◆409 高みの位置
「ぐぉっ!?」
魔王ルシファーの左頬を、貫くように放たれたアズリーの右拳。
己が身に起こった不可解を解決する術は、ルシファーに無かった。必然的に選ばれた反撃の選択。
しかし、やはりそこにアズリーの姿は無かった。
反撃の蹴り足をかわし、縫うように現れたアズリーの身体。
無防備なルシファーの腹部に鈍痛が伝う。
「……ガッハッ!?」
「届いたぞ……この拳!」
「ガァアアアアアアアアアアアアッ!!」
咄嗟に放たれたルシファーの頭突き。
アズリーは後方に跳んでそれをかわす。
「ぐぅううう……余に、一体何をしたっ!?」
「誰が教えるかよ!」
瞬間、ルシファーはアズリーの変化を見た。
そして背中に現れる悪寒と衝撃に、全神経を集中させた。
衝撃の瞬間、前方に跳び、ルシファーは背に放たれたアズリーの拳の威力を緩和させる。
「くそ、浅いか!」
再び、悔しがるアズリーの口元に注視するルシファー。
直後、上空から魔力の波を察知し、いきなり現れたアズリーによる頭部への攻撃を、両手で受けるルシファー。
「「くっ!」」
ルシファーは衝撃に、アズリーは攻撃の失敗に悔む。
ついにルシファーはアズリーの腕を掴み、その身体の拘束を図った。
しかし、それでもアズリーはルシファーの包囲網から逃れ、再び背後へと回る。
後手に回りながらも、ルシファーは裏拳を振り向きざまに放ち、その攻撃と衝突させて受け止めた。
すると、徐々にルシファーの表情が驚きから変わっていく。アズリーを明確な敵と見定めた。魔王ルシファーの本気の表情に。
超至近距離での異変。確かに掴んだはずのアズリーの腕。そして――――
「――――見たぞ。そして確かに聞いた」
「っ!?」
反対に、アズリーがギョッとした表情をし、すぐにまた警戒を敷く。
「貴様が消える瞬間、確かに口元が動いた。余は、確かに貴様の腕を掴んだ――それでも貴様は消えた。が、その時も口元が動いた。そして聞いた……確かに余の鼓膜を揺らした」
アズリーの変化の謎を、自分が攻撃を受けた謎を紐解いていく。
「……そう…………忘れていた。貴様は今――究極限界状態だったな。くくくくく……!!」
ルシファーの声は確かに笑っていた。しかし、その目は、その魔力は、些かも笑いになど色を染めていなかったのだ。
「……レガ……テレポ……」
「くっ!!」
「確かに余の耳はそう聞いた」
ルシファーは一度空を仰ぎ、そして今度は俯く。
「――そうか、ついに貴様は達したか」
直後、アズリーに向けられた鋭い視線は、強烈な殺気と忿怒を伴っていた。
「瞬間転移魔法。レガテレポーテーション……余ですらなしえなかった魔の頂とも呼べる超魔法。そうか、貴様は達したのだな……」
「だ、だから何だっ!?」
「いや、余ともあろう存在が取り乱してしまったな。そうかそうか……」
魔王ルシファーの、不気味な独り言。
その確かな隙を、今の状態のアズリーが見逃すはずもなかった。
アズリーは再び瞬間転移魔法を発動し、ルシファーの視線の真裏。完全な死角へと移動した。
――――だが、
「っ!?!?」
アズリーの前に現れるルシファーの後頭部。幾多の攻防の末、ボロボロになったアズリーの拳は、未だ強大な魔力を秘め、そこに向かって振り下ろされようとしていた。
だが、アズリーの脅威は正面にいる魔王ルシファーではなく、自身の背後から現れた。背に寒気を感じ、脱出用の瞬間転移魔法を発動したアズリーは、ルシファーから離れた場所へ転移し、着地した。
転移後、アズリーがその目に捉えたのは、自分がいた場所。即ちルシファーの背後の地面に、天から降ったであろう炎の槍が、幾槍も突き刺さっていたのだ。
「っ!? ファイアランス・コンバージェンス……?」
収束した炎の槍が、ファイアランス・コンバージェンスだと理解するのに、そう時間はかからなかった。
アズリーの頭に理解が追いつかなかった点はただ一つ。
「流石だな。まぁ、一つの魔法で貴様を葬れるとは思っていない」
(発動が……早過ぎる!)
そう、アズリーの不可解はそこにあった。
「魔法や魔術を発動する上で、一番厄介な事は何だと思う?」
唐突なルシファーの質問。
「…………魔法完成から発動までの時間」
この質問の中に、自分が求める答えがある。アズリーはそう確信し、ルシファーへ答えた。
「左様。魔法は完成した段階で発動するものではない。完成後から発動までの時間――それが非常に厄介だ。これには調整が必要だ。感覚を養うにも、各々の魔法が発動するまでの時間は極僅かであるが、差異がある。だからこそ、古より、魔法士はある方法を使い克服した」
「……術者の肉声による、魔法名の読み上げ」
「術者が発動魔法名を述べる事で、魔法発動時間の均一を図る。魔法士にとっての基本。これにより些細な差異を訓練で覚える必要がなくなる。まぁ、この時代にはそれすらも知らぬ無能な魔法士もいるようだがな」
(確かに、今の魔法大学の教え方では、発動の読み上げが当たり前。魔法公式内に術者の肉声による発動条件を組み込むのが常用的になっている。全ての魔法にそれが組み込まれるため、組み込み作業自体を疑問に思う人間は少ないだろう。しかし、何故今? 何故、ルシファーはこんな時にそんな話を?)
アズリーは、攻撃の隙を窺うも、ルシファーがそれを見せる事はなかった。
「ではアズリー? 究極限界の利点は何だ?」
「魔法陣や魔術陣を描く事なく、魔法名の読み上げのみで魔法を発動出来る……」
「その通りだ。究極限界は術者の脳内にある完成された公式を読み込み、術者は発動を読み上げて促すのみだ。我々のような魔力を持っていない術者には不可能ではあるが、戦略も広がり、高火力を持つ優秀な魔法士にもなれる。かつて聖戦士ポーアが余を倒した聖十結界を無数に張り巡らす……という事は出来ぬがな」
「何が言いたい!?」
「最後の質問だ、アズリー」
「何?」
ルシファーはアズリーを見据え、一言呟く。
「超越者ノ覇道……!」
瞬間、漆黒の魔力がルシファーから噴き出る。
アズリーは、エッドは、その漆黒に呑み込まれ、やがてそれは霧のように消えていく。
ルシファーを取り巻く闇が消えると共に、アズリーの膝が笑う。アズリーの心に恐怖はなかった。しかし、身体が勝手に反応してしまうのだ。
目の前にある明らかな異質に。
(ア、究極限界じゃない。今ルシファーは何て言った? 確か……超越者ノ覇道と……?)
疑問から答えまでの道はこれまでの会話にある。アズリーはそう思った。そして、答えの影が見えると共に、アズリーはゴクリと喉を鳴らした。
「最後の質問だ、アズリー……」
「くっ!!」
アズリーは腰を落とし、あらゆる攻撃に対処出来るよう心掛けた。
「魔法名や魔術名を読み上げず、己が意のままに発動する事が出来たとすれば、その者を一体何と呼べばいい?」
「っ!?」
突如アズリーの眼前に現れる無数の魔法や魔術。
ルシファーは腕を組んだまま、慌てるアズリーを見下すように眺めている。
「くそっ!? 瞬間転移魔法! 瞬間転移魔法! 瞬間転移魔法! 瞬間転移魔法! 瞬間転移魔法!!」
アズリーは全ての魔法を紙一重でかわすも、アズリーが転移した場所にルシファーが意識を向けるだけで、幾つもの大魔法がアズリーに向かって放出された。
止まらぬ魔法、魔術。
ルシファーの口は――――未だ噤まれたまま。




