◆エピローグ01:灰虎の求愛
いつも通りの文章量です。
しかし、前回の十分の一だからといって怒らないでください。
―― 戦魔暦九十六年 九月三日 ――
魔王ルシファーがこの世界から消滅して二日。
トウエッドの首都エッドでは、未だ歓喜の声が多くの場所で響いていた。
魔王の恐怖だけではない。モンスターの恐怖からも解放された民衆たちは、これを手放しで喜んでいたのだ。
そんな活気溢れる朝の街並みを、とことこと歩く者が一人。
鼻歌を歌いながら胸を張って歩く姿に、民衆たちは手を合わせ、頭を下げる。
この事から、その者が特別な存在であるという事は明白だった。
「ふ~ん♪ ふ~ん♪ マスターの~ふふ~ん♪」
しかし、当の本人は、周囲からの感謝の意に気付いていない様子だ。
人の手はいくらあっても足りない。
ポチは忙しい仲間たちと遊ぶ事は出来ず、一人気ままに散歩する事にしたのだ。
そんなポチを遠目から見守る存在。そしてその男を後ろで見守る四人。
「ポチさん……」
そう言った後、天獣の一角――灰虎から出た溜め息は長く深いものだった。
エッドの外壁に登り、そこからポチを捉えている灰虎の目はやはり天獣たる所以である。
「さっさと逝け」
灰虎の事は正直どうでもいいが、背中を押そうとするウェルダンの声。
「なよなよするんじゃない。気持ち悪い」
灰虎を応援する気なんて毛頭ないが、叱咤する黒亀の声。
「駄目で元々じゃないですか」
灰虎の玉砕か奇跡か、とにかく結果が早く知りたくて激励する黄龍の声。
「骨は拾ってついばんでやる」
灰虎の玉砕からのショック死を予想しているが、いつまで経っても行動しないからとりあえず押す紫死鳥の声。
四天が一天の恋の行く末を案じている訳ではない。
四天はとにかく楽しんでいるのだ。
青春とも呼べるこの平和な時期、動かない灰虎をもどかしく思っている天獣たちは、遂に行動を起こす事となる。
その日の夕刻、紫死鳥が他の天獣たちの前で灰虎に言った。
「ここにポチさんを呼んだぁっ!? お、おい! 一体何を言ってるんだ、紫死鳥っ!?」
驚く灰虎に対し、紫死鳥が何かを答えるという事はない。
ただ、その功績を称賛したのが黒亀と黄龍だった。
「でかした紫死鳥」
「やりますね」
「ふっ、だろう?」
嬉しそうに目を光らせる紫死鳥。
だが、灰虎はそれを喜んでいられなかった。
「いつっ! 一体いつ来るんだっ!? まだ私は準備が出来ていないぞ!?」
焦る灰虎に、ウェルダンが鼻息荒く言う。
「はっ、ポチは絶対準備してないから丁度いいだろう」
「そ、それはそうだがいくら何でも急過ぎる! せめて後二、三千年の時が必要だと思わないか、黄龍!?」
「いいえ、まったく」
「黒亀っ!?」
「アホか」
「紫死鳥ぉおっ!?」
「さっさと私を楽しませろ」
誰も灰虎の味方はいない。
味方を探す灰虎だったが、このエッドの南広場には天獣たちしかいなかった。
焦燥隠しきれない灰虎が、孤立無援という精神状態から大きく項垂れる。
(くっ! やるしか……! やるしかないのかっ! だが、これは悪くない状況でもある。今後ポチさんがトウエッドを離れないとも限らない。ならば、この時を以てチャンスは少ない。後押ししてくれる友たちのためにも、私は……私はやるしかない!!)
牙をギリと噛みしめ、灰虎は強い決意を瞳に宿す。
そして、俯いてた顔を上げ、灰虎は言った。
「よし! それでは皆の者! 協力して――――ぇ?」
顔を上げた灰虎の瞳に映ったのは、仲間たちではなかった。
「あれー灰虎さん? 私、紫死鳥さんに呼ばれたんですけど、知りません? あ、でも紫死鳥さん言ってましたね? 『私と話したい人がいる』って。それってもしかして灰虎さんの事です?」
そう、仲間はいなかった。
ポチの接近に気付き、仲間改め視聴者たちは消えていたのだ。灰虎の眼前から。
ポチを前にした灰虎は、かつてない程震えていた。
(何故…………何故、私は震えているのだ……? 何故……っ!?)
歪んだ顔の灰虎がその答えを緊張だと知る事はない。
眼前で首を傾げ、歩み寄るポチの顔を見た時、灰虎は己の好機を悟る。
「……あ、あの――っ」
「はい! 何でしょう!?」
ポチが明るく答える。しかし、既に夕暮れ時。
太陽は沈み、空には月が顔を見せている。
灰虎の動悸、息切れは酷かったが「ポチの前でだけは」と精一杯ポーカーフェイスを貫く。
(駄目だ、何だこの天使は!? 可愛すぎる! 何と言えばいいのだ!? 何と語ればいいのだ!? どう直視すればいいのだ、この聖なる顔をっ!?)
何も答えない灰虎に首を傾げているポチ。それに合わせるように灰虎が首を傾げる。
傾げ過ぎていた。灰虎の顔は、ポチの顔を下から覗く程傾いていたのだ。
直後、灰虎の目には、見上げた瞳に映ったものは。
(っ! そうか、以前聞いた事がある! 賢者の弟子メルキィにっ! 詩……詩だ……! 歌うように愛を語ればいいのだっ! この時間ならではの極上の愛を……伝えればいいのだ!)
そう理解した時、灰虎は決心する。
今日、この場、この時を以て……ポチに求愛すると。
「……灰虎……さん?」
「ポチさんっ!!」
「ひゃい!? ……へ?」
強い言葉に驚くも、灰虎の顔が真剣そのものだったので、ポチは困惑を顔に浮かべた。
直後、灰虎は大きな息を吸い、大きく吐いた。
そして言うのだ。この場に、この時に相応しき言葉を。
「つ……月が……綺麗ですね……」
強く目を瞑り、言い切った灰虎の顔は憔悴し切っていた。
「え? あ、はい。綺麗ですね! って! だだだだだ大丈夫ですか、灰虎さんっ!? 何か魔王戦の後よりもグッタリしてませんかっ!?」
「はぁ……はぁ……はぁ……だ、大丈夫です。まったく問題ありませんとも」
「で、でも!」
「はははは……何と優しきお言葉でしょう。で、では……お言葉に甘えて、今日はもう休むとします」
「そうです! そうした方がいいです! はい!」
そう言ったポチに背中を見送られ、灰虎はその場から去って行った。
ぐったりと身を伏せ、休んでいる灰虎の前にやってくる呆れ眼の四天たち。
「ふざけてるのか?」
「五月蠅いぞ黒亀」
「とんだ道化もいたものですね」
「黙っていろ黄龍」
「死ね」
「私は死なんぞウェルダン」
「あれが灰虎の求愛か? ポチに伝わる訳がないだろう」
「何もわかっていないな、紫死鳥」
「何?」
皆を前に立ち上がった灰虎が語る。
「今回の目的は何だ、言ってみろ」
「それは……灰虎がポチさんに求愛するためでしょう?」
黄龍がその意図を汲むように言う。
「そう、あれが私なりの求愛だ。そして私は、確かに、ポチさんに伝えた。違うか?」
その問いを聞いた時、最早全員が呆れ眼で灰虎を見ていた。
そう、皆は灰虎の言い分を理解したのだ。したくもない理解を。
「つまり、ポチさんが灰虎の求愛に気付かなくても問題ない。求愛は既に行われたから。貴方はそう言いたいのですか?」
「ふっ、流石黄龍だ……!」
ニヤリと笑みを浮かべる灰虎。
そんな灰虎を見て、呆れ顔の皆が離れていく。
「そんなビビリとは知らなんだ」
黒亀が飛んで去る。
「なんという自己満足。それでも天獣でしょうか、まったく……!」
黄龍はぷんぷんに呆れ怒っている。
「……チキン」
紫死鳥からの熱烈な蔑称。
「やっぱり死ね」
ウェルダンに殺意はなかった。ただ失意からの言葉だった。
しかし、そんな四人の捨て台詞を聞こうとも、灰虎の満足が変わる事はなかった。
灰虎は尻尾を振り、月を見ながら微笑む。
(私はやった。ちゃんとやったのだ。うん。私なりにちゃんと伝えたのだ……!)
と、自分にそう言い聞かせていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その夜、アズリーはポチの腹枕を使いながら本を読んでいた。
すやすやと休むポチが、アズリーの頭の微細な変化を読み取り目を覚ます。
「ん~? 何か面白い事でも書いてあったんですか、その本……?」
「いや、よくわからん」
「どういう事です?」
言いながらポチがアズリーの持っている本を覗き込む。
「何で『月が綺麗ですね』で『愛してる』になるんだ? なぁポチ、これ絶対おかしいよな?」
「……何ですか、この本?」
「随分前にメルが貸してくれたんだよ。ようやく暇が出来始めたから読んでみたんだけど、俺向きじゃないな、この『文学的解釈』って本……ん? おいポチ? 大丈夫か?」
「むぅうううう……どこかで聞いた事あるんですけどね、その言葉……! もう少し、もう少しで出てきそうです。何かこう……うぅううううん!」
「何だそれ? とりあえず今日はもう寝るぞ。寝て飯食えばスッキリして思い出すかもな」
「はい! そうかもしれませんねっ!」
翌日、寝て食事をとったポチの頭の中は、本当にスッキリしていた。
昨日の事なんて覚えていない程に。
予め、かの文豪に喧嘩を売ってる訳ではありません。と、言っておきます。(自己弁護)
灰虎の(何故、私は震えているのだ……?)から後ろ。ルシファーのシーンパクってます。
さすが魔王。とても便利な言葉を残してくれました。
明日も投稿しまーす!
壱弐参




