょっといいか?」
アズリーが指を森の奥へ向ける。
それが、場所を移すサインだとパティーはすぐに理解した。
本来アズリーに付き従うはずのポチも、チャッピーもいない。
アズリーの後ろを歩くのはパティーだけ。
やがて、パティーの視界に湖が映った。
アズリーはそこに着くなり芝生に腰を下ろし、胡座をかいた。
そしてパティーの事をじっと見た……いや、視たのだ。その魔力の動きを、パティー自身も視た。
「そうか、メルとガスパーの子か」
アズリーの鑑定眼鏡が発動した事を、パティーは驚きながらも理解していた。
「良い眼を持ってるね、流石メルの子。いや――ガスパーの子でもあるか。なるほど、そういう事だったか……あぁ、さ、ここに」
アズリーはパティーを正面に座らせると、ある魔法陣を宙図した。
「ほい、ストアルーム」
かつて、魔王ルシファーから仲間を守るために発動したストアルーム。
その中に手を入れ、アズリーはあるモノを取り出した。
それと一緒に出てくる数冊の賢者のすゝめ。
「は、はははは……こ、これはいらない」
言いながら賢者のすゝめをストアルームに戻し、アズリーはソレをパティーに差し出した。
パティーは持っていた賢者のすゝめを隣に置き、ソレを受け取る。
十歳のパティー。その手のひらに収まる程の小さな実。
それは黒く、白く、虹色に輝いているようにも見えた。
その時、その角度、その焦点の違いで……実は何度も色を変える。
まるで魔法の実。そう思いながらパティーはアズリーに視線を戻した。
「それは、神魔の実。十一年前……俺、ポチ、チャッピーだけで採りに行ったものだ。神様はそれを『世界一美味い』とか言ってたけど、それは違った。そう言えばポチが絶対にそこに足を向けると知ってたからだ。いや、正確には、それに付き合わされる俺かな? はははは。手に入れたはいいが、ポチの牙でも、チャッピーの嘴でも、俺の力でも魔法でも……その外皮を傷つける事は出来なかった。だが、その神魔の実がもたらす恩恵は知る事が出来た」
アズリーは自身の眼鏡を指差す。
「この鑑定眼鏡を使ってね。キミにもわかるだろう?」
アズリーはパティーを見ながら言った。
その二色の瞳を見ながら言ったのだ。
「キミがここに来て気付いた。メルの魔眼を受け継いだ者。そして、ガスパー……いや、ルシファーの魔眼の因子がその眼に宿っているからこそ、キミはジョルノに、神様に選ばれた」
アズリーが言葉を続ける。
違えぬよう、丁寧に。
「キミの両親が悠久を生きる者だという事は知ってるね?」
パティーは静かに首を縦に振る。
「メル、ガスパー……その血を受けたキミ自身にも、その力は宿っている。メルの魔眼の力でそれはわかるはずだ。……でも不死じゃない。それは俺もポチも同じだ。これは、この神魔の実の力……それは不死の力。神も、悪魔も渇望する力だからこそ、この実はそう呼ばれているんだ」
まるでおとぎ話。絵空事とも言える話だったが、アズリーの言葉に、話に嘘はなかった。そして、パティーにもそれが理解出来た。
「キミの魔眼の力は多くの力を秘めている。この神魔の実を解析する事も可能だろう。だからキミは神様に選ばれた。俺の言いたい事……わかるか?」
パティーはアズリーの優しい瞳の奥にその真意を見る。
アズリーの問いかけに……ゆっくり、そしてしっかりと頷いたパティー。
「そう、キミが成すべき事はこの神魔の実の……消失。確かに不死って言葉は魅力的かもしれない。けど、そうじゃない。いくら俺がストアルームにこれを隠そうとも、いつかバレる日が、奪われる日が来るかもしれない。悪を心に持つ者に、神魔の実が渡ったら? 考えただけでも恐ろしい。囓れなくとも丸呑みすればいいだけの事。これは……これは世界にあってはならないモノ。あっちゃいけないんだ。そうとは知らずに、俺が神魔の実の事を賢者のすゝめに記してしまった。だからジョルノは賢者のすゝめに呪いという名の祝福を施した。心正しき者にしか読ませないために。いつか俺の前に現れる……キミのために」
アズリーはパティーの手を握りながら神魔の実を包む。
「どれだけ時間がかかるかわからない。だからこその悠久の雫。きっとあの日の大事件も……偶然なんかじゃなかったはずだ。皆が悠久の雫を体内に入れたのは……起こるべくして起こった。きっとそうなんだ。これからキミを助ける全ての人間が、あの事件の関係者なんだ。俺はそう思ってる。勿論俺も、ポチも、リナも、チャッピーも……キミを助ける……!」
強く優しい温もりが、パティーの手を伝う。
「キミが……皆の未来を救うんだ」
パティーの返事はなかった。
しかし、その強い意思の眼だけが、アズリーに応えていた。
微笑みを浮かべるアズリーが、すっと立ち上がり静かに後方を見る。
パティーが見、感じたのは揺れる木々と、震える大地。
「……ったく、話の途中だってのに」
湖の奥にある森から現れる巨大なモンスター。
「へぇ、まだカオスリザードなんて残ってたんだな」
SSランクの強力なモンスターを前に、パティーの顔が強張る。
しかし、恐怖は感じなかった。
それはただ、パティーが極東の荒野で生きているからではない。
それはただ、極東の賢者と呼ばれるトゥースを知っているからではないのだ。
この場にいる魔王アズリーという大きな存在が、パティーの恐怖を消していたのだ。
吹き荒れるは魔王の強く優しい大いなる魔力。
その魔力に釣られてか、パティーの魔眼が感応する。
――――――――――――――――――――
アズリー
LV:948
HP:1230917
MP:20190930
EXP:123123123123
特殊:攻撃魔法《極》・補助魔法《極》・回復魔法《極》・精製《極》・金剛力・金剛体・神速・浮身・金剛心
称号:悠久の愚者・仙人・極大魔法士・極級錬金術師・杖神・十二士創設者・恩師・ランクS・首席・パパ・SS殺し・世界の守護魔法士・風神・古代種殺し・大魔王・十億の魔を統べし者・大天獣の父・覇者の主・世界の英雄・鉄芯・金剛の身体・聖帝の主・探偵・使徒殺し・空の支配者・竜殺し・夢を掴みし者・復讐者・五天の守護神・神童の指導者・三魔の死神・結界師・魔王殺し・伝説に認められし者・勇気授けし者・六法士を育てし者・仮面の魔王様・戦魔帝の友・時空魔法士・解放軍・黒帝の友・解封師・エルフの喧嘩仲間・潜入者・誘拐犯・大豆マニア・鉄の背筋・三王を弄びし者・テレポーター・青っ恥・指導者・魔技使い・雷神・世界の守り手・生命の盾・ゾンビ・大道士の恩人・ルーフクラッシャー・ベッドクラッシャー・女泣かせ・求道者・三魔王に睨まれし者・ルシファーブレイカー・無限の希望・魔技を極めし者・ルシファー恐怖症・一億恐怖症・千万の屍を超えし者・透明人間・異空間迷子・回復ドジ・考える人・困った人・覚者・大地に唇を捧げし者・洗脳者・ららふぁ~むの恩人・巫女の密会相手・予言作りし者・暗躍者・幽霊(笑)・赤き翼・魔王の懐攻略者・神の親友・財布の友・墓荒らし・神父・借金王・牛の仲人・大金持ち・戦魔帝の恩人・お飾り・ネームバリューの男・小さき玉座の主・獣医・双黒帝の掌で踊る者・魔王杯の賞品・神薬問屋・ペンネーム大賢者・イツキのすゝめの脇役・万人に愛されし者
――――――――――――――――――――
「……わぁ」
神すら見通せぬアズリーの全能力。しかしパティーは視た。
驚きを超えた感動を漏らすパティーの声は、アズリーの耳に届く事はなかった。
単純な魔力だけでカオスリザードを吹き飛ばした後、アズリーが振り返る。
すると、遠くからポチとチャッピーの声が聞こえて来た。
「マスター!!」
「父上!!」
「「お腹減りましたっ!!!!」」
そんな声に苦笑しながら、アズリーはパティーを見る。
パティーは賢者のすゝめを持って、神魔の実を持って立ち上がる。
「さぁ行こう。皆が待ってる……!」
……これは、悠久の愚者と出会った少女の話。
限りある命を紡ぐために奮闘し、未来を守るお話。
後に、魔王により自費出版される『賢者のすゝめ第二巻』――その序章である。
――――どうやら世界はもうしばらく、この悠久の愚者を中心に回りそうだ。
皆様の声援のおかげで、なんとか、エピローグも完走する事が出来ました。
最終話は本当に長くなってしまいました。
いや、アズリーがね? 意外に賢者のすゝめ書いてるんですよ。これを探し、追うのが大変で大変で、死ぬかと思いました。
エピローグ16の十一年の間に何があったかは、読者の方のご想像にお任せします。
最後のアズリーのステータスについては、結構ふざけてます。
アズリーのレベルが「948(愚者)」だったり、HPが「123(壱弐参)0917(誕生日)」だったり、MPが「20190930(最終話が書き上がった年月日)」だったり。
総経験値なんて完全に私の自己アピールです。
でも、大体イメージ通りの数字なので、問題はないと思ってます。
称号の変化については、「386 アズリーの称号」と見比べるといいかもしれません。魔王の称号は過去に「(仮)」の状態で付与されているので、その時の称号が進化しています。なので、結構前の方にあったりします。それ以外の変化も結構ありますよ・x・
さて、これをもちまして、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』の全てを幕とします。
多くを語りたいのですが、どう言葉にすればいいかわかりません。
本編完結後にも書かせて頂きましたが、本当に大変でした。
ただ、ここまで読んでくださった方には感謝の言葉しかありません。
もし、本編に関する質問があれば、いつでもご連絡ください。
感想欄、メッセージ、活動報告、Twitter(@hihumi_monokaki)……必ずご返答させて頂きます。
……が、答えを濁すという事もあると思います。予めご了承ください。
「完結」にチェック入れるのが、本当に辛い。
でも、ここで終わりです。終わりなのです。
辛いですが、とても楽しく豊かな経験をさせて頂きました。
壱弐参の別作も本サイト(小説家になろう様)にて掲載しております。
「転生したら孤児になった!魔物に育てられた魔物使い(剣士)」⇒完結
「~転生孤児ANOTHER~「殺し屋と勇者の事情」」⇒連載中
「半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~ 」⇒連載中
「使い魔は使い魔使い」⇒完結
「善良なる隣人 ~魔王よ、勇者よ、これが獣だ~」⇒連載中
「魔法世界の超能力者」⇒連載中
アズリーが完結した今、時間が出来始めると思うので、別作も完走させたいと思います。
最後に……感想、お気に入り登録(完結したからって外さないでぇえええ!!)、評価、書籍・漫画購入etc……とても励みになります。心震えた方、是非宜しくお願い致します。
皆様、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』をご愛読頂き、本当に……本当にありがとうございました!
壱弐参




