327 解結界の法
「…………うーむ、出来ん!」
「もうマスターの分も食べちゃいましたよ! 次は誰の分食べればいいんですかっ!」
「って、おい! どうしてそうなるんだよ!? イ、イツキちゃん! 俺の分まだあるっ?」
「今ポチさんが言った通りっすー。この通りお鍋はすっからかんですよ」
「ひぁ!?」
自分でもビックリするくらい裏返った声を出し鍋を見た俺。
凄い……洗ってもいないのに鍋がピッカピカだ。
ぐぬぬぬぬ、ポチのヤツ俺の分全て舐めとりやがったな!?
「もう我慢出来ねぇ! そこへ直れポチ!」
「何言ってるんですか! ちゃんとお座りしてます!」
「よぉし! 今からガストンもびっくりな火魔法でお前を――――」
「お二方。ポチズリー商店を燃やしたら承知しませんっすよ?」
イツキが真顔で言うと、俺の指がピタリと止まる。
「あ、はい」
「やるならお外でやってくださいっす」
「よ、よぉーしポチ! ベイラネーアの外に行って直れ!」
「あ、それはお断りします」
「ぐぬぅおおおおおおおおおっ!?」
おのれポチ! ここでは手を出せないと気付いていたか!
くそ、どこかで必ず仕返ししてやる!
「「おや? アズリー殿、お戻りか」」
「おー! アズリー戻ったかー! ばか可愛いポチもなー!」
「ララ、ツァルさんも!」
「ららふぁ~む」という農園を、このポチズリー商店とフォールタウンで営んでいる魔法士ララ。そしてその使い魔であり、前戦魔帝サガンの使い魔――竜の血を持つと呼ばれる双頭の蛇カガチ、ツァル。
この二人も着実に強くなっている。
「おー、これ人か? 耳がぴーんだぞ?」
ララが床に置かれた結晶を見ながらくるくると回る。
「「これは……あの時の?」」
ツァルに案内されて見つけたし、別に隠すものでもないしな。
「えぇ、そうです」
「師匠、アズリーこれ凄い……魔力がぐるぐるだー」
流石ララだな。
ちょっと見ただけでこの結界の難解さに気付いたか。
結晶を見た後俺を見たツァルは、それから俺が直面している問題を静かに聞いてくれた。
「「なるほど、埋め込まれた魔術式を解き、展開されたのがこれか。上下左右に動く二本の帯状魔力、これが結晶の時間経過と破壊を防いでいる。しかもこれは中々の強度。一度外部から強い魔力を注いでしまっては、結晶は内部もろとも壊れてしまう……か」」
「えぇ、設置型の魔力発動式を均等に置き、解結界しようにも、十分な魔力供給と繊細なコントロールの両立が難しいんです」
「そうなんです! マスターったら飲まず食わずでずーっと悩んでいるんです!」
「食おうとはしてただろ! 誰かさんのせいでないんだよ! 食べ物そのものが!」
「ひぇ!? どどどどどどどどど泥棒ですかっ!?」
「盗人猛々しいとはこの事だよ全く!」
「へぁ!? 犯人はこの中に!?」
「犯人はお前だ!」
「な、何ですってぇええええ!?」
何故ポチを指差しているのに、ポチはその後ろに犯人がいると思ったのだろう。
見ろ、イツキなんて呆れて通常業務に戻ってしまったくらいだ。
「いんびじぶるいりゅーじょん?」
かたりと首を傾げたポチはもう放っておこう。
「アズリー」
溜め息を吐く俺に、ララが笊を渡してきた。
中に入っていたのは……、
「キャベツ?」
「「今朝、ららふぁ~むで採れたばかりのものだ。騙されたと思って食べてみなさい。何、胃に何か入れた方が捗る事もあるものだ」」
「これを……全部ですか?」
「「塩と手作りの味噌を付けるといい」」
「ばかうまいどー!」
「は、はぁ……」
俺はツァルとララに勧められるがままに、千切られたキャベツを齧る。
「おぉ、甘い! それにこの味噌も合いますね! 凄くみずみずしいです!」
「「春キャベツだからな。本来であれば遅くとも五月に収穫するものだが、魔法による周囲の気温調節によりこの時期の収穫も可能なのだ」」
「師匠の知識は凄いどー!」
口の中でシャキシャキと鳴る音と、この甘さ。これが味噌や塩等の塩気に程よく合う。
「くぅ、こんな昼なのにお酒が欲しくなる!」
「お酒はばか苦いどー!」
ぷんぷんと頬を膨らませるララが、両手をあげ酒を批判する。
「キャ、キャベツはとても甘いよ……?」
「うんうん、ララがんばったー」
そんな無邪気なララの表情に癒されながら、俺はその後もシャキシャキ、パリパリとキャベツを食べ続けた。
「うぅ……しばらくキャベツ見たくない」
「「丸々二個食べればキャベツも文句は言わないだろう。さてアズリー殿?」」
「げぷ」
「「青臭いげっぷもあったものだな」」
ツァルが首を引っ込めながら目を瞑る。
「す、すみません。それで何でしょうか?」
「「食事中に考えてみた。おそらくこれは人的なものでないと、解結界は無理だろう」」
「確かにそう思います。しかし、俺の魔力コントロールでは上手くいきそうにもないんですよ……」
「「いや、アズリー殿の魔力コントロールで出来ないのであれば、そんじょそこらの魔法士には無理だろう」」
「うーん、やっぱりもうちょっと修行するしかないのかな~……」
俺が腕を組んで唸ると、ツァルが二つの首を四回振った。
「「よく見なさいアズリー殿。結界にある帯状魔力の数は二本。この内、一本であれば君に何とか出来るのではないかね?」」
「ん? うーん……確かに一本だけならギリギリなんとかなる……と。思います」
「「では、理論上アズリー殿が二人いれば解結界は可能だという事だ」」
ツァルはいきなりとんでも構想を話し始めた。
確かに俺が二人いれば……何とかなるかもしれないな?
「けど、それは流石に無理があるでしょう?」
「「では言い換えよう。アズリー殿と同等以上の実力の魔法士であれば、これの解結界は出来るだろう?」」
「……お? 何か、どこかに思い当たる節が……?」
「「かつてアズリー殿には聞かせてもらったな。極東の荒野で修行した時の話を……」」
「あ」
「あっ」
俺とポチは違った声を出し、そして顔を見合わせた。
「トゥース!」
「さんです!」
確かに今の俺とトゥースなら何とかなるだろう。
しかし、アイツが言う事聞いてくれるだろうか?
いやいや、トゥースはリーリアの事を知っているはずだ。同じエルフだし、断る可能性の方が低い……か。
「マスター!」
「おう!」
俺とポチは立ち上がり……あれ?
「このお味噌美味しいですー!」
おい。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
どうしようもない使い魔の首根っこを掴み、俺はツァルとララに礼を言い、ポチズリー商店を後にした。勿論、結晶も忘れてはいない。
「あのお味噌、絶対にお肉にも合いますよマスター!」
「キャベツにも合ったよ!」
「お肉ですー!」
「キャベツだよ!」
そんな言い争いをしている内に、俺たちはベイラネーアの北門までやって来ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……ったく、それじゃあ間をとってロールキャベツの味噌煮でどうだよっ?」
「何ですかそれ! 完璧じゃないですか!」
ポチが立ち上がり、俺の胸倉を掴みながらそう叫んだ後、物凄い量の涎が垂れ始めた。
凄いな。ジョッキ三杯分くらいの涎が出てるんじゃないか、これ?
「次ベイラネーアに来るのはいつですか、マスター!」
「わからねーよ。というか、空間転移魔法あるんだし、レガリアに着いたらブルーツたちを呼ぶんだから、何回か戻る機会はあるぞ?」
「ではそれでいきましょう!」
もし今、ポチが空間転移魔法陣の公式を知っていたら、空間転移魔法じゃなく、空間転移魔法だろうな。
「ふんっ!」
いつも通りポチが巨大化する。
「ほい、オールアップ!」
そして俺がいつも通りポチに身体強化魔法を施す。
「行くぞ! 目指すは北東!」
「極東の荒野ッッ!!」
そうきたか。
ロールキャベツを作ってくれる人が、私にはいない。
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