◆エピローグ15:アズリー争奪戦
もう、ここまで来た方は慣れたと思いますが、一応言っておきます。
二万字超えました。いつもの七倍くらいあるので予めご了承ください。
『さぁ! やって参りました! 第一回、聖魔国主催の魔王杯! 司会は私ベティーと!』
『ブルーツ様がお送りすんぜ!』
そして、拡声魔法陣の敷かれたバルコニーの司会者席には、もう一人の女が座っていた。
『冷静な状況判断にはこの人! 我が銀の会計娘! イツキちゃんがコメンテーターとして参加してくれましたぁ!』
『どうも、イツキです。ギャラがいいので引き受けました』
『はははは! 早速ぶっこんできたが、仕事はキッチリやる子なんで皆、安心して聞いてくれや!』
ブルーツの仕切りで事が進む。
聖魔城の中庭中央では、魔王杯の参加者が強い意思を宿した目で佇んでいる。
中央で腕を組み仁王立ちをするは、元聖戦士、聖魔国近衛兵士長リーリア。
「ふん、楽勝だ……!」
その右隣にいるのは、魔力こそないが、あの銀のキーペンダントを首から下げる静かなる魔法士リナ。現在、ウォレンが外交大使として育成中。
「負けないよ、皆……!」
リナの右隣にいるのは、闇の支配者ことティファ。魔法大学長テンガロンの口利きにより、現在休学――ではなく、聖魔国への第一留学生という扱いになっている。
「フハハハハハハ! 魔王には及ばぬかもしれぬが、我輩の力は魔王の牙! 魔王の爪! 今こそ、我が主ティファとの最強のコンビネーションが――!」
「タラヲを犠牲にしてでも勝たなくちゃ……!」
「――はぇ!?」
リーリアの左隣にいるのは聖魔国特殊警邏隊の隊長に就任したばかりのフユ。その眼光は非常に鋭く、今にもリーリアに噛みつかんばかりである。
「勝って手に入れます。私の幸せを……!」
そして、フユの左隣にいるのは株式会社銀の人事部長、春華。
春華はただ目を伏せ、死闘の時を静かに待っている。
「……そろそろでありんすね……」
間もなく魔王杯が始まる。春華がそう思うや否や、中庭へ通じる南側の門が開いた。
小さくも確かな足音。そして、やる気のなさそうな足取り。
聖魔城の外壁にいる観客の誰もがそんな印象を抱くも、その姿を見て考えを改める事となる。
「「っ!?」」
司会者席に座るベティーが荒々しく叫ぶ。
『そして、今回特別ゲストとしてこの魔王杯に参加する二名をご紹介いたしますっ!! まずはこの方! 戦魔国特使団より、常成無敗のアイリーン様ぁああああっ!!』
「何で私がこんな見世物みたいな真似……!」
仏頂面で恥ずかしそうに、頭を掻きながら登場するアイリーン。
「でも、これは賞品のため。賞品のためなんだから……ふんっ!」
観客席に招かれた多くの冒険者や名の知れた戦士、魔法士たちがアイリーンを歓声と拍手で迎える。
そしてブルーツが二人目を紹介する。
『聖魔国よりゲスト枠で参加ぁ! まさかコイツが参加とは誰も思わなかった! 黒帝ウォレンの登場だぁあああああああっっ!!』
「ははははは、精一杯頑張ります♪」
満面の笑みで登場したウォレンに、リーリアが警戒の色を見せる。
(馬鹿な、この魔王杯の特性を考えたらウォレンが参加するはずない……いや、そういう事なのっ?)
バルコニーからその様子を見下ろすガストンが、ニヤリと笑う。
「ほぉ、面白くなってきたな……小僧?」
魔王アズリーに目をやるガストンだったが、当のアズリーは笑顔のまま硬直し、ガストンに反応を見せないでいるのだ。
短い付き合いながら、ガストンはこういう時、アズリーが何を考えているのかわかるのだ。
(なるほど、聞かされていなかったな? 図ったのはウォレン? いやブライト……ふむ、あの二人の事だ。二人共……と言うのが正解だろうな)
そして、ガストンの推測通り、アズリーは正面を見ながら、近くに座るブライトに聞いたのだ。
「ブライト」
「はい?」
「何……これ?」
「魔王杯です」
「うん……あ、そう」
「ちゃんと告知してましたよ。城下町の掲示板で」
「俺は知らないんだけど……?」
「陛下ご自身も掲示板を作った時、『自分で掲示板を見に行く』と仰っていたではありませんか」
「ここ最近、研究室に缶詰だったような?」
「こちらからは『適度に休憩をとってください』とも」
「あ、うん。そうだったね」
虚空を見ながら、アズリーは返事をするしかなかった。
それを見聞きしていたレオンとガストンは、見合って苦笑する。
(この二人の場合……)
(嘘を言わずに隠し通すからな。完全に小僧の性格を読み切っておる)
(魔王陛下が研究に没頭し、休憩しない事も計算尽くという事でしょう)
アズリーの性格、両大臣の性格を考えれば明々白々。
わかるからこそ、アズリーに同情してしまう二人。
しかし、同情はしつつも、この魔王杯の行方が気になる二人でもあった。
司会者席のお祭り女――ベティーが立ち上がり、ルール説明を開始する。
『この魔王杯は、魔王陛下への愛を競うものです!』
「はぁっ!?」
アズリーががばっと立ち上がる。
背後で起こった当然の驚き。しかし、ブルーツが気にせず続ける。
『優勝者には、魔王アズリーの一日貸し出し権!! 副賞として、ディルムッドキッチンの食事券一年分っ!!』
「ちょちょちょちょ――えっ!?」
アズリーがブライトを見る。
「優勝賞品に異議申し立てがある場合は、先週の月曜日までにブライト、ウォレンまで連絡を……と書いてあります」
ブライトがぺらりと一枚の羊皮紙をアズリーに見せる。
アズリーはそれを奪うように取り、顔を埋める程覗き込んだ。
わなわなと震えるアズリーの手。羊皮紙を下にずらし、ブライトへ焦りの目を覗かせるも、その先にあったのは黒帝の満面の笑み。
そして、添えるように言うのだ。無慈悲に、しかし笑顔で。
「これも公務ですよ、陛下♪」
ブライトの言葉を聞き、隣のフェリスが必死で笑いを堪えている。
「くぅ……やられたっ! で、でも俺に休みなんて……――!」
「――問題ありません。既にスケジュールは調整済みです。ここに関しては参加者の方に合わせて頂きますが、皆さんご納得の上、参加頂いてます」
「アイリーンさん――あいや、アイリーン殿だって――」
「――奇跡的に空いてました」
「ウォレンさん――あいや、ウォレンは――」
「――僕が徹夜すればいける計算です」
「んな馬鹿な!?」
万事、抜かりなしである。
そんなやり取りを見たミネルバとバルン、そしてオルネルがニコリと笑う。
「あらあら、とても面白い試みですね。私も参加すれば良かったですわ」
「僕もですよ。魔王陛下の一日を独占出来るってもっと早く知ってたら、色々出来たよね?」
「俺としてはディルムッドキッチンの食事券が欲しいところです。レジアータでも有名でしたから、あの店は」
三人が談笑していると、司会者たちによる説明が大方終わっていた。
皆が散り散りに壁際まで移動する。それを見たアズリーが、首を傾げた。
「な、何で皆あんな壁際に……?」
「説明があっただろう、小僧? これからあの七人でバトルロイヤルだそうだ」
「はぁっ!? んなのリーリアが勝っちゃうでしょうっ!? も、もしかして……や、八百長っ!?」
アズリーがブライトに向き直るも、ブライトは微笑を浮かべたまま何の反応も見せないでいる。何の情報も得られないと悟ったアズリーは、中庭の戦闘の行く末を見守る事しか出来なかった。
(武器は木剣? いや、でもリーリアならあれで大地とか割るぞ?)
魔法士はスウィフトマジックが使える杖を持っているとはいえ、聖魔城の中庭程の面積では、完全にリーリアの間合いと言って差し支えなかった。
(って事は、春華が一番ハンデがあるんじゃ……ん? 何で春華が杖を持ってるんだ?)
アズリーは春華が持っている杖に疑問を持った。何故なら彼女は戦士。
魔力こそあるものの、魔法適正は高くないのだ。
『それじゃちゃっちゃといっちゃいましょう! 戦闘ぉおおお――』
『開始っ!!』
ベティー、ブルーツの合図と共に、試合が始まる。
瞬間、アズリーは自身の目を疑った。
「「パーフェクトインビジブルッ!!」」
「んな!?」
その驚きは、何故かアズリー個人だけで留まった。
他の者は、誰も驚いていなかったのだ。
『おぉおおおっとっ! リーリア選手以外の魔法士全員が忽然と姿を消したぁああああっ!!』
『イツキ、説明よろしくぅ!!』
『はい、どうやら対リーリアさん用に皆さん独自でパーフェクトインビジブルを習得したようです。春華さんはスウィフトマジックでそれを行使したみたいですね。なるほど、他の魔法士に頼んで、杖にパーフェクトインビジブルを入れてもらう。これならば春華さんにも発動出来ますね』
「おい、それ一体どこから習得したんだよ!?」
イツキの背中にアズリーが声を掛けるも、
『情報の出所は秘密です』
コメンテーターイツキは、魔王に対しても毅然とした態度だった。
自らの秘術とも言えるアズリーの完全なる透明化魔法。眼下で戦う六人が会得したとなると、アズリーが驚くのも無理はない。
アズリーは頭を抱えながら自身の過去を探った。
(思い出せ……! 俺は今困ってるぞ……ミネルバッ! 一体いつ? どこで? 俺は誰にも教え…………うん、教えたな?)
意外にも答えはすぐに出た。
そう、いたのだ。アズリーがパーフェクトインビジブルを教えた存在が。
あれはつい最近の出来事だった。ライアンとレイナの挙げた結婚式の当日、ある存在にパーフェクトインビジブルの公式を譲渡していたのだ。
そして、アズリーは誰を睨む訳でもなく、ただ広大な大空を見上げた。
それこそ、物凄く呆れた様子で……。
(おのれジョルノ……! やりやがったなっ!)
見上げる空にある雲が、ジョルノの笑みのようで、アズリーは憎たらしくてならなかった。
しかし、相手は神。少々悪戯好きではあるが、神なのだ。逆らえるはずもない。
ジトっとした目を雲に向けていたアズリーだったが、中庭で起きた異変により、また眼下へと視線を戻したのだった。
現れたのはアイリーンとウォレン。
透明化に警戒していたリーリアから一番離れた対角線上に出現した二人が、無数のファイアランスを放つ。当然、リーリアは出現した二人を狙い動くが、すんでのところで二人はまた消失する。そして今しがたリーリアが立っていた場所に、リナとフユの二人が現れ、魔法を放つ。
「くっ!」
リーリアは二人を追うも、先の二人同様、ギリギリのところで消えてしまう。
『これは素晴らしい作戦! リーリア以外の参加者全員が最初から結託していた模様どぇす!』
『かかかかかっ! とんでもねぇ執念だぜ!』
『ルールには抵触していませんのでご安心ください』
ベティー、ブルーツがそれぞれの感想を述べ、イツキが補足する。
やがて、リーリアの体力が消耗していく。
リナ、フユ、ティファは三人のローテーションで動き、アイリーンとウォレンは休みなくリーリアを狙い、春華はただじっとその時を待つ……。そう、春華の役目はリーリアへの決定打だった。神経を研ぎ澄まし、最速の一手でリーリアを狙うのが春華。そういう取り決めだった。
しかし、その動きより早くリーリアが諦めた。
出現する魔法士たちの動きを追うのをピタリ止やめてしまったのだ。
「ふぅ……やっぱり手強いわね。まぁ、ジョルノの手助けもあるんでしょうけど……」
そう呟きながら、リーリアはすっと腰を落とした。
瞬間、一番近くにいた春華がぞくりと悪寒を感じる。
「み、皆さんっ! 跳んでおくんなましっ!」
言いながら跳んだ春華。しかし、春華以外の魔法士は、それを気付く事が出来なかった。
「横……一文字っ!」
リーリアが切り裂いた空間は中庭全て。
その威力凄まじく、リーリアは周囲全てを横一閃し、抉るように切り裂いたのだった。
パーフェクトインビジブルは完璧な透明化故、魔力の放出が一切出来ない。
だからこそ、春華の助言が届いても回避が間に合わなかった。だからこそ、防御すらままならなかった。出現した魔法士五人は……、全て城の内壁に叩きつけられていた。
「後は春華だけね……」
「――ぁ」
跳び上がった春華に追いついたリーリア。
木剣でコツンと頭を叩かれた春華が、頭部を押さえ、涙目になりながら着地する。
と同時に、ブルーツとベティーが高らかに叫ぶ。
『『それまでっ!!』』
大きな歓声の下、イツキのコメントが飛ぶ。
『大番狂わせはなかったようですね。救護班の方、参加者の回復をお願いします』
すると、ナツとララがとことこと走り回り、皆を回復していく。
それを見ていたアズリーが、皆に大事がない事を知り、ホッと胸をなで下ろす。
「やっぱりリーリアか。作戦は悪くなかったけどな」
「いえ、とてもいい作戦ですよ」
アズリーの言葉を否定するようにブライトが言う。
「ぁん?」
アズリーが首を傾げると、司会者のベティーが叫ぶ。
『今回の戦いはリーリア選手が一位! よってリーリア選手に七ポイント! 春華選手に六ポイントが与えられます!』
「うぇ!? ポイント制なの!?」
アズリーがこれに驚く。
『はぁ~、上手い事やりましたね、他の五人……』
イツキが感嘆の息を漏らし、負けた五人を称賛する。
『作戦勝ちだな、こりゃ! ははははは!』
「ど、どういう事だ……?」
アズリーがブライトを見る。
すると、ブライトはそんな疑問を解消するかのように、アズリーに一枚の紙を手渡した。そして、補足するよう言うのだ。
「ルールです。それの下から五番目を読んでください」
「えーっと、何々? 順位が同じだった場合は、その順位に応じたポイントを与える……? あっ! って事は、最初に負けた五人は――――」
『――――ルールにより、リナ選手、ティファ選手、フユ選手、アイリーン選手、ウォレン選手は全員が三位。よって、それぞれに五ポイントが与えられます!』
『かかかかか! 他と突き放せる一番のチャンスをリーリア自身がフイにしちまったってこったな! 面白くなってきたぜ!』
『ルールを逆手にとった魔法士全員の三位狙い。お見事です。これは次に期待が持てますね』
三人の説明に、アズリーが理解を示すも、更なる疑問が出てきた。
「……え? 次?」
カタリと首を傾げたアズリーの眼下では、また違う動きがあった。
ララ、ナツが運んで来るのは、無数の食材。どれもららふぁ~む産の新鮮な野菜、山で狩った動物の新鮮な肉である。
それを見た瞬間、いくらアズリーが鈍感でも、次の勝負が何なのか理解した。
「料理……勝負……?」
『そう料理勝負です! 制限時間は五十分! 作る料理は自由ですが一品だけ! 審査をするのはそう、魔王陛下ご自身ですっ!!』
「うぇ!?」
アズリーが驚きベティーを見る。
『おう魔王陛下よぉ? 盛り付けてもらう食器はちゃんとしたアーティファクトだ。万一毒が入ってても器に載せた瞬間、解毒されっから安心して食いねぇ!』
「いや、ブルーツ……そういう問題じゃなくてだな……」
『はい、調理開始でーす』
遂にイツキが仕切り始めた。
『いつの間にか始まった料理対決! 出来上がったら、こちらにお持ちくださいねぇ!』
『……え? アイツ……何やってんの?』
司会者ブルーツからの恐怖を伴った疑問。
そんなブルーツの声と視線を、ベティーとイツキが追う。
視線の先にいたのは……先程一位をとった元聖戦士リーリア。
イツキとベティーが立ち上がり、拡声魔法陣の上から離れて話し始める。
『雑草抜いて剣でみじん切りにしてましたよね……』
『そういえば私ら、リーリアの料理食べた事なかったね……』
遅れてブルーツがやって来る。
『何で野菜使わねぇんだよ、リーリアは……!』
『趣向を凝らしてるんじゃない?』
ベティーが適当な推測を述べ、
『文化の違いとかありそうですね』
イツキがあっけらかんと言う。
何故二人がこれ程冷静なのか。ブルーツがそう考えるも、答えは一瞬で出た。
(そっか、俺たちは別に食わなくていいのか)
リーリアが作る物体を喉に通すのはこの場にいる魔王だけ。
そう思った瞬間、彼ら三人は司会者席にするりと戻っていた。
『おぉっと! リーリア選手! 雑草に付いた土ごと鍋にぶっ込んだぁっ! これは楽しみです!』
「うぉい! 何が楽しみなんだよ、ベティー!」
まるで、自身の反応が楽しみだと言わんばかりのベティーの視線に、アズリーが更なる口撃を加えようとするも、ブルーツに止められてしまう。
『おっと魔王陛下! いきすぎた応援は選手へのアドバイスに繋がるから、ちょっと黙っててくれやっ!』
「くっ!」
そう思い、イツキに視線を向けるアズリーだったが、当然イツキはその視線をスルーする。
『あ、ティファ選手が面白い料理を作ってますね』
『黒い……わね』
『ありゃ闇だな』
ベティーとブルーツの短い感想に、イツキが補足する。
『ドロドロしてますねぇ。これも期待です』
「おいイツキちゃん!?」
『陛下、お静かに』
「っっっっっっ~~~~っ!」
遂にアズリーは知った。自分に味方がいないのだと。
その間にも時間は進み、皆着々と料理を完成に近付けていった。
やがて、仕上がった……最初の料理。それは、アイリーンの手によるものだった。
「ん」
アズリーの眼前に突き出されたアイリーンのスープ。
「おぉ……玉葱スープですね?」
「み、見ればわかるでしょっ」
つんとして言い張るアイリーンを苦笑しながら見た後、アズリーはゆっくりとスプーンでスープを掬い、口に運ぶ。
「ん……美味しい」
アズリーの率直な感想に、アイリーンが硬直する。
「――と、とととととと当然じゃないっ!」
腕を組んでそっぽを向きながらアイリーンが言うと、アズリーはまた苦笑した。
『中々の高評価か!? アイリーン様の料理は玉葱スープでした! そしてお次は!?』
『大本命、春華の登場だなっ!』
『正直、私が食べたいです』
春華は静かに、しかし優雅にトウエッド産のトレイに載せた料理をアズリーの前に運んだ。
すると、アズリーの鼻腔をほのかな甘い香りがくすぐる。深く濃厚なその匂いに、アズリーは身体を前のめりにする程だ。
「猪肉を使った猪丼でありんす」
春華が蓋を開けると、どんぶりから溢れる蒸気。それと共に、アズリーの口内からは多量の唾液が分泌する。
「おぉっ! めちゃくちゃ美味そうっ!!」
ふんだんに使われたとろけるような卵と、それに包まれた猪肉。
更にはアイリーンの玉葱スープが霞んでしまう程の、水晶のように透き通った玉葱。
アズリーが震える手で箸をどんぶりに運ぶ。
「おぉ! おぉおおお! うまっ! 全然臭みがないっ!? 何で!?」
飲むように猪丼を口に運んだアズリーは、幸せそうな表情で春華に聞く。
「酒と生姜で臭みが抑えられんす。肉の一つ一つ丁寧に処理し、適度に灰汁を取れば、ある程度は消えんす」
「でも、ある程度なんでしょ? これは全くと言っていい程臭みが――」
その続きを聞こうにも、春華は微笑みを浮かべるばかりである。
そして、口元に人差し指を持っていき、妖しい表情で一言だけアズリーに言った。
「内緒でありんす」
そんな魔性とも呼べる笑みに、アズリーは口をぽかんと開け惚けた。
バルンが口を尖らせ、ブルーツはニシシと笑う。
「何と恐ろしい……」
レオンは春華の一挙手一投足に畏敬を込めてそう呟いた。当然、春華に聞こえない声で。
すっと目を伏せた春華は、アズリーに一度頭を下げると、静かに去って行った。それを背を目で追ったのは、男だけではなかった。
『ますます色っぽくなってくわね、あの子……』
『ベティーさん、拡声魔法陣の上ですよ、ここ』
『いいのよ、別に』
『それもそうですね』
ベティーとイツキのやり取りをよそに、ブルーツが司会を続ける。
『さぁ、次は誰だ!? おっと、次はリナだな! こっちも期待出来るな!』
アズリーの前に配膳された器。
その中には、橙、茶、透明の具だくさんの食材が入っていた。
「肉じゃがです」
リナがそう言った瞬間、ベティーが「カァアアアアア~~ッ」と言いながら額を押さえた。
『家庭的っ! なるほど、そうきたか! 肉じゃがは母の味! その味を覚え込ませて何するつもりだ、リナァアアアッ!!』
叫ぶベティーを取り押さえるブルーツとイツキ。
バタバタと暴れるベティーを尻目に、リナが紅潮させた顔を俯ける。
「ベティーさんの……バカ……」
苦笑するアズリーが、手を合わせた後肉じゃがを頬張る。
口の中で溶けるジャガイモと人参に、目を丸くさせて驚くアズリー。
「うまっ!? 濃っ!? え、何これっ!? 甘すぎず、けど濃厚で、野菜とお肉の自然な甘みが絶妙だよ! よくこれを五十分で作ったねっ!?」
「ボイルの魔法と、最近作った魔法が功を奏したというか……へへ」
アズリーの絶賛に照れるリナ。
当然、アズリーは新しい魔法について興味を示した。
「オリジナル魔法って事?」
「そう大したものじゃないんですけど、鍋の中に圧力を加える魔法で、これを使うとお肉とか野菜がとっても柔らかくなるんですっ♪」
うんうんと頷くアズリーも、その魔法とリナの着想に驚き以上の喜びを見せている。
それは弟子の成長という面も見ているからだろう。
「なるほど、生活魔法……いえ、調理魔法というべきでしょうか。これは予想外のライバルです」
リナの背後から料理を運んで来たのは、花柄エプロン姿の……ウォレン。
『さぁ、やってきました黒帝ウォレン! いや、聖魔国右大臣のウォレン! その出で立ちからして本気であります!』
リナはウォレンにその場を譲ると、アズリーに一礼してから去って行った。
そして、ウォレンを横切ると共に言ったのだ。「負けませんからっ」と。
「はははは、これは怖い」
ウォレンがそう言った後、アズリーを前に跪き、長方形の器を差し出す。
アズリーがそれを開けて見ると共に、一気に顔を歪ませた。
「…………何ですか、これ」
「見てわかりませんか? 魔王陛下弁当です♪」
「……これ、俺なんです?」
「鼻の部分に梅干しを載せてみました。いかがでしょう♪」
「沢山料理が入ってますよ? ルール違反なのでは?」
「弁当は特殊な料理です。個々の料理で出来るものではありません。全てが合わさってこその弁当ですよ♪」
そんな言い訳ともとれるウォレンの言葉に、アズリーが司会者席を覗く。
すると、ベティーとブルーツが、そろって親指を立てた。
『『面白いからセーフ!』』
やはり、アズリーに味方はいなかった。
アズリーが再び覗き込んだ弁当は、白米の上にアズリーの顔を作ったキャラクター弁当だった。
「海苔とひじきで輪郭や眼鏡を描き、鼻は梅干し。端に添えられた唐揚げは、いつも寄り添うチャッピーさんとポチさんをイメージしてます」
「いや、ただの唐揚げですよ……」
「では、デザートのリンゴをご覧ください」
「…………確かにポチとチャッピーですね。上手いこと象ってる」
「でしょう♪ お米と梅、そしてリンゴは第二ららふぁ~むで採れたばかりですよ♪ さぁ、陛下。是非ご賞味ください」
満面の笑みに騙されまいと、アズリーは魔王陛下弁当を恐る恐ると口に運ぶ。
瞬間、アズリーは箸を置いて目元を隠した。
皆がアズリーの反応に驚き、その様子を伺った。
「……陛下?」
宰相レオンの心配をよそに、アズリーの塞いだ目元から流れる雫。
それが涙だとわかるまで、皆はその異常事態を呑み込めずにいた。
やがて出てくるアズリーの感想。
それは、震え、短く、そして簡潔だった。
「……う、うめぇ……」
「「っ!?」」
泣きながら零した感想は皆を驚かせ、先の三人の感想を一蹴すると理解させた。
「一体どうしたらこんな美味い料理が……」
「陛下、親愛という調味料以外に何がありましょうか……」
「ごめん、ノーコメントで……」
震えながら返答を断ったアズリーに、ウォレンは微笑みながら去って行く。
その後ろでウォレンの背中を横目で追ったのは、フユである。
強き好敵手を背に、フユの足が一歩、また一歩と進む。
緊張の面持ちで目元を拭うアズリーの前に置かれた背の高い器。
それは、これまでの料理とは少し赴きの違ったものだった。
「へぇ、らしいね。フユ?」
「は、はい! チョコミルクトロピカルサンデー・チョコ多めのフユ仕様です!」
瞬間、ガストンの目が大きく開く。
そしてアズリーを見てアイコンタクトを送るのだ。
――――余ったらくれ、と。
全てを食べきれる訳ではない。当然、アズリーも参加者もわかっているが、強請る人間がいるとは思っていなかったのだろう。企画者のブライトが苦笑する。
長めのスプーンを使い、ふわふわのミルクホイップ、ららふぁ~むの新鮮な果物を巻き込みアズリーの大きな口に入っていく。口内でとろける甘みと酸味が合わさり、少しの咀嚼の後胃に流れていく。
「うまぁ~!」
感動を高らかに述べたアズリーに、フユの顔が綻ぶ。
同時に、ガストンの顔も綻ぶ。既にガストンはスプーンを手に持ち、順番待ちである。
「ホイップの下にあったストロベリーアイスの果肉が最高だったよ。ありがとう、フユ」
「はい! 頑張りましたっ!」
フユは嬉しそうな表情を振りまきながら、とことことアズリーの下を離れて行く。
既にアズリーの前にあったチョコミルクトロピカルサンデー・チョコ多めのフユ仕様は、少年のように目を輝かせたガストンの手の中にある。
そんなガストンの後ろから、闇のオーラを纏った一人の女が歩いてくる。
ゴポゴポと沸き立つ鍋から漂う異臭。闇色のスープなのか粘液なのか、そんな鍋を避けるように皆が鼻をつまみ、アズリーの顔がヒクつく。
『いよっ! 待ってましたっ!』
『ティファの闇鍋ってかぁ!? カカカカカッ!』
『我々は公正な実況と解説をするため、司会者席を移動しております』
対ティファ用にいつの間にか風上に移動していた司会者席。
そんな三人を恨めしそうに見た後、アズリーはティファが置いた鍋を見る。
震える眼から誰もが読み取れる動揺は、魔王ルシファーの眼前以上である事は明白だった。
恥ずかしそうに鍋をちらちら見るティファが、囁くように言った。
「と、豚汁です……」
後の歴史は語る。
――――この時、この瞬間、この聖魔国の歴史は確かに凍結したと。
闇色に染まる粘度の高い液体を豚汁と称するティファの感性は、一体なぜこう形成されてしまったのか。アズリーの疑念はそこに尽きるものだった。
「豚汁……ね。じゃあ、一口……」
そうは言ったものの、アズリーの指は、腕は、一切動かない。
これを食べ物だと理解する事を、身体が拒否しているのだ。それはティファ以外の誰の目にも明らかだった。
しかし、このお祭り兄妹は必ず言うのだ。満面の笑みで。
『『さぁ、魔王陛下! 実食です!』』
『はははは……』
イツキの哀れみが少なからず聞こえはしたものの、彼女の瞳には、やはり残っていた。確かな笑みが。そう、イツキも期待しているのだ。魔王の反応を。
(くっ! 皆、後で覚えてろよ……!)
楽しかった思い出として記憶に残るだろう。
(いくしか……ないのか!?)
ない。
(こ、こなくそっ!)
遂に闇を食らったアズリー。
ねちょりと脳に響く音。形容しがたい食感。
これは、悠久を生きるアズリーでさえ感じた事のない音と食感だった。
目を瞑るアズリーの咀嚼する事を拒否する下顎。呑み込むという手段しかなかったアズリーは、必死の形相でソレを呑み込む。
(苦くて、しょっぱくて、酸っぱくて、甘くて……臭い)
味の感想とは程遠いアズリーの単純な脳内回答。それは、血眼になったアズリーの精一杯の笑顔を見た事により、皆が理解したのだった。
「どう……でしたか?」
困惑するアズリー。
この回答を違える事は出来ないと知っているアズリーは、
未だ残る複雑な後味を呑み込み、すんと鼻息を吐いてから言った。
「きゅ……及第点……かな? はははは」
厳しすぎず甘すぎず、ここが落としどころと定めたアズリーの考えは、間違いではなかった。アズリーはティファの向上心を知っている。何故なら彼女はアズリーの二番弟子なのだから。
ティファが俯くも、それは一瞬の事。ぶつぶつと呟きながら、改善点を練っているのだ。
そう、一人で。
それに気付いたアズリーが、補足するように言う。
「あ、そうだ。春華とかリナに相談してもいいかも――」
「――大丈夫です。自分で出来ます」
アズリーの提案をきっぱりと断って背を見せるティファ。
去って行く姿に、誇らしさを感じるも、アズリーは不安でしょうがなかった。
そこへやってくるのはティファの使い魔タラヲ。
アズリーの足下にやってきてキャンキャンと喚くのだ。
「魔王よ! その豚汁、いらぬのなら我輩が食してやるぞ!」
「うぇ? 食うの?」
「ティファがあれだけ時間を掛けたのだ! フハハハハ! いつもより美味そうだ!」
瞬間、全員の奇異の視線が一匹のチワワーヌに集束した。
鍋にがっつくタラヲは、皆のその視線に気付く事はない。
「ふははははは! 美味い! 美味いぞティファよっ!!」
(おかしい。確かタラヲは春華の料理を美味いって言ってたはず……? いや、もしかしてタラヲのヤツ……味音痴なのでは!?)
タラヲが褒めれば、ティファの間違いは是正されないまま進んでしまうのではないか? そう思ったアズリーたちだったが、この場でそれ以上言及する事は出来なかった。
最後の参加者が現れてしまったから。
トレイには載せず、一つの湯飲みを鷲掴みで持ってきたリーリアが、のしのしとアズリーに歩み寄る。
「……飲むといい」
手渡された湯飲みの中を覗くアズリー。
先のリーリアの調理から恐怖を覚えていたアズリーだったが、意外にも湯飲みの中は水のように透き通っていた。
「……あれ?」
「我がエルフに伝わる薬湯よ。身体が温まるわ」
「……あれ? 土は?」
「何を言ってる。土なんか入れる訳がないでしょう。いいから飲みなさい」
「はい……では」
拍子抜けしたのか、アズリーは何の抵抗もなくグビッとリーリアの薬湯を飲んだ。
すると、その身体はポカポカと温かくなっていった。
「これは……なかなか……」
アズリーの満足げな様子に、司会の二人がポカンと口を開ける。
そしてコメンテーターのイツキが唸りながら言ったのだ。
『まさか味で勝負にこないとは思いませんでしたね。エルフ文化の薬湯、是非一度飲んでみたいものです』
イツキに続き、ハッと我を取り戻した司会二人が叫ぶ。
『ま、真心勝負できたぁあああああああああああっ!』
『こりゃどんな結果になるかわかんねぇぞ、おいっ!』
楽しそうに実況する二人。
全ての料理を食し、腕を組みながら考えるアズリー。
すると、頬にホイップを付けたガストンがアズリーに聞いた。
「フユが一位だろう、小僧?」
「いや、ガストン様はフユの料理しか食べてないじゃないですか……」
オルネルの指摘も、ガストンは鼻で笑う。
「ふん、甘さの観点から、次点で春華、リナだろうな」
「糖分で決着するものじゃないのにねぇ」
バルンが呆れながら言うも、ガストンは譲らない様子だ。
それを見てくすりと笑うミネルバとレオン。
すると、アズリーがうんと一度頷いた後、立ち上がる。
控えていたベティーがアズリーに近付き、その結果をふんふんと聞く。
なるほどと感心するベティーがそれを聞き終えると、優雅に跳躍し、拡声魔法陣の上へと下り立った。
『結果をお伝えします!』
皆がベティーに注目する。
『第七位、ティファ選手! 第六位、アイリーン選手! 第五位、フユ選手! 第四位、春華選手! 第三位、リナ選手! 第二位、リーリア選手! そして第一位は……ウォレン選手だぁああああああっ!!』
ウォレンに軍配が上がったこの結果。
中庭でアイリーンが喚く。
「ちょっと! 私のスープ美味しいって言ってたじゃないっ! 何でよっ!?」
『えー、魔王陛下のお言葉より抜粋します。「ちょっとだけしょっぱかった」との事です』
「きぃいいいいいいっ! 次よ次っ! 次で挽回してやるわよっ!」
ベティーの説明に不服そうにしながらも、アイリーンのやる気が満ちる結果となった。
するとブルーツがベティーに聞く。
『春華がその順位とは驚きだな。どういうこった?』
『「ん~……確かに美味しかったんだけど、何かいつもと違ったんだよなぁ……? どこか、手を抜いてるような……?」だってさ』
すると、ブライトとレオンが気付く。
「「なるほど、そういう事ですか」」
そして、遅れてイツキが気付くのだ。
『あー、つまりこういう事ですね。これも密約の一つだと』
『ん? どういうこってぇ?』
『最初のバトルロイヤル、春華さんを仲間外れにする事も出来ました。けどしなかった。魔法が使えない春華さんにパーフェクトインビジブルの魔法を込めた杖を渡さない選択肢もあった。……けどしなかった。春華さんは料理勝負で手を抜く事を条件に、その杖と作戦の参加資格を得た――そういう事です』
『『な・る・ほ・ど』』
『奸計が捗ってますね。さすが魔王杯っ♪』
イツキが嬉々とした表情で中庭を見つめる。
立ち並ぶ七名の選手たちは、その後も謀略妨害何でもありのルールがあるようでない魔王杯に挑み続けた。
クイズ形式の対戦ではウォレンとアイリーンの独壇場とも思われたが、ストアルームに無数の本を蓄えたティファが大健闘。勝者の言は「答えを見ちゃいけないとは言われてない」。使い魔の対決では、リーリアのウェルダンが圧倒的に優勢と思われたが、春華が仮契約レンタルしたチャッピーが無敵だった。勝者の言は「チャッピーさんを餌で釣る事に食の力を使ったでありんす♪」。因みにウォレンのラットとアイリーンのホークは、最下位争いをしていた。
魔法発動技術勝負ではアイリーンが一位、ウォレンが二位、リナが三位をもぎ取り、春華が最下位に。勝者の言は「次よ次っ!」。
のど自慢勝負ではウォレンが奇跡の美声を披露するも、リナの天使の歌声で他者を突き放した。勝者の言は「えへへ……」。因みに最下位争いをアイリーンとティファがしていた。
お掃除勝負ではフユのこだわりが光った。岩の壁を鏡面仕上げにした巧みな技術に、キサラギ一家が唸る。勝者の言で「コツは内緒です♪」と春華の真似をするも、妖しさは皆無だった。
正に一進一退。熱気溢れ、歓声高らかに。
全員が全員、全力で取り組んだ魔王杯も遂には終わりを迎える。
途中で伏せられた集計が公開される時がやってくる。
『第一回、魔王杯の優勝は――――』
ベティーが集計結果の羊皮紙を読み上げると同時、何故彼がこの魔王杯に参加したのかを皆が知る。
全観衆から伸びる視線の先で、勝利を確信していたというような微笑みを浮かべる者。
そう、この魔王杯に参加した男はただ一人。
『――――黒帝ウォレンだぁあああああああああっっ!!!!』
「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!! ざまぁみろ魔王ぉおおおおおおおっっ!!!!」」
一部の暴徒という名の冒険者が魔王を野次るも、それ以外の観衆はウォレンの勝利を称えた。当然、この勝利を訝しんだのは、ウォレン以外の参加者全員だった。
女性陣から向けられる疑惑の視線。ウォレンは涼しい顔でこれを受ける。
そして、女性陣にいる知恵者アイリーンが気付く。
「……確かこの魔王杯。『どんな策略も使え』って煽り文句だったわね、ウォレン?」
「えぇ、そうですよ。だからこそ、皆さんが知謀の限り、力の限りを尽くしたのでしょう」
「でも、ウォレンの策略は控えめじゃなかった?」
アイリーンは不服そうな女性陣に向き直って聞いてみる。
ふんふんと頷く皆に、ウォレンが黒い笑みを見せた。
ぞくりと走る悪寒に、皆が両の肩を抱える。
そしてアイリーンはその解へと辿り着く。はっとした様子でウォレンを見ると、ウォレンの顔は元に戻っていた。
「参加者が使ってくる策を全て読んでた……そういう顔ね」
「さて、何の事でしょう?」
「どの勝負も適当に企画した内容かとも思ったけど、この全ての勝負は、初めから両大臣の頭の中で完成していた」
「何の事でしょう?」
「そして、ウォレンが参加すれば総合ポイントで勝てる事も……初めから決まっていた」
「……はて?」
とぼけるウォレンだったが、女性陣たちの怒りは収まらない。
「「ウォレンッ!!」」
「「ウォレンさんっ!!」」
去りゆく背中にそう言うと、ウォレンは最後に一度だけ横顔を見せた。そう、ちらりと。
黒い微笑と共に、纏う黒いオーラ。皆を威嚇しながら一言だけ囁くように言うのだ。
「これは魔王杯ですよ? 運営への対策をしなかったあなたたちの言葉など、ただの負け犬の遠吠えです」
「「っ!?」」
そう言われた瞬間、女たちは何も言えなくなってしまったのだ。
アイリーンが述べた通り、ウォレンも策略を巡らせていた。それだけの事なのだから。
悔しそうにウォレンの背中を見る乙女たちだったが、その強き瞳は、次の魔王杯に向けてもいたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
魔王城の二階廊下。
後ろ手を組みながら歩くウォレンの前に、現れる一つの陰。
陰はウォレンを待っていたのだ。
「おや? いらしてたのですか」
「えぇ! 春華さんのご飯の匂いに釣られて起きちゃいましたっ! 面白かったですよ、魔王杯っ!」
「それはそれは、こちらも企画した甲斐がありますよ……ポチさん」
目礼をしてポチの称賛を受け取るウォレン。
すると、ポチはとことことウォレンを横切りながら言った。
「でも、大変ですね。ウォレンさんも」
「というと?」
ウォレンの言葉でポチが止まる。
「この魔王杯、ウォレンさん以外が勝ったら大変な事になっちゃいますからね!」
「……ほぉ、気付いていらっしゃいましたか」
「ふふふふふ」
「流石ですね、ポチさんは。いかにも、この魔王杯は私が勝たねばならなかった。彼女たちの想いもわかります。しかし、彼女たちは大事な事を忘れている」
そうウォレンが述べたところで、ポチが言う。
「マスターは子供ですからねっ」
「ふっ、それは言い過ぎ……でもないところが魔王陛下の面白いところです」
「ですね」
「魔王陛下の心はまだ未成熟。彼女たちの想いを受け止めるには些か若すぎる。それは、五千年という時間、他者と関わりを絶っていた弊害。かといって彼に気付かせない訳にはいかない。だからこその魔王杯です」
「黙ってたらマスターもそこそこカッコいいですからね!」
「おや、ポチさんからそういった言葉が聞けるとは?」
「黙ってたら、です!」
強調して言ったポチに、ウォレンが苦笑を漏らす。
「ふふふ。まぁ、世界を二度……いえ、これからも救い続ける御方ですから」
ウォレンが言うと、ポチもまた苦笑した。
「憎まれ役も大変ですね、ウォレンさん」
「ご心配ありがとうございます。しかし、これも仕事です」
「本当に?」
「ふむ……確かに、友情というのが正しいかもしれません。魔王陛下の心の成長と共に、そういった感情が芽生えればいいと、私は思っていますから」
「優しいですね~」
「ですからポチさん? この事はご内密に……」
ウォレンが口元に人差し指を持っていきそう言うと、ポチがとぼけた様子で言う。
「え~、どうしましょう~」
瞬間、ウォレンの目が丸くなる。まるで演技。そう断言出来るポチの言い方に、驚きと疑問を持ったのだ。そして気付く、ポチの心の奥底にある……純粋なまでの欲望を。ポチの天獣を超える鋭き目から感じた、本能的で、黒帝を失笑させる策略を。
「ぷっ……くくくく……はははははっ! 本当に面白い方ですね……アナタは」
「そうです?」
そしてウォレンはすんと鼻息を吐いてから、観念した様子で両手を小さくあげて言った。
「わかりました。副賞のディルムッドキッチンの食事券一年分……これで手を打ってくださいますか?」
ウォレンがわざとらしくそう言った瞬間、ポチの表情は一気に明るくなる。
「んま~、そんな事、私、一言も言ってないのにー! 何かすみませんね~、ウォレンさん!」
「いえ、お見それしましたよ……ポチさん」
今度は目礼ではなく頭を下げたウォレン。
その頭が上がり、ウォレンとポチは互いに見合ってから笑った。
そして、元気づけるのが自分の仕事だと言わんばかりに、乙女たちの下に向かおうとするポチ。
その背に向かい、ウォレンが一言投げかける。
「間もなくパーティーです。是非ご堪能を」
「はーい! あ、シチューには期待してくださいねー!」
「ほぉ?」
去りゆくポチ。
その背を見ながら、ウォレンが呟く。
「戦わずして副賞だけをもぎ取っていきます……か。流石は魔王陛下の使い魔……いえ、流石はポチさんと言うべきでしょうね」
二階廊下の窓から中庭を見下ろすウォレン。
そこでは六人の乙女を慰め、跳びはねながら元気づけるポチの姿が見える。
「それにしてもシチューですか。厨房に寄ってコックに何か助言でもしたのでしょうか。楽しみです」
かつてレガリアの西の森で、ポチにシチューのレシピを渡した事を思い出しながら笑うウォレン。
すると、そこへやって来る足音。
それがブライトのものであると、ウォレンはすぐに気付いた。
「お疲れ様です、ウォレン殿」
「いえ、この程度の事、何の事はありません」
「早速ですが、保険用でこじ開けた陛下のスケジュールを閉じる話を進めましょう」
「草案ですがいくつかありますよ」
「よかった、その中に戦魔帝ヴァース様への謁見……入ってます?」
「勿論です♪」
二人の黒帝が微笑む。
そこへやって来るのは宰相レオン。
二人の不気味な笑いを見ながらも、平然としていられるのは最早彼だけかもしれない。
「さぁ二人共、パーティーが始まりますよ。国賓の方々に失礼のないように」
「「はっ!」」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
パーティーが終わり、陽が完全に沈む頃。
宴の余韻を皆が楽しむ中、魔王城を走り回る男が一人。
それが魔王アズリーその人である事は、誰の目にも明らかだった。
国賓がいる中での魔王の奇行は些か問題である。そう判断した宰相レオンがアズリーを止める。
「陛下、いかがされましたか?」
「あぁレオン! よかった! ウォレンかブライト見なかったっ!?」
「あの二人ですか?」
「「陛下、私ならここです」」
アズリーの背後から聞こえた両大臣の声。
それに気付いたアズリーは、振り返りながらレオン、ウォレン、ブライトを――攫った。
流石は魔王の膂力。そう思わせるだけの強き力で三人を抱え、人目のない魔王の部屋へやってくるアズリー。
三人を下ろしたアズリーが、キョロキョロと扉の外を覗く。
誰もいない事を確認したアズリーは扉を閉め、事態が掴めぬ三人に向き直った。
「一体どうしたというのです?」
レオンがそう聞くと、アズリーは声を潜めながら言った。
「実は……アレが盗まれました」
「「っ!?」」
瞬時にそれが何なのか気付いた三人。
「まさか!? これだけの実力者がいる中、魔王陛下の部屋に侵入したと!?」
レオンの驚きは当然だった。
魔王戦を生き抜いた者たちから忍んで動ける存在に驚き、恐怖するのは当たり前なのだ。
「まぁ、完成品じゃないし、レシピもあるので実害はそこまでないんですが」
「そうも言ってられません」
「えぇ、どうやって侵入したか判明するまではこちらも警戒する必要があります」
ウォレンとブライトの指摘に、アズリーが気まずそうな顔をする。
「す、すみません……」
すると、レオンがアズリーの肩に手を乗せた。
「気に病む必要はありません。これは我らの落ち度。至急犯人を突き止めます」
「しかし、一体誰が?」
「内部犯という可能性は?」
ウォレンの疑問にブライトが推測を述べた時、アズリー以外――三人の時が止まる。
皆が理解したくなくても理解出来てしまうのは、彼等と彼女の付き合いも長いという事かもしれない。
頭を捻り続けるのはアズリーのみ。
「「陛下」」
「うぇ? 何でしょう?」
カタリと首を傾げるアズリー。
皆が口を開けた時、扉の奥――廊下側から聞こえる静かな足音。
開けられた扉からちょこんと飛び出す長めの鼻先。
「あ! こんなところにいたんですね、マスター! チャッピーが探してますよ!」
そう、魔王の部屋にやって来たのはポチだった。
「ったく、今はそれどころじゃないんだよ」
「何があったんです?」
「実はこの部屋に泥棒が入ったんだよ」
「何ですってぇええええええ!?」
ポチが叫び、アズリーが困り顔を浮かべるも、他の三人の動きは違った。
静かにポチを囲ったのだ。
ぐるぐるとその場をお回りするポチの視界に映る三人の顔。
「な、何ですか皆さん……? ちょっと顔が怖いですよ?」
三人はポチを囲い、屈んだ。
「ポチさん」
「質問が」
「あります」
「陛下の」
「研究室にあった」
「ビーカーを知りませんか?」
「とても」
「大事な」
「ものなんです」
レオン、ウォレン、ブライトが代わる代わるポチに肉薄して言った。
すると、ポチが手を叩いて思い出したように言った。
「ビーカーってあれですよね!? ポチビタンデッドの新作っ! 良い匂いだったからちょっとだけ飲んじゃいました! フルーティで美味しかったですー!」
「「っ!?」」
「うぉい!? お前が犯人かっ!!」
すると、アズリーが三人を割って入ってきて怒りを見せる。
「え!? 何のです!?」
「そのビーカーを探してるんだよ!」
「も、もしかして……泥棒は……私!?」
「そうだよ! ちょっとって事は残ってるんだろ!? それは今、どこにある!?」
「へ? 魔王城の厨房です」
「そうか、厨房だな!? よしっ!」
と言いながら厨房へ駆けて行くアズリー。
数秒で戻って来たアズリーが持っていたのは……確かにビーカーだった。
「……おい、中身がないぞ」
空のビーカーを持ち、プルプルと震えるアズリー。
しかし、ウォレンがそこで思い出す。先程聞いたポチの言葉を。
「ブライトさん……シチューを食べましたか?」
「へ? えぇ、ウォレンさんが勧めてくれたんじゃないですか」
「私もウォレンさんに勧められて……」
ブライト、レオンがそう言うと、ウォレンの動きが止まった。珍しく。石のように。
そんなウォレンの反応を見て、レオンとブライトも気付いてしまう。
「へ、陛下……アレはまだ完成品ではないのですよね?」
レオンが震える声でアズリーに質問する。
「えぇ、でも何がキッカケで完成するかわかりませんから」
「シ、シチューとかに混入しても絶対に大丈夫……ですよね?」
ブライトの声にも、明らかな動揺が見て取れた。
「シチュー? まぁ色んな具材が入ってますからねぇ……でも何でシチュー?」
「んもう! さっきからアレって何ですかぁ? ポチビタンデッドじゃないんですか、アレ! 風味豊かになって、皆元気になると思ったからシチューに入れたのに!」
瞬間、アズリーが硬直する。そう、ウォレン以上に。
目を押さえるレオン。頭を抱えるブライト。石のウォレン。
そして怒るアズリー。
「ぶぁっかやろう! アレはなぁ! 悠久の雫の試作品なんだよっ!!」
瞬間、アズリーの口を塞ぎにかかる三人。
もごもご言うアズリーだったが、それを漏らす訳にはいかないのがこの三人である。
ぷんすこと怒っていたが、ようやく事態を理解したであろうポチが、徐々に石に変わる。
「……へ、へぇ~……ユーキューノ……シズク?」
するとウォレンがようやく冷静さを取り戻した。
「アズリー君! 鑑定眼鏡を! それで私とブライトさんを!」
まだ動揺が見られるも、ウォレンが導き出した答えは正解に近いものだった。
「い、いや俺の鑑定眼鏡じゃそこまで見られないですよ!」
そう、アズリーの鑑定眼鏡にそこまでの力はない。
「ではどうすれば!?」
ブライトが考えるも、一度冷静さを欠いてしまっては回る頭も回らない。
そんな中、魔王の部屋に響く高らかな笑い声。
「なはははははははっ! 困ってるようだね、アズ君っ!」
魔王に対し、外聞を気にする事なくそう言える存在はこの世で一人のみ。
そして、この場で困った者たちを救えるのも、彼女一人なのだ。
「メルッ!?」
「メルキィさんですー!」
情報開示の魔眼を持つメルキィならば、それを見透す事が出来る。
バルコニーから現れたメルキィが、五人に近付きながら語る。
「いやいや~、楽しませてもらったよぃ? 魔王杯。まさかこんなサプライズがあるとはね~」
と、いつもの調子のメルキィだったが、アズリーはそれどころではなかった。
神速でメルキィに近付き、神力でメルキィの小さな身体を揺すった。
「早く! 早く早く早く早く早くっ!」
「わわわわわわかったよぃ! ふむ……どれどれぃ?」
怪しい光を伴い魔眼を発動し、悠久を生きないブライトとウォレンを視るメルキィ。
「ど……どうだ?」
アズリーがそう聞くと、二人をじーっと見つめるメルキィの魔眼の光が静かに消えていく。
皆が固唾を呑む中、メルキィはコホンと咳払いをした後…………ゆっくりとバルコニーに向かった。その奇妙な動きに、流石の五人も動く事は出来なかった。
「シチューご馳走様っ! じゃあまた百年後にねぃ♪」
極東の賢者トゥースの弟子メルキィは、ガストンやアイリーンと同級生である。
「あ、ガスパーにもシチューのお土産持っていかなくちゃー!」
もう百年も生きられるはずがない。それを可能にするとすれば、それは魔王城で振る舞われたシチューの力に他ならないだろう。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「このシチュー、風味豊かで本当に美味しいわね?」
アイリーンが、
「ウォレン殿が勧めてたくらいだからな」
ガストンが、
「あ、なら私も食べよーっと♪」
リナが、
「あちきがよそってあげんす」
春華が、
「むぅ、これがシチューの味……」
ティファが、
「これならアズリーさんの心を……鷲、掴み!」
フユが、
「ほぉ、これは中々……」
リーリアが、
「なんだなんだ!? まだ全然残ってるじゃねぇか! よっしゃ、酒のつまみに丁度いいしな! 俺ももらうぜぇ!」
ブルーツが、
「ちょっと! 私にもよこしなさいよ、兄貴!」
ベティーが、
「美味そうだ」
ブレイザーが、
「私が配るー! 皆にもあげよー!」
「あ、私も手伝いまーす!」
ナツが、イツキが……――皆が。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そう、メルキィがバルコニーに向かった理由。
それは、悠久の愚者アズリーと、その使い魔ポチの大喧嘩が始まる未来予知とも言える予測をしたからだ。
「だからお前はどうしていつもそうなんだ!?」
「マスターが研究室に鍵掛けないからいけないんでしょう!」
「思いっきり掛かってたわ! お前が開け方知ってるだけだろうが!」
「開け方教えたマスターの責任ですー!」
「だからってビーカー盗むとは思わないだろうが!」
「盗んでません! 味見です!」
「毒物だったらどうするつもりだ!」
「私の最強の胃酸でオーガキング倒せた事忘れてませんか!?」
既に魔王の部屋にレオン、ウォレン、ブライトはいない。
三人が神速で必死に走り回るも、主要な人物全員が食べたシチューの皿を前に……膝を折る事しか出来なかった。
斯くして、悠久の国は建国の年と共に完成に至った。
これより続く歴史は、この日の事をこう綴った。
――――魔王、最初で最大の失敗……と。
しかし、これ以上の事件が起きないとも限らない。
何故なら彼は――――、
「こんの、犬ッコロ!」
「馬鹿マスター!」
悠久の愚者なのだから。
個人的にキリのいい終わり方なんですが、後一話だけ書かせてください。
次回、『賢者のすゝめ』。




