041 金策と愚者の教師
「正攻法……春華さん、普通この世界を抜け出すにはどうしたら良いんですか?」
「身請けという仕組みがありんす」
「身請け……」
「身を請け負う。つまり逆に買っちまえばいいって事だな」
「……お冬、お夏。酒が切れたぇ、取ってきなんし」
「あい」
「あーい」
春華はそう指示すると二人が部屋を出て行くのを見送った。そして、より小さな声で話を続けた。
「禿ならば買った時の金額の二倍支払えば買う事が出来んす。けんどあちきはその年の稼ぎ、その二倍の金額が必要なんでありんす。それに、親父様も許してくれるかどうか……」
「ここの楼主については問題ねぇよ。……で、どうよアズリー? なんか妙案はないもんかね?」
「そうですね……ある程度の資本金があればもしかしたら……いや、少し時間をください。色々考えてみますよ」
「おぉそうか! 悪いが宜しく頼むわ」
ブルーツのはにかんだ笑顔等見たくはないが、不思議といい表情だった。いや、いい男という感じだな。生死の狭間を日常としている人間が、他の人の事を気に掛ける事が出来る。俺も見習わなくてはいけないな。
堅い話を終えた後、俺達は楽しく酒を酌み交わした。春華の歌に、戻って来たお冬とお夏が踊って合わせた。支払い以上に人を楽しませる芸の素晴らしさを実感した一時だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 翌日、魔法大学に併設されている喫茶店 ――
魔法大学には飲食が出来る施設が複数設置されている。利用者は居残りで小腹が空いた生徒や、寮生が息抜きをする時に利用されている。
現在俺とポチは、研究の空き時間を利用してここへ来ている。
「という訳でな? ……ってなんだよその顔は?」
まるで汚物を見るかのようなポチの目が、俺の体にジトッとへばりついている。
「こ、子供を買うですって……? わ、私はマスターがそんな人だと思いませんでしたよ! マスターはアレですね! 世俗に塗れて堕落してしまったんですね!」
「おい、お前の脳内は色食街に行ったって話のところで止まってるだろ! ちゃんと話聞けよ!」
「マスターが」
「あぁ」
「子供を」
「そこでもう違うわ。色食街で仕方なく働いてる若者たちをなんとかしたいって話だよ」
「簡単ですよ。人を避難させた後、焼き払って更地にしちゃいましょう」
なんて前衛的な発想だ。恐ろし過ぎて一瞬固まってしまったぞ。
「随分と思いきった作戦だが却下だ」
「何のお話ししてるんですかアズリーさん?」
「おぉリナ、昨日は凄かったなー! あの後クラスの皆に囲まれちゃって話が出来なかったのは残念だったけど、親善試合の本戦進出おめでとう」
「あ、ありがとうございますっ」
リナがこじんまりと頭を下げる。
昨晩はあの一件があったから魔術で話すって訳にもいかなかったし、リナも疲れていただろうし仕方がないだろう。
「よかったら座ってお茶でも飲んでいったら?」
「よかったら座ってどうしようもないマスターの相手をしていってください」
「はい、よろこんで!」
どちらに対する返事なのだろう? 聞いておきたいが、聞いたら聞いたでまたポチにバカにされそうだ。
リナは店員にお茶を注文すると俺の隣の席に腰を下ろした。そう、正面にはポチが椅子の上に器用にお座りしているからだ。
「えっと、それで……何のお話しをしてたんですか?」
「マスターが子供を買うって話です」
「おい、人聞き悪い言い方はやめろや。見ろ、リナの目が点になっちまったじゃないか」
「でもそういう事でしょう? 子供を買って、その子供を未来溢れる職や生活にさせるって目的があるんでしょう?」
ふむ、ポチにしてはちゃんとしたフォローだ。というかこいつしっかり話を聞いてたみたいだな。ボケも大分人間染みてきて反応に困るな。
「どういう事ですか?」と尋ねるリナに、俺は今回の一件についてリナに話してみた。するとリナはまるで何かを懐かしむみたいに微笑みだした。
「ん、どうしたんだ?」
「えへへ、何かフォールタウンでアズリーさんがしてくれた事を思い出してました……」
化粧はしていても、やはり笑顔を見せると、あどけなさがちらりと見える。むぅ、いかんいかん……妖艶を思わせるディネイアみたくはなって欲しくないものだ。この境目は今でしか目に出来ないから貴重といえば貴重だろう。
「リナはどう思う?」
「んー……イデアさんにそういった世界がある事は聞いていましたが、いざ身近に感じてしまうとなんとかしてあげたい……いえ、なんとかしたい……が正解ですね」
「んー、どうするかなー……」
「いいんですよ、先生?」
「ん?」
「アズリー先生はアズリー先生のやりたいようにやればいいんだと思います。……だって、今までもそうだったでしょ? それにアズリー先生が間違った事なんてないですもんっ」
「…………」
いつもこの子には驚かされる。
自分の中にある正解を探さず、外から正解をもってくる。俺が間違ってなかったのはリナの前でだけで、昔は間違いだらけだった。結果から示される正解は全てが正解とはいえない。
だがリナは信頼という言葉をその結果の中に乗せて俺に正解を提示してくれてるような気がする。
「アズリー……さん?」
いつの間にか俯いていた俺の顔を小首を傾げたリナが覗き込む。なんと無邪気な表情だろう。無邪気の代名詞のポチが歪んで見える程だ。
「……そっか……そうだよな」
「昔は間違ってばっかでしたよ、この人?」
台無しだよ。
「ちゃんとしたやり方で助けられるならやってみるべきですよね。私もお手伝いしますっ」
「確かにどこかへ連れて逃げてしまうよりも現状は正当な取引をした方が良いですよね」
「そうだな、恨まれたくないし失敗した時のリスクが高すぎる」
「問題は」
「やっぱり」
「「お金」」
仕方ない。頼りたくはないが大先生に聞いてみるか。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
―― 翌日、大先生のお部屋 ――
「大金を稼ぐ方法?」
「えぇ、ランクAの冒険者より短時間で効率的に手に入れる方法。何かご存知ないですかね?」
アイリーン大先生ならば何か良い手を講じてくれそうなんだが……はてさて。
「……そんなものがあれば私が知りたい位だけど、具体的な数字としては?」
「1000万ゴルド程の資金が欲しいですね」
「1000万っ!? 冗談でしょ、私でも二年かけて稼ぐわよっ」
「先生の二年を俺にください!」
「な、ちょ、え……っと、どういう事よ?」
何故頬が赤くなったんだろう?
とりあえずまだ計画段階なので話しても問題ないだろう。俺はアイリーンに今回の件について詳しく話してみた。
「アズリー……アナタ、学生が寮から出てはいけないって決まりを破るだけならまだしも、そんな所に行ってたの?」
「不可抗力ですよ。で、どうでしょうか?」
「私は反対よ」
思わぬ意見が返ってきた。
「それまたどうしてですか?」
「大きな声では言えないけど色食街の売上は、このベイラネーアの貴重な資金源になっているわ。街があの一帯に税金をかけているからね。一人二人ならまだしも、ここまでの改善をアズリーが求めるなら、たとえ正攻法であっても少なからず問題が起きるわ。労働者の枯渇、街の収益低下、この理由から発生する両者からの糾弾。それにその考え、一時的なものなの?」
「……というと?」
「恒久的に続けられない計画なら一人二人助けるのと同義だと思うわ。それにアズリーの体だって……い、いや、なんでもないわっ」
返す余地もないな。正論だ。
簡単に考え過ぎていたかもしれないな。けど――
「……あきらめてない顔をしているわね……」
「アイリーンさんより小さな子が望まぬ未来を歩むんですよ? 本人たちの意思とは無関係に目の前に現れる無慈悲な欲望は、見過ごせませんよ」
「私は好きでこんな身体なんじゃないのっ……はぁ、まったく……」
アイリーンが大きく息を吐く。額に指を当てて困っている様子だ。
なんだかんだで真剣に考えてくれてるみたいだ。
「……アズリーがそれ程の大金を手に出来る方法は、私が思い付く限りで二つ」
「おぉっ!」
「まず一つ、アズリーの膨大な知識……魔術の提供よ」
「あー……」
「国の魔術研究所……いえ、そこでなくても、この魔法大学に提供、協力してくれるのならば、それだけのお金を動かす事が出来るわ。そしてもう一つは――」
「もう一つは?」
「あまり勧められないけれど、危険地帯での希少素材の収集かしら」
「おぉ、確かにそれはお金になりそうですね」
「もし冒険者ギルドが募集をしたならば達成難度Sの危険なものになるわ。来月の親善試合に出場予定のアズリーが出向くのは、教師として……いえ、白の派閥として許可出来ないわ」
達成難度S……ランクAのパーティで行っても死を覚悟しなくちゃならないレベルだな。
確かに俺が死んだら元も子も無い。そして俺はまだまだ死にたくない。
「安易な考えはやめて親善試合でしっかりアピールしてスポンサーでも付けた方が懸命だと思うわよ? あの試合には大きな商会の長や貴族も観に来るからね。卒業後の進路の確約なんかをすれば多少のお金は入ってくるわよ?」
「それじゃあ遅いんですよねぇ……」
「昨日今日知った事で遅いってどうなのかしら?」
「自分の事を棚に上げた冷静な判断ですよ。でも、ありがとうございました。おかげで少しだけ光が見えてきましたよ」
俺はそう言ってアイリーンの部屋を出た。
何をするべきか。何をすればお金が手に入るか……それをちゃんと提示してくれたアイリーンには本当に感謝だ。今度何かプレゼントしよう。
魔術の提供か、どう考えてもそれは御免蒙りたい。ただ魔術公式を提供するだけならば考えてもいいが、絶対にそれだけでは済まないからだ。モルモットのような生活をしてたんじゃそれこそ春華やお冬やお夏を救う事は出来ない。
ならばどうするか……――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「…………これは何?」
翌日、俺はまたも魔法大学のアイリーンの部屋を訪れた。
俺が渡した紙を見ながらプルプル震えていらっしゃるご様子だ。
「空間転移魔法の公式を競売にかけようと思いまして。是非、六法士であるアイリーンさんにお墨付きのサインを頂ければと」
俺の爽やかな笑顔とは反対に、アイリーンの額に青筋が入る。すごい、初めて見たかもしれない。
「短絡的にも程があるわよ! 確かにアナタにはその権利があるけれど、正式な手続きをして国に貢献すれば、一時の大金よりもっとお金を手に入れられるし、地位や名誉だって思いのままになるのよ!? 正直愚かとしか言えないわよ!」
アイリーンは勢いよく椅子から立ち上がり、小言では括れない理性の効いた罵倒を放った。今回ばかりは少々自覚があったので耳を塞ぐ事はしなかった。
正面からそれを受け止めた俺をしばらく見つめると、アイリーンは椅子にふわりと腰を下ろした。
「……はぁ、空間転移魔法に関しては穏便に話を進めたいって言っておいたはずよ? いえ、それを踏まえてのこうしている事はわかるわ。でも何で空間転移魔法なの? アズリーが発明した魔法や技術はもっとあるでしょう? これ程じゃないにしてもそのいくつかを売ればかなりの金額を手にする事が出来たはずよ?」
「予め国に提供すると決めていた魔法ですからね。なら他を出す必要はないでしょう? 他の魔法なんてほとんどが趣味ですしね」
「……意志は固いみたいね」
「頑固は取り柄の一つです♪」
「まったく……。でも、そうなるとこの《匿名》ってのは駄目よ。魔法提供者がどこの誰かちゃんとわからないと、こういった競売自体が成立しないの。たとえ私がそれを保証したとしても無理。これはルールだから」
おっと、やはりそうなのか。予め考えておいてよかったな。
「ではアイリーン先生、取引しませんか?」
「……嫌な笑顔ね。どうせ悪い事でも企んでいるんでしょう?」
「そんなそんな、先生にも悪くない話ですよ?」
「話だけ聞くわ。答えはそれからよ」
「結構です」




