◆463 奇智
未だ、十二士たちは、魔王ルシファーの魔力の呪縛から解放されていなかった。
ただ、解放されたとしても、その場で動ける者は誰一人としていなかった。
これはやはり、悠久の愚者アズリーの消失に理由があった。いや、それ以外の何物でもなかったのだ。
「ははははは、一気に戦意が消えたな。それ程アズリーの存在が貴様らの中で大きかったと見える」
誰も口を開かない。それが十二士たちの最後の抵抗だった。
そんな沈黙も、一人の来訪者の着地音によって破られた。
衝撃の余り砕け散る瓦礫。皆は彼を見る。そう、ルシファー以外。
ルシファーだけが彼の接近を理解していた。
そして、彼だけがルシファーの高濃度の魔力の中で動けたのだ。
「ビリー……」
今にも魔王ルシファーの魔力圧に押し潰されそうなコノハが、ビリーを睨みながら言った。
そして、極東の賢者と呼ばれるトゥースが気付く。ビリーの異様な姿とその異常な魔力に。
「洒落になんねぇぞ……!」
たとえトゥースが万全の状態であろうと、悪魔のキメラとなったビリーに敵わない。そう悟ったのだ。それはリーリアも、アイリーンも、ウォレンも同じ考えだった。
ビリーは悠々と十二士の前を歩き、魔王ルシファーの前に跪く。
「魔王陛下、宿敵を倒し、目的を達せられたご様子……誠におめでとうございます」
「ほぉ? 余の部下を二人食っておいて、よくノコノコとやって来られたな、ビリー?」
魔王ルシファーの千里眼はビリーの行動全てを見抜いていた。
「ヘルエンペラーの調教にしてもそうだ。もう少し強化出来たのではないか? 何か申し開きがあるのならば聞いてやるが?」
ビリーの表情が変わる事はない。
ルシファーの言葉を涼しい顔で聞いている。
そして、ようやくビリーが口を開く。
「流石は魔王陛下。全てお見通しとは恐れ入りました」
「余を愚弄するか?」
「滅相もございません」
「では何故イディアとクリートを食った?」
ビリーが立ち上がる。
頭こそ垂れているが、その魔力は先程まで戦っていたアズリーに近いものがあった。
それは、ビリーが自身の強さを誇示しているかのようにも見えた。
「ほぉ、凄まじい魔力よ」
だが、ルシファーが驚く事はない。
驚愕していたのは十二士たちの方だった。
トゥースとリーリア、アイリーン、ウォレンは気付く。
このビリーの強化により、人類の勝利が消えたと悟ったのだ。
「ふふふふ、これは失礼しました。まだこの魔力に慣れていないものでしてな」
「御託はいい」
「イディア様とクリートを食べた理由でしたね。さて、一体何を申せばいいか。ふむ、強いてあげるのであれば……効率化、でしょうか?」
「ほぉ、効率化とな?」
「彼等の魔力を得た事で、私はここまで強くなる事が出来ました。我が使い魔だった陛下のアイ・ドールも、しっかりと体内に取り込み、有効活用させて頂いております」
「よく回る舌だ」
「では簡潔に申しましょう。中途半端な実力者よりも、向上心のある右腕を使った方が効率的です。そして私には、それに適うだけの実力がある。そうではありませんか、魔王陛下?」
ビリーの答弁は、正に悪魔的だった。
薄ら笑いを浮かべるビリーと、それをじっと見るルシファー。
「外道……!」
アイリーンはかつての友だったビリーの背中を睨みながらそう言った。
しかし、ビリーが反応する事はない。それは魔王ルシファーに許されていないからだ。
ルシファーがビリーから目を放した時、二人の間にあった問題は解決していた。
「ふっ、今にも噛みつきそうなその態度。嫌いではない」
「懐の深い寛大なお言葉、痛み入りますな」
「効率的……と言ったな?」
「はっ」
「では最初の命令だ。その身一つで、このくだらん戦を終わらせて来い。よもや、出来ぬとは言わせぬぞ?」
「これはこれは……願ってもない……っ! クク、ククククッ!!」
ビリーは悪魔の笑みを浮かべ、十二士たちに向かって振り返る。
直後、魔王ルシファーはこの場の魔力拘束を解いたのだ。
今この瞬間、十二士とビリーとの戦いが始まった合図だった。
「み、密集隊形っ!!」
アイリーンの指示により、リナ、ポチ、コノハを除く全員がトゥースとリーリアの後ろに移動した。トゥースの強固なガードは、ビリーの強烈な一撃により弾かれ、その巨体を浮き上げさせた。
「ぐぉっ!?」
宙に舞ったトゥース。その膂力を知ったリーリアが、二刀の剣を振りかぶる。リーリアの剣はビリーの右蹴りにかち上げられ、隙の出来たリーリアの腹部に、もう一方の左蹴りを放つビリー。
次の瞬間、リーリアという巨大な弾がアイリーンたちを巻き込む。
密集した隊形は一気に瓦解し、着地したビリーは嬉しそうにケタケタと笑う。
「カカカカカッ! まさかこれ程とはなっ! 何と愉快な事だ!」
すると、ビリーの笑い声が響くこの場に、もう一つの異音が紛れ込んだ。
灰虎とエッグを先頭とした、魔法・勇士兵団の精鋭たちの行軍が、ここに辿り着いたのだ。
「「ビリー!」」
エッグ、灰虎、ヴィオラ、ジャンヌが叫ぶ。
だが、その声に反応したのはビリーではなかった。
それは、魔法・勇士兵団の良き理解者であり、良き指導者であるコノハの絶叫ともよべる叫び声だった。
「来るなぁっ!!」
たとえコノハが全員を止めようと、言うことを聞ける状態ではない。
精鋭たちは気付いていた。アズリーが負けた事も、ビリーの魔力が増大した事も、人類に勝機がなくなった事も。
だが、止められるものではない。相手は彼等の宿敵ビリー。
たとえガストンの元使い魔に止められようと、止められるものではないのだ。
玉砕覚悟。駄目で元々。せめて前のめりで負けようと決意した死人のソレは、誰にも止められないのだ。
「「おぉおおおおおおおおおっ!!」」
行進ではない。
皆が皆、地獄に向かって走り始めた。
規律も、作戦も、勝機もないこの戦場で、己の全力を出すために、己の我儘を通すために、各個奮い立ち、魔王の右腕に立ち向かおうと全力で駆けたのだ。
「五月蠅い」
ビリーは、そんな彼等の決意など意に介さない様子で、ただ右腕を払って皆を吹き飛ばした。その魔力圧を耐えきって進む獣が一人。五天の天獣の一角――灰虎である。
「エアクロウッ!」
交叉して飛ぶ強烈な刃は、ビリーの魔力圧によって防がれる。
しかし、それでも灰虎はビリーとの距離を詰めた。
それは、視界の端に映る瀕死状態のポチの存在が原因だった。
この場でポチを殺される訳にはいかない。そう判断した灰虎の動きもまた、他の精鋭たちと同じ玉砕覚悟だったのだ。
「ガァアアアアッ!」
振り下ろされる鋭利な爪。
ビリーはそれを難なく受け止める。
直後ビリーの背後に迫ったのはリーリアとトゥース。
しかし、ビリーは灰虎を持ち上げ、武器のように払う事でそれを防いだ。
「ぐぉっ!?」
余りの衝撃に灰虎の前脚は粉々に折れ、灰虎の巨体を受けたリーリアとトゥースも甚大なダメージを受けた。
「か、回復と援護をっ!」
この場で一番冷静な判断を下す事が出来たのは、黒帝ウォレンだった。
その指示により、ヴィオラとジャンヌが援護に回ろうとする。
しかし、それすらもビリーの魔力波によって止められてしまう。
ビリーの動きは完璧だった。この場にいる誰を相手しても勝利する事が出来たのだ。
そして、それは数という集団力では、決して抗う事の出来ない巨大な壁とも言えた。
全員が瀕死。そんな中、ビリーを焦らせる一撃が放たれた。
「っ! くっ!?」
ビリーが睨んだ先はコノハがいるところだった。
しかし、ビリーを狙った攻撃は、当然コノハによるものではなかった。
「小娘……!」
コノハはその者の頭の上で、消え入りそうな声で言った。
震える四つ脚、血だらけの体毛、回復魔法により塞がった傷も、完治には程遠い。
それでも立ち上がり、それでも攻撃したのは愚者の使い魔――ポチだった。
「マ……は…………ま……」
ポチの声は震えている。しかし、尻尾もまだ振られている。
ポチから聞こえるか細い声は、やがて力を伴う。
「……マ、マスターは言いましたっ!! 『待ってろ』とっ!!!!」
それは、ポチが意識のない中聞いた、アズリーの言葉。
――ポチ、待ってろよ? 今、ルシファーぶっ飛ばしてくるからな……。
十二士たちも、コノハも聞いていた。
あの時、あの場のアズリーの言葉を聞き逃せるはずがなかった。
だが、それはアズリーのやせ我慢だとも気付いていた。そう、ポチ以外。
「マスターが言ったんです! 待ってろって! だから待つんです! ちゃんとわかってます! 私たちは時間を稼げばいいんです!! だって! だってマスターはっ! 魔法士だからっ!!」
古来より、魔法士の時間稼ぎを担うのは戦士の役目。
戦士は魔法士の魔法発動、魔術発動を助けるため時間を稼ぐ。
それは戦闘の常であり、戦場の常だった。
ポチは、その事を皆に伝えるために叫んだ。しかし、それを信じる事が出来る者はこの場にほとんどいなかった。
だが、いるのだ。アズリーという存在を信じる事が出来る人間が。
この場にアズリーという希望を失わない人間が。
「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」
立ち上がるはアズリーの一番弟子。残り少ない魔力で自身を回復し、混濁する意識の中から蘇った強き女。荒い息は生への渇望。見据える瞳は師から受け継いだ信念。力なき腕が振られるも、発する言葉は力強きもの。
「ほ……い…………ファ……ファイア……ランスッ!」
放たれる炎の槍はビリーに簡単に弾かれ、霧散する。
しかし、そのリナの行動により、他の十二士たちが奮い立ったのだ。
「「おぉおおおおおおおおおおおおっ!!」」
新たに集った十二士とコノハとポチ。
トゥースを起点とした基本的戦闘は、何も変わる事はない。これは、幾多の戦闘が導き出したシンプルかつ有効的な戦闘法だったから。
「ふん、小賢しいっ!」
これにポチが加わる事で、少なからずビリーの攻撃は確かに緩やかになった。
ビリーの放つ魔力障壁は魔法兵団の精鋭たち全員で防ぎ、ビリーの突進には戦士兵団の精鋭全員で防いだ。ポチ、リーリアが牽制に動き、トゥースが主な攻撃を担う。
「くっ!」
攻めあぐねたビリーは遂に究極限界状態へと移行した。
これにより、皆の全ての攻撃は無に消え、ビリーの攻撃は威となった。
魔力波で吹き飛ばされた事で、陣形は十二士とポチ、戦士兵団と魔法兵団に二分される。
「カオス・プレス!」
アズリーのグラビティスタンプを凌ぐ強力な重力場が十二士に向かって放たれる。
どう考えてもこの場で一番厄介なのは十二士側。それがビリーの判断であり、事実間違いではなかった。
「ぐっ!」
全員が押し潰されるように大地にめり込み、トゥースとポチ、リーリアは脚を突きビリーを睨む。
「やるではないか?」
魔王ルシファーが高みの見物をし、ビリーは止めの前の最後の笑みを浮かべる。
十二士側を行動不能に追い込む。先に述べた通り、それがビリーの判断であり、事実間違いではなかった。
ビリー唯一の間違い。それは魔法兵団たちの錬度にあった。
「攻撃の一! 構え!」
その声にジャンヌも、ヴィオラも、魔法兵団たちも一瞬で反応した。
「今っ!!」
「「ほい、ファイアランスッ!!」」
たった一言の指示。
無意識レベルで発動したファイアランスは、一気に悪魔ビリーに向かう。
「くっ!?」
集約された炎の槍がビリーの動きを妨害する。
ダメージこそないものの、明らかにビリーの動きは焦りに変わった。
ファイアランス・コンバージェンスを凌ぐこの攻撃を見て、重力場で苦しむリナがあの日の事を思い出す。
リナが忘れられない、忘れる事など出来るはずのない――あの、山中デートの日。
過去から帰還したアズリーとの時間。惜しむように過ごした限られた時間。
その時のアズリーとの会話を、リナは一言一句忘れたりしない。
【へぇ、それじゃあ集団魔法は足し算以上の威力があるのか】
【そうなんです。ガストンさんが言ってたんですが、実際やってみると、本当に強力でした】
【という事は、十の魔で別々の魔法や魔術を使うより、分裂発動型魔法で同じ魔法を集約した方がいいのかもな】
【そこは臨機応変じゃないですか?】
【うーん、確かにそうだなー。小さな隙を狙うならそっちの方がいいか。ここぞって時は集約。そういう事だな】
【はい、そういう事ですっ】
ビリーに向かったファイアランスの集約。
魔法兵団のレベルでも、集約されればそれは強力な武器となる。
確かに、ビリーはその威力を目の当たりにし警戒度を上げた。がしかし、それ以上に不可解な点があった。
魔法兵団は確かに動いた。
しかし、ヴィオラもジャンヌも……誰も指示していないのだ。
無意識で動いた身体。細胞レベルまでに刻み込まれたその錬度、正に珠玉。
――しかし、一体誰が?
皆も、ビリーすらもそう思い、声が、指示が聞こえた方を見る。
「やれやれ、変な掛け声が染みついてしまったな」
男は、魔法兵団の横を堂々と横切り言った。
魔法兵団も、戦士兵団も、誰もがその男を見下ろした。
そう、男は恵まれない体躯の持ち主だった。
「貴様は……っ!?」
ビリーがわなわなと震え、その男を睨む。
「糞婆、何をしている?」
男は右腕を払い、魔力波によってビリーのカオス・プレスを吹き飛ばした。
解放されたアイリーンの瞳は、男の背中を追うヴィオラの瞳は、ジャンヌの瞳は、リナの瞳は、オルネルの瞳は、コノハの瞳は、その男に囚われたまま動く事はなかった。
「皆の者、戦いはまだ終わっていない」
静かで通る男の声は、魔法兵団全員の瞳から、何よりコノハの瞳から大粒の涙を流させた。
小さき背中、しかし誰もが慕う憧れの大きな背中。
掲げる右腕と、今は無き左腕。
「構えろビリー」
男は――敬愛と信頼を込めて、今も昔もこう呼ばれている。
「ここで決着だ」
――――焔の大魔法士と。
説明は後だ!! 今は、この時を喜べ!!!!
さぁ! さぁさぁさぁ!!
☆KO☆KO☆KA☆RA☆DA☆




