◆406 正負の目論見
シュトッフェルの偽装を解いたルシファーによる一瞬の踏み込み。
鋭く尖った爪を光らせ、ルシファーは薫に迫る。
それにいち早く反応したのが、アズリーだった。
「クカカッ!!」
振り下ろされる魔王の一撃。
「ぐっ!? ルシファー!?」
薫の前に回り辛うじて攻撃を防いだアズリー。
(何故!? 何故ここにルシファーが!? いや、先程の薫の脂汗――)
ここでアズリーは気付く。
【けど、無の化面シュトッフェルか。それが本当なら面倒だねぇ】
先の薫の言葉の真意に。
(あれはもしかして……今日この場に来るのがルシファーだと知っていた!?)
更に薫の言葉を思い出す。
【ふふふふ、確かに……今までが緊張の連続。これくらいはへっちゃらか。いや、二人は知らないんだったね……】
アズリーが聞き流した言葉の中に、ヒントがあった事を。
(つまり、薫は知っていた。いや、これはウォレンの予測。薫はそれを聞き、自分の危機を予感し、死すらも予期した。だからこその緊張。そして、俺をこの場に据えたという事は、これがウォレンの最大の狙い。ウォレンとアイリーンは、この場の俺とルシファーの激突に、人類の存亡を賭けた? ……いや、賭けるしかなかった!)
ウォレン、アイリーン、薫がこの場をアズリーとルシファーの勝負の場所に選んだのには理由があった。
エッドの神殿は、トウエッドの象徴である。
そこで異変が起きれば民衆は必ずそれを目にする。
そして、今このエッドに集まるのは……戦魔国との戦いを決意した者が大半である。
つまり、形骸化した希望ではなく、本物の希望を皆に見せるために、一割の……いや、三割の可能性に賭けたのだ。
「ハッ!」
アズリーのドリニウム・ロッドを掴みながら、高濃度の魔力圧を放出するルシファー。
直後、後方で薫の後ろ衿を咥えて跳び上がったポチが、その勢いで吹き飛ぶ。
「わっ? わっ!?」
「いい! このまま流されなさい! 潤子は既に別の場所まで移動させてる。まずはここを離れる事が最優先だ!」
「で、でもそれじゃマスターが!?」
「大丈夫! 私を信じなさい!」
ポチには根拠を感じられない薫の言葉だったが、何故かその時の薫の言葉には、有無を言わさぬ圧と、自信があったのだ。
だからこそポチは、薫の自信と、アズリーへの信頼に判断を傾けた。
「マスター!」
「おう行け! 薫に何かあったら今後飯抜きだ!」
「……っ!」
ポチに向けたアズリーの言葉には、冗談を交える程の余裕があった。その言葉を信じ、ポチは戦線からの離脱を選択した。
そして、正面でそのやりとりをニヤリと見るルシファー。
「やけに素直に行かせるじゃないか?」
「問題ない。既に余の計画は大詰めだ」
「何?」
「それを話す程、余は愚かではない。貴様ではないのだ、アズリー?」
ようやくアズリーのドリニウム・ロッドを放したルシファー。
両手でドリニウム・ロッドを持っていたアズリーは右手にそれを持ち、先の衝突により鈍痛を覚えた左手をプラプラと振る。
「それにしても驚いたぞ? よく余の一撃を受け切った。褒めてやる」
「そいつはどうも……」
「どうやら……魔力が戻ったようだな」
「……よくわかったな。褒めてやる」
「くっ、はっはっはっはっは! どの高みから言うか!」
「はん! 全知全能の賢者様だよ!」
「真に賢しい者の言とは思えぬな!」
「一周回っただけさ」
「ほざくな、愚者が」
「やかましい、木っ端悪魔」
「ならば見せてみろ。全知全能の力を。魔力を……!」
「言われなくてもそのつもりだ……」
ルシファーの鋭い視線の中、アズリーは一度だけ深呼吸し、静かに呼吸を止めた。
瞬間、開眼したアズリーから、未だかつて見せた事のない魔力の嵐が吹き荒れる。
「っ!?」
ルシファーの片目を閉じさせ、爆風とも思える魔力の風が、一瞬で神殿を崩壊させる。
アズリーを渦巻く暴風は天へと昇り、空を割る。
全ての雲を吹き飛ばし、エッド全体に輝く陽光が差しこむ。
やがて、天に昇った魔力がアズリーに降り注ぎ、穏やかにその身体に取り巻いた。
「…………面白い」
ルシファーはニヤリと笑い、静かに己を見据えるアズリーを嬉しそうに見つめた。
「殺してしまわないか……心配だな」
悪魔の笑みを見せるルシファーが、腰を落とす。
「……やってみろ」
アズリーもルシファー同様、緩やかに腰を落とした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
同じ頃、トウエッドの南門では、大きな戦いが始まっていた。
「ちっ! 厄介な術を使ってくれるぜ!」
リードが額に汗しながら叫ぶ。
「あれ、一体何ですか!?」
アドルフの疑問に、誰も答えない。答えられないのだ。
「クククク……素晴らしい。何と素晴らしき魔術か!」
悪魔の姿を成したクリートが言い放つ。
既に王都勇士兵団の大半は、変異したクリートから逃れるように銀たちと合流した。しかし、逃げ遅れ、クリートの手によって命を落とした者もいた。
エッド側が最良のタイミングで奇襲を掛けたにもかかわらず、犠牲が出てしまった理由が、クリートが影の中に忍ばせていたモノにあった。
「多いでありんすね……!」
春華の瞳に映るモノ。
それは、クリートの影から出て来る異形の者たちだった。
黄龍の目が細くなり、異形の者を見つめる。
「どうやら、下級の悪魔のようですね」
「悪魔が悪魔を召喚するだと?」
紫死鳥が驚き、黄龍に聞き返す。
すると黒亀が代弁するかのように答えた。
「悪魔とは契約あってこそ。人間と悪魔が契約出来て、悪魔が出来ないってのは虫が良すぎる」
「違うな」
黄龍と黒亀、二人の考えを否定したのは、トゥースだった。
「ほう、何が違うというのか?」
灰虎の問いに、トゥースは爆弾頭を掻きむしりながらブツブツと独り言を始めた。
「……なるほどな、そういう事か」
結論に至ったであろうトゥースに、ブルが聞く。
「話せ」
「……悪魔ってのは契約で動く。それは間違いじゃねぇ。しかし、今この世界がどんな状況かってのは……誰にだってわかるだろう?」
そんなトゥースの問いに答えたのは銀の三人。
「今ってこたぁ……?」
「危険な時代って事よね?」
「魔王だ」
ブレイザーが短い一言で言い切った言葉。トゥースがそれに頷く。
「そうだ。悪魔ってのは魔王に従うんだよ」
「それでは、あのクリートが影から出しているのは……魔王の部下……?」
ライアンがそう聞き、トゥースは静かに首を縦に振った。
「まさか魔王の専売特許を部下に教えちまうとはな。つまり、魔王ルシファーは……あのクリートが反旗を翻しても勝てる自信があるって事だろ」
「信じてないのー?」
ナツがカタリと首を傾げる。
「信頼……か。奴がそんな言葉知ってたら、世界はこんなんなってないぜ、嬢ちゃん」
「そっかぁ~」
少しだけ俯くナツの頭に、ブレイザーが軽く手を載せる。
「何をしてくるかわからん。目を切るな」
「あ、うん!」
すると、息を切らせたエッグがブルーツのところへ駆けて来る。
「はぁはぁはぁはぁ! ちょ、何ですかあれ!? 何か皆悪魔悪魔言ってるんですけど!? それ以上にリナさんどこですか、ブルーツさん!!」
肉薄するエッグに、胸倉を掴まれたブルーツが空を仰ぐ。
「世界はこんな荒れてんのに、何でコイツの頭の中はこんな平和なのかねぇ……」
「違いないですね」
ミドルスが溜め息を吐き、ブルーツに同意する。
「ちょ、それどういう意味っすか!?」
「男共! まずは奴らを何とかするのが先でしょう!」
イデアの激励に、皆が武器を構える。
無限に溢れ出るように思えた悪魔たちは裂けそうな口を更に開き、ご馳走でも見るかのような嬉しそうな目を光らせる。
「我は、誰にも負けぬ。……ビリーにも、レオンにも……!!」
「ほざいてろ。てめぇのちっぽけな感情に振り回される程、世界は温かねぇんだよ」
トゥースの強き自信に触発されるかのように、クリートが叫ぶ。
「っ! 殺せっ!!」
「戦闘準備!!」
銀のブレイザーの号令が響き、
「「おぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」
トウエッドが、揺れた。




