425 違和感
―― 戦魔暦 九十六年 八月十日 午後十時 ――
銀の屋敷。
俺は目を覚ましてから、風呂に入り、ブルーツから奇異の視線を向けられた後、屋敷の広間に向かった。まさかこんなに日が進んでいるとは思わなかった。
魔法教室の広間よりかは狭いが、それでも数十人、いや百人が集まって話しても問題無い程の広さはある。そこでは、イデアとミドルス、そしてレイナが大の字になって倒れていたのだ。気は失っていない。意識はあるのだが、非常に疲弊しているように見える。
「……何やってるの?」
質問した俺に、イデアとミドルスは強い視線を向けた。
あのレイナでさえ頬をぷくりとしながら俺を見るのだ。そう、恨めしそうに。
「俺……もしかして何か悪い事した?」
この数日の記憶がない以上、俺はこう聞く他なかったのだ。
「ったく、何でコイツがアレを一人で出来るんだよ……」
それがミドルスの最初の言葉だった。
はて、アレとは一体何の事なのか。俺には到底理解出来ない事だった。
「私たちは一つも出来なかったねぇ~……」
目を細めてイデアが俺を見る。
「私、とても疲れました……」
レイナもかなり疲れている。そういえばこの三人の魔力がほとんどない。
これでは疲れて当然だ。日常生活レベルの魔力もなければ、体力の回復も助けない。
何故ギヴィンマジックを使わないのか。そう思いはしたが、あの規則正しいの権化とも言えるレイナでさえ大の字で寝転がっているのだ。それだけ疲れているという事だろう。
「ほい、ギヴィンマジック・カウント3&リモートコントロール」
魔力の台に設置したギヴィンマジックを、三人の下に運ぶ。
その間も、三人は俺を見ていた。いや、これは違う。
見ているのは……俺の手元?
「……ま、この宙図速度なら仕方ねぇか」
「途中までしか追えなかったよ。私ゃ」
「私なんて最初から何やってるのかわかりませんでした……」
なるほど、見ていたのは俺の宙図速度か。
しかし何故今になって俺の宙図速度を見る必要がある?
これまでどれだけ見せてきたかわからないくらいなのに。
そして、イデアとミドルスはわかるが、ここにレイナが加わるといよいよわからなくなってくる。何故この三人が? 同じ銀ではあるが、異色とも言えなくもない。
……ん? 宙図? 魔法? ……いや、魔法士か。
だが――ふむ、やはり同じ銀の魔法士であるナツはいない。遠くの魔法教室の方にあるな。
「一体何があったんだ?」
「選考会よ」
俺の質問にはイデアが答えた。
だが、それ以上の説明が返ってこなかったのだ。
「え、何の選考会?」
「お前ぇの魔法の選考会だよ」
ミドルスの言葉は、余計に俺を混乱させた。
しかし、俺の魔法? だから魔法士たちがこんなに疲れているのか。しかし、これだけ疲弊する程の選考会とは一体?
「じゃあナツは……?」
「エッド中の魔法士を集めて、アズリーさんの魔法の選考会をしたんです。ナツは相性がいいみたいで、まだ頑張っていま……すぅ……すぅ……すぅ」
凄い、レイナが喋りながら意識を失った。
とても気持ちよさそうなのでいいのだが、それを追うようにイデアとミドルスも眠ってしまった。むぅ、とても気になるな。
疲れて眠ってしまった者を起こす気には流石になれないので、俺は三人に毛布を掛け、静かに襖を閉めた。
すると、背中にトンという小さな衝撃が響いた。
「お、また香水変えた? 春華?」
仄かに香ってきた薔薇の匂いが鼻腔をくすぐる。
背中に当たるこの優しい感覚は覚えがある。というか、ここ最近しょっちゅうである。
「あい、起きられたのでありんすね。アズリーさん」
春華のスキンシップは最近ビックリする程積極的である。
今も背中に頭をコツンと当ててきたくらいだ。とても春華ファンには見せられない光景だろう。
この春華は……そう。まるで、懐き始めた時のポチのようだ。
あぁ、思えば悠久の雫を飲む前のポチは可愛かった。キャンキャンと喚き、俺の研究資料を破ったり、インクを零したり、迷惑を……あれ? 迷惑しか掛けてないぞ、アイツ?
「アズリー……さん?」
「あ、いや、何でもないよ。……ん? さっきブルーツが戻って来たって言ってたけど、まだそんな格好なの?」
春華は屋敷に帰って来たら着替える。それはほとんどの戦士や魔法士がそうなのだが、この屋敷の中にしては明らかな重装備。刀すら持っているのだ。
「いいえ。これからまた出掛けるんでありんす」
「ぇ? 今からっ?」
先程帰ってきたばかりでまた出掛けるとは、これいかに?
「あい。魔法教室の警護の任がありんす」
「この時間に?」
「エッド中の戦士が、あの魔法教室を警護していんす」
……また魔法教室。
つまり、選考と称してエッド中の魔法士を集め、警護と称してエッド中の戦士を集めている。
一体今、魔法教室では何が起きてるっていうんだ?
そう考えていると、春華がまるで俺の瞳の裏側でも覗くかのようにじーっと見つめてきた。
「……あの、春華? 顔、近くない?」
そんな俺の言葉など意に介していない様子の春華。
「もしかしてアズリーさん、また記憶が?」
まぁ、過去に何度かあるし、春華はそういう事に敏感だからな。流石に気付くか。
「あぁ、ちょっとな。ここ数日の事まったく覚えてないんだよ」
「まぁ……」
すると、春華は細い人差し指を顎先に当て、子猫が鳴いてるかのような声で「う~ん……」と何かを考えていた。
「どうしたの?」
俺の問いに、春華はすぐに答えてくれた。
「であれば――アズリーさん、これから魔法教室に一緒に行きんしょう」
「あ、確かにそうだね。ずっと気になってたんだ」
「玄関でブルーツさんとポチさんが待っていんす。ささ、行きんしょうっ♪」
声を弾ませながら、春華は俺の右手を両手で引いた。
その手はとても柔らかく、とても温かい。掴まれているのにくすぐったい。身体の中でそんな変化を感じた。
たったこれだけの事で心を変えるとは……うーむ、かなり成長しているな。春華のヤツ。
春華の美には、少なからず魔力があるのではないか? そう思ってしまう程だ。
しかし、玄関? 何だ、この違和感は?
「あ、マスター! マスターも一緒に行くんですか!?」
「何でお前は嬉しそうなんだ?」
「とーぜんです! 春華さんが手を引いてきたんですよ! マスターとそのお財布を!」
おのれ、やはり俺の財布が目当てか。
まぁ、ウォレンやアイリーンからポチのケアも頼まれてるからな。好きに食わせてやるけどな。
……他者の使い魔をそれだけ気遣うという異常。これも魔王の時代故なのだろう。ポチはこちら側の最高戦力の一角と言っていい。それだけにポチの状態も常に完璧でなければならない。解放軍がポチにストレスを与えるなと言うのは当然わかる。
がしかし、俺の財布は有限であると声を高らかに叫びたい。ほんと。まじで。
今度ウォレンに相談してみようかな?
「準備出来たか? 行くぞ~」
ブルーツの声に、俺たち三人が反応する。
「おう!」
「出発ですー!」
「ふふふ、あ~い♪」
さて、魔法教室で一体何が起きているのか。
あの三人の魔法士があれだけ疲弊し、魔法教室で感じる魔力は徐々に少なくなっている。
そしてこの夜更けに戦士すらも動員させる異常性。
俺はエッドの南区にある魔法教室の方を見ながら、何故か商業区の方へ向かって歩き始めた。
「っておい!? 何でこっちなんだ!? 魔法教室はあっちだろ!?」
「今から飯だ、飯!」
「なんのためのマスターですか!?」
「魔法教室なら空間転移魔法で行けるではありんせんかえ?」
春華の指摘により、俺は玄関から外に出た違和感に納得した。
くそ、盲点だった!
明日、『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』第12巻発売です!
宜しくお願いします!
次回:「426 アジトの幽霊」をお楽しみに!




