333 様式美
「あぁ? そんな事言ったかな? ははは」
軽く笑った後、コノハはバラードの頭の上に戻って行く。
リナはコノハのニヤリとした笑みに首を傾げ、俺は目を丸くさせながらその背中を見ていた。
そこからしばらくは、バラードの魔法発動技術を見たり、リナの苦手な魔法や魔術の指導をした。
それが終わる頃には既に日も落ち、少し肌寒い気温となった。
「それじゃあな、アズリー。また話そうな、色々とっ」
バラードのハウスに戻ったコノハ。
色々不可解な点が多いコノハの言葉だったが、俺は全力で気にしないように努めた。
「リナしゃま、アズリーしゃま、また遊んでくだしゃい!」
首を折るように畳んで頭を下げたバラード。
鍛錬が遊びと思えるような感覚は確かに必要な事だ。苦に感じないのはそれだけで才能だと思う。
バラードをハウスに戻すと、リナは微笑みを残したまま、俺の方を向いた。
「それじゃあ……戻ります、か?」
口を尖らせ、少し寂しそうな表情を見せたリナ。
確かに楽しい時間だった。俺としても、もうしばらくここにいたいものだが、そういう訳にもいかない。リナもそういう事なのだろう。
来た道を戻りながら、この余韻も楽しもう。
そう思っていたら、あっというまにアジトの入口近くまで来てしまった。
この傾斜を抜ければ、解放軍の番兵が俺たちを迎えてくれる。
そんなタイミングで、俺は左手の自由を奪われた。
いつの間にか、リナは小さな手を両方使い、俺の左手を握っていた。
「……リナ?」
赤面するリナの方を向き、俺は首を少しだけ傾げた。
「あ、あの!」
「ど、どうした?」
咄嗟の行動なのか、リナ自体も困っている様子だ。
「戻って来たら……!」
俺がレガリアから戻って来た時。リナが他の実力者との面談から戻って来た時。その事を言っているのだけはわかった。
「戻って来たら、また魔法や魔術……ううん、また色々、沢山、いっぱい教えてください! それとそれと、えっと、えーっと……!」
リナはそう言っている間、ずっと俺の手を握っていた。
悩む時間すら楽しんでいるようにずっと。次に俺に伝える言葉を探すより、他に目的があるような、そんなリナの意思が見えたような気がした。
結局、それ以降、リナから言葉は出て来ず、ただ沈黙だけが流れていた。
俺は、このリナを前に、どうしていいのかわからなかったが、ただ一言、リナの希望だけは叶えてやりたいと思ったんだ。
「うん、戻ってきたら新生魔法教室、開校だなっ」
瞬間、リナの顔がパアッと明るくなり、瞳を輝かせた。
「はいっ!」
リナはそう言うと、トコトコと傾斜を走り、アイリーンたちと戦った広場の入口に立った。
そしてまたこちらを向き、
「アズリー先生! 早く―っ!」
思わず見とれるような笑顔を見せ、手を振ったのだ。
この激動の二年。リナのあの笑顔を消さずにいてくれたのは本当にありがたい事だ。
アイリーンやガストン……いや、皆に感謝だな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「お、戻って来たな!」
アジトへ戻ると、ブルーツがニヤニヤしながら俺を迎えた。
そうか、ナツの空間転移魔法陣でこちらに来たのか。
「なんだよ、そのニヤケ面は?」
「へっへっへっへ、お揃いじゃねーか? カカカカッ」
ブルーツは俺の質問に答えず、ただそれだけ言いながら肘で小突いてきた。
その背後からブルーツの腕をとって関節をキめるベティー。
「あだ!? あたたたたたたっ!?」
「あっはっはっは! 悪いねアズリー! この馬鹿兄貴、ちょっと頭がイっちゃってるのよ!」
そう言いながら、ベティーは俺の後ろにいたリナにアイコンタクトを送っていた。
横目に見えるリナは何故かベティーにピースサインを送り、ベティーはベティーで嬉しそうにうんうんと頷いていた。
「あの!? 痛いんですけど、ベティーさん!?」
「景気付けに一本いっとく!? あ、に、き!」
「おい、ブレイザー! ちょっと助けてくれよ!」
奥で腕を組み、壁に寄りかかるブレイザー。
その目はいつも以上に真面目で、いつも以上にギラついている。
なるほど、準備万端ってとこか。
見たところ、三人のレベルは百三十を超えている。
激務だったこれまでがこれだけ三人を成長させたって事だな。
よし、イシュタルの奸計が、こちらとしてはいい方向に進んでいるって事だな。
「……行くか」
「あぁ!」
俺の決意の言葉をよそに、真後ろで聞こえた骨折音。
「あがっ!?」
「あ、ごめんごめん」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
リナと別れ、涙目のブルーツを回復してから、俺たちはレガリアの宿へ転移した。
到着するなり、ブルーツとべティーは球体に膨らんでいる眠るポチのお腹をつつき始めた。
「へっへっへ、こいつぁ久しぶりだぜ……」
「いい感じに膨らんでるねぇ……」
まるで夜這いするおっさんだ。
いや、ベティーは女なんだけどな。
「ほい、空間転移魔法!」
俺はトゥースの所にある空間転移魔法陣と繋がる魔法陣を描く。
「んじゃ、さっき話した通り、ちょっとあの爆弾頭を驚かせてきてくれ」
「全力を尽くそう」
「お、もう行くのか」
「楽しみだねぇ、極東の賢者っ」
三人がにかりと笑い、そして空間転移魔法陣に乗る。
強大な相手を前に笑える胆力。ははは、ちょっとジョルノを思い出すな。
「んま、疲れてるだろうし、ゆっくり待ってな!」
最後に転移したブルーツがそう言い残して消えていく。
すると、部屋の扉が開かれた。
「む? 人の気配がしたのだけど?」
「リーリアさん、今のは――」
「――我らは戦友。リーリアでいいわ」
「あ、はい。えーっと、今のは一緒にレガリア城に行ってくれる仲間です。今トゥースのところで……簡単なテスト中、かな?」
「……確かに、悪くない足運びの三人だったわね」
凄いな、隣の部屋にいただけでそれだけわかったのか。
「……私の眼が告げているわ。あの城には悪魔が四人いると」
そうか、特定のエルフが持つ心眼。
人間に扮した悪魔がわかるってアレか。
「四人? ビリーとイシュタル……? あとはもしかしてクリートの事か? だとしたら、もう一人はガスパー? それともロイド? いやいや、クリートが悪魔じゃなくて、ガスパーとロイドが悪魔なのか?」
「全員斬り殺せば済む話よ」
「はははは、でも忘れないでください。目的はあくまで戦魔帝ヴァースの救出です」
「まったく、あの時代にはなかった面倒事ね……」
肘を抱えながらリーリアは溜め息を吐く。
「そういえば、気になっていたんですけど……」
「どうしたの?」
「腰のじゃなく、背中の剣……ジョルノさんのですよね?」
「ん? えぇそうよ。ジョルノの形見」
ジョルノの形見……いや、別に驚く事じゃない。
リーリアがこの容姿になるまでにジョルノが死んだという事。
どういう経緯かはわからないが、それがジョルノの寿命だったって事だ。
……もどかしいな。もどかしいけど、何も出来ない自分の無力さ。
リーリアはジョルノの死を越えてここへ来た。俺にはあまりないであろう強さ。
「……使うんですか?」
「ふっ、試してみる?」
妖しい瞳を俺に向け、リーリアはニヤりと笑う。
何ともいえない空気に息を呑み、俺は逃げるようにその目をさけた。そして、中央のテーブルにあったお茶を魔法で温めた。やっぱり戦闘中はあの狂喜が目を覚ますんだろうか? あぁ、怖い怖い。
肩をすくめたリーリアが席につく。
そう、俺はお茶を楽しむ事にしたのだ。怖いから。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ひゃ~、疲れた疲れたっ!」
肩をぐりんぐりんと回しながら最初に戻って来たのはブルーツ。
「っとに、容赦ないんだから、あの巨人!」
顔中泥まみれのベティー。
「ふむ、良い経験が出来た」
逞しさがにじみ出るブレイザー。
「おかえり」
俺がそう言うと、皆は笑顔をこちらに向け、そして固まった。
あれ? 一体何がどうなった?
「こいつぁたまげたな」
「うわお、びっじーんっ」
「エルフか。初めて見るな」
そうか、リーリアに驚いたのか。
さっきまで三人が戦ってたトゥースもエルフなんだが、耳が潰れてたら見分けもつかないよな。
三人とも見ていればわかる戦力や容姿で驚いているようだ。
「リーリアだ。聖戦士の戦士リーリア。名前くらいは知ってるだろ?」
再び目を丸くさせて固まる三人。
しかし、ただ驚いただけで終わる三人じゃなかった。
「現代の聖戦士ブルーツってんだ! よろしくな!」
「私こそが本物の聖戦士ベティーよ」
「ブレイザーだ」
ブレイザーの真面目さが良い方向にオチになっている気がする。
「リーリアだ」
そう言ってリーリアはブレイザーと握手をかわした。
なるほど、リーリアも成長しているな。昔だったらブレイザーとすら握手していなかっただろう。
すぐに近づいて来るおっさんず。
「おい、冗談通じない系のヤツじゃないか? リーリアって」
通じてるからブレイザーを選んだんだろう? ブルーツよ。
「ねぇ、後ろからいきなりおっぱい揉んだら怒るかしら?」
斬られると思うぞ? ベティーさんや。
その後、俺のフォローもあってか、何とか銀の三人とリーリアの挨拶が終わった。
「それで? トゥースのテストはどうだったんだよ?」
「んー? 骨の百本や二百本覚悟すりゃ何とかなるとか言ってたな? はははは」
ブルーツは笑って言ったが、その中に首の骨や致命傷になる骨が入ってたら笑い事じゃ済まないんだけどな。
「ん、うぅ……マスター、時間ですかぁ?」
ぼけっと起きたポチ。
よし、時刻もちょうどいいし、頃合かな?
そう考えていたら、ブレイザーが懐から何かを取り出した。
「さぁ、皆飲んでおけ。チタンデだ」
え、何それ?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「はっはっはっは! ポチビタンデッドか!」
「変な名前だとは思ってたけど、本来の名前も変だからしょうがないわね」
「ベティーさん! それは私の名前が変という事じゃないですか!?」
「ポチの後ろの名前よ」
「それならマスターが付けたからいいですー!」
ポチの名前も俺が付けたんだけども?
「お前たち」
リーリアの声で皆が黙る。
確かに、これからレガリア城に忍び込むんだ。緊張感は大事だよな。
「それ、本当に着けて行く気?」
「「ん?」」
リーリアが指差したのは俺たち五人の頭にあった頭巾。
ただ手拭いを頭から巻き、鼻の下で結ぶ……泥棒頭巾。
ブルーツとベティーは笑いながら着け、ポチは喜んで着け、ブレイザーは真顔で着けた。
「そりゃ人相も隠れるし、」
「面白いし、」
「楽しいです!」
ブルーツ、ベティー、ポチはそう言い、
「リーリアもフードを着けているだろう?」
ブレイザーはフードも頭巾と同じだというように言った。
どう見ても泥棒頭巾の方がカッコいいが、何より重要なのは――――
「――――様式美だからな」
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