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悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第十章 ~戦魔国の闇編~

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◆315 お馬鹿なアズリー

 ポチが部屋を出ると、細長い廊下に出た。

 ちらちらとポチを見る扉の番兵に対し、ポチはふふんと鼻を鳴らして歩き始めた。

 しばらく歩くと、横穴のような応接スペースがあり、そこにリナとフユが腰を下ろしていた。

 対面にある椅子には座らず、二人は隣同士に椅子に座っていた。

 ポチは跳躍し、その対面の椅子にすとんと着地する。


「「…………」」


 二人は俯いてばかりでポチの存在に気付かない。

 するとポチは片方の前脚を口の方にやって「コホン」と大げさに咳払いをした。

 すると、リナとフユがようやくポチに気付く。

 そして始まるのだ。ポチの……ポチなりの励まし劇が。


「昔々、アズリーというお馬鹿さんがいました。アズリーはとても頑張り屋さんでしたが、周りが全く見えないお馬鹿さんでした」


 そんな切り出しに、リナもフユも目を丸くする。


「そんなお馬鹿のアズリーは、ある日偶然凄いお薬を作ります。それは悠久の雫と呼ばれる秘薬でした。アズリーは偶然出来たというのに、それを、今も当時もとっても可愛かったポチに自慢したのです。その当時、ポチはアズリーの使い魔ではなくただの動物でした。それなのに毎日のように自慢したのです。何故でしょうか? 答えは簡単です。他に自慢する相手がいなかったからです。本当にお馬鹿なアズリーです」


 赤裸々に語り始めたアズリーの過去。

 その張本人から逃げた二人。しかし、二人はそこから逃げなかった。何故ならそこにアズリーはおらず、しかし、アズリーの話を聞けたからだろう。


「そしてポチはアズリーの使い魔になりました。話し相手が出来たアズリーは、それから事ある毎にポチに言うのです。『ポチ出来たぞ!』、『ポチ、やったぞ!』、『ポチ、凄いだろう!』、『ポチ!』、『ポチ!』、『ポチ!』と。何度も何度も聞かされる度、ポチは『凄いですー!』と返し続けました。当然やかましく感じた時もありますが、聞くしかありません。何故ならアズリーには、友人がポチしかいなかったからです。外の世界に出れば友人の一人や二人、簡単に出来るかもしれないのに、アズリーはそれをしませんでした。何故なんでしょう? 答えは簡単です。そんな事思いつかなかったからです。本当にお馬鹿なアズリーです」


 ポチの言葉はその後も流れるように出てくる。


「そしてポチの言葉の後押しもあり、ついにアズリーは外に出る事を決めます。目指すは魔王の懐。未だ解明されていない場所です。そんな事を軽く言ってしまうアズリーは本当にお馬鹿です。レベルも低いのにそんな難しそうな場所を目指すと、簡単に言ってしまうのです。簡単なはずないのに……本当にお馬鹿なアズリーです」


 少しだけ困ったような笑顔を浮かべるポチ。

 そして、リナとフユはコクコクと頷く。

 目に涙を溜めながら。


「外に出たアズリーはリナさん……あなたに出会います」

「うん……うん……!」


 止まらない涙。釣られてフユも。

 理由はわからない。ただそれは、アズリーへの涙に違いなかった。

 真っ直ぐに進み続けるアズリーへの涙に、違いなかったのだ。


「知ってますか? 最初アズリーはリナさんが襲われているというのに、逃げようとしたんです。ポチが止めなかったら、今のリナさんはありませんでしたよ?」


 少し恥ずかしそうに片目を閉じて、自らの功績をアピールするポチ。


「フォールタウンでの二年は大変でした。けれどそこでアズリーはまた足を止めてしまいました。ライアンさんにキツく言われなかったら、今もフォールタウンにいたかもしれません。そして、ようやくアズリーは、ベイラネーアに腰を落ち着けます。魔法大学にも入り、フユさん、あなたに出会いました。せっかく作った空間転移魔法をアイリーンさんに売ってしまうんですもん。でも、その甲斐もあって、色食街(しきしょくがい)の子供たちを救う事が出来ました。アズリーが捕まっては意味がないんですけどね。本当にお馬鹿なアズリーです」


 ポチは、小さく鼻息を吐き、困って見せる。


「そしてアズリーは極東の賢者トゥースさんに会い、地獄のような訓練を二年間、毎日続けました」

「あれを……」

「二年も……」


 リナとフユは知っている。

 トゥースより指示された訓練を受けた事があるから。

 そしてその苦痛を知っているからだ。


「ご存知でしたか? アズリーはあれ以降、暇を見つけては肉体の鍛錬をしているんですよ? 少しはポチに構ってくれてもいいのに。そう思いませんか?」

「うん、そうだね……」


 リナは震えながら答える。

 自分の知らないアズリーを、一番知っているポチ。

 その話が、本当に嬉しいのだ。

 リナとフユはポチの話を聞く。震えながら、泣きながら、時には困った顔を浮かべながら、そしてほとんど笑いながら。


「ベイラネーアに戻って、ランクSになったら過去になんか行っちゃって、アズリーの使い魔ポチは、本当に大変だったでしょう。でもポチは、アズリーという存在に呆れた事はあっても、飽きた事はありませんでした。何せ……――――」


 ポチは笑う。

 目を真っ赤にしたリナとフユも笑う。

 そう、ポチは決まってそう言うからだ。


「――――本当にお馬鹿なアズリーですから」


 リナとフユは、最後に涙を流し小さく頷く。


「「……うん」」

「そう、マスターはお馬鹿なんです。勝手に真っ直ぐ突っ走って、私を困らせるんです。そう、そうなんですよ……」


 ポチが俯く。

 まるで自分に言い聞かせるように。


「そうなんです。最近私だけじゃ手に負えないんです。マスターお馬鹿だから、気付かないんです。わからないんです。だから……リナさん、フユさん。お二人にも協力して欲しいんです。お馬鹿で困ったマスターを。アズリーを助けてやって欲しいんです」


 リナとフユは知っている。

 ポチがどれだけ(あるじ)であるアズリーを信頼しているかを。そしてアズリーがどれだけポチを信頼しているかを。

 そんなポチが、困った笑顔を浮かべながらリナとフユに頼むのだ。

 リナとフユは、それだけでわかってしまうのだ。そんなポチが困る程、アズリーのこれまでが、どれ程過酷だったかを。


 ――まだ足りない。


 リナとフユの心に過ぎったのはそんな一言。

 フユが気付く。


(そうか……)


 そしてリナも気付く。


(だからガストン様やアイリーン様、バルン様は……走る事をやめないんだ……)


 リナとフユは見合う。

 拳に籠めた力以上に強い瞳を向け合い、そしてポチを見る。


「「はいっ!」」


 強い意思を見せたリナとフユに、ポチは満面の笑みで迎える。


「ありがとうございます!」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「もー、聞いてくださいよリナさんフユさん! マスターったら起きた瞬間にガバっと抱きついてきてー、『ポチ! ポチー!』って言うんですよ! あ、これマスターには口止めされてるんでした! 内緒ですよこれ!」

「何が内緒だ犬ッコロ」


 ポチがピタリと止まる。

 そして、まるで絡繰(からくり)のように、首を、カチ、カチと声の方に向ける。


「オ、オヤマスター……ワワワワタシノアイコンタクトツタワリマセンデシタ?」


 ぎこちないポチの言葉をさらりと受け流し、アズリーの目は更に鋭くなる。


「伝わったよ。けど、今こんな状況だし、しょうがないだろ」


 するとポチはようやくアズリーの状況を理解する。

 いつも羽織っているアズリーのマント。背中にあるはずのマント。これがアズリーの正面にまわり、グイと引っ張られているのだ。

 正面に伸びるマント。その先端を握るのは……常成無敗のアイリーン。


「そっちは大丈夫そうね」


 アズリーが現れた時、リナとフユは目を逸らさなかった。

 先頭を歩いていたアイリーンは、それだけで二人の回復とポチの功績を確認したのだ。


「おやマスター? ついにアイリーンさんの使い魔……いえペットに?」

「何でそうなるんだよ!?」


 アズリーがそう言っていつもの問答が始まる寸前、アイリーンが再びマントを引っ張って歩き始める。

 ついには引きずられるアズリー。


「……どこかで見た事ある構図ですね?」


 とポチが零すも、アズリーの脳内には過去のアイリーンに引きずられている場面しか浮かばなかったのだ。

 アイリーンが振り向かずにリナとフユに伝える。


「ちょっと見に来なさい。今からコイツをぶっ飛ばすから。何なら参加していきなさい。許可するわ」


 先程の使い魔(ポチ)以上に、困った笑顔を浮かべる(アズリー)だった。

やべえ、ポチ可愛い。


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