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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
最終章 〜悠久の愚者編(下)〜

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477/497

◆467 大団円

また三万文字超えました。実際には二万九千字くらい。ルビとか入れると三万超え。

つまりいつもの十倍。じゅーばいです。

予めご注意ください。

 空から魔王の魔力が消える。

 そして、アズリーが放っていた魔力も落ち着きを見せると、闇夜が次第に照らされていく。

 夕刻より始まった幾多の攻防。幾多の生死。それがようやく終わりを告げる。

 闇から顔を見せた太陽。それと時を同じくして空から降りてくる勇者アズリー。

 これと共に、皆は高らかに声をあげる。


「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!!!!」」


 王都レガリア城跡は揺れ、歓喜という名の叫びが戦争の終わりを告げた。

 皆が、中央に下り立ったアズリーに集い、触れ、叩き、ド突いた。


「痛い! 痛っ!? ちょ、ホント痛いってっ!? ひゃんっ!? おい!? 今、尻触ったの誰だっ!?」


 アズリーへの感謝が止む事はない。

 もみくちゃにされるアズリーを見て、リナとポチが微笑みを浮かべる。

 しかし、リナの笑みも、フユの笑みも、ティファの笑みも、その直後に一気に崩壊する。

 集団から逃げるようにして現れたアズリー。

 アズリーの首元に手を回し、しっかりと付いて離れない一人の女。

 その女を見るや否や、リナもフユもティファもそしてリーリアも女に敵意を向けた。


「「ちょっと春華(はるはな)っ!!」」

「いいでありんしょう? あちきだけずっと蚊帳の外だったでありんす♪」


 銀の美姫(びき)、春華の声を聞き、アズリーがようやくその存在に気付く。


「おぉ春華っ! やっぱり無事だったか! ちゃんと魔力を追ってたから大丈夫だとは思ってたんだけど、やっぱり顔を見るまでは心配だったんだよ!」

「まぁ、あちきの魔力をずっと追っていてくださったんでありんすっ?」


 頬を赤らめ、嬉しそうに顔を綻ばせる春華。首に絡める腕に自然と力が入る。


「「あぁっ!!」」


 リナたちは遂に抑えきれず、アズリーに飛び込んだ。


「ぐぇ! ぐぇ! ぐぇ! ぐぇ!? はぅあ!?」


 押し倒されたアズリーを見て笑うは銀の精鋭たち。


「カカカカカカッ! 魔王ルシファーでも倒せないアズリーを、たった五人で倒しちまったなっ!」

「凄まじい威力だ……!」


 ブルーツの言葉に、ブレイザーが真剣に同意する。

 すると、ベティーがブルーツに何かを知らせるように、その脇腹を(つつ)く。

 そしてベティーは、アズリーの真上に立つ女を指差したのだ。


「アイリーンさん……?」


 アズリーが自身の胸板に乗るアイリーンを見上げる。


「……よ、よくやったわっ!」

「いや、踏んでるんですけど? ――――――うぇ!?」


 アイリーンはアズリーの言葉を聞き終える前に、アズリーの真上を歩いて離れて行く。

 そんな光景を、皆が手を叩き、指差し、腹を抱えて笑う。

 チャッピーが皆から愛されるアズリーの姿に微笑んでいると、そこにやって来たのは一人の鼠。

 ガストンの元使い魔のコノハだった。


「ア、アンタッ!」

「む? あの時の鼠さんだな?」


 コノハがチャッピーの正面に回る。


「アンタがご主人を助けてくれたのかっ!? 礼を言いたくてっ!」

「違うっ! 父上だっ!」


 チャッピーはポーズをとりながらアズリーを羽で差した。

 そしてこう言った。あの時の会話を思い出させるように。


「それに私はあの時言ったはずだぞ」

「へ?」

「『お前の悲しみを、私にはどうしてやる事も出来ない』と」

「あ……」


 コノハはあの時のチャッピーの言葉の意味を知る。


「さぁ、礼なら父上にしてくるのだな! 私は帰ってから沢山甘えるからいいのだっ!」

「あ、ありがとうっ!」


 コノハがアズリーの下に駆けて行く。

 チャッピーがその背を見守っていると、ブライトとフェリスの声がキーペンダントから聞こえてきた。


私には(、、、)……ねぇ~?』

『あの段階では師匠に会っていなかったのによく言えたものですね?』

「ふん、私の父上は何でも出来るからな! 問題ないっ!」

『じゃあそこの母上は?』


 フェリスの言葉に、チャッピーが超速で反応する。

 振り返った先にいたのは紛う事なきチャッピーの母親――ポチだった。

 互いに潤む瞳。アズリーの時と同じで、先に動いたのはポチだった。

 しかし、その動きまで一緒ではなかった。


「チャ……チャ…………チャ……チャッピー仮面ですぅうううううううっ!!!!」

「ふ、ふ、ふはっ! ふはははははははっ!! 私こそはチャッピー仮面っ!!!! もしや君はポッチー仮面ではないかっ!?!?」

「私も! 私もっ!!」


 どこからか出したポチのサングラス。

 そしてチャッピー仮面のように高らかに叫ぶ。


「よくぞわかりましたねっ!! 私こそがポッチー仮面っ!!!!」

「「ふはははははははははははっ!!!!!!」」


 二人は互いにポーズを決めながら大きく高らかに笑い合った。

 サングラスの下から大粒の涙を流しながら。


『頭は父親、性格は母親似よね』

『まったく、変なところで照れるんですから。この二人は……』

『でもま、こういうところでは涙より笑顔の方が似合うわよ』

『とてもフェリスさんの台詞とは思えないですね』

『聞こえてるわよ?』

『えぇ、聞こえるように言いましたから』

『ちょっとぉ!?』

『だってこの後はお説教(、、、)なのでしょう? それに、僕からもお話がありますし』

『な、何よ……?』

『今はまだ。だってこういうところでそういう話は似合いませんから』


 そんなブライト、フェリス、チャッピー、ポチの下にやってくる一人の男。

 白のローブを着た、気高き男。二代目聖帝レオンがそこにいたのだ。


「久しぶりだな、ブライト、フェリス、そしてチャッピー」

『陛下……お久しぶりです』

『お身体はもうよろしいので? 陛下』

「何だレオンか。私は今、五千年ぶりに母上と遊んでいるのだ。邪魔をするな」


 ブライト、フェリスはレオンに挨拶するも、チャッピーはそれどころではなかった。

 しかし、レオンを見たポチが目を丸くさせる。


「んまーっ!? レオンです!? 本当にレオンなんですっ!?」


 そんなポチの驚きに笑顔を見せるレオン。


「…………その通りですよ、ポチ殿」


 しゃがみながらポチの頭を撫でるレオン。

 そんなレオンを見て、ポチがアズリーを呼ぶ。


「マスターッ! レオンです! レオンの魔法ちゃんと解けてますっ! マスター! レオンったらマスターなんかよりずっとカッコいいですっ!!」


 ようやく立ち上がったアズリーが、ポチとレオンを見る。

 リナたちに話をつけたアズリーが、レオンの下にやってくる。

 と、同時に、レオンはアズリーを前に膝を落としたのだ。


「っ!」

「アズリー殿、世界を二度に渡って救ってくれた事、本当に感謝しております。本来であれば、貴方の目に触れる事など許されぬ身。しかし、恥を忍んでお願いします。どうか、どうか我が一族の罪……この命を以て許して頂きたい」


 それは、聖帝の一族であるイディアとクリートが起こした罪についての話だった。そして、レオン自身の罪もまた……。

 レオンは、アズリーに「自分の首を捧げる事で許して欲しい」と言ったのだ。

 しかし、アズリーは頬をポリポリと掻き、困った様子で言った。


「いや……俺にそういう権限はないし……」

「ではどなたにっ!?」


 バッと顔を上げ立ち上がるレオン。

 そんなレオンの顔を見て、アズリーがこの戦争の指揮官であるアイリーンを見る。

 すると、アイリーンは鼻息を大きくスンと吐いた。


「そんな事、私に決められる訳ないじゃない。帰って薫様に相談するわよ」

「……ですね」


 アイリーンとアズリーの反応に、辛そうな顔を俯けるレオン。

 アズリーはそんなレオンの肩に手を乗せ、優しく言った。


「何にせよ、無事で良かったよ……レオン」

「っ!! なんと……なんと優しきお言葉……っ! 記憶はなくとも、この身体は、この魂はアナタの優しさを忘れた事はありません!」


 レオンは大粒の涙を流し、アズリーのこれまでに感謝した。

 そしてアズリーも、レオンを懐かしそうに、嬉しそうに抱きしめたのだ。

 そんな二人を微笑んで見つめていたポチ――が、アズリーに持ち上げられる。


「みゃぁああっ!?」

「っと、お待たせポチ」

「ま、ま、待ってなんかいませんっ!」

「そうだな」

「そ、そうです!」

「ほんとか?」

「ほんとです!」

「本当に?」

「ちょ、ちょっとだけ! ちょっとだけなんですからねっ!」

「あぁ、俺もだ」


 アズリーとポチはそう言いながら見合い、笑い、そして抱きしめ合った。


「ん~~獣臭い!」

「マスターも人間臭いです!」

「人間だしな!」

「私だって獣ですー!」


 そんないつもの二人を見ながら、皆が微笑みを浮かべる。

 失った仲間は多けれど、彼等はここまで生き残った。

 皆の魔力はアズリーの力によって回復した。傷もまた回復しているが、その疲労度を回復する事は叶わなかった。だからこそ、喜びながらも皆の顔には大きな疲労が見られた。

 これを少しでも和らげるため、トゥースの弟子であるメルキィがポンと手を鳴らす。


「よぃよぃよぃ! 景気付けにやっとくかよぃ! せっかく準備した(、、、、)んだからねぃ!!」

「メル、一体何を――っ!?」


 アイリーンがそう言うも、メルキィは指をパチリと鳴らしてソレを発動させた。

 直後、レガリア渓谷の方から大きな風切り音が届いた。

 皆はそちらに意識を向ける。すると、レガリアの早朝の空に、違和感しかないソレが爆発する。皆の瞳を色とりどりに、煌びやかに染め上げたソレは、メルキィがこの戦場に来る前に仕込んだモノだった。


「おぉ~、ハート型の魔法式花火か」


 アズリーが空を見上げ呟く。


「あ! あ! もう一つありますよ!」


 アズリーの隣でポチが前脚で空を指す。


「ハート型だな」

「次も!」

「ハートだな」

「ハートですね」


 上がる花火、上がる花火、全てがハート型の花火。

 最初こそ感嘆の声を漏らしたが、その後、皆は苦笑を漏らすしかなかった。

 花火を見上げるバルンが、呆れた目でメルキィを見る。


「このために遅刻したの、あの人? つくづく、賢者の身内ってのはよくわからないね……」


 肩を(すく)めるバルンだった。


「なははははははっ!! これがメルキィ様による愛の乱舞っ!!」


 最後に一度、巨大なハート型の花火が上がったところで、アイリーンが声を上げる。


「さぁ、凱旋(がいせん)よっ!!」

「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」


 戦場を乗り越えた仲間たちの声高らかに、皆はトウエッドへ向かう。

 肩を組み、笑い合いながら。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「あぁああああああああ……疲れた……」


 冒険者ギルドのテーブルに突っ伏すアズリー。


「あぁああああああああ……疲れました……」


 アズリーの前で同じようにテーブルに突っ伏すポチ。

 凱旋時、南門から行軍し、エッドの住民たちの歓喜の声に迎えられた解放軍(レジスタンス)

 これは、全ての国民を安心させるための重要な行進。

 重要な位置にいるアズリーとポチが休む事は許されなかった。


「はい、アズリーちゃん、ポチちゃん。これはギルドからのサービス♪」


 ダンカンがアズリーの前に二つの飲み物を持って来る。


「あ、ありがとうございます!」


 ウィンクして去るダンカンに、アズリーが微笑みを浮かべる。


「おかわりです!」

「おい! はえぇよ!」

「今回の戦争で七十食くらい損してる気がします!」

「どんな計算だそれっ!?」

「ヘルエンペラー十食、ルシファー三十食、時間稼ぎ三十食です!!」

「……中々妥当かもしれないな」

「……ふぇ?」

「いや、丁度いいかもな」

「はぁ?」

「まぁ、この後(、、、)それだけ食えるだろ」

「はぁ~~っ!? リナさん! マスターが! マスターが壊れちゃいましたぁっ!?」


 働きを評価したアズリーに、ポチが奇声を上げてリナに向かう。

 リナはうんうんと頷きながら嬉しそうにポチの言葉を聞いている。

 そんなポチに呆れたアズリーが、周りに目を向ければ、疲れから眠っている者もいた。

 しかし、この場から離れた者はいない。

 そう、今この冒険者ギルドには、戦争に参加したほとんどの者がいる。

 ギルドの外、隣家にまで及ぶ宴の準備は、エッドの住民たちの手によって進められている。

 ガストンの生存に延々と泣くヴィオラ、をなだめるジャンヌ。その二人を笑いながら見つめる魔法兵団。

 リナの背後の席を陣取るエッグ。そのエッグを諦めろと説得する戦士兵団。

 オルネルはイデア、ミドルス、アンリ、クラリスと共に、話に花を咲かせている。

 フォールタウン出身のライアン、リード、マナ、レイナ、アドルフ、ティファも同じテーブルだ。その足下では、チワワーヌが喚いている。


「ティファッ! これは何だ!? 何故我輩の姿がっ!?」

「さっき出来た魔術よ。その方が便利でしょ」

「はぇ!? い、いや、確かにそうだが、我輩の狼王の勇姿が……っ!? あのっ!?」

「何? 文句あるの?」

「わ、わぁ、これすごーい! これは良き椅子だなっ! さぞかし名のある者の作品に違いないっ!」


 ティファの鋭い視線に、タラヲは椅子に頬ずりを始める事しか出来なかった。

 ブルーツ、ブレイザー、ベティー、春華、ナツが座るテーブルでは、既に宴会が始まっていた。


「ダンカン、おかわりだっ!」

「あ、私もー!」

「いや、ダンカンも疲れてるだろうし無理をさせては悪いのではないか?」


 ブレイザーがブルーツとベティーを止めるも、二人はそれを気にしていなかった。


「大丈夫よ! チップは弾むからっ! 兄貴が!!」

「おうおうおう! 今日は俺様の全財産使い切ってやんぜっ!!」

「そんな事を言って大丈夫なのか?」

「問題ねぇっ! なんてったって今日は最高に嬉しい日だからなっ!! カカカッ!!」


 ダンカンが文句を言わず、ブルーツも納得している。

 これならばと、ブレイザーは黙る事にした。


「心配だねー」

「そ、そうでありんすね……」


 ナツと春華は見合ってブルーツの懐事情を気にする。

 しかし、ブルーツの嬉しそうな顔を見たら、誰も止める事は出来なかったのだ。

 アージェントやベリアも苦笑しながらその背を見つめる。

 そんな活気に満ちた冒険者ギルド内に、役目を終えたであろうアイリーンとトレース、ガストン、そしてレオンが戻って来た。


「何よ、始めててもよかったのに」

「流石に指揮官を外して始められませんよ、アイリーン様」

「一部ではもう始まってるいるようだが?」


 アイリーン、トレース、ガストンがブルーツを見て呆れる。


「アイツがいなければ負けてたわ」

「えぇ、そうですね」

「はっ! あのアイリーンの言葉とは思えぬな……が、それには同意しよう」


 ガストンは苦笑しながらアイリーンの言葉に同意を示す。

 そして四人は、アズリーが座る席へ移動した。


「いいの? 魔法兵団のテーブルじゃなくて?」


 アイリーンがガストンに聞く。


「あやつらとはこの位の距離で丁度いいのだ。特にヴィオラとはな」

「……た、確かに、今にも気を失いそうですからね」


 ガストンの言葉にトレースが頷く。

 外からはチャーリーの喧しい声が聞こえ、それを止めるドラガンやダラスたちの声が聞こえる。

 無言で座るレオンを見て、アズリーは声を掛けた。


「どうしたレオン?」

「わ、私なんかがこんなところにいていいのでしょうか……?」


 キョロキョロと周囲を見渡すレオンに、アズリーは微笑みを見せる。


「大丈夫さ。レオンが洗脳されてた事は、ここにいる全員が知ってるし、それが無ければ、今回の戦争が成り立たなかった事も知ってる。それに、エッドの人たちはレオンの事なんてほとんど知らないさ」


 そんなアズリーの言葉に、レオンは賛同する事は出来なかった。

 これを見たアズリーがアイリーンとガストンに目を向ける。


「そうも上手くいかないのが、人間の政治ってやつよ。アズリー」


 アイリーンはそう言った後、全員に目を向けた。

 行き渡ったグラスを持った皆は立ち上がり、アイリーンを見る。


「この場にいる人たちに、多くの言葉はいらないわね」


 アイリーンがグラスを掲げる。


「勝利にっ!!」

「「勝利にっ!!」」


 乾杯の掛け声は、いたってシンプルなものだった。

 それから皆は酒を呑み、飯を食らい、勝利を喜び、多くを語り合った。

 それは勿論、アズリーのテーブルでも起きていた。


「こ、国外追放っ!?」

「どうしてですかっ!? ちゃんと私、嘆願書にポチスタンプ()しましたよっ!!」


 国外追放。それがレオンが受けた薫と潤子からの言葉だった。

 レオンは俯きアズリーたちにそれを告げたのだ。


「正確には将軍様直々のお達しよ」


 アイリーンの補足により、アズリーは大きな溜め息を吐く。

 そんなアズリーを見て、アイリーンが目を丸くする。


「何よ、もっと喜びなさいよ?」

「はぁ? 何で喜べるんですかっ!?」

「だってレオンは元々トウエッドの人間じゃないのよ? レガリアなら住めるじゃない?」

「いや、確かにそうですけど……なぁポチ?」

「なぁーんだ、それならいいじゃないですかーっ!」


 と言いながら、ポチは食事に手を付け始めた。

 ガクリと肩を落とすアズリーに、ガストンが声を掛ける。


「トウエッドからしたら最大の譲歩だろう。たとえ洗脳されていたとしても、本来なら公開処刑されてもおかしくない。国外追放とはいえ、戦後処理もあるからな。一週間の猶予は頂いた」

「だからこの宴会にも参加出来るって訳か」


 アズリーはレオンがここに来られた理由を知った。

 だが、それを全て喜べる訳ではなかった。


「ですから、私が……このような場所にいては、アズリー殿やポチ殿の印象が……」

「まぁ、それは別にいいよ」

「しかしっ!」

「いいからいいから。とりあえず皆に挨拶してきなよ。今後はよく顔を合わせるようなヤツらばかりだしさ」

「えぇ……?」


 アズリーの勧めに焦るレオンだったが、それを援護したのはポチだった。


「さぁ行きましょうレオンっ! 私の鼻が確かなら、あそこのテーブルのお肉はまだ手が付けられていませんっ! つまりあのお肉は私が食べても問題ないという事です!!」

「ぷっ……は、初めて聞きました、その理論……くくくく……」


 思わず失笑してしまったレオンは、ポチに押されるがまま、ブルーツたちが座る席に移動して行った。

 そんなポチに苦笑していたアズリーが気付く。


「あれ? リーリアは?」


 すると、トレースが答えた。


「確か、薫様、潤子様への報告の後、神殿跡に行くと仰ってましたよ」

「そうですか。ちょっと見てくるかな」

「それはいいけど、アズリー?」


 アイリーンが席を立とうとしたアズリーに聞く。


「何です?」

「ウォレン見なかった?」

「ん? あ~……そういえば見ないですね?」

「まったく、この大事な時にどこに行ったのかしら……」


 そんなアイリーンを背に、アズリーは冒険者ギルドを抜け出す。

 行き先は……リーリアがいる神殿跡。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 人類が見る事が出来た九月一日の夕陽。

 そんな紅き陽に照らされるエルフが一人。


「よう」


 アズリーの声にピクリと反応するリーリア。

 振り返ると、そこにはアズリーの姿があった。


「流石ね。接近に気付けなかった」

「本当? 普通に来たよ?」

「まるで私がぼーっとしていたみたいに言うのね」

「そう見えたけど?」

「ふふ、意地悪ね」


 事実、アズリーが気配を消して近付いた訳でも、超スピードで接近した訳でもない。

 リーリアはただ一人で気を抜いていた。

 だからこそアズリーはそれをからかったのだ。


「もう宴会始まってるぞ」

「うん。そうね……後で行く」

「後で……なのか?」

「……素直に喜べなくてね」

「勝利が……か?」


 アズリーが聞くと、リーリアは首を横に振った。


「違うわ。この後の事よ」

「あー……確かに」

「剣に生き、アズリー……あなたの剣として死ぬつもりだった」

「物騒な事、言うなよ」

「でも、それも出来なくなった。だからこの先の事がとても不安」


 リーリアは戦士としての生き方しか知らない。

 それは過去の胎動期を過ごした影響である。

 聖帝の時代、ポルコ・アダムスの食客として生きはしたが、これから訪れるのは平和な時代なのだ。それを目の前に、リーリアが迷いを露わにするのは当然の事だった。

「好きに生きればいい」……アズリーはその言葉を言うか迷った。それは、余りにも無慈悲な一言だから。無責任な一言だから。自分だってよくわかっていない今後について、アズリーが何かを言えるはずもなかった。

 だからこそ、この場で、この二人の間でそれを言えたのはその者だけだった。


「だったら、リーリアの好きに生きればいいじゃないか♪」

「……え?」

「へ? え? お、俺じゃない! 俺じゃないぞ!?」


 アズリーが首をぶんぶんと横に振り、その言葉を否定する。

 しかし、言葉は続けられた。


「あ、新しいレガリアの戦士団の団長とかは~? 別にモンスターがこの世から消えた訳じゃないんだし、やる事は沢山あると思うよ~?」


 それはまるで、二人にだけ降りかかる言葉のようだった。

 軽い口調のその言葉、その声に、二人は聞き覚えがあった。

 アズリーとリーリアは二人見合い……笑った。


「「はははは……まさかね?」」


 乾いた笑いを浮かべるも、二人はそれを幻聴として受け取らなかった。

 しかし、肉眼で捉えてしまっては、もう信じる他無かったのだ。


「な、何か変なの見えない……?」

「どうしようアズリー。私、アレに近付きたくない……!」


 二人の正面に現れた光の輪郭。

 それは人の形をしていた。そして、二人の見覚えのある男の姿へと変わっていくのだ。

 顕現(けんげん)したソレは、明らかに二人の理解の範疇を超えていた。


「やぁ、お二人さ~ん。お久しぶり~♪」

「「ジョルノッ!?」」


 元聖戦士の勇者ジョルノがそこにいた。

 しかし、それはアズリーの知ってるジョルノであり、リーリアの知ってるジョルノではなかった。


「若い……わね」


 驚きはほんの少しだけ。

 リーリアの瞳はすぐに険しい顔つきとなる。

 ジョルノとして現れた者が、ジョルノであるとは限らないからだ。

 アズリーもそれに同意したようで、二人は後方へ跳び、ジョルノから距離を置いた。

 直後、二人の後方から現れるジョルノ。


「そんな警戒しないでよ」


 リーリアとアズリーの顔の間からにょきっと現れたジョルノの顔は、二人の顔をヒクつかせた。


「息がっ!? 今、息がぼふって耳にぃいいいい!?」

「……この気持ち悪さ、確かにジョルノ……でも?」


 アズリーが右耳を払い、リーリアはジョルノという存在に疑念の目を向けるばかりだ。

 ニヤリと笑うジョルノに、リーリアは答えを出せないでいた。

 しかし、悪寒から回復したアズリーは気付いた。


「……そうか。そういう事なのか。……ジョルノ、もしかして……もしかしてお前…………ずっと俺たちの傍にいてくれたんじゃないか?」

「どういう意味?」


 リーリアの目がアズリーに向く。


「ちょっと気になる事があった……というか言われたんだよ」

「ジョルノに?」

「いや、()じゃない」

「益々よくわからないわね」

「五千年前、あの時代に送られた後、俺は夢の中である人(、、、)と話した」


 瞬間、リーリアが気付く。


「それってっ!」


 リーリアがジョルノを見る。

 彼はまだ沈黙を保ち、アズリーの推察を待っているようだった。


「その時、その時彼は言ったんだ。『あのアーティファクトによってこの時代の神の力が衰えてしまう』と……」

「それって、アズリーの禁忌の修練(エクスペリブースト)の事……? っ! いえ、そうじゃないっ!」


 リーリアはアズリーの言葉の意味を知る。


「そうだ。彼とは――自称、神の使い。だが、その後、俺は彼が神様であると知った。その神様が言ったその言葉……ずっと気に掛かっていた」

「『この時代の神の力が衰えてしまう』……つまり、アズリーの夢に現れた神は、この時代の神であって、あの時代の神ではない(、、、、、、、、、、)っ!」

「それにその神様は、俺の夢にもう一度現れた」


 それは、幼き日のアイリーンと別れた直後のレジアータでの夜。

 アズリーは神の手によって、また夢の世界へと行ったのだ。


【その顔と、口調が本物って事でいいのか?】

【力が衰えているからな。本来は身体も若々しいのだが、力の衰えと共に身体もこうなってしまうのじゃ。口調は擬態じゃと思ってくれて構わない】


 アズリーが夢の中で確認した内容。

 アズリーはこれをずっと疑問に思っていたのだ。

「神の使いから神だとわかって尚、擬態する意味とは? 正体を隠す意味とは?」と。


「つまり、あの時代には神が二人いた……?」


 リーリアの問いは核心に迫っていた。

 しかし、それでもアズリーは首を横に振った。


「違う、正確には三人(、、)いた」

「えっ!?」

「確かに大戦の時代にいた神様は二人だ。あの時代の神様、そして未来からあの時代に干渉した神様。だが、俺がサガンと過ごした時代で会った神様は、大戦以降に誕生した神様……つまり、お前って訳だ……ジョルノ」


 アズリーがジョルノを見る。

 すると、ジョルノがくすりと笑って見せた。


「さっすがアズリーさ~ん♪」


 軽快に拍手するジョルノを見て呆れるアズリー。


「ねぇねぇ、どこで気付いたのっ?」

「……性格以外の何物でもないよ。あんなノリの神様なんて普通に考えておかしいからな」


 肩を竦めるアズリーと、呆れるリーリア。


「アズリーの魔力のおかげで、ようやく身体も戻ったし、ちょっと散歩がてら挨拶しに来たんだよっ!」


 けらけらと笑う無邪気な様子のジョルノを見て、二人が顔を見合わせる。

 ブライトよろしく乾いた笑いを浮かべる二人だったが、ジョルノはそんな事など気にしていなかった。


「神様がね? あの時代で死んだ僕の魂を拾ってさ、その全てを継承したんだよ。だから、未来から過去に干渉する神も、アズリーが戦魔暦二十八年で会った神も、僕って訳っ♪」

「そもそもこの時代のジョルノに力は無かった。最初から悪魔に支配されてたんだから。だから、この時代でずっと俺の夢に出てきた神様ってのは、皆……――」

「――そっ! この後、僕が行くのさ! アズリーの夢の中へっ!」

「あ、頭がこんがらがりそう……っ」


 リーリアが頭を抱える。

 アズリーも皺を寄せながら中空を見つめるばかりだ。


「さて問題っ! どれが過去の神様で、どれが今の僕で、どれが未来の僕でしょ~っ?」


 と、言われた瞬間、アズリーは考える事を放棄した。


「悪い、ちょっと無理……」

「いいねっ! そういう顔を見たかったよっ!」


 ジョルノはアズリーを指差した後、まるで階段を上るかのように空へと上って行った。

 遠ざかるジョルノを見て、二人は彼を追おうとする。


「「ジョルノッ?」」

「だいじょーぶだいじょーぶっ! まず最初は覚者の伝説をばら()きに行くだけだから~! あはははははははっ♪」


 言いながら消えて行くジョルノを見て、アズリーは誰もいなくなった空を指差す。


「そっか、見てからじゃないと蒔けないもんな」


 リーリアを見てそう言ったアズリー。

 瞬間、リーリアが噴き出すように笑った。


「――ぷっ、あはははははっ! 何よアレはっ!? わ、私の悩みなんかずっとちっぽけじゃないっ! あははははははははっ! ジョルノのヤツ! 死んでからも私をバカにするのっ!? もうっ! ぷっ、ククククク……」

「あの……リーリア? 笑うのか怒るのかどっちかにしたら?」


 大地を蹴り、大岩を砕き、神殿跡に新たなクレーターを作るリーリアは、確かに怒っていた。

 しかし、笑ってもいた。涙を流して大笑いしながら怒るリーリアに、アズリーは苦笑するしかなかった。

 そして、ジョルノが消えた空を今一度見上げ、一言だけ呟いたのだった。


「ありがとな、ジョルノ」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 悩んでいる事が馬鹿らしくなったリーリア。

 そんなリーリアを、アズリーが冒険者ギルドへ連れて行った時、ブルーツがその脚にしがみついてきた。

 それはもう大粒の涙を流しながら。


「うわっとっ!? な、何だよブルーツッ!?」

「アズリー……た、助けてくれぇっ!!」

「何だよ? ケツの毛まで(むし)られたか? ははははは――」

「――ち、(ちげ)ぇんだよ! 毟られそう(、、、、、)なんだよっ!」

「ぁん?」


 アズリーが首を傾げる。


「はぁ? だってお前、今日は全財産使うとか言ってたじゃないか?」

「い、いや! それをやめたいんだっ! だけどアイツらやめさせてくれねぇっ!!」

「何でやめたいんだよ?」


 アズリーが今度は反対に首を傾げる。


「だ、だって! もうモンスターはほっとんどいねぇじゃねぇかっ!!」

「ん? ん~~~? っ! あぁそういう事か!」


 ブルーツは確かに言った。今夜は全財産使うと。

 しかし、それは今までの生活があったからこそだった。

 ルシファーによって集められたモンスターは、アズリーが全滅させた。

 世界各地にモンスターが残っていたとしても、それは極小数である。

 今後増える可能性もあるが、それまでは非常に時間がかかるだろう。

 つまり、冒険者たちは今――失業に近い状態にあるのだ。

 だからこそリーリアは悩んでいたのだが、ブルーツは違った。


「だ、だからダンカンはこんなクソ疲れてるってのにギルドの仕事なんかし始めたんだよっ!! だから皆は、ニヤニヤしながら俺の財布を――っ!! た、頼むアズリー! アイツらから俺の財布を取り返してくれっ!!」


 冒険者家業が今後も続けられると思っていたブルーツの考えは、非常に浅はかなものだった。

 そしてそれに気付いたブルーツはアズリーに泣きついている。

 だからこそ、アズリーは皆に言った。それはもう物凄い笑顔で。


「おい! 俺にもそれ貸してくれっ! さぁ! 呑むぞ! 食うぞっ!!」


 瞬間、ブルーツの瞳から、世界から……希望は無くなった。

 絶望に染まるブルーツの瞳。身体から力を失うブルーツ。失意に塗れたブルーツ。

 世界には、ブルーツの敵しかいなかった。

 ブルーツが貯蓄していた金は湯水の如く使われ、ダンカンの前に積まれていった。


「あっはっはっはっはっ! はいダンカンッ!」

「あらいいの~? チップ一万ゴルドなんて~?」

「いいのいいの! どうせ兄貴のお金だしっ! あっはっはっはっはっはっ!!」


 主に、使っていたのはベティーと、


「これ! おかわりくださいっ! あとこれ! テイクアウトでっ!!」

「は~~い♪」


 大食い女王ポチと、


「負けられない戦いが……ここにあるっ!!」


 元大食い女王のリーリア、


「近所にお裾分けしないとな!」


 楽しそうな愚者、


「では、これを天獣殿に届けるとするか」


 気遣いと心配りを忘れない焔の大魔法士ガストン、


「あ、それならこれ、解放軍(レジスタンス)のアジトにも持ってかなくちゃね」

「そうですね。あそこの警備も大変でしょうから」


 常成無敗のアイリーンとトレース、


「おいしいですー!!」


 そしてやはりポチだった。

 路上でふて寝するブルーツなど、誰も気にしない。

 なぜなら、財布(かれ)はここにいるのだから。

 夜通し続けられる宴会。

 疲れを癒すのは後。皆は一緒に戦った仲間と一緒に、この時、この一瞬を楽しみ続けた。

 そんな最中(さなか)、アズリーがまた席を立ち上がる。


「どちらへ行かれるんです? アズリーさん?」

「あぁ、ちょっとトゥースのとこ」


 リナの質問に、アズリーはそう答えた。


「あ、そういえばいらっしゃりませんね? あれ? あんなところ……?」


 魔力感知によってトゥースの魔力を感じ取ったリナ。


「随分変なところにいますね、アズリーさん? ふぇ? ……アズリーさん?」


 しかし、リナがそう聞いた時には、アズリーの姿はもうなかった。

 まるで逃げるように消えたアズリーだったが、リナが深追いする事はなかった。

 リナは知っていたから。アズリーがもうどこへも行かないと。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エッド西にある森の中。


「待たせたか?」

「いんや、そうでもねぇさ」


 トゥースの下にやって来たアズリー。

 そんなトゥースの対応にアズリーが目を丸くするも、それ以上の否定の言葉がそれをやめさせた。


師匠(、、)っ! そうじゃないです! そこは『俺様も今来たところだ』でしょう! そして始まるアズ君(、、、)と師匠の止まらぬ愛っ! あぁ! なんという…………筋肉しかないですねぃ? そっか! 師匠だから駄目なんです! ウォレンさん! ウォレンさんにしましょう! アズ君とウォレンさんなら良い感じのボーイズラブが生まれます! っ!? っっってぇえええええええっ!?」


 瞬間、メルキィの言葉はトゥースの拳骨に止められる。

 頭を抱えるメルキィに、アズリーが苦笑する。


「くぅうううう……痛いよぃ。んもう、師匠はアドルフ君()しでしたかねぃ?」

「もう一発いっとくか?」

「お口チャ~~ックッ!!」


 トゥースの怒りを前に、両手で口を塞ぐメルキィ。

 ようやく収まったメルキィの高いテンションには、いつも以上の理由があった。


「面倒かけさせたな」

「お前が言うか?」

「はっ、面倒臭がりな俺様だからこその言葉だと思うがな?」


 ニヤリと笑うトゥースを見て、アズリーもまたニカリと笑う。

 そして、今やトゥースでさえ目で追う事の出来ない神速の宙図(ちゅうず)を描く。


「ひゅ~~。なるほど、バケモンだ」

「傷付くぞ? ほい、ストアルーム」

「そんな柔じゃねぇだろ」


 アズリーが描いたストアルーム。

 その中から、アズリーが何か(、、)を取り出す。

 その何かは、物ではなかった。

 直後、メルキィが口から手を放す。


「ガ、ガスパー……」


 意識のないガスパーと、懐かしき顔にうれし涙を浮かべ、顔を綻ばせるメルキィ。

 アズリーは、魔王ルシファーの懐を穿ちながら天高く舞った。

 しかし、それには理由があったのだ。

 作戦上、皆の前でルシファーを倒さなければならなかったアズリー。

 ルシファーの体内にいるガスパーを取り出す事に反対する者もいるかもしれない。レオン以上の重要人物であるからこそ、皆の前でガスパーを摘出出来なかった。

 だからこそアズリーは、肉眼で捉えられない程、空高くへ向かう必要があった。

 そこでルシファーを倒すと共に、ガスパーを摘出し、素早くストアルームに彼を入れる。

 人知れずアズリーはこれを行っていた。トゥースはそれをアズリーから聞き、メルキィに伝えた。

 時刻が深夜なのは、人目を忍ぶ必要があったから。

 トゥースとメルキィは、宴会への参加を断り、アズリーの訪問を待った。

 全てはガスパーという存在を、ここで受け取るためだった。


「全てが円満……って訳にもいかないからな」

「ま、これがバレたら大事(おおごと)だし、しゃあねぇだろ」


 アズリーの言葉に、ガスパーを担いだトゥースが同意を示す。

 すると、メルキィが足下に空間転移魔法陣(テレポーテーション)を描く。

 それは、この場を去り極東の荒野へ戻るという意味だった。

 アズリーとトゥースは見合うも、口を開く事はなかった。

 ただ、メルキィの空間転移魔法陣に乗った時、トゥースが呟くように言ったのだ。


「たまに顔見せな。茶くらいなら出してやる」


 消えていくトゥースの背中を見ながら、アズリーは目を丸くさせていた。

 それは、メルキィもまた同じだった。

 しかし、アズリーよりもメルキィの方が回復は早かった。


「いやぁ、今の一言には正直驚いたねぃ」

「あぁ……」

「やっぱりアズ君と師匠の……いや、ないか」

未来永劫(みたいえいごう)ねぇよ」

「なはははははっ!」


 大きく笑ったメルキィが空間転移魔法陣に乗る。

 そして、アズリーを指差しながら言った。


「さらばだ弟弟子(おとうとでし)よ! アズ君がどんなに強くなろうとも! 私の弟弟子なのを忘れないでちょうだいねぃ!! そう! 私は世界最強の姉弟子なの――ぁ」


 と、言葉の途中で消えていったメルキィ。

 消失する空間転移魔法陣から霧散する魔力を見ながら、アズリーは苦笑しながら零す。


「茶って……あの雑草詰め込んだ水の事か? ははは」


 そう微笑んだ後、アズリーは鼻息をすんと吐く。

 そして、アズリーもまた、先のメルキィと同じように、足下に魔法陣を描いた。

 魔法陣に乗り、トウエッドから消えるアズリーの身体。

 向かう先は――。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「本当にやるつもりか?」

『勿論です』

『いくら止めても無駄なんでしょ……?』

『えぇ、貴方に私を止める事は出来ません……フェリス(、、、、)さん』

「やはり、私には(、、、)止められないという事か」

『今度ばかりはそう言っても無駄です。師匠にバレないように進めていた計画ですから』

『もう、言い出したら止まらないのは誰よ……チキンのがまだマシじゃないっ』

『悪いとは思ってますよ』

『またそれ?』

『だからお願いしています。二人に見届けて欲しいと』

「仕方ない……のだろうな」

『……そうね』


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 誰もいない荒れ果てた大地。かつては繁栄した土地も、今は見る影もない。

 史上類を見ない最大の戦争を終えて丸一日。

 王都レガリア城跡の深夜はしんと静まりかえっていた。

 そんな中、不穏な魔力が漂う。

 脆弱ながらも、不気味な闇色の魔力がある一ヶ所に集中している。

 そこは、勇者アズリーと魔王ルシファーが決着をつけた場所。

 漂い集うだけだった魔力は、やがて違う動きを見せる。

 魔力は……人のような輪郭を成し、色を帯びていく。

 形成された人の身体は、男のもので、肌は人間のものだった。

 しかし、纏う魔力だけは、どす黒く……悪魔的だった。

 地べたを這いずるように動き出したソレは、次第に肩を大きく上下させた。

 それが呼吸とわかるようになったのは、男の顔に口が形成されてからだった。


「っ! ぜぇぜぇぜぇっ……! くっ! こ、ここは……っ!?」


 周囲を見渡す裸体の男。

 そして気付く。全てが終わった後の戦場だと。

 だからこそ男は……高らかに笑った。


「ふ、ふ、ふは! ふはははははははっ!! 余は(、、)! 余は再び舞い戻ったぞアズリーッ!!」


 あり得ないはずの――――魔王ルシファーの復活。

 男の姿は人間のまま。悪魔化しているという様子もない。

 その人間の姿は、ルシファーでもガスパーでもなかった。


「アズリー……あの化け物めっ! ……がしかし、寿命がないのは悪魔も同じ。悠久の愚者(エターナルフール)……時間さえ掛ければ、余ならば、必ずモノに出来るはず……! 今はいい。せいぜい束の間の平和を楽しむがいい。しかし、世界は必ず余の手に渡る! 覚えていろ……! 覚えていろ、アズリー……っ!!」


 喜々として笑みを浮かべるルシファー。

 だが、その笑いは、長くは続かなかった。この場にいたのは、ルシファーだけではなかったのだ。


「「ほい、十角結界(、、、、)」」

「ぐぉおっ!?」


 十角結界の魔術により、一瞬で拘束されるルシファーの身体。

 結界の数は――二つ。

 身体の自由がきかず、一切の挙動を許されぬルシファー。

 仰向けに倒れ苦痛の表情を見せるが、その視界に映ったモノは、ルシファーに新たなる恐怖を刻み込んだ。

 見開かれるルシファーの視界には闇の大空。

 しかし、ルシファーを見下ろす無数の闇。

 その闇の全てが、レガリア城跡に着地する。闇は……(うずくま)るルシファーをただ冷たい目で見ていた。


「し……紫死鳥……っ!?」


 そう、ルシファーが見たのは千を超える紫死鳥。

 直後、自分に向かって来る足音に気付くルシファー。


「これはこれは、驚きましたね」


 ルシファーが見上げるは黒き帝王。


「まさかシュトッフェル様のお姿とは……」


 男の外見は、正に元六法士である無の化面(かめん)シュトッフェルのものだった。


「いや、ですがそういう事なのでしょう。ねぇ?」


 黒帝ウォレンが振り返りながら目を向けた相手は、ルシファーでも、紫死鳥でもなかった。

 ウォレンはここに一人で来た。

 千の紫死鳥を連れて来られるのは、もう一人の男。

 勇者アズリーの息子であり、天獣ポチの息子であるチャッピーの後ろから見えたのは、十角結界を発動したもう一人の男だった。


代替する命(ライフオルタナティブ)とでも言うべきでしょうか。取り込んだ人間の命を自分のモノにする。何とも恐ろしい魔技ですよ、まったく」


 ルシファーが見上げる……もう一人の黒帝。

 歩み寄るは、黒帝ブライト。

 その姿は、アズリーが過去出会ったブライトのままだった。


「初めまして……と、言うべきでしょうか。ご先祖様?」

「初めまして……と、言うべきでしょうね。ウォレンさん」


 魔王ルシファーの前で初めてかわす――黒帝同士の挨拶。

 その挨拶は非常に簡素なものだった。

 何故ならここは魔王の前。

 双黒(そうこく)の帝王は、すぐにルシファーに視線を戻したのだ。

 次の瞬間、ルシファーの身体が大きく震え出す。

 それは、二者が見せる絶対零度の冷たい視線がそうさせたのだった。


「思った通り、シュトッフェル様を取り込んでいましたね。ガスパーをアズリー君が摘出した後、魔王ルシファーの体内に残った命は、あの方だけ……なるほど、魔王なりの保険(、、)といったところでしょう」


 ウォレンが眼鏡を上げ、ブライトに言った。


「呆れた魔王……いえ、本当に用心深い魔王ですよ。しかし驚きました。あなたがここにいるとは」

「それはこちらの台詞ですよ。がしかし、これで良かったのかもしれません」


 ブライトにそう答えたウォレンは、一歩引きブライトに何か(、、)を譲った。

 ウォレンから譲り受けたソレ。ブライトがウォレンに目礼をした後、真っ直ぐルシファーの前に向かい、眼前に立った。

 ルシファーが見上げるブライトは、まるでゴミでも見るかのようにルシファーを見ていた。


「……悪魔は殺しても死なない。いえ、正確には一度死にます。しかし、魔王の胎動期が始まった段階で、どうしても殺したはずの悪魔が復活してしまう。私は長年これを研究していました。ですが、その循環だけは世界の法則のようなもの。太陽が沈み、また昇るような決して変える事の出来ない(ことわり)と知りました。だから……私はこの魔法だけに……悪魔ではなく、悪魔個体の消失に注力する事にした」

「な、何だ……それは……?」

「そんなに心配する事はありません。これは、ただ悪魔を魂ごと燃やし尽くすだけの魔法。たとえ胎動期であろうとも、魔王が復活しようとも、絶対に生き返る事のない……完全なる消失魔法です」

「そんなもの……そ、存在するはずがない……っ!」

「大丈夫です。悪魔を倒した後発生し、飛散する微量の魔力。これが原因だという事はわかっています。理論上、この魔法が失敗する確率は……(ぜろ)です」


 笑顔を浮かべ言い切ったブライトの指が、静かに動き始める。

 それは、黒帝ウォレンでさえも目を奪われるような非常に繊細な宙図(ちゅうず)だった。

 その魔法公式に伸ばされる一本一本の魔力線を、ルシファーは震えながら見る事しか出来なかった。死の宣告の如きブライトの指の動きを止める事は、アズリーに負け、シュトッフェルという身体を使っている魔力の乏しいルシファーには出来ない。

 だからこそ、魔王ルシファーは最後のあがきを見せた。


「余が……! たとえ余が死んだところで、また五千年もすれば世界は闇に覆われる!! 悪魔を甘く見るなっ!! アズリーが生きていようと生きていまいと関係ないっ!! 必ず! 必ず悪魔は、魔王は復活し、アズリーを、人間を滅ぼす!! ク、クカ、クカカカカカカカカカカッ!!!!」

「「――それはあり得ません」」

「っ!?」


 二人の黒帝に言い切られた瞬間、魔王ルシファーの言葉はピタリと止まる。


「ですが」


 ブライトが、


「あなたが知るべき事ではない」


 ウォレンが、


「だから」

「安心して」

「「()け」」


 黒帝たちの言葉の意味を、今後ルシファーが知る事はない。

 何故なら、魔王ルシファーという存在には、今後などないのだから。この時、この場を以て……完全に消失するのだから。


「ほいのほいのほい……メギド(、、、)


 それは、非常に小さき炎だった。

 ゆらゆらとルシファーに向かう握り拳大のソレは、ルシファーの身体にぶつかると同時、


「お……おぉ……余の…………余の身体が……っ!?」


 静かに、しかし確かに……魔王の身体と魂を燃やしていく。

 決して大きくない焚き火のような小さな火は、レガリア城跡に小さく灯り、そして消えていく。


「余の…………――――っ」



 後に残ったのは……ルシファーの身体に付着していた瓦礫や土埃の――消し炭(、、、)だけ。

 満足というよりやり切ったという表情を浮かべたブライトへ、後ろにいたウォレンから称賛の言葉が届く。


「お見事でした」

「……ありがとうございます」

「しかし気になります。そのお姿は?」


 ウォレンは、ブライトの姿について聞いた。

 本来であれば、ブライトはチャッピーが首から掛けているキーペンダントの中にいるはず。

 しかし、肉体を持った状態で現れたとなれば、ウォレンも疑問を持たざるを得ない。

 ブライトは少しだけ考え込んだ後、何も言わずにウォレンの前を横切り、チャッピーの方へ向かった。そして、向かいながらウォレンに言ったのだ。


「確かに、あなたであればいいかもしれません」

「ほぉ?」


 ウォレンがブライトの後を歩きながら追う。


「いえ、あなただからこそなのかもしれませんね……っ!?」

「終わった?」


 チャッピーの奥から聞こえてきた、肉声(、、)。それは、チャッピーの声ではなかった。

 ブライトは驚きでそれを迎える他なかった。何故なら、いないはずの女が、瓦礫の上で座って待っていたのだから。


「フェリスさんっ!?」

「何驚いてるのよ?」

「だ、だって……その姿……っ?」


 フェリスもまた、アズリーと別れた時のままの姿だった。

 しかし、ブライトの驚きはその姿についてのものではなかった。

 ブライトの驚きの表情から、次第に悲しみに変わっていく表情から、追いついたウォレンが全てを悟る。


「……そういう事ですか。魂の解放状態、肉体顕現という異常……その身体でいられる時間。そう長くはありませんね?」


 ブライトが答える事はない。

 ただ、フェリスの姿を見て、辛そうに震えるばかりである。

 だからこそフェリスが言った。


「入ったのも一緒なら、出るのも一緒じゃなきゃ駄目よ。ブライト君」

「一度結晶から出たら……消えて…………消えてしまうんですよ! この世界から!」

「五千年以上生きれば十分でしょう?」


 舌を出し、からかうように言ったフェリスに、ブライトの顔が歪む。


「何で……何で言う事聞いてくれないんですか……あなたは……!」

「ブライト君の言う事、一々聞いてたら私じゃないでしょう」

「それは言えてるな」

「黙っててください、チャッピーッ!」

「ここで黙ったら私じゃないぞ?」


 そう言い張るチャッピーに、フェリスがくすりと笑う。


「だってさ。残念ねブライト君。この世にはどうしようも出来ない事が沢山あるって事っ♪」


 少しだけ嬉しそうに言いながら、フェリスがウィンクする。


「ふっ」


 そんなフェリスを微笑んで見るチャッピー。

 ブライトは、この二人の顔を見る。フェリスを見、チャッピーを見る。何度も、何度も。

 そして、遂に観念した様子で、ブライトは肩から力を抜く。

 脱力、ではない。チャッピーとフェリスに、毒気を抜かれてしまったのだ。


「まったく……ほんと、どうしようもない人たちですよ」


 ブライトの呆れた声に、フェリスとチャッピーが見合って笑う。

 そして、ブライトはフェリスに近付いた。

 それは、この世に生きる者と、そうでない者の線引きのように。

 チャッピーとウォレン、そしてブライトとフェリス。残る者と消えゆく者。

 最早(もはや)、戻る事の出来ぬ二人の身体。静かに消え始める二人の身体。

 透けていくブライトの身体とフェリスの身体。

 互いに、起きうるべくして起きた異常。これから消えるであろう二人の顔に後悔はない。

 ここには、この場には彼等の意思を継ぐ者たちがいるから。


「ウォレンさん、師匠に伝えて頂けますか?」

「何でしょう?」

「お世話になりました、と……」

「これはまた、悲しいお言葉ですね」

「いいんです。師匠には……ずっと、ずっと…………迷惑ばかり掛けてきましたから」

「出来れば、直接伝えてあげて欲しいものですが?」

「ははは、それは勘弁してください」


 苦笑するブライトと、微笑むウォレン。


「チキン、ちゃんと他の子たちの世話するのよ」

「善処しよう」

「ホント、生意気なんだから」

「フェリスは父上に何かないのか?」

「嫌よ! だって恥ずかしいじゃないっ!」

「ではそう伝えよう」

「そうじゃないわよっ! まったくっ」


 その状況下、ブライトがウォレンに言った。


「流石、姉上の子孫です。正直、魔王のあの魔技を見破れるのは僕だけだと思ってました。そんな子孫を持って、僕は誇りに思います」


 二人の消失は間もなく。


「それでは――」

「――おや? 私は気付きませんでしたよ?」

「……へ?」


 ブライトの間抜け顔も……間もなく。


「私をここへ送り込めたのはただ一人。ガスパーを摘出し、魔王の魔技の発動。その変化に気付けた存在――」


 直後、チャッピーが笑う。


「――だから言っただろう、ブライト? 『もう少し父上を信用しろ』と」

「「……へ?」」


 次の瞬間、残る者と消えゆく者の線引きなど最初からなかったかのように、その間へ下り立つ――愚か者。


「いやぁ参った参った! 人買い、人攫いときて、まさか墓荒らし(、、、、)になるとはねっ!!」

「「っ!?」」


 ブライトとフェリス。二人の驚きをよそに、チャッピーが叫ぶ。


「フェリスが『嫌よ! だって恥ずかしいじゃないっ!』だって!」


 腹を抱えて笑うウォレンと、首を傾げる愚者。

 間抜け顔のブライト、フェリスと……誇らしげな顔をしたチャッピー。

 愚者は、アズリーは見る。二人の状態を。

 ブライトとフェリスは見る。アズリーの双肩に乗る遺体(、、)を。


「おし、ギリギリ間に合ったな」


 直後、発動するアズリーの究極限界(アルティリミット)

 これにより、飛散しながらも二人の身体を保っていた魔力が、強制的にその身に閉じ込められる。

 アズリーは消え去る二人の身体を、強引に魔力で押しとどめたのだ。

 ウォレンにもチャッピーにも出来ない、絶大な魔力を身に宿すアズリーだからこそ出来る荒業(あらわざ)

 ポカンとした顔をする事しか出来ない二人の眼下に、二人の遺体が置かれる。

 その遺体は正に、ブライトとフェリスのものだった。


「土汚れは落とす暇なかったからな。許してくれ、よっと」

「な……何で……?」


 ようやく絞り出したブライトの声。


「ん? チャッピーに二人を埋めた場所を聞いて、時空転移魔法タイムテレポーテーションを使って、墓を暴いて、二人を担いで、時空転移魔法タイムテレポーテーションを使って、ここまで、持ってきたっ!」


 親指を立て、ニカリと笑うアズリー。

 だが、二人は記憶にないのだ。アズリーがチャッピーに墓の場所を聞いたという記憶が。

 何故なら、ブライトとフェリスは……常にチャッピーと行動を共にしていたのだから。

 何が何だかわからない様子の二人は、チャッピーを見るしかなかった。


「何だ? 言っただろう。『私には』と?」

「そ、そういう意味じゃないわよ!」

「そうです! これは、これは一体……?」

「ん~……ん~……あぁ! そういう事か? ブライト、お前はいつもどこか抜けている」


 首を横に振り、呆れた溜め息を吐くチャッピーが、更に言葉を続ける。


念話連絡(、、、、)という魔術を知らないのか?」


 (ひそ)かに動いていたアズリーとチャッピー。

 ウォレンは、アズリーに頼まれてここへやって来ただけ。

 ブライトたちがいつ消えるかわからなかったため、弱体化していた魔王ルシファーを止める役目を……アズリーがウォレンに頼んでいただけ。

 だからこそウォレンは、早々に退散を選ぶ。空間転移魔法陣(テレポーテーション)を設置しながらアズリーに言ったのだ。


「アズリー君。ご先祖様からの伝言です」

「あっ!? ちょ――」


 ブライトの制止の声は、ウォレンには届かない。

 たとえ黒帝だろうと、黒帝は止められないのだ。


「『お世話になりました』と」


 直後、チャッピーが高らかに笑う。

 顔を真っ赤にさせるブライトを見て。


「何言ってるんですかウォレンさん。それは(、、、)こっちの台詞ですよ(、、、、、、、、、)

「おや? これは予想外です」

「こっちはブライトやフェリスに……ずっと、ずっと…………迷惑ばかり掛けてきましたから」

「「っ!!」」


 はにかんで笑うアズリーを見た時、ウォレンがくすりと笑った。

 そして二人は――――。


「流石師弟関係。とてもよく似てらっしゃいます」


 微笑んで言ったウォレンが、空間転移魔法で消えていく。


「ですが、師弟関係を結んだという事は、どんなに距離が近くなろうと、師弟関係。(すなわ)ち、お友達にはなれないという事です。その場所だけは、たとえご先祖様であろうと……譲れませんから」


 そう言い残しながら、ウォレンはトウエッドへと帰って行った。

 ウォレンの言葉を、アズリーは首を傾げながら聞いていた。

 ウォレンの言葉を、二人は涙しながら聞いていた。

 師の優しき言葉と、大いなる存在感を――その耳で聞き、その身体で知ってしまったから。


 ウォレンと同様、チャッピーももうこの場にはいなかった。

 彼は紫死鳥たちを連れ、大空へと飛び立っていたのだ。

 大きく顔を歪ませ、くしゃくしゃになった二人の表情に、アズリーは思わず笑ってしまう。


「ははは……ほんと、あの時と(おんな)じみたいだな」


 過去、別れを決意した三人が、今再び。


「でも、ちゃんと生きなくちゃな。最後までちゃんと……楽しまなくちゃな」


 アズリーは小さき二人の身体を抱き、二人の耳元でそう言った。

 肉体と魂が一緒になるまでの間、二人はずっと、泣き止む事はなかった。

 そんな二人の精神状態が起こした奇跡。

 そしてそれは二人にとっては奇跡などではなく、珍事(、、)と言えた。


「何、これ?」

「師匠、何かやりました?」

「いや、俺じゃないよ。肉体より魂だった時間の方が圧倒的に長かったから、それ(、、)で定着しちゃって、肉体が魂に寄ったんだろ? いいじゃないか、若くて(、、、)


 アズリーは、ブライトとフェリスの魂を肉体に戻した。

 しかし、ブライトとフェリスの姿は……(こども)のままだった。


「いや、そういう問題じゃないですよ! どうしてくれるんですか、これっ!?」

「いやいや、だから俺のせいじゃないって! 五千年間、魂でいたらそりゃそうなるって!」

「いやいやいや! 魂だけになった時はこの身体じゃありませんでしたからっ!!」

「いやいやいやいや! ルシファー倒すために出てきた魂がそれじゃ、どう考えてもそうなっちまうって!!」

「いやいやいやいやいや! どういう理屈ですかそれ!? あの姿で出たのは、魔力消費を出来るだけ抑えるためですからっ!!」

「ん? じゃあ何でフェリスは子供の姿で結晶から出たんだ?」


 アズリーの言葉により、ブライトがピタリと止まる。


「そういえばそうですね? それに、フェリスさんは何で怒らないんでしょう?」


 と、言ったブライトが、アズリーが、フェリスに目を向ける。


「いいじゃないいいじゃない! 十代前半のモチ肌、最高じゃないっ!」


 喜々としながら自身の頬をプニプニと触るフェリス。

 そう、フェリスが結晶から表に出る時、形成した子供の姿。

 それは、魔力消費を抑えるためでも、ブライトに合わせた訳でもなかった。

 あったのは、尽きることのない……女の欲望。


「控えめに言って……超最高だわっ!!」


 グッと拳を握ったフェリスが高らかに叫ぶ。

 そんなフェリスに……アズリーも、当然ブライトも――――


「「ははははは……」」


 ――――乾いた笑いしか出て来なかった。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― 戦魔暦九十六年 九月八日 ――


 トウエッドの首都エッドに訪れる朝日。

 銀の屋敷に住むアズリーの瞼に、陽光が照らされる。


「熱い……目が焼けるようだ……」


 そう言いながらアズリーは渋々と目を開ける。

 戦魔国には四季があり、このトウエッドもそれは同じである。

 九月の前半。まだまだ暑いトウエッドの強い日差しは、たとえ世界最強の男が相手でも、変わる事はなかった。

 上体を起こしたアズリーは、ボサボサの頭を掻きながら、背後で寝息を立てるポチに向かって振り返る。


「なんてふてぶてしい顔だ……」


 幸せそうに眠るポチを背に、アズリーはベッドから立ち上がった。

 廊下に出て、洗面所に向かうアズリーの横を、子供たちが通って行く。


「おはようアズリー!」

「アズリー、おはよー!」

「おうおはよー」


 洗面所に着くと、そこでは精一杯背伸びしながら手拭いで顔を拭くタラヲと、その(あるじ)であるティファがいた。

 タラヲ同様に手拭いで顔を拭いていたティファは、突然現れたアズリーに驚き、間の抜けた声を出す。


「ひゃっ?」

「ひゅっ?」

「ひょ?」


 ティファの声に驚いたタラヲと、歯ブラシを口に入れたアズリーの単純な疑問。

 手拭いで顔を隠したティファは、そのまま目元だけをアズリーに見せ、背中を見せないようジリジリと洗面所から離れて行く。

 遂には走って消えてしまったティファを見た、アズリーとタラヲ。

 二人は互いに見合い、互いに首を傾げたのだった。


「女子が洗面所使ってたら、普通入らねぇだろ?」


 洗面所の出入り口から顔を覗かせそう言ったのはブルーツ。

 しかし、ブルーツの普通は、アズリーの普通ではなかった。


「そういうものなのか?」

「我輩にもわからぬ」


 そう、タラヲの普通でもなかった。

 ブルーツが苦笑してると、その後ろからベティーがやって来る。


「あづ~~~っ……もう、太陽なんか滅べばいいのよっ」


 洗面所の水に手拭いを(ひた)し、絞ったソレで身体を拭き始めるベティー。

 顔、腕、腋、腹、ついには胸を拭き始めようとするベティーを、ブルーツが止める。


「男子の前で普通ソレはねぇだろっ!」

「あぁん? いいのよ別に減るもんじゃなしっ! あ、アズリー。この樽の中、氷お願い」

「ほい、氷柱一角」


 ベティーに言われるがまま、アズリーは水を張った樽にサイズ調整された氷を落とす。


「やったやったっ♪ こおり~♪ こ・お・り~っ!」


 樽の中の水の温度に納得がいかなかったベティーは、冷えた水を桶で(すく)い、再び手拭いを浸す。

 そしてそれで首元を拭くと、ベティーの口から異音が響く。


「あ゛ぁあああああ~~~~~……」


 どこから出たかわからぬ程のベティーのおっさん声に、タラヲが驚愕する。


「ま、正しく銀虎だな。なんとも恐ろしい威嚇よ……!」

「きんもちぃいいいいいいっ~♪」


 そんなベティーの歓喜の声が響く中、洗面所にはブレイザーがやってきた。


「む、いっぱいのようだな。後にするか」


 屋敷とはいえ、洗面所にタラヲ含む四人もいては、流石にスペースがない。


「我輩がもう終わった」

「俺も出るよ」


 ブレイザーに洗面所を譲るように、タラヲとアズリーが廊下に出る。

 廊下から食堂に向かうアズリーとタラヲが話す。


「なぁ、タラヲ? ブレイザーはベティーがいるのに、洗面所に入って来たよな?」

「ベティーは女子ではない。()だ」

「そっか」


 タラヲの言葉に、妙に納得してしまったアズリーだった。

 食堂に着いたアズリーは、せっせと支度をする春華(はるはな)を見て顔を綻ばせる。

 そしてそれはタラヲも同じだった。


「おぉ、今日は春華かー」

「ふははははっ! 食事は期待できそうだな、アズリーよっ!」

「あ、アズリーさん、タラヲさん。おはようございんす」

「おはよう、春華」

「ふっ、ティファに怒られないために言おう! おはようと!」


 三人が朝の挨拶する中、春華の背後から食器を持ってくるのは、この空間に合わない人間。


「あ、おはようございます。アズリーさん、タラヲさん」

「凄いな。古代の聖帝(、、、、、)が食器運んでる……」

「アズリー……さん?」

「あぁ、いや。何でもない。おはよう、レオン」

「ふっ、ティファに怒られないために、今一度言おう! おはようと!」

「今日はたっぷり食べておかないと駄目ですからね。座って待っててください!」


 と、レオンが言うも、調理場の方からイツキの声が届く。


「あ、アズリーさん! ちょうどいいところに! ボイルの魔法ください!」

「はいよー」

「ふはははは! 我輩の煉獄ブレスを使うか、イツキッ!?」

「いらないっすー」

「はーい。お座りしてまーす」


 調理場に向かうアズリーと、皆の邪魔にならないように食堂の隅でお座りをするタラヲ。

 着々と朝食の準備が進められ、化粧をしてきたティファも、スッキリした顔のベティーもやって来る。


「「皆さんおはようございまーす」」


 リナとフユもやってきて、徐々に席が埋まっていく。


「準備出来た、フユ?」

「はい。もうバッチリです!」


 気合いを込めるように小さな拳を握って見せるフユに、リナがくすりと笑う。


「おはよう」


 そんなリナの隣に腰を下ろしたのはリーリアだった。


「「おはようございます」」


 リナとフユの挨拶に頷いて応えるリーリア。


「リーリアさんは準備出来ました?」

「ん? 準備? 何の?」


 フユと同じ質問を投げかけたリナだったが、相手が悪かったようだ。


「あれ?」


 するとフユがリナに耳打ちする。


「多分、リーリアさんは必要ないと思います。それが日常みたいな感じで」

「あぁ、そっか」


 フユの言葉に納得したリナだったが、リーリアは首を傾げたまま、納得する事が出来なかった。

 その会話の合間にやって来たマナが、リーリアの隣に座る。


「おはようリーリア、準備出来た?」

「だから何の準備なの?」


 と言うリーリアに苦笑するリナとフユ。そして、フユがまたマナに耳打ちしに行く。

 今度はリーリアも耳を寄せ、その内容を聞く。


「何だ、その件(、、、)ね」


 リーリアが得心した様子で言う。

 そんな四人の会話の後、アドルフとリードが話しながら食堂にやって来た。


「――にしても多過ぎだろ、あの荷物の量は」

「えぇ? そうですか? 用心には用心を重ねないといけませんよ?」

「いいんだよ。最悪アズリーのストアルームに入れちまえばいいんだから」

「最近リードさん駄目人間じゃないです?」

「ぐぉ!? まさかアドルフにそんな事言われるとは思わなかったぜ!?」


 ムッとしたリードがアドルフに言うも、アドルフは全く気にしていない様子だ。


「ぐぬぬぬぬぬっ……!」


 リードが言葉に詰まる。

 直後、リードの背中に衝撃が走る。


「よっ、駄目人間っ!」


 言いながら、バシンとリードの背中を叩いたのはブルーツ。


「くぉ!?」


 身を(よじ)らせ、背中の痛みに抗おうとするリード。


「ブルーツ! てめぇ! っ!?」


 リードの怒りもそこまでだった。その背には不穏な気配があったからだ。

 振り返ったリードが見たのは、歴戦の戦士の(かお)


「精進が足りないそうだな、リード?」

「……お、長ぁ……」

「何でも魔法に頼るのは感心しないな」

「あ、え、あ……はい」


 大きな身体を小さくするリードの横を、くすりと笑って通るレイナとナツ。


「あれー? ポチさんは?」


 ナツが皆に聞く。

 そんなナツの声に反応し、調理場からアズリーの声が届く。


「まだ寝てるー! どうせ食事の匂いで起きるだろー!」

「ふーん。あ、ブレイザー! レイナ、ブレイザーのとこ行こ!」


 レイナの手を引くナツが、ブレイザーが座る席に向かう。

 微笑みながらそれを見るレイナ。しかし、そんなレイナも、二人に対し疑問に思っている事があるのだ。


(仲がいいのは昔からですけど、ナツさんはブレイザーさんの事どう思ってるのでしょうか? 親子? 恋人? 愛人? いえ、愛人はないですね。あれでしょうか? 友達以上恋人未満兼親子寄り……といったところでしょうか。何にしても、この二人の今後には目が離せませんね……!)


 ブレイザーの隣に座ったナツの隣に、ブツブツ言いながら座るレイナ。

 ブレイザーとナツは、それを不思議そうに見るのだった。


「アンタさ、結局何の準備もしてなかったの? あり得なくないっ?」


 そんな声が廊下から届く。

 それがイデアの声だと皆はすぐに気付いた。


「いや、だってさ……悩んでたら朝になっちまってよ……」

「て事は寝てないんじゃないのっ! バカじゃないの!?」


 ミドルスに対して、呆れと怒りを露わにしてるイデアが食堂の座布団に腰掛ける。


「いや……そこはその、ポチビタンデッドでなんとか……みたいな?」

「駄目男じゃないの!」

「あ、はい。すみません」


 イデアの隣に腰掛けたミドルスもまた、リードと同じように身を縮こまらせる。

 二人のやりとりを見て、ブルーツが大きく笑う。


「カカカカカッ! 駄目人間と駄目男がいるのか、チーム銀にはっ!」


 リードとミドルスに対してそう言うブルーツ。

 普段であれば言い返さない二人だが、今回ばかりは違った。


「ブルーツだって大概だろ」

「えぇ、先輩としてどうかと思います」


 リードとミドルスの思わぬ反撃に、ベティーが大笑いする。


「アハハハハハッ! やっぱりそうよねっ? 後輩に借金(、、)しちゃまずいわよね~? おほほほほほほほっ!」

「ぐっ!? しょ、しょうがねぇだろうがっ! それにお前等だって楽しそうに呑んでたじゃねぇかっ!?」

「人の金で呑む酒は最高に美味いのよっ! 知らなかったぁ?」


 ブルーツが失った全財産。一番使ったのはやはりポチとベティーだった。

 それによりブルーツは、後輩であるミドルスとリードに金を借りる事になったのだ。


「くそ……アズリーが貸してくれりゃ、ここまで大事(おおごと)にならなかったのに……!」


 悔しがるブルーツの隣に、アズリーが座る。


「何せ、うちには大食らいがいるからな。貸せる程金はない。それに、これからはもっと大変だしな」

「まぁな~……」


 腕を組み溜め息を吐くように言ったブルーツの後ろから、声が聞こえて来る。


「いいじゃないですか。仕事は見つかった(、、、、、、、、)んですから」

「んぉ?」


 ブルーツが声の主の方へ振り向く。

 そこにいたのはブライトとフェリスだった。


「おはようございます、皆さん」


 ブライトの挨拶に皆が反応し、


「おはよう」


 強気なフェリスの挨拶に、皆がぎこちなく反応する。

 フェリスのつんとした態度は、いつまで経っても直らない様子である。


「にしてもなぁ……不安があるなぁ」


 先のブライトの言葉を返すブルーツに、アズリーが苦笑する。


「大丈夫ですよ、来年にはブルーツさんは億万長者です」

「……ひ、人は()らねぇぞ」

「僕の顔にそういう依頼内容が書いてあったと?」

「いや……オーラ?」

「それは一体どういう意味でしょう?」


 ずいとブルーツに肉薄するブライトだったが、それを引っ張って止めたのはフェリスだった。


「ブライト君、こっちこっち」

「あ、ちょっと! フェリスさんっ!?」


 引き摺られるように、フェリスに空いてる席へ連れて行かれるブライト。

 着席したブライトにアズリーが聞く。


「あれ? チャッピーはどうしたんだ、ブライト?」

「チャッピーならポチさんの部屋を覗いてますよ。あれじゃまるでストーカーです」

「ふ~ん、まぁ『いただきます』で来るだろう。ポチも、チャッピーもな」

「それには同感です」


 アズリーの言葉に同意を見せたブライト。

 その直後、ドタドタと廊下が鳴る。


「あー、ブライトだー! 私この席ー!」

「じゃあ俺はフェリスちゃんの隣ー!」

「「………………」」


 子供たちに囲まれる黒帝ブライトとフェリス。

 これを見たアズリーが、彼等から顔を背けながらクスクスと笑う。


「師匠……恨みますよ」

「協力するわ、ブライト君」


 そんな子供たちの中には、ララの姿もあった。

 (ざる)を頭に乗せて登場したララは、鋭敏な動きで皆の前に残像を残していく。


「採れたてキュウリー! はい! はい! はい! はい! はい!」


 ララの手により、新鮮なキュウリが皆の皿の上に置かれる。

 大人側は、ツァルが二つの頭に器用に笊を乗せ配っている。


「「ふむ、ここで引き返すか」」


 ツァルは、アズリーが笊からキュウリを取った瞬間、反対側に身体をひねる。


「うぉい!? 何で俺にだけないんだよっ!」


 アズリーの隣に座っていたのは、ブルーツ。


「「皆に買う自由と売る自由があるように、あげる自由とあげない自由もあるのだよ、ブルーツ君」」

「てめぇ……いつか蒲焼(かばや)きにして食ってやる……!」

「「アズリー殿、もう一本どうかね?」」

「いただきます。ほいブルーツ、やるよ」


 最早(もはや)これがいつものやり取りなのか、アズリーは手に入れたキュウリをブルーツに譲る。


「いつもありがとうな、アズリー。アイツ、頭が二つあるから、蒲焼きにしたら一つやるよ」

「いや、農林大臣(、、、、)には逆らえないから」


 そんな二人のやりとりに、皆がくすりと笑う。

 そして、春華がブルーツの隣に座り、その隣にイツキが座ったところで、いつもの朝食が始まる。


「それじゃ今日はレオンさん、お願いしますー」


 イツキの仕切りでレオンが指名される。

 それは、神への祈り。


「ジョルノさん、いつもありがとうございます。これからも、我々を見守っていてください……」


 皆は笑いながらジョルノに祈り、レオンの言葉を待った。


「神に感謝を、ジョルノに感謝を。いただきます!」

「「いただきまーす!!」」


 皆の食前の挨拶が揃い、銀の屋敷中に響く。

 直後、アズリーの隣を風が横切る。


「「おはようございます! いただきます!! おかわりっ!!」」


 ポチとチャッピーが超速で駆け付けた朝の食卓。

 誰も驚く事のない、いつもの食卓。


「いつも言ってるだろー。自分でよそえー」

「はい父上! さ、母上! 行きましょう!」

「マスター! 何で起こしてくれなかったんですかっ!?」

「食前だとお前五月蠅(うるさ)いんだもん」

「そんな事ありません! 私は優雅に静かな朝食とアフタヌーンティーを楽しめる乙女ですよ!?」

「おかわり!」

「んぁ!? チャッピー! 母親より先におかわりするなんてあり得ませんっ!」

「おかわり!」

「私! チャッピーをそんな子に育てた覚えありませんよ!」

「一年くらいしか育ててないしな」

「ムァスターッ! マスターがしっかりしてないからですよ!」

「おかわり!」

「ひゃぁああああああっ!? このままじゃチャッピーのせいで餓死しちゃいますー!?」

「まだ十分残ってるから大丈夫だろ」

「そうなんですか!? 今日は食い溜めしなくちゃいけないので、心配してたんです! さ、マスター! おかわりです!」

「いや、自分でよそえって!」


 そんなやり取りも最早日常。

 皆は二人を見ながら、笑いながら、楽しみながら賑やかな朝食を過ごす。

 いつものように、チャッピーとリーリアの大食い競争が始まり、勝者はリーリアで終わる。

 ポチが余裕でそれを見つつも、リーリアの闘志が消える事はない。

 フェリスの強引なスプーン運び(あーん)により、ブライトの口が塞がる。

 それを見た春華がブルーツと席を変わってアズリーにスプーンを向ける。

 これを、許すまじと立ち上がるリナとフユとティファ、そして満腹リーリア。

 アズリーは早々に食事を済ませ、逃げるように自室へ向かってしまう。

 不満を露わにする女たちに、ブルーツとベティーがニタニタと笑う。

 食後に呑むコーヒーやお茶の余韻を皆が楽しんでいる頃、銀の屋敷に来客がある。

 気配を察知して扉を開けたララが、その人物を見上げる。


「おや? 出来れば『アズリーくーん、あーそびましょー!』というやつをやってみたかったのですが、気付かれてしまいましたか」

「おー、ウォレン! そろそろか!?」

「えぇ、『お迎えに上がりました』と、皆さんにお伝えください」


 微笑むウォレンがララにそう言うと、ララが屋敷の奥へ消えていく。


「時間だどー!」


 ウォレンがアズリーや銀、ブライトたちを迎えに来たのには理由がある。

 それは、今日が九月八日という日だったから。

 この日は魔王ルシファーを倒して丁度一週間目。

 そして、この日はレオンがトウエッドに滞在出来る最後の日なのだ。

 だからこそ皆はこの日に、準備をしていたのだ。

 旅立ちの準備(、、、、、、)を。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 エッドの南門前広場には、無数の人だかりが出来ていた。

 そこにはアイリーンやガストン。薫や潤子もやって来ていた。

 当然、オルネルやジャンヌ、解放軍(レジスタンス)の面々、旧十二士たち、天獣たちもそこにいた。

 アズリーたち一行が巨大な空間転移魔法陣の前で、皆と挨拶をかわす。


「まさか立国(、、)しようとするとはね。考えもしなかったわ」

「ブライトからそれを聞いた時は耳を疑ったぞ」


 アイリーンとガストンが、アズリーに言った。


「正直、俺もです」


 肩を落とすアズリーの後ろから、二人の黒帝がやって来る。


「「仕方がありません。これ以外に次代の魔王復活を止める方法はありませんから」」


 一言一句違う事なく二人の声が揃う。


(最近、気持ち悪いくらいに似てきたよな、コイツら……)


 アズリーが悪寒を感じながら、アイリーンとガストンは苦笑しながら、ウォレンとブライトの言葉を受け取った。


「事実上、聖帝レオンをトップとした素晴らしい国が出来ます。必ず」

「我々はその下に甘んじましょう。むしろ、それくらいの方がやり甲斐があるというものです」


 ブライトとウォレンの言葉に、アズリーが深い溜め息を吐く。


「事実上……ね」

「それじゃあ本当のトップは傀儡王(かいらいおう)ってやつかい?」


 薫、そして潤子の質問。


「いえ、勿論操ったりなんかしません。いるだけで十分ですから」

「ネームバリューは十分」

「何か、どこかで聞いた事あるぞそれ?」


 アズリーがウォレンに聞くと、


「まぁ、今回は本当にお飾りですから」


 満面の笑みで返されてしまう。

 再び深い溜め息を吐くアズリーに、皆が大きな笑いを見せる。


「……はぁ〜。戦魔国を、よろしくお願いします」

「誰に言ってんのよ」

「老人をもっと労るべきだろう?」

「ははははは、笑える」


 笑いを演じ、アイリーンとガストンをからかうように言ったアズリー。

 しかし、二人が怒る事は無かった。

 旅立ちに怒りは似合わない。そう判断したのか、二人はすんと鼻息を吐いて、アズリーの横顔を見守った。


「「さぁ、行きましょう――魔王陛下(、、、、)」」


 愚者の称号の力を逆手にとった、アズリーへ称号付与。

 何でも出来る愚者の称号。何にでもなれる愚者の称号の力を使い、アズリーの称号に魔王を加える。

 これにより、世界には常時魔王が存在する事となる。

 世界の理すらも騙すという双黒帝の妙案を、アズリーは受け入れたくなかった。

 しかし、受け入れるしかなかった。

 何故なら彼は――。


「父上! さぁ行きましょう!」

「アズリーさん! 出発しますよー!」


 チャッピーとリナの声がアズリーに届く。

 そして、歩き始めたアズリーを強引に引っ張るような、耳慣れた声が届くのだ。


「神魔の実が待ってるんです! ほら! 行きますよマスター! あ、間違えました! 魔王様~っ!」


 ニタニタと笑いながらアズリーをからかうのは、その使い魔ポチ。


「おま! 今わざと言っただろ!?」

「わざと言わないと称号が消えちゃうかもしれないでしょう!」

「そんな意識しないと言えないのか!?」

「だってしょうがないじゃないですか! マ……マ、マスターが魔王……とか! ぷっ、あはははははははははっ!!」

「ちょっと待てこの野郎!!」

「野郎じゃないですー! 乙女ですー!!」

「朝だけで米百合食うヤツのどこが乙女だ、犬ッコロっ!!」

「むかっ! レディーには優しくしないと駄目なんですよ! 馬鹿マスターっ!!」

「きぃいいいいいっ!! 結局ソレじゃねぇか!!」

「馬鹿マスターはいつまで経っても馬鹿マスターなんですー!!」

「くっ! 俺はなっ! 俺はなぁっ!!」


 何故なら彼は――悠久の愚者なのだから。


「賢者になりたいんだよぉおおおおっ!!」

終盤になって恒例化したQ&A



Q:アズリーの尻触ったの誰?


A:春華かもしれないし、名も知れぬ女魔法士かもしれないし、男かもしれない。ダンカンという線もある。




Q:メルキィ戦争の最初いなかったっけ?


A:今章だと「◆449 クリートとイディア」で初登場。



Q:「私には」?


A:「◆303 チャッピー仮面」でガストン生存の匂い撒き散らしといた。



Q:レオンが国外追放なの納得いかない。


A:国としては物凄い譲歩です。これがポチスタンプの限界値だと思ってください。



Q:「何です?」

「ウォレン見なかった?」

「ん? あ~……そういえば見ないですね?」

「まったく、この大事な時にどこに行ったのかしら……」


このシーンの時、アズリーはウォレンの行き先、知ってて嘘ついたの?


A:アズリーは嘘つきです。



Q:どこのどの神の使いがジョルノなんだよ!?


A:時代の違いはあるけど大体ジョルノです。過去の時代の神は「◆234 聖戦士ポーア」で『見事』って言ってたシーンのみ。



Q:その後ポチが「神の使いの声」みたいな事言ってたぞ?


A:だからジョルノが声を擬態させてた。旧神に寄せてた。



Q:チップ一万ゴルドってどれくらい?


A:円換算なら、約ひゃくまんえん。



Q:メギド?


A:「ハルマゲドン」の聖地という説があります。メギド山(Har-Megiddo)はハルマゲドンの語源。

で、ハルマゲドンは最後の戦争だったり、世界の終わりを示す言葉です。なので、全てを消し去るという意味を込めて、その名前を魔法名に採用しました。



Q:消し炭?


A:「◇251 優雅に……」で最後にブライト君が言ってるでしょう。



Q:ブライトがルシファー倒すの納得いかない。


A:師匠の次は弟子ですよ。



Q:シュトッフェル死んどるやないけ!


A:まじごめん、シュトッフェル。



Q:チャッピーって念話連絡の魔術使えたの?


A:アズリーから連絡してます。



Q:ベティーって虎だったの?


A:虎です。



Q:レオンのアズリーへの呼称、最初「アズリー殿」なのに後半「アズリーさん」だよね。何で?


A:一週間で心の距離が変わった。尚、その話を書く予定はない。



Q:魔王? 勇者は?


A:魔王アズリー爆誕により、今後魔王は復活しない。悪魔も来ない。勇者は必要ない。魔王アズリーがいれば問題ない。



Q:アズリーが病気で死んだらどうすんの?


A:その問題は解決していない……!






◇◆◇ 真面目な後書き ◆◇◆


今回の大団円を以て、

『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ‬』は終幕となります。


この後、エピローグ(その後の話)と、戦魔暦九月一日から九月八日までのエピソードを入れたいと思ってます。

私がこの話を投稿した段階で、エピローグの募集を締め切りました。

以降、感想欄の「気になる点」に要望を頂いても書けませんのでご了承ください。



回収出来なかった伏線が一つあります。

「◇074 我輩はガルムである」でタラヲを捨てた魔法士。

その後の「◇079 続・入学試験」で、タラヲがオルネルを見て、『すると途中青い髪の男に出会った。見れば前に私を捨てた主に似ていたが、どうやら別人のようだ』と言ってます。

タラヲを捨てた魔法士、実は「オルネルのお兄さん」という設定があったのですが、回収出来ませんでした。無理でした。すみません。




ここが最終話です。

可能な限りパッピーエンドになったとは思います。エピローグに続くとはいっても、どれだけ埋められるかわかりません。

色々な方から要望がきてますが、全てを叶える事はやはり難しいと思います。

でも、私が書きたい事は書けたので、自己満足は出来ております。完璧です。


ただ、読者の皆様にちゃんと届けられたかはわからないので、是非、読後の感想など頂ければ幸いです。

ブックマーク、評価、感想、書籍購入どれも嬉しいです。最後が一番嬉しいです!

あ、ツイッター(@hihumi_monokaki ‬)もやってますので、感想をこちらに送って頂くのも嬉しいですからね。


百七十万文字を超える壮大なストーリーでした。とても大変でした。読者様に見えない苦労が沢山あり、何度も苛立ち、何度も泣きました。‬

でも、なんとか書き切りました。感無量です。


それだけで作者は満足であります。‬

作家なんてそんなもんです。‬


皆さまにこの『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ‬』がどう届いたのかはわかりません。でも、届け切る事が出来て私としては非常に嬉しいという感想しかありません。‬


漫画も三巻出ました。九月に四巻が出ます。‬

小説も十二巻出ました。小説の十巻超えは本当にビックリです。‬


出版社、編集、イラスト担当の武藤先生、漫画担当の荒木先生。色んな方面の方々からの応援と、読者の方々の応援に支えてもらいました。‬


本当にありがとうございます。‬



しばらく休みたいところですが、そうも言ってられないので、頑張ってエピローグ書きます。‬


今後、これ以上の作品を書けるように頑張ります!!‬

でも、きっとつまづくから、その時はアズリー読んで元気出して書きます!‬


声優業も頑張ります!!‬


応援よろしくお願いします!!!‬



皆さま、エピローグでお会いしましょう!!‬



ではでは!!!‬



壱弐参(ひふみ)



追伸:後書きだけで2000文字超えちまった。

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― 新着の感想 ―
自分的には魔王に関わるイベントやガバを除けばかなり面白い作品でした。アズリーがまさかの戦士タイプと言う設定も上手かったと思います。  スケールはかなりのモノなのに魔王が小物過ぎるしその割には強過ぎる…
えがった。漫画版から適当に入ってきたけどえがった。話を広げすぎて最終的に失踪、もしくは強制的に畳むような作者もいる中、最後まで書いてくれてえがった。個人的に、読んでる途中、こいつはどっちかって言うとハ…
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