◆エピローグ07:無敵のイツキ
「魔法大学?」
女子会が落ち着くも、ジョルノに対するリーリアの説教が響く中、冒険者ギルドの隅に座っていたティファと共に、お茶をしていたイツキは小首を傾げながら言った。
そんなイツキにコクリと頷くティファ。
「せっかく入学したんだから最後までは行こうと思って」
「へぇ~、ティファさんの実力なら、別に卒業しなくてもいいと思いますけどね。でもアレもあるでしょう? 大規模お引っ越し」
「うん、だから落ち着くまでは休学しようかと」
「あー、休学。その手がありましたね」
「テンガロン大学長も、問題ないって言ってくれたし、いいかなって」
ティファがお茶をちびりと飲みながら嬉しそうに言う。
「んま、人としてはどうかと思いますけど、テンガロン、商才はあるとおもいますからね。優秀な人材が大学にいるのは歓迎でしょう」
イツキが言うと、ティファは目を丸くさせていた。
「何すか?」
「イツキが人を褒めるって珍しいなって、そう思っただけ」
イツキが他人を褒める事は稀である。それを知ってるからこそティファから出た言葉。
「銀のナツを魔法大学に勧誘しようと裏から手を回した人っすよ? お金になりそうな人を見る目はあるし、大っぴらには言えないから裏からってのも納得出来ます。ま、単純に人を見る目はあまりないっすけどね。実際、あの人が魔法大学長にずっといられるのにも、理由があるって事っす。人望よりも商才。大学もなんだかんだで国の商売っすから」
「へぇ~」
「でも、戦争から帰って来た時のテンガロンさんはちょっと憔悴してましたね」
「魔法大学生も戦士大学生も、少なからず……ね」
今回の戦争、大学生たちに被害がなかった訳ではない。
ティファが全てを言わずとも、それはイツキに伝わる。
「じゃあ、もしかしたら今後は変わるかもしれませんね」
「何が?」
「魔法大学。多分教育にもっと力入れますよ、あの人。メモしとこう」
「……それ、何のメモ?」
イツキが持つ手帳を指差し、ティファが聞く。
「イツキのすゝめです。基本的にはお金になりそうな事が書いてあります。それ以外には、お金の種になりそうな事とか、その種を育もうとする人たちをリストアップしてたり、有望株に対する投資の可能性とか、それに対する見返り構想とか、まぁそんなとこっす」
つらつらと出てくるイツキの言葉に、ティファは苦笑する事しか出来なかった。
そして、ふと疑問に思った事をイツキに聞いたのだ。
「イツキって自分でも稼いでるの?」
「そりゃ勿論。今回の戦争でも儲けさせてもらいましたっす」
お茶を口元に運ぶ手がピタリと止まるティファ。
「そ、それは一体……?」
「流通の交通整備みたいなもんすよ。仲介業者って言っちゃうと言葉は悪いっすけど、とりまとめを出来るのが自分しかいなかったっす。解放軍もトウエッドも私のとこに仕事を運び、私はそれを適正な金額で適正な仕事を回すだけ。手数料だけでウハウハっす」
肩を竦めながらあっけらかんと言ったイツキ。
しかし、ティファはイツキの辣腕を知っている。
だからこそ気になるのだ。今回の戦争で得た収入が。
「ち、因みにそれはどれくらい……?」
「二千万ゴルド……くらいっすかね?」
ティファの思考が停止する。
イツキの言った金額は、とても十代の女に稼げる金額ではなかったからだ。
そして、それを稼ぐだけのイツキの商才に、恐怖に似た寒気を覚えたのだ。
「んまっ! これからはそういうのには手は出さないんで、安心してください。ウォレンさんにもこれ以上は駄目って言われちゃったので。言われてみれば確かにコレは深い闇が見えそうなので、ウォレンさんの言葉には納得っす。あれは戦時中だったから。これに尽きるっす」
イツキの説明に納得したティファがお茶をソーサーに置いて聞く。
「ふーん。それで、今後はどうするの?」
「さぁ?」
「さぁって……」
想定する答えが返って来なかったティファが、困惑を顔に浮かべる。
「ウォレンさんとブライトさんに言われてるっす」
「何て?」
「新天地で大きな仕事が待ってるって」
するとティファは中空を見つめ、二人の黒帝たちを思い描いた。
黒いオーラを纏った赤目の黒帝たちを……。
「ははははは……」
二人がイツキに何を求めるのか、それはティファにとって理解を超えるものである。
だから、ただその悪寒から逃れるため、ティファは新たに熱いお茶を注文するのだった。
「まぁ、そうは言っても私、銀の一員なので、そこは譲れないとは伝えてありますから」
「ウォレンさんたちなら、銀の全てを取り込むって事くらいしそうだけどね」
「あははははは、それはあり得るっすね。あ、ところでティファさん」
「何?」
「今日はタラヲちゃんいないっすね?」
「ん」
言いながらティファが指差す。
イツキが誘導されるよう見たその先には、冒険者ギルドからこそこそと外に出るポチがいた。
「ポチさん? 確かに今日は静かだなーと思ってましたけど、タラヲちゃんと何か関係が?」
「何でも、ポチさんが幹事らしいです」
ティファの説明にイツキが小首を傾げる。
「何の?」
「全獣会……だったかな? 何か獣やモンスターが集まって飲み会するんだって」
「飲み……会?」
未だ全てを呑み込めていないイツキに、ティファが詳細を説明する。
「ダンカンさんが裏口から食事やらなんやらを、ポチさんとかタラヲに渡してるのよ。あ、チャッピーさんは勿論だけど、バラードやマイガーもいるみたいよ。内緒らしいけど」
「その内緒の話を、何でティファさんが知ってるっす?」
「タラヲの挙動がおかしかったから――詰めた」
「へ~」
イツキは笑顔でそれを聞き、頷いた。頷く他なかった。
(言い方のソレが正に闇の支配者っす……)
目の前からやってきた悪寒に、イツキもまた熱いお茶を注文するのだった。
「まぁ、別に悪い事してる訳じゃないし、いいんじゃないすか?」
「イツキともあろう人が気付かない?」
妖しい表情で口にお茶を運ぶティファが言う。
すると、イツキがハッと何かに気付き立ち上がる。
「お……お会計……っ!」
そう、ポチ分は計算に入れていたとしても、それ以外の食費は計算に入っていないのだ。
「バラードやマイガー、チャッピーさんはともかく、天獣さんたちがいたらまずくないです? こう……サイズ的に」
「各使い魔の主人に請求がいくだろうね。天獣さんの分は…………多分解放軍……?」
「いや、それは絶対ないっす。何たって金庫番はトレースさんすから」
「それは手強いね。じゃあ矛先は決まりだね」
「えぇ、そもそも幹事がポチさんって事は、その全ての責任は…………って、止めなくていいんすか?」
「大丈夫。困ったアズリーさんを助ける分の貯蓄はあるから」
「つまり、アズリーさんの不幸すらも接近のチャンスだと?」
「強敵ばかりだからね」
そう言ったティファは、どこか嬉しそうで、恥ずかしそうだった。
聞いたイツキが周囲を見渡す。
ナツとボードゲームをし、負けて頭を抱えているアイリーン。それを見て笑い合うリナとフユ。
ジョル子を説教し続けるリーリア。フェリスに対ブライト用の手練手管を教える春華。
視界に映った乙女たちを見ながら、イツキがすんと鼻息を吐く。
「確かに、強敵揃いっすね~」
狙う相手は世界最強。
ティファが目指す場所はその隣。
困難なれど、恋敵であり頼もしき仲間と共に、切磋琢磨しながら進む道。
瞳の中にある炎は燃え盛り、ティファはイツキを前に宣言する。
「負けない」
そんな強き意思すら利用するように、イツキが飄々と言った。
「友人のよしみっす。足りなくなったら貸してあげるっす」
「はははは……強いね」
「どの口が言いますか?」
互いにお茶を口に運び、静かに笑い合う二人だった。




