◆309 初代黒帝の苦悩
「くそっ! また駄目だ! 何でですか!」
無数の研究道具に囲まれた一室。
男は机を両手で叩き憤りを表す。
魔王軍との激突。あの伝説を乗り越えた少年ブライトは、逞しく成長していた。
あどけない顔は精悍としているが、表情はやつれ無精髭が目立っている。
ブライトの目の前にある瓶。その中に入ったほんのりと光る液体。
ブライトは恨めしそうにその瓶を見る。
「何故あの人に出来て、僕に出来ない……!」
そんなブライトの後ろに立つ深い影。
「諦めろブライト。父上とお前は違う。薫や潤子も言っていただろう。『神に選ばれた者に与えられるモノ』だと」
「くっ! この僕が神に選ばれていないと? チャッピー……!?」
長年共に歩んだ友を睨むブライト。
しかしチャッピーは、友だからこそ、その視線を流さずに正面から受けた。
「出来ないという事ならそういう事だろう。悠久の雫は作ろうとして作れるものではない。たとえ父上や薫たちと同じ製法で作ったとしても……出来ないと私は考えている」
チャッピーは淡々と、ブライトを諭すように告げる。
「……では、僕の生涯は無駄だったと?」
「そうは言っていない。お前が開発した魔法や魔術は後世に語り継がれるものだ。決して恥じるべき事ではない」
「これが完成しなくては意味がないんだ! チャッピー、お前はいいよな!? 長生きが出来て!? だけど僕は! 僕は後五十年がせいぜいだ! これが完成しなくては……完成させなくちゃ意味がない……!」
怒りはいつの間にか哀しみに変わり、ブライトの目には悔しそうな涙が溢れた。
「ブライト……」
「……出て行ってくれ」
自分の恥を友に見られたくない。そんな思いからか、ブライトはそう言った。
チャッピーは少しの間目を瞑った後、小さく息を吐いてからその場をあとにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どうだった、ブライト君」
とある山。
その山頂付近で空を眺めながら美しく育ったフェリスが聞く。
「洞窟内のあの部屋で、見る影もない……。フェリス、いい加減お前からも言ってやれ。このままでは私は父上と母上の息子として……ブライトに申し訳が立たない」
チャッピーの言葉は真実だった。
ジョルノやリーリアから聖戦士ポーアが消えたと聞いた時、一番取り乱したのはブライトだった。
いつもの冷静な姿はどこかへ消え、事細かにポーアの事を残りの聖戦士に問いただす姿に、チャッピーは心を痛めた。
誰よりもポーアを利用していたはずのブライトは、その実、誰よりもポーアを近くに感じ、憧れていたのだ。
それに責任を感じたチャッピーは、ある日ブライトにポーアの特異性を話してしまったのだ。
悠久の時を生きるという特異性を。
以来ブライトは人が変わったように悠久の雫の研究を始めた。
家を離れ、人里離れた山奥のダンジョン内でひたすらに、ただひたすらに憧れを追い続けた。
そんなブライトに付き、片時も離れなかったのは責任を感じたチャッピー。そしてブライトに好意を抱くフェリスであった。
「いいわよ。ブライト君の好きにさせてあげればいいじゃない」
「何故だっ。そういうフェリスの人生も、どんどん削られていくのだぞっ?」
「ったく、酷い言い方ねチキン? 私はこれでいいの! これが私の有意義なのっ!」
ずいとチャッピーに言いかかるフェリスに、チャッピーが呆れた息を漏らす。
フェリスに何かを言い返したいと感じたチャッピーだったが、彼はそれをする事はしなかった。
と同時に、フェリスの目も変わる。
「……こんな辺鄙なところに登山者?」
「だったら私もこれほど警戒はしない。何だ……?」
チャッピーの身体が膨らむ。それは以前チャッピーが紫死鳥の接近に感じた時と同じ状態だった。
長年鍛錬したはずのチャッピーが、魔王不在のこの時代でそれ程脅威を感じる。フェリスの目が警戒の色に染まる。
「強敵ね……」
「今の時代に私たちの相手になる者など…………いや?」
チャッピーの言葉と共に風が通り去る。
チャッピーはそれを目を瞑って迎え、フェリスはそれを気付けずにいた。そして、背後に回り込まれた恐怖と共に即座に振り返る。
「あ」
間の抜けたフェリスの声と共に、チャッピーがゆっくりと振り返る。
「よくここがわかったな」
敵意のない言葉を言いながら。
「これでも方々探したのよ」
落ち着いた声と共に靡く白緑の髪。
そして隣にいたのは赤く猛る牛。
「何よ、リーリアとウェルダンじゃない。久しぶりね」
そう、二人の目の前に現れたのはリーリアとウェルダン。
「ふん、相変わらず強気な娘だな」
ウェルダンの皮肉を肩をすくめて流すフェリス。
フェリスにはわかっていたのだ。リーリアの先程の言葉の意味を。自分たちを探してまで会いに来る理由。
リーリアの行動には拠所無い理由があるのだと。
そしてその理由はリーリアの顔に垣間見えたのだ。
(あのリーリアが……何とも悲し気な顔を…………)
悲哀を覗かせるリーリアの顔を見たからこそ、フェリスは小さく息を吐いてから近くの倒木に腰を下ろした。
「……それで、どうしたの?」
リーリアもフェリスの隣に倣うようにして腰を下ろす。
ほんの少しの沈黙の後、リーリアはその小さな口を開いた。
「………………ジョルノが……逝った」
瞬間、フェリスとチャッピーの目が見開かれる。
唐突なその言葉に、フェリスはその場に立ち上がってしまう。
「は、はぁ? な、何言ってるのよっ。そりゃジョルノだってもういい歳のおっさんかもしれないけど、こんなに早く死ぬ訳ないじゃない!」
怒気すらも見えるフェリスの言葉だったが、リーリアが答える事はなかった。
ただ、悲しそうな顔をしたまま、俯くばかりである。
「ちょ、ちょっと! 何か言いなさいよ!」
するとリーリアは、腰の剣とは違う剣を、背中から引き抜いた。
リーリアには珍しく、その剣を丁寧に両手の上に載せる。
「それ……ジョルノの……」
「そう、ヤツの形見だ……」
小さく、優しさすら感じるリーリアの言葉に、フェリスはようやく理解する。
――――ジョルノの死を。
倒木にへたりと座り込んでしまったフェリスは、リーリアに似た沈黙を纏った。
チャッピーは目を瞑る。天獣とはいえ、人に育てられたチャッピーだからこそ、その痛みをただ感じているのだ。
ウェルダンはどこか気を張っているが、それほど悲しみを背負ってはいなかった。彼は元々野で生きていた存在だ。そういった変化には強いのかもしれない。
「…………どうして?」
フェリスがジョルノの事を聞く。
「……魔王討伐以降、ジョルノは色んな人間やエルフに剣の指導を始めたわ。『平和になったのにそんな事するのはおかしい』という声も多くあったけど、ジョルノはずっと言っていたわ」
――――僕に出来る事は少ないけど、こういった地道な事が、技術や発展となって……彼を助けると思うんだ。
「それって……ポーアの事、よね」
リーリアは静かに頷く。
「そんなジョルノの願いは虚しく散ってしまった……」
「最後に会ったのが十年前よね。あの時はあんなに元気だったじゃないっ……」
「……流行り病でね。原因もわからなくて医者も手の付けようがなかったわ。一部では魔王の呪いなんて噂もあったけど、ジョルノは苦しそうにしながらも、いつも通り笑い飛ばしてたわ……」
「民衆の手の平返しにも呆れるものよね」
「フェリスがそう言うのもわかるけどね。ジョルノは最後まで笑っていたわよ」
「…………そう」
そう言ってから二人は空を見上げる。
そしてチャッピーもそれに続き、ウェルダンは――
「……ふん」
――小さく鼻息を吐き、
「おい、さっさと本題に入れ」
フェリスにとって不可解な事をリーリアに言った。
まるでジョルノの死が本題ではないかのような言い方に、フェリスはリーリアを見る。
「……どういう事?」
リーリアは一度俯いてから、先程の悲しみを振り払うかのように何度か頭を振った。
そして再びその顔を上げた時、リーリアの目は神妙なものに変わっていたのだ。
「…………ブライトに用があるの」
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皆様、是非宜しくお願い致します。
さぁ、十章の開幕でございます!
最初の二話はブライトたちの話になります。
現代のお話にはすぐ入ると思いますので、もう少々お待ちくださいませー!
※時間がないので、章の設定は後程行います。ご了承くださいませ。
では、皆さん! なろうラジオ放送でお会いしましょう!Σd≧w≦




