◆407 一騎打ち
響く怒号。行き交う指示。幾度となくぶつかる正と負。
クリートによる悪魔の大行進は、冒険者たちの心に不安を募らせ、何度も揺さぶる。
だが、後方から感じる超高密度の魔力の波動。その衝突が、悪魔を、冒険者たちを奮い立たせる。背中でそれを感じるトゥースが、その多寡を測る。
(アズリーのヤツ、とんでもねぇ魔力だ。完全に俺を……いや、この魔力圧は既にルシファーに近い。……大したヤツだ。とは言え、そのルシファーにはまだ余裕すら感じられる)
幾多の魔法を飛ばしながら、戦いの場をコントロールするトゥースを睨むは、五十近くの悪魔を指揮するクリート。
「個で当たるな! 背を仲間で隠し、天獣とトゥースを相手にするな!」
「ハッ! 悪魔のくせに泥臭ぇ戦いするじゃねぇか!?」
「ほざいてろ! 此度の我らの目的、それを達すればいいだけの話!」
「目的だぁ? いや、待てよ?」
己の危機を回避しただけで、クリートの目的は達せられた。そのはずだった。しかし、クリートは下級悪魔を召喚し、トゥースたちに挑んだ。
最初トゥースは、ガスパーとクリートの内外の攻勢により、冒険者たちの士気を挫く事が目的だと思っていた。
(だが、それならビリーやイディアも連れてきた方が効果的。ここでクリートのみが動く理由はどこか別にあるはず……考えすぎ? いや、ガスパー相手にそりゃいけねぇ。何か裏がある……何か……!)
しかし、トゥースが賢者と謳われようとも生身の人間。油断が出来ない状況下で、それ以上の思考を巡らす事が出来なかった。
「タラヲ! あんまり調子乗ってるんじゃない!」
「ふははははは! ティファよ! 我が魔爪、確かに悪魔の懐に刻みつけてやったぞ!」
「ほいのほいのほい! オールアップ・カウント2&リモートコントロール!」
ティファに背中を預けるタラヲ。後方でタラヲの援護を行うティファ。
ティファのレベルは対悪魔戦に見合うだけのものではない。がしかし、限界突破を行ったタラヲのレベルは銀のブレイザーに迫る百五十。下級の悪魔と戦闘をするには十分な戦力と言えた。
本来、ティファは前線に出すべき戦力ではないが、トウエッドに残された戦力は限りなく少ない。アズリーの直弟子であるティファの卓越した魔法発動技術は、冒険者たちにも頼りにされている。
頼りにされ、足手まといにならない以上、トウエッド側も頼らざるを得ない。また、ティファの強い希望によるものも大きい。
そんなティファに、クリートが鋭い視線を向ける。
「まず、一つ目……」
次にクリートの目が定めたのは、銀の中で魔法を駆使する少女だった。
「ほいのほい! マジックシールド! シャイニー、今!」
「メェエエエ~!!」
サンシープのシャイニーを使い魔とするナツ。
屈強な戦士の中にいる快活な少女ナツは、日々激戦をこなすチーム銀の癒しともなっている。しかし、その愛嬌さだけがナツの力ではない。何事も進んで取り入れる技術は全てチームのため、銀のためなのだ。若いからこその甘えはなく、常にチーム内での自分の在り方を無意識にこなすナツは、銀にとって欠かせない優秀な魔法士へと成長している。
そんなナツも、ティファ同様レベルはそこまで高くない。
近くで遊撃に回っている若獅子アドルフもまた同じである。
ベータやアルファであればまだしも、悪魔との戦闘をこなすにはやはりまだ準備不足だった。寡黙で真面目なアドルフが、戦闘開始後に模倣したのは、王都守護勇士兵団の団長であるエッグだった。
「おらおらおらおらぁ!」
背から弓を取り構えたエッグは、自分の役割を知っていた。
「ショックウェイブ!」
魔力の波を震動させ、当たらずとも瞬間的な魔力酔いを起こさせる強力な矢。それがエッグのショックウェイブである。
同道していたクリートの異変。数多く現れる悪魔たち。
明らかな悪意、敵意、殺意がエッグに届いた時、自身の危機を察知した。
限界突破を行っていないエッグに出来る事はそう多くない。魔法士ならではの支援も難しく、動きが制限される。
制限された数少ない選択肢。その中にあった弓という選択は、エッグが出せる答えの中で、限りなく正解に近いものだった。
己が力量と、敵の力量を瞬時に判断し行動出来る才覚は、彼が十二士になれるだけの器の大きさを示し、同時にアドルフの模倣対象ともなった。
攻撃が当たりはするも強固な外皮に阻まれる。しかし、それは強者への有効なアシストともなる。アドルフはエッグを見直し、見習い、可能な限り模倣した。
レベルが追いつかぬ戦士でも可能な事を探す。これが必要である事を彼はエッグに学んだ。
「二つ……これで三つ…………」
そのナツとアドルフを見て、またもクリートの目が光る。
そして最後に見たのが…………。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「クカカカ……! 見事だな、アズリー。歴史上類を見ない魔力だ。この魔力はまさに、魔王や神に近い……」
「……はぁ」
「ほぉ? 何の溜め息だ?」
「何で褒めてくれるのが魔王だけなのか、そこがちょっとな」
「それだけの魔力を保有しながら崇められぬとは、つくづく人間とは愚かな生き物よ」
「まぁ、それは否定しなきゃな」
「何故だ?」
「俺が、皆を大好きだからだよ」
「くくく……それを聞けただけで良い収穫だ」
「何?」
疑問も束の間、ルシファーが急速接近し、アズリーの思考を止める。
「くっ!」
辛うじてドリニウム・ロッドで受けきったアズリーに苦悶の表情が見える。
「やはり。攻撃こそ受けられるも、身体は悲鳴をあげているな?」
「そ、そこは……知恵と根性だよ!」
アズリーは強引にドリニウム・ロッドを振り、ルシファーの身体を吹き飛ばす。
しかし、衝撃はほとんど伝わっておらず、ルシファーは後方へ軽やかに着地する。
「もう一度だ」
「ぐぅっ!」
着地と同時に再びアズリーに攻撃を加えるルシファー。
肩に叩き込まれた強烈な一撃。アズリーの身体に衝撃と鈍く重い痛みが走る。
「そうか、ミネルバに隠者の安全地帯を仕込まれたか。あの女狐め……不完全な技術を渡していたか。なるほど、余の攻撃を防げる訳だ。それにしても不可解だ。身体的に劣っているはずの人間如きが、余の攻撃を受けてその程度の衝撃で済むはずがない。まだ何か隠しているな? ……余の知らぬ魔技を」
(こんなクソ重い攻撃、魔力の方向性無しで支えるのは無理だ。ミネルバとウォレンに感謝しなくちゃいけないな……)
「だが――!」
三度動くルシファー。
「くっ!」
「そら」
「ぐぉ!?」
「まだ続くぞ」
「ガハッ!?」
初撃を受けるも二手三手と続くルシファーの連撃に、アズリーはついに強烈な一撃を受ける。抗えきれぬ衝撃。矢の如き勢いで後方へ吹き飛ぶアズリー。
大地にドリニウム・ロッドを突き刺し、減速を試みるも、ルシファーの追撃が止む事はない。
「がっ」
上方からの圧力に、アズリーの身体が地面にめり込む。
それは、エッド中を揺らす程の衝撃だった。大地が円形に窪み広がる。
ルシファーがニヤリと笑みを見せながら、アズリーの後頭部を踏む。
「正気とは思えぬな? その程度で余に勝つつもりだったのか? だから貴様は愚者なのだ」
ルシファーは足でアズリーの顎を持ち上げ、そのまま蹴り上げる。
アズリーは仰向けに倒れ落ち、ルシファーは髪を掻き上げながらアズリーを見下す。
「弱い。知恵と根性とやらはどこへ行った? 自称賢者? クククク……」
すると、アズリーが震える手で土を掴む。
「う……うるせぇな…………」
「ふん、強がりにしか聞こえぬぞ?」
「……ほ、ほい! ハイキュアー・アジャスト!」
素早い宙図により特級回復魔法を発動するアズリー。
「……出し惜しみをしている場合ではないぞ? 余の慈悲がある内に全てを見せろ。そして余は、その全てを粉々にしてやろう」
「へ、へへ……つくづく魔王だな、お前」
「余を前にして笑う……か。貴様は愚者であると共に道化なのかもしれぬな。笑わせてくれる」
「じゃあ、これを見ても笑ってられるか……!」
「言ったであろう。全て見せろと」
涼しい顔で立つルシファーを前に、アズリーの指が静かに、しかし素早く動く。
複雑難解な魔法式――。
「ほぉ、雷の色濃い魔法だ……しかし、それを余に向けるのか? だとすれば興醒めだな」
「違う……これは、こうするんだ!」
アズリーの魔法が発動する。
「――ほいのほいのほい! ヴェストメント・トールハンマー……!」
瞬間、トウエッドが強烈な光に包まれた。




