◆エピローグ04:野郎同士の語り合い
「ははははははははっ!! アレは最高だったぜ、アズリー!」
ライアンの結婚式はつつがなく行われた。
トウエッドの文化である神前式に、神父が存在するというおかしな結婚式ではあったが、アズリーは、神父という大役を見事に務めた。しかし、その中でやはりアズリーは見事な失敗をやってのけた。
「病める時も~、健やかなる時も~、愚かなる時も~ってな! ははははははははっ!!」
ブルーツはアズリーの余計な一言を真似し、笑いながらその背中をバシンバシンと叩く。
すると、アズリーは悔しそうに文句を言う。
「くっ! あれは昔読んだ本に、ポチがいたずら書きしてたからそのまま覚えちまっただけだよっ!」
ブルーツはニカリと笑いながらテーブルにエールを置く。
そう、ここは結婚式の後に開催された男子会。
独身を終えたライアンと共に、皆で酒を飲み交わす事なったのだ。
因みに、女性陣は女性陣で女子会を開いている。
「しかし、こういう文化がレガリアにあるとは驚きました」
エッドの猪共のリーダー、イーガルがレガリアの人間に言った。
「俗に言うバチェラー・パーティーというやつですね。本来であれば、独身最後の夜に男同士で行うものですが、何分、今回は時間がなかったものですから」
ウォレンの言葉に、ダラスが頷く。
「女性だけで独身最後の夜に行うのがバチェロレッテ・パーティー……だったかな」
「あってますよ、ダラスさん。まぁ、結婚したライアンさんがバチェラー・パーティーを決行するのは流石にまずいので、今回は飲み会だけという事で」
そんなウォレンの説明にイーガルが首を傾げる。
「本当なら他にもやる事が……?」
すると、ニシシと笑ったブルーツがイーガルにヒソヒソと説明する。
「何と!? 皆で花街にっ!? そ、それはどういう倫理観で!?」
「多分、トウエッドの連中にゃ、一生理解出来ないだろうな」
気取って言ったブルーツを、ライアンが止める。
「変な誤解を植え付けないで欲しいものだな、ブルーツ。イーガル殿、戦魔国でも全ての男がバチェラー・パーティーを行う訳ではありませんぞ」
「そ、そうでしたか。しかし、そういう文化もあるという事ですな」
イーガルがそう呑み込もうとするも、ブレイザーが止める。
「悪ふざけの延長だ。今では行う者の方が少ない」
「それを聞いて安心しました」
ホッと胸をなで下ろすイーガル。
すると、流石に気まずくなったのか、ブルーツが話題を変える。
「い、いやしっかし、今日のレイナはとびっきり綺麗だったな!」
しかし、これもブルーツの悪手だった。
「ブルーツ? 普段レイナは綺麗ではないと?」
「何でそうなるんだよ!?」
「そう聞こえたと思ったが?」
「普段も綺麗だよ! ライアン! お前だって花嫁姿のレイナに見惚れてたじゃねぇか!」
「惚れてるからな」
「くっ! 開き直りやがったっ! けっ」
最早、何も言えなくなったブルーツは、腕を組み、ライアンから顔を背けた。すると、イーガルが思い出したように言った。
「そういえば、最後に行ったブーケ・トスというのも戦魔国の文化でしたな。なんでも、未婚の女性が取れば次に結婚出来ると言われているそうですな?」
これにリードが頷く。
「あぁ、だから皆はあんなに躍起になってたんだ」
「あれ? そうなの?」
アズリーが首を傾げる。
「そういえば、アズリー君は外には出ませんでしたからね」
ウォレンがアズリーの行動を思い出し言った。
「神父がそんなとこまで着いて行っちゃまずいと思いまして……」
「そこまで格式張ったものでなくてもよかったのですぞ、アズリー殿」
ライアンがアズリーの厚意に感謝しながら言う。
ライアンの気遣いに苦笑するアズリー。しかし、アズリーは苦笑するしかなかったのだ。
何故なら、アズリーが外に出なかったのは、言い訳とは別に理由があったからだ。
それを言う訳にもいかず、アズリーはブーケ・トスの話を皆に聞いた。
「それで? 誰がブーケを受け取ったんだ?」
そんなアズリーの質問に、アドルフがテーブルから身を乗り出して答える。
「もう大変でしたよ! レイナさんがブーケを投げる前にルール決めが行われて……」
「は?」
「魔法禁止、魔術禁止、特殊技能禁止、跳躍禁止、移動禁止、全員その場で動かず、自分の正面三十センチメートルまでしか手は動かしちゃ駄目など……」
「つ、つまり完全なる運任せってルールにしたのか」
「はいっ! 跳躍勝負にしたら、リーリアさんの圧勝ですからね!」
そう聞いたアズリーが、片眉を上げる。
「あり? ポチは参加しなかったのか? アイツならこぞって参加しそうなイメージなんだが?」
「いえ? 普通に皆さんを微笑んで見てましたよ?」
アドルフの説明に、アズリーは首を傾げるばかりだ。
「へぇ、珍しい事もあったもんだ……ん? あぁそうだ、それで誰がブーケを?」
「はぁ~~……」
「へ?」
アズリーがそう聞いた時、バーカウンターから途方もなく長い溜め息が聞こえてきた。
振り返るとそこには、小さな背中をさらに小さく丸めた――古代の黒帝がいたのだ。
皆がブライトを見てニシシと笑う。その反応から、アズリーは気付いてしまう。
レイナのブーケを受け取った女を。
「もしかして……」
アズリーはブライトを指差し、アドルフが頷く。
「あわやアイリーン様の前かと思われたんですが、ブーケはアイリーン様の四十センチメートル前をゆるやか且つ斜めに横切り、その隣にいたフェリスさんに届きました」
「あちゃ~……」
アズリーが声を漏らしたところで、皆が失笑する。
そして、ブルーツが言った。
「んま、アイリーン様でも敵わないよな。数千年先を生きてる女じゃな。カカカカ」
「「フェリス殿はその後、ブライト殿に指輪を強請っていましたな」」
ツァルがアズリーにそう説明すると、アズリーはブライトの背中に問いかけた。
「なぁ、ブライトとフェリスってそういう関係だったのか?」
言うと、ブライトは静かに首を横に振った。
「いつ、どこで、どうしてそうなったのか僕にもわかりません……」
「あ」
悲痛の声をあげるブライトに反応したのはもう一人の黒帝――ウォレンだった。
そんなウォレンの声に、ブライトが振り返ってウォレンを見る。
「もしかして紫死鳥の世話はお二人が見ていたのでは?」
「え? えぇ、そうです。チャッピーにやらせてはいましたけど、指示は僕とフェリスさんが――」
「――それです」
「……は?」
「内縁の妻というやつですよ」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ! 僕に婚姻の意思はないですよ!?」
「子供がいれば別ですよ。内縁の妻が成立します」
「こ、子供ってもしかして紫死鳥たちの事じゃないでしょうね……?」
「そう言ったつもりですが?」
「ど、どこの世界に鳥を子供なんていう馬鹿がいるんですか!?」
「いるじゃないですか、そこに」
ウォレンはシレっとした顔でアズリーの間抜け顔を指差す。
「……くっ! 駄目です……何となく理解出来てしまう自分が憎い……っ!」
「アズリー君はチャッピーさんを子供として育ててましたからね~。弟子は師の背中を見て育つと言いますし、それを見ていたフェリスさんであれば、紫死鳥たちを子供として捉えたとしてもおかしくはありません。いえ、もしかするとそれすらも計算していたのかもしれません」
「フェリスさんならやりかねない……」
「子供は千人以上、同居五千年……なるほど、婚姻の意思があろうがなかろうが、超が付く程の事実婚ですね♪」
笑って言ったのはウォレンだけ。
他の男たちは、頭を抱えるブライトをそれはもう哀れんでいたのだった。
夜は始まったばかり。
悲痛の声も、歓喜の声も、掘れば掘る程出てくるのだ。
そう、夜はまだこれからなのだ。




