335 黒のイシュタル
再びインビジブルイリュージョンを全員に掛け、北東の尖塔を目指し始めた俺たち。
『しっかし、アズリーも無茶するよな!』
『え、何で?』
ブルーツが不可解な事を言ってきた。
『ついでのように六勇士の二人を攫うなんて思ってもみなかったぜ』
そう、俺はあの後気絶したキャサリンとジェイコブをストアルームに放り込んだのだ。
流石にあの二人を放置出来ないし、敵のままでいられるのも面倒だ。
ならばいっその事と思って攫ってしまう事の何が悪いのだろうか?
このままじゃ悪魔に使い殺されるのが目に見えてるからな。
『ここね』
先程の階段の奥から一度外に出て、そこから走る事数十メートル。
俺たちはようやく北東の尖塔、その出入り口の前に立った。
『……見張りがいねぇな?』
『扉の奥にもいないみたいね?』
『いや……――』
俺はブルーツとベティーの推測を止め、尖塔をゆっくりと見上げた。
『――最上階に小さな魔力を感じる』
ブルーツが鍵を開け、慎重に扉を開く。
開いた先にはやはり誰もおらず、俺たちはほっと一息吐く。
正面に広がるのは長い螺旋階段。
再び息を呑み、足音を立てないように階段を登り始める。
感じた通り、階段にも誰もいない。
あっという間に最上階の扉に着いてしまった。
『簡単過ぎねぇか?』
『兄貴にしちゃまともな意見だね』
俺はそんな二人の意見を聞き、リーリアの方に振り返る。
しかし、リーリアは覚悟を決めた戦士の目付きで俺を見返すだけだった。
…………やるしかないか。
『ブルーツ、開けてくれ』
『あいよ』
難なく鍵を開けたブルーツは、ゆっくりと扉を開ける。
先程から肩が重いんだが、ポチが乗っかっているような気がしてならない。というか乗っかってた。
扉の先には豪華で煌びやかな部屋が広がっていた。
しかし、人の気配がない。
『おかしいな。入る前は魔力が見えたのに?』
『調べてみるしかねぇだ――あん?』
部屋に入ったブルーツが足を止めた理由。
それは、リーリアが前に出て、剣を抜いたからだ。
次にブレイザーが剣を抜く。
俺は倣うように杖を構え、ブルーツ、ベティーも剣を抜いた。
ポチは歯を剥き出し、俺たちは自然と背を預け合うように円陣を組んでいた。
「アズリー、インビジブルイリュージョンを解いて。この部屋全体ね」
「っ!」
そうリーリアに肉声で言われた瞬間、俺は魔力を一瞬だけ解放して、皆のインビジブルイリュージョンを解いた。
そして、言われた通り、部屋全体に行き届くように魔力の網を張った。
インビジブルイリュージョンは姿を隠すだけの魔法。ほんの少しの魔力干渉で解けてしまうものだ。
そうだった。俺たちが使うのに、敵が使わないなんて希望的観測だった。
「獣臭い」
「「っ!?」」
インビジブルイリュージョンが解け、正面から聞こえた漆黒のローブを纏う者の声。
高くも低くもなく、しゃがれた声。
でもおかしい――――、
「やはりあの馬鹿二人では役に立たなかったようだのう」
この感じ、どこかで?
「何者だ?」
ブレイザーの質問に奴が笑う。
「あーっはっはっはっは。それは本来、余が侵入者に聞く事だと思うが? 面白い事を言うゴミだのう。ふふふふ」
あえて下に見るような言い方じゃない。
元々……本心で人をゴミだと思っているような言い方。
「ふん、ヴァースはどこかしら?」
リーリアの言葉は奴の笑いを止め、そして、フードの中から覗く紅の瞳が強く彼女を捉えた。
「相変わらず生意気な女よのう、リーリア?」
「……おかしな事を。何故私の名前を知っている!」
リーリアの持つ剣に力が籠められる。
「そして覚えているぞポーア。いえ、今はアズリーと言った方がいいかえ? 余に無礼な態度をとったお前の顔。忘れる事はない……!」
会っている。
俺は奴とどこかで会っている。あの、伝説の時代で。
「……へっ! 名乗らねぇようだが、お前がイシュタルって事で間違いなさそうだな!」
ブルーツが剣を向けてそう言った。
「さよう」
黒のイシュタル。
こいつが笑う狐のマウスたちを操り、果てはビリーたちの親玉。
白黒の連鎖のトップの一人……か。
「ちょうど建て替えようと思っていたところ。盛大に吹き飛ぶのじゃぞ?」
イシュタルが部屋を見渡しながら言った。
そして右手をブルーツに向け――――くっ!
「ブルーツ! 避けろ!」
「こ、こんのっ! ――どわっ!?」
瞬間、ブルーツは尖塔の内壁をぶち壊し、外に吹き飛ばされてしまった。
幸い防御は間に合ったみたいだが、正面から物凄い魔力の圧を受けたようだ。
「ぐぉっ!?」
「ちょっとぉ!?」
続きブレイザーとベティーも吹き飛ばされる。
尖塔はもはやボロボロ。吹き抜けとなった尖塔の下の方で、ブルーツの「くそっ!」という悪態が聞こえる。
何とか生きてるようだな。
「クリート、遊んでおやり」
「はっ!」
いつの間にか背後に現れていたクリートが、尖塔の下へ降りて行く。
「ビリー」
「はっ!」
イシュタルの隣に跳んで来たビリー。
顔には大きな火傷の跡。これは、回復魔法では回復出来なかったものか?
「どちらとやりたい?」
「アズリー君の身体も解剖したいところですが、今はエルフの生体に興味があります」
「ビリーさん……」
ポチは辛そうな瞳でビリーを見ていたが、ビリーはそんな事など意に介さない様子で眼鏡を上げた。
「アズリー、どうやらビリーとかいう奴は、私が相手する事になりそうね」
「悪魔化に気を付けてください」
「ふん、もう遅い……降魔ノ時! はぁっ!!」
まさか!?
もしやここに来るまでに魔術陣を完成させていたのか!?
直後、尖塔の下の方で巨大な魔力が放出された。
「まずい! ポチ、ブレイザーたちを援護だ!」
「はい!」
下で起こったのは、おそらくクリートの悪魔化。
「エルフの肉を食うのも一興だな」
「その程度で私を倒せると思っているのであれば……甘いわね!」
正面で悪魔化したビリーと、鬼人化したリーリアはゆらりと下へ降りて行く。
残されたのは俺と……イシュタルのみ。
「ふふふふふ、東棟の魔法陣の解除。そこまではよかった。そう思っているのであれば、やはり浅い」
「どういう事だ?」
「ガスパーが作った感知魔法は、今や王都レガリア全てに行き渡っている。レガリアに入った時からお前たちの侵入には気付いていたという事よ……」
そ、そんなに巨大な魔法陣を一体どうやってっ?
「いや待て……まさか!?」
「そのような憶測、今考えている暇があるのかえっ!?」
次の瞬間、イシュタルの魔力が尖塔より高く立ち上った。
「何て魔力だよ……まったく!」
「ふふふふふ、その余裕! その余裕が気に食わぬっ!」
おっとまずい。
俺が今出来る事は、全力でイシュタルの動きを封じ、可能であれば倒す事。
トゥースに言われた通り、魔力の残量を気にせず戦うしかない。
「ふんがっ!」
「ふん、やはり凄まじい魔力よ。しかし、悪魔を超越した余が、お前に負けるなどありえぬのじゃ! カァアアアアアアアアッ!!」
そう叫ぶや否や、イシュタルは黒いローブを破り、巨大な悪魔に変身したのだ。
「んな馬鹿な!? 魔術陣無しで悪魔化とか!? 元々悪魔なのか!? いや、違う!? 生身の時点で究極限界状態になれば――――!」
「そういう事じゃ」
しかし、この悪魔……過去見かけた悪魔と何かが違う?
どこか……女性的な身体のラインをしている?
待て……この部屋に入った時、イシュタルは何て言った?
――――獣臭い。
どこだ? あの時代のどこでそれを聞いた?
思いだせ。他にも何か聞いたはずだ。
「余を嬲った罪、簡単に消えると思わぬといい」
余? 嬲った? いつ? どこで?
――――埃っぽい。暗い。それに獣臭い。
――――余は息を吸うのも嫌じゃ。早う何とかせい。
あれは……あれはあの伝説の時代。
ポチが使い魔杯に出場した時、陣中見舞いに来た人物による言葉。
俺は、ソイツに対してあえて煽るような態度をとった。
こちらの手札を隠すために。
そうだ、思い出した。
イシュタルは……彼女はバディンの一件から姿を消した存在。
「……イディア皇后……」
ご対面!
※そういえば一つミスしてしまいました。
『228 皇后陛下』でイディア皇后がアズリーの事「小僧」って言っちゃってました。
アズリーを小僧呼ばわりするのは、ガストンとバディンのみにしたつもりだったんですが、イディアのたった一言で少し薄いものになってしまった……orz
おのれイディア皇后!
書籍の七巻も確認したら直してなかったのでこのままでいきます。ご勘弁を!
因みにイディア皇后が消えたという情報があるお話は『◆241 一緒に』です。
「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」ノベルの1~8巻・コミックス1巻発売中。
『がけっぷち冒険者の魔王体験』書籍化決定しました。2018年5月25日(金)に発売です。宜しくお願い致します。
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