◆315 お馬鹿なアズリー
ポチが部屋を出ると、細長い廊下に出た。
ちらちらとポチを見る扉の番兵に対し、ポチはふふんと鼻を鳴らして歩き始めた。
しばらく歩くと、横穴のような応接スペースがあり、そこにリナとフユが腰を下ろしていた。
対面にある椅子には座らず、二人は隣同士に椅子に座っていた。
ポチは跳躍し、その対面の椅子にすとんと着地する。
「「…………」」
二人は俯いてばかりでポチの存在に気付かない。
するとポチは片方の前脚を口の方にやって「コホン」と大げさに咳払いをした。
すると、リナとフユがようやくポチに気付く。
そして始まるのだ。ポチの……ポチなりの励まし劇が。
「昔々、アズリーというお馬鹿さんがいました。アズリーはとても頑張り屋さんでしたが、周りが全く見えないお馬鹿さんでした」
そんな切り出しに、リナもフユも目を丸くする。
「そんなお馬鹿のアズリーは、ある日偶然凄いお薬を作ります。それは悠久の雫と呼ばれる秘薬でした。アズリーは偶然出来たというのに、それを、今も当時もとっても可愛かったポチに自慢したのです。その当時、ポチはアズリーの使い魔ではなくただの動物でした。それなのに毎日のように自慢したのです。何故でしょうか? 答えは簡単です。他に自慢する相手がいなかったからです。本当にお馬鹿なアズリーです」
赤裸々に語り始めたアズリーの過去。
その張本人から逃げた二人。しかし、二人はそこから逃げなかった。何故ならそこにアズリーはおらず、しかし、アズリーの話を聞けたからだろう。
「そしてポチはアズリーの使い魔になりました。話し相手が出来たアズリーは、それから事ある毎にポチに言うのです。『ポチ出来たぞ!』、『ポチ、やったぞ!』、『ポチ、凄いだろう!』、『ポチ!』、『ポチ!』、『ポチ!』と。何度も何度も聞かされる度、ポチは『凄いですー!』と返し続けました。当然やかましく感じた時もありますが、聞くしかありません。何故ならアズリーには、友人がポチしかいなかったからです。外の世界に出れば友人の一人や二人、簡単に出来るかもしれないのに、アズリーはそれをしませんでした。何故なんでしょう? 答えは簡単です。そんな事思いつかなかったからです。本当にお馬鹿なアズリーです」
ポチの言葉はその後も流れるように出てくる。
「そしてポチの言葉の後押しもあり、ついにアズリーは外に出る事を決めます。目指すは魔王の懐。未だ解明されていない場所です。そんな事を軽く言ってしまうアズリーは本当にお馬鹿です。レベルも低いのにそんな難しそうな場所を目指すと、簡単に言ってしまうのです。簡単なはずないのに……本当にお馬鹿なアズリーです」
少しだけ困ったような笑顔を浮かべるポチ。
そして、リナとフユはコクコクと頷く。
目に涙を溜めながら。
「外に出たアズリーはリナさん……あなたに出会います」
「うん……うん……!」
止まらない涙。釣られてフユも。
理由はわからない。ただそれは、アズリーへの涙に違いなかった。
真っ直ぐに進み続けるアズリーへの涙に、違いなかったのだ。
「知ってますか? 最初アズリーはリナさんが襲われているというのに、逃げようとしたんです。ポチが止めなかったら、今のリナさんはありませんでしたよ?」
少し恥ずかしそうに片目を閉じて、自らの功績をアピールするポチ。
「フォールタウンでの二年は大変でした。けれどそこでアズリーはまた足を止めてしまいました。ライアンさんにキツく言われなかったら、今もフォールタウンにいたかもしれません。そして、ようやくアズリーは、ベイラネーアに腰を落ち着けます。魔法大学にも入り、フユさん、あなたに出会いました。せっかく作った空間転移魔法をアイリーンさんに売ってしまうんですもん。でも、その甲斐もあって、色食街の子供たちを救う事が出来ました。アズリーが捕まっては意味がないんですけどね。本当にお馬鹿なアズリーです」
ポチは、小さく鼻息を吐き、困って見せる。
「そしてアズリーは極東の賢者トゥースさんに会い、地獄のような訓練を二年間、毎日続けました」
「あれを……」
「二年も……」
リナとフユは知っている。
トゥースより指示された訓練を受けた事があるから。
そしてその苦痛を知っているからだ。
「ご存知でしたか? アズリーはあれ以降、暇を見つけては肉体の鍛錬をしているんですよ? 少しはポチに構ってくれてもいいのに。そう思いませんか?」
「うん、そうだね……」
リナは震えながら答える。
自分の知らないアズリーを、一番知っているポチ。
その話が、本当に嬉しいのだ。
リナとフユはポチの話を聞く。震えながら、泣きながら、時には困った顔を浮かべながら、そしてほとんど笑いながら。
「ベイラネーアに戻って、ランクSになったら過去になんか行っちゃって、アズリーの使い魔ポチは、本当に大変だったでしょう。でもポチは、アズリーという存在に呆れた事はあっても、飽きた事はありませんでした。何せ……――――」
ポチは笑う。
目を真っ赤にしたリナとフユも笑う。
そう、ポチは決まってそう言うからだ。
「――――本当にお馬鹿なアズリーですから」
リナとフユは、最後に涙を流し小さく頷く。
「「……うん」」
「そう、マスターはお馬鹿なんです。勝手に真っ直ぐ突っ走って、私を困らせるんです。そう、そうなんですよ……」
ポチが俯く。
まるで自分に言い聞かせるように。
「そうなんです。最近私だけじゃ手に負えないんです。マスターお馬鹿だから、気付かないんです。わからないんです。だから……リナさん、フユさん。お二人にも協力して欲しいんです。お馬鹿で困ったマスターを。アズリーを助けてやって欲しいんです」
リナとフユは知っている。
ポチがどれだけ主であるアズリーを信頼しているかを。そしてアズリーがどれだけポチを信頼しているかを。
そんなポチが、困った笑顔を浮かべながらリナとフユに頼むのだ。
リナとフユは、それだけでわかってしまうのだ。そんなポチが困る程、アズリーのこれまでが、どれ程過酷だったかを。
――まだ足りない。
リナとフユの心に過ぎったのはそんな一言。
フユが気付く。
(そうか……)
そしてリナも気付く。
(だからガストン様やアイリーン様、バルン様は……走る事をやめないんだ……)
リナとフユは見合う。
拳に籠めた力以上に強い瞳を向け合い、そしてポチを見る。
「「はいっ!」」
強い意思を見せたリナとフユに、ポチは満面の笑みで迎える。
「ありがとうございます!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「もー、聞いてくださいよリナさんフユさん! マスターったら起きた瞬間にガバっと抱きついてきてー、『ポチ! ポチー!』って言うんですよ! あ、これマスターには口止めされてるんでした! 内緒ですよこれ!」
「何が内緒だ犬ッコロ」
ポチがピタリと止まる。
そして、まるで絡繰のように、首を、カチ、カチと声の方に向ける。
「オ、オヤマスター……ワワワワタシノアイコンタクトツタワリマセンデシタ?」
ぎこちないポチの言葉をさらりと受け流し、アズリーの目は更に鋭くなる。
「伝わったよ。けど、今こんな状況だし、しょうがないだろ」
するとポチはようやくアズリーの状況を理解する。
いつも羽織っているアズリーのマント。背中にあるはずのマント。これがアズリーの正面にまわり、グイと引っ張られているのだ。
正面に伸びるマント。その先端を握るのは……常成無敗のアイリーン。
「そっちは大丈夫そうね」
アズリーが現れた時、リナとフユは目を逸らさなかった。
先頭を歩いていたアイリーンは、それだけで二人の回復とポチの功績を確認したのだ。
「おやマスター? ついにアイリーンさんの使い魔……いえペットに?」
「何でそうなるんだよ!?」
アズリーがそう言っていつもの問答が始まる寸前、アイリーンが再びマントを引っ張って歩き始める。
ついには引きずられるアズリー。
「……どこかで見た事ある構図ですね?」
とポチが零すも、アズリーの脳内には過去のアイリーンに引きずられている場面しか浮かばなかったのだ。
アイリーンが振り向かずにリナとフユに伝える。
「ちょっと見に来なさい。今からコイツをぶっ飛ばすから。何なら参加していきなさい。許可するわ」
先程の使い魔以上に、困った笑顔を浮かべる主だった。
やべえ、ポチ可愛い。
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