034 終わりと始まり
ったく、知らない間に巻き込まれてこっちは困ったもんだ。
しっかしSSランクの力、とんでもないな。
聖戦士達はこんなのを軽くあしらって魔王に攻撃してたのか?
だとしたらそれに手こずる六法士だと戦力としてあまり当てに出来ない……。
ガストンやアイリーンもビリーも、レベル100でこれだろ?
って事はこの実力差をどうやって埋めるんだ?
……おいおい爺さん、本当に俺が研鑽しただけで魔王に対抗できるのかよ……。
とにかく今はモンスターを倒してレベルアップに励まねば。
にしてもどこに仕舞ったっけなアレ。
「んー……これじゃないこれじゃない……あ、あった!」
「マスター、何出したんです?」
「んー? スピナクルザウルスの酸とポチの胃液を化合して出来た超酸だ」
「ちょ、何してくれちゃってんですか馬鹿マスター!」
なんて嫌そうな顔だ。
お前の吐瀉物を有効活用しようとした俺の研究意欲を軽視している証拠だな。
「つーか馬鹿ってなんだよ!」
「レディの胃酸を何に使ってるんですか! 馬鹿!」
「その体毛で何がレディだ! 剛毛過ぎてメスだって誰もわからねーよ!」
「あなた狼の生態知らないんですか! この美しい毛皮、舐めちゃいけませんよ! ほんと馬鹿ですね!」
「お前だって前に『満月見ても人間になれません!』とかぬかしてたろ! 作り話に感化されるなんて馬鹿だ馬鹿!」
「馬鹿!」
「大馬鹿!」
「超馬鹿!」
「この酸かけちゃうぞ!」
「それはやめましょう!」
「あ、うん…………まぁしないけどな」
「……さて、ガストンさんが怒る前にマスターが錬成したその超酸を使いますか」
「いや、もう既に怒ってるんじゃないか?」
チラリとガストンを見ると、やはり少しフルフルと震えてる。
まったく、冒険者は自由が売りなのに……。とまぁ、このままじゃ皆死んじまうからなんとかしなくちゃな。
「小僧! 急ぎ参戦しろ!」
「……了解! ポチ、ゴー!」
「アォオオオンッ!」
極ブレスを吐いたポチが、それを追いかけるようにオーガキングの元へ走る。
利き腕を切断し終えたブレイザー達はそれを回避して、アイリーンは遠隔から支援攻撃を始める。ビリーはどうやら回復に努めるみたいだ。ガストンも結界を抑えるのに手一杯だな。
「ポチ、エアクロウ!」
「折角手入れした爪が荒れちゃいますぅ!」
「変なとこ女子力高いんだよ! いいからゴー!」
「アウッ!」
巨体な空気の爪が地面と共にオーガキングを引き裂いていく。
俺は危険の少ない場所で魔術陣の宙図を始めた。
直後、大きな衝撃音と共に俺とガストンの結界が割れた。
「散れっ!」
ガストンの指示と共に、いや、それより早く皆が離れる。
「儂もこれが最後だ、八角結界!」
「抑え込むのは私がやるわ。長くは持たないわよ!」
結界の制御と数々の魔法でガストンの魔力がいち早く尽きた。
アイリーンの限界も近い。ビリーの援護も期待出来ないとすると、いよいよ時間がない。
「こらアズリー、さっさとしなさい!」
「動きは遅くなってるが、動かれてしまうと俺達じゃ無理だぞ!」
アイリーンとブレイザーが俺の魔法を催促する。
「もう少々お待ちを!」
焦りながらやってはダメだ。宙図には集中が必要。
「ランクBだがガストン殿が参謀に選ぶ程の者、どんな人間なのだ?」
ダラスの声が聞こえる。もう少しっ。
「はん、あいつがいなかったら俺達は参加してねーぜ!」
「可愛い坊やよ、ふふふ」
「ま、そういう事だな」
銀のメンバーが両足の切断に成功したらしい。
もう少し……もう少し……! ……出来た!
「皆さん下がって!」
「「おぉ!」」
「ほいのほいのほいのほい! 水龍流麗!」
「な、なんだありゃ……龍っ?」
「また魔術……あんな小さな瓶から龍。……一体何を?」
「高等な魔術……小僧の持つあの水は一体?」
瓶の口から超酸が細くなって浮き上がる。
やがて超酸は肥大し、長く大きな蛇のような龍へと変化していく。
そして全てが瓶の外へ出ると、水龍が咆哮を上げた。
「ビィイイイイッ!」
「狙いは……あいつだ!」
龍は俺を一瞬見た後、杖の先にいるオーガキングに照準を合わせた。
「行け!」
「ビィイイッ!」
宙を泳ぐかのように、しかし素早く走るように龍が向かう。
瞬間、アイリーンの魔力に限界が訪れ、八角結界も壊れてしまった。
王の咆哮がこだまする。両足と利き腕が無くなっても、ランクSSはランクSよりも強い。片腕さえあれば一瞬でこの場にいる俺達を全滅させられるだろう。
オーガキングが落ちている黒槍を拾い、座りながら振り回し、向かい来る水龍を待ち構える。
「ふう、間に合った……」
「おいおい、あの龍叩き潰されちまうぞっ!」
「いえ、大丈夫ですよ! なんたって私の胃酸が入ってますからね!」
お前さっきまでめっちゃ怒ってたろ?
凶悪な黒槍を前に水龍の速度は変わらない。
タイミングを見計らった王の一振り。命中したが……黒槍の先端は龍の頭の上には無かった。
生身の龍であれば一瞬で潰されただろうが、相手は超酸の水龍。槍は瞬時に溶かされ蒸発するかのように消えていった。
「まじかよ……」
「あれは酸の龍なのっ? ポチの胃酸……侮りがたいわね……」
「えっへん!」
お前さっきまでめっちゃ怒ってたろ?
「アズリーのやつ、これがあれば迷宮の時俺が苦労して穴を掘らなくても良かったじゃねぇか……にゃろう」
あ、やばい、怒られる。言い訳を考えておこう。
「ピィイイイッ!」
「ゴォオオオオオッ!!」
オーガキングの断末魔……あの水龍に絡みつき飲み込まれたらその部分はすぐに溶解される。
傷ではない溝が出来、その溝からは激痛が走る。神経さえも溶かす超酸と魔術の禁術。
「オオ……オ…………ォ……」
段々と水分が無くなり、首だけになった水龍が、同じく首だけになったオーガキングを飲み込む。
対比に難があると思ったが問題無かったみたいだな。俺の魔術陣が消える頃、辺りには少しの酸の臭いしか残っていなかった。
「や、やり過ぎました……ね」
「ふん、あの酸はちょっとしたアーティファクトだな」
ガストンが俺を睨みつけて言った。
「小僧、お主錬金術の知識もあるのか」
「あれほどの知識……一体どこで……」
ビリーの顔も少し怖い。
そしてもっとも怖い顔をしているのが……我らが先生、アイリーンちゃん。
「なんなのよ! もうっ! あー、イライラするっ!」
しばらく近づかないでおこう。
「やったわねアズリー!」
「おかげで被害も少なくて済んだな!」
「ベティーさん、ブレイザーさん。お二人の協力があったからですよ。やっぱり魔法は前衛がいないと簡単に出せませんからね」
「おいてめぇ、アズリー! あの酸であの時のなぁ――」
「そうなんですよ、実はここ数日で精製したので出せなかったんですよ!」
「……嘘だ!」
ちっ、やはりバレたか。
「大方貴重な酸だったのだろう。清い錬金術師ならばむやみにそんな物を使ったりしない。で、あろう? 小僧?」
「あ、え、はい……」
「原料は何だ? ポチの胃酸だけではあるまい?」
「スピナクルザウルスの酸ですね。それと塩とコショウを少々……」
「…………スピナクルザウルス。ランクA認定の陸戦型の竜だな」
ん、何だ今の間と表情は?
「知ってるか、お前?」
「私が知る訳ないでしょう?」
「私も記憶がないな……」
「知らなくて当然だ」
「ダラスさん……それにビリーさんも……あ、アイリーンさんもか」
凄い形相で睨んでくる……一体どういう事だ?
「小僧、貴様……《悠久の雫》を飲んだなっ?」
「えー、何でバレちゃったんですか!?」
「こらポチ、黙れ!」
「あ!」
今更な顔するなよ。もう言い訳出来ないじゃないか。
沈黙が俺の周りを支配する。しかし皆は俺の言葉を待っているかのようだ。
「……あ……えっと……」
ライアンの時みたいにはいきそうにないな。
神薬とまで言われる薬だ。アイリーンは喉から手が出る程欲しいものだろう。そう、今にも襲いかかって来そうな様子だ。
「……はい、私とマスターは神薬《悠久の雫》を飲みました」
「結局お前が言うのかよ!」
「もうバレちゃったんだし言うしかないでしょう!?」
「お前がバラしたんだよ!」
「そうとも言えますね!」
相変わらず出しゃばる使い魔だ。躾け方間違えたみたいだな。
「……しかし、何故わかったんですか?」
「……アズリー君、おそらく知らないだろうから教えておこう。スピナクルザウルスは千年以上も前に絶滅しているのだ」
「「……あっちゃ~」」
ダラスの言葉に、俺とポチがポンと額をおさえた。
この動作でブルーツとベティーがくすりと笑う。やっぱり銀のメンバーはとても友好的だな。
「という事は……アズリーは一体どれほどの時を過ごしてきたんだい?」
「……五千年とちょっとです。ポチは八百年程……」
「ハッハッハッハ、そりゃ大物だったな。六法士以上だぜ! いやすげぇ!」
「であれば、儂や戦魔帝ですら使えない魔術を使えるというのは納得出来る」
「やはりあれは魔術でしたか……」
やはりわかる人間にはわかるんだな。
「一年生で主席、そしてアイリーンを手玉取る実力は間違いじゃなかったな」
「そんな事はいいのよビリー。私が今一番聞きたい事がわかるかしら、アズリー?」
「あ、偶然の産物だったんで精製方法は不明ですよ」
「なっ……!」
「嘘か真かは眼を見ればわかる……が、ここまでわかりやすいと疑いたくもなるぞ、小僧?」
小僧は小僧のままなのか。まあ急に変わっても対応に困るからいいか。ある意味ガストンなりに気を使ってくれてるのかもしれないな。
しかしアイリーンはまだ納得しないご様子だ。
「過程までは覚えてるのでそこまでは教えます。しかしそこから先は……申し訳ないですがわかりません」
「聞こうじゃないか」
「い、今ここでですかっ?」
「当然だわっ!」
皆食い入るように耳を傾ける。
しかしこれを言ったら怒るんだろうな……いや、呆れるかもしれないな。
「えっと……砂糖二、ミルク四の割り合いで卵を三個。小麦粉三として――」
「「はぁ!?」」
案の定のクエスチョン。
「えーとですね? ケーキ作ってる時に失敗して、何らかの液体と混ざって……その…………」
「……ぷ、ふははははははは! そうか、腑抜けにしか作れぬか! 賢者と呼ばれる我々には作れぬ訳だ! ふははははははは!!」
おぉ、笑ってくれた!
ガストンの笑いがこだまする。
呆れるアイリーンとダラス。
ビリーは笑いを堪え、銀のメンバーは大笑い。
それを合図とみたか、ウォレン率いる他の冒険者達の勝鬨が響き渡る。
「マスターマスター!」
「なんだよポチ?」
「称号に腑抜けが加わるかもしれませんね!」
…………前途多難だな。




