395 ルシファー
昨日は忙しく更新出来ませんでした。本日は二話投稿予定です。
2019/2/11 本日一話目の投稿です。ご注意ください。
ガスパーが現れた瞬間、ヘルエンペラーが動いた。
自身の身体に触れている異物に腹が立ったのだろう。
しかし、ガスパーが睨みを利かせるだけで、奴はピタリと止まった。
まるで、ヘルエンペラーだけ時間が止まったかのように。
やがてその瞳は、小動物が人間を見たかのように怯え、次第に身体も揺れ……いや、震え始めた。恐怖に染まる炎龍王を、ガスパーはひと撫でする。
「よい、許す」
ガスパーがそう言っただけで、炎龍王の瞳は恐怖から安堵に変わった。
しかし、何故ガスパーがここに……?
一体なにを考えている? 他の悪魔は来ているのか?
ポチの反応から察するに、大丈夫だとは思うが、今の俺たちでは分が悪すぎる。
「はっ……はっ……はっ……!」
春華は既に呼吸が荒く、ブルーツにも脂汗が見える。
そう、炎龍王でさえガスパーを前に為す術がないんだ。二人がそうなってしまうのも無理はない。
「あの時は貴様の実力を疑ったが、やはり余の前に立てるのは貴様たちだけか……」
そう、この場で震えていない者が二人いる。
それが俺とポチだった。
しかし、おかしい。ガスパーの一人称が変わっている?
あの時はただ偽装していただけなのか? いや、違う。
明らかに何かが変わっている。それは雰囲気だけで語れるものではない。
おそらく、ポチの目には映っているんだろう。明らかに変わっている魔力の質が。
「な、何をしに来たんだ……!?」
「おかしな事を言う。ここは王都レガリアのすぐ近くだぞ? 余の領土に勝手に侵入したのは貴様らではないのか? それとも、それすらわからない程……愚かだったのか?」
「黙れ! そいつをどうするつもりだ!?」
「炎龍王……だったか。ヘルエンペラーは魔王の復活と周期が被っていてな。ほぼ同じタイミングで復活するのだ」
そうか、だからあの時代とこの時代でヘルエンペラーが生まれたんだな。
「前回は貴様らにしてやられたが、今回こそは余の駒として働いてもらおうと思っただけの事」
「前回!? 何故――――」
「――――本当に余が誰かわからぬのか?」
ガスパーが俺に言った言葉の意味。それだけでは当然わからなかった。しかし、それが気付くきっかけとなった。
その目が、その髪が、その肉体が……奴の正体を知らせる。
ポチの目にも確かな理解があった。しかし認められないんだ。
奴の生存か、それとも復活か、そのどちらもなのか、俺たちは奴の存在自体を認めたくなかった。
「……ふっ、頭では認められずとも、身体は素直だな」
「くっ……!」
いつの間にか俺たちの身体は、大きく震えていた。
「お、おいアズリー!」
「くそ……! 止まれ止まれ止まれっ!」
「ポチさん!」
「ふーっ! ふーっ!」
それが顕著に現れたのは、奴と直接戦った事のある俺とポチだった。
ポチの剥き出しになった牙、しかし震える身体。奴は敵であり、恐怖そのもの。
「ガァアアアアアアアアアッ!!」
ポチが俺の指示を待たずに攻撃に移ってしまったのは、誰にも責められないだろう。
ポチの極ブレスがガスパーに向かう。
それをガスパーは涼しい顔をしながら、片手で受け止めた。
「ふふふ、中々心地よい。それ……お座りだ、シロ」
「わぶっ!?」
瞬時に地面に押さえつけられるポチ。
「今、一体何したんだよ!?」
「上方からの魔力の圧をポチに掛けてるだけだ……」
「……そんな事、出来るんでありんすか?」
理論上は可能だ。
以前俺が紫死鳥と戦った時、魔力の圧で意識を操作して進行方向を変えさせた事があった。
それをガスパーは……単純な圧力として使った。それだけだ。
それが出来るという事、ポチの過去の名を皮肉のように向けるという事――ガスパーはやはり……――――、
「グゥ……」
「そこで待て」
ポチを押さえつけたまま、ガスパーはヘルエンペラーに「待て」と指示を出した。
指示……? っ! もしかして奴は――!?
「邪魔だ」
「ぐぉお!?」
「きゃっ!?」
瞬時に俺たちの前に現れたガスパーは、再び魔力の圧だけでブルーツと春華を吹き飛ばした。
俺は、二人に何の声も掛けられなかった。それだけ、奴の存在は巨大だった。
腰を落とし身構える俺を、ガスパーの青白い目が捉えて離さない。
「何をそんなに怯えている?」
「う、五月蠅い!」
「ほぉ? 魔力がないな? これは珍しい。貴様に魔力閉塞が起きているのか」
一瞬で俺の状態を見抜いたガスパー。
その目が、俺の身体は耐えられなかったのだろう。
俺はポチ同様、なりふり構わずドリニウム・ロッドを振り上げ、攻撃に移った。
「ゴっ!?」
天から振ってきたかのようなガスパーの拳は、俺の頬を捉え――――気付いた時には、俺は大地に身体を打ち付けていた。
「がぁ!?」
「愚かな。余に戦闘の意思はない」
「がふっ……な、何……?」
「耳がやられたか? 余に戦闘の意思はないと言っている」
「じゃ、じゃあ一体何が目的だ……!」
俺は、よろよろと立ち上がりながら杖を構える。
「ふん、貴様の事だ。余がここへ来た理由なぞ、薄々気付いているのであろう?」
何もかも見透すような奴の目。
そうだ。奴がここに来た理由。
それはポチのエアクロウから庇った獄龍ヘルエンペラーにある。
俺の意識がヘルエンペラーに向いた時、ガスパーがにやりと笑う。
「人間ばかりが、使い魔を使役するのではない。そう、そもそも使い魔の契約は我々悪魔が人間に与えた魔術――そういう訳だ」
「何故……ここで俺を殺さない……?」
「余の目的は貴様の死ではない」
ガスパーの言った意味が、俺にはわからなかった。
しかし、次の瞬間、ガスパーの浮かべた悪魔的な笑みが、俺の背筋を凍らせた。
「余はな、アズリー……? 貴様に生き地獄を見てもらいたいだけだ。戦士も! 魔法士も! 賢者も! 聖戦士も! 天獣も! 全ての力を以て余に、魔王軍に挑み、そして消えていく命。それをな、アズリー? 貴様に見せてやりたいのだ! クカッ……カカカカカカカカッ!!」
山頂に、世界に響き渡る笑い声。
俺は、目を丸くし、それを呆然と見る事しか出来ない。
「さぁ、余の名を言ってみろ……! 最早誰にも余を止める事は出来ん! 当然貴様にもだ、アズリー! さぁ! さぁ! 余の名を言ってみろ!! そして己が無力を呪え!!」
胸倉を掴まれ持ち上げられるも、俺の手には、身体には力が湧いてこなかった。
ついには投げ捨てられ、ガスパーは俺に背を向けた。
「……つまらん。恐怖により覇気の失せた者のなんと弱き事か」
ヘルエンペラーに跳び乗ったガスパーは、最後に言った。
「数日の後、世界は地獄と化す。存分に抗え。存分に絶望しろ。そして最後には……余が笑いながら見送ってやろう。その時こそアズリー……存分に散れ。さぁ、間もなく悪魔による人間界の統治が始まる。人間たちは口を揃えて祈るだろう。『おぉ、神よ』と。しかしもう時は遅い。余の魔力は既に神を超えた。信仰により神の力が増す事はないのだ。……さぁ、絶望の始まりだ……!!」
ガスパーの笑い声が木霊する。
気を失ったブルーツと春華、そしてポチ。
奴の、奴による、俺への復讐が始まる。
世界を巻き込んで。人と悪魔――全存在を掛けた…………勝ち目の薄い戦いが始まる。
「……――っ!!」
俺は大地を叩き、身体に纏わり付く恐怖を吹き飛ばす。
そして立ち上がり、奴が消えた空を睨む。
「俺は……俺は認めないぞ! 絶対、絶対にお前を認めない!!」
高らかに笑い去った奴が消えた空を睨み続け、覚悟を決める。
「俺は、俺たちは絶対に負けないっ!! ルシファァアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!」




