表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ  作者: 壱弐参
第九章 ~激動編~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

312/496

◆308 伝説の帰還

 アズリーは狼王ガルムを前に、顔をヒクつかせていた。


「ハァハァハァ……ヘェァッ!?」


 ガルムは空腹のあまり気付いていなかった。

 正面にいる異様な存在たちに。そして気付いてしまったのだ。

 自分がどんな現場に飛び込んでしまったのか。


「ハッ……ハッ……ハッ……クゥン……?」


 そして遂には……その場に座り込んでしまった。

 後方でサガンとリビングデッドキングの戦闘が繰り広げられる中、アズリーは目の端でポチを見た。


(これってどう見ても……)


 ここで、座っていたガルムの視線がアズリーの前で止まる。


(媚びの売り方を見てもタラヲさんの可能性が高いですね。というかタラヲさんです。見てくださいよ、アレ……)


 そんなアイコンタクトを送ったポチ。

 ポチのアイコンタクト通り、アズリーは再びガルムを見る。


「ガルルルル……!」


 ガルムは唸り声を上げ、アズリーだけを睨んでいたのだ。

 この場で一番魔力が少ないのは間違いなくサガンである。しかし、ガルムの目にはサガンがランクSSのリビングデッドキングと互角以上にわたり合っていると見えた。

 そして次に魔力が低いのは…………アズリー、という訳だ。

 神によって魔力容量を制限されたアズリーは、ガルムに思わせてしまったのだ。


 ――――あれ? コイツなら食べられるのでは? と。


 ポチは笑いを堪えつつ、アズリーに目配せをしてくる。


(にゃろう、楽しんでるな? まったく)


 ポチにじとっとした目を向けたアズリー。そんな隙を()いて、空腹の狼王ガルムが跳びかかる。

 しかし、アズリーがこの時代に来て落ちたのは魔力のみ。

 単純な筋力であれば…………――――この中で一番なのだ。


「ふっはぁああああああああああああああああああああっ!!!!」


 バッチ~~~ンと引っ叩かれ、後方に吹き飛ぶガルム。

 そのあまりの衝撃に、後方で戦うリビングデッドキングの目が丸くなる程だ。


「キャインキャイン!? ゲヘフッ!?」

「今絶対『解せぬ!?』って言っただろ!?」

「そ、そんな事ある訳ないじゃないですかっ! 多分!」


 ひょこひょこと脚を引きずり、尚もアズリーに近付く狼王ガルム。

 アズリーはそんなガルムを見て呟く。


「やめとけ。今のお前じゃ俺には勝てないよ」


 優しい目を向けるアズリー。――だったが、モンスターであるガルムに通じる訳がなかった。


「あ痛ぇ!? てめっ! こんにゃろ!」

「ふっ! ふっ! ふは! ふはっは!」


 アズリーの腕に噛み付いたまま、何とか堪えるガルム。

 しかし、アズリーの筋力は異常で、力の出ないガルムはしばらくするとすぐに引き剥がされてしまった。


「フッ! フッ! フッ! フゥウウウウウッ!」

(どうやら、ここらを離れたら餓死するって顔だな。まったく……仕方ないな。もし、お前があのタラヲだとしたら、ここで死んでもらう訳にはいかないからな……)


 アズリーは深い溜め息を吐き、宙図(ちゅうず)を始めた。

 既に優勢となっていた戦闘中のサガンは、これを横目に捉える。その公式は非常に美しく、そしてサガンの目に輝いて見えたのだ。


「ほい、ストアルーム」


 アズリーが正面に発動したストアルーム。余りにも不可解な現象を前に、ガルムは前に出る事が出来ない。

 そしてアズリーがその中に手を入れる。


「えーっと、どこに置いたっけか~?」


 そんなアズリーの呟きを聞きながら、ポチは「戦闘中に何をやっているんだ」と呆れていた。

 しかし、直後ポチの鼻がヒクつく。


「むっ!?」


 ばっとアズリーに向き直ったポチ。そしてアズリーが持っていたものとは。


「っ! ハァ~♪」


 嬉しそうな声を出したのはガルム。

 そして、


「あぁああああああ! それ、私のですー!?」


 驚き、戸惑ったような声を出したのは……アズリーの使い魔ポチ。

 ストアルームから取り出し、アズリーが手に持っていたのは――美味しそうな二つのチキン。


「何言ってるんだ。お前はさっき食べただろ。これは俺のおやつ!」

「マスターのものは私のものですー!?」

「せめてチキンを見ずに俺を見てくれよ!」


 そう怒るアズリーだったが、既にポチの視線はチキンに釘付けである。

 アズリーが高くチキンを掲げればポチは背伸びし、横に振れば、ポチの目は泳いでいった。


「おぅら、お座り!」

「「わんっ!」」


 アズリーが腰に手を置き、チキンを掲げて叫ぶと、天獣と狼王は声を揃えてその前に座った。


「「ハッ、ハッ、ハッ!」」


 舌を出しながらチキンを待つ二人。


「ほれポッチー仮面! とってこーい!」

「アウッ!」


 ポチが投げられたチキンを追いかけ始めた瞬間、ガルムもまた腰を上げた。

 しかし――、


「お前はまだだ」


 怒鳴りこそしなかったものの、アズリーの言葉は強く、ガルムの動きを止めるだけの力があった。


「ゲヘフッ!?」

(やっぱり言ってるだろ……これ)


 次第に目が鋭くなっていくガルムだったが、アズリーの威圧感は凄まじく、その視線を直視出来ない程まで追い込まれてしまう。


「交渉しよう」

「うぅうう…………わん!」

「これをやるから、ここから去れ。そんで、出来るだけ人間との接触は避けるんだ」

「ゲヘフッ!」

「はぁ~、いいか? ここら辺は俺やアイツみたいな強いヤツの縄張りなんだよ。人間は俺の物。だからお前は獣を狙え。いいな?」

「うぅううううううう…………ゲヘフッ!」

(おのれ、中々に強情だな……!)


 アズリーの顔が一瞬渋くなるが、直後、その顔は驚きに変わる。


「ギィァアアアアアアアアア!!」


 聞こえた絶叫。アズリーは、それが先程からサガンが戦っていたリビングデッドキングの断末魔だとすぐにわかった。


「凄いな。この短期間でランクSSのモンスターを一人で倒しちまった……」


 そんなアズリーの感嘆の声を拾うと、サガンは嬉しそうに微笑んで返した。

 ――――瞬間、


「おっ!? おぉ!? おぉおおおおおお!?!?」


 アズリーが自分の身体の異変に気付く。

 チキンをキャッチして嬉しそうなポチの目が、緑光に包まれる。

 火柱の如く高く、そして広く噴き出る魔力。

 それを前にサガンの口が大きく開く。


「何と…………何という魔力! よもや肉眼で捉えられる程の魔力を有しているとは…………思いもしなかったぞ。レオール仮面……!」


 そう、アズリーの魔力は、サガンの目的の成就と共に完全に復活したのだ。


「お~~、戻った戻った。ようやくミッションコンプリートだな」

「マスターマスター! 戻ったんですね! おめでとうござ――――チキン美味しいですー!」

「おい! 最後まで言ってくれよ!」

「あ……いや、まだ完全に終わっては……いないんだよな」


 アズリーは正面で硬直するガルムを見つめた。


「まずこれをやる」


 そう言ってアズリーがガルムの口にチキンをはめこむ。

 そしてアズリーはあえて行った。瞬間的な究極限界(アルティリミット)を。

 更に研ぎ澄まされる魔力に、サガンすらも目を見開く。


「素晴らしい。これは……極東の賢者といい勝負か」


 そう呟くも、アズリーたちにその声は届いていなかった。

 アズリーが今持てる魔力をガルムに見せ、小さい声で、しかし鋭い視線で言った。


「ここは俺の土地だ。それを食ったらここから去れ。…………いいな?」

「フンフンフンフンッ!!」


 アズリーの言葉を聞き、首を縦にブンブンと上下させたガルム。その驚きは、間も無く餓死してしまうというのに、口のチキンを一口も進めていない程だ。


「よし、食ってよろしい」

「はふ!」


 ガルムは、アズリーの許可と共にそんな声を出してチキンにむしゃぶりつき始めた。


「ふふふふ、まさかモンスターを手なずけてしまうとはな」


 サガンの嬉しそうな声と共に、アズリーは魔力を静める。


「お疲れ様でした。すみません。途中で余所見しちゃって……」

「いや、構わぬ。あの戦闘にそこのガルムが乱入したら、余の命が今もあったかわからぬ。結果としてそなたの存在は必要だったのだ」


 優しい声を響かせるサガンに、アズリーは深く頭を下げる。チキンを食べ終えたポチもそれに続く。


「……行くのか?」

「えぇ、私の目的も達せられましたから」

「それはこれからではないのかね?」

「叶えてくれるのでしょう?」

「質問に質問で返すとは…………愚か者め」

「ははははは、よく言われます。あ、そうだ」


 アズリーが目の前でチキンを食べ終えたガルムを見て言う。


「こいつ、殺さないでもらえますか?」

「強力なモンスターを放っておけと言うのか。……まぁよい。手なずけたのはレオール仮面だ。本日限り見なかった事にしよう」

「だってよ。もうここに来ちゃダメだぞ? ランクSSモンスターのあいつでさえ……あぁだぞ?」


 アズリーは横たわるリビングデッドキングの亡骸を指差してガルムに言った。

 ガルムは見る。無残にも斬り殺されたリビングデッドキングの目を。それは、死者の王だった者が体現して見せた、漆黒の死者の瞳。

 ぶるりと身体を震わせ、身に刻んだように……ガルムはもう一度、首を縦に振った。

 そんなガルムにタラヲの存在を重ねて見たアズリーは、少しだけ微笑んだ後、再びサガンを見る。


「お世話になりました」

「何、世話になったのは余の方だ」

「素敵な国を、築いてください」

「しかと請け負った。まぁ、元よりそのつもりだがな。ふふふふ」

「あ! 美味しいご飯が沢山食べられる国にもしてくださいね!」

「おぉ、それはいい考えだなポッチー仮面! それは約束しよう! ハハハハハ!」


 ポチとのやり取りに、サガンは自然な笑みを見せた。

 それを肌で感じ取ったアズリーは、魔法陣を描きながら話す。


「いつか、いつかサガン様にとって、素晴らしい使い魔が現れるはずです。どうか、その使い魔と素敵な日々を過ごしてください……!」

「違うなレオール仮面!」


 サガンがアズリーの言葉を否定する。

 しかし、それは違った。


「余とそなたたちは共に(いただき)を目指す友だ。……サガンと呼べ!」


 友の存在を誇らしく語るサガン。

 そして、アズリーの魔法陣が完成を見る。


「私の……いや、俺の名はアズリー!」

「その使い魔ポチです!」


 アズリーとポチはサングラスを外して叫んだ。


「アズリー、ポチ。なるほど、良い名前よ! ハッハッハッハ!」

「サガン、あなたとの友情を、俺は忘れない!」

「ですー!」


 瞬間、アズリーの口が開かれる。


時空(タイム)転移魔法(テレポーテーション)……!」


 二人を覆う閃光。

 その光がサガンとガルムの頭上に舞い上がり、空を裂く。

 まるで雷が天に帰っていったような不思議な光景。

 サガンをそんな空を見上げ、小さな声で、


「さらばだ……」


 そう呟いた。

 やがてサガンは視線をガルムに移す。


「ハウ?」

「余り長居はするでないぞ。この国の人間は非常に強いからな」

「わん!」


 ガルムの返事を背中で受け取ったサガンは、ゆっくりと足をレガリア湖跡に向けた。


「そういえば明日優秀な魔法士との面会があったな? 名前は確か……イシュタル(、、、、、)だったか」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ―― 戦魔暦九十六年 六月三日 午前一時 ――


 ポチズリー商店のアズリーの部屋。


「ふぅ……どうやら戻って来られた、かな?」

「はぁ~~~私もう疲れちゃいましたよ~~~」


 ベッドにばふんと身体を落とすポチ。


「おいおい、そんな事してる場合じゃないんだって! 戻ったからには時間との勝負なんだぞ! こうしてる間にもリナが――――」


 そう話している途中で、階段から大きな音が聞こえた。

 そして、アズリーがポチの首根っこを掴むと同時に、バタンと、部屋のドアが大きく開かれる音がした。

 ポチは眠そうな目を、アズリーは驚いた目を…………ドアの方に向けた。


「はぁ、はぁ、はぁ……っ! っ!」


 重なりあった視線は、互いに違った色。

 しかし、その中にある喜びの色は……やはり同じ色。

 アズリーが見たのは、ボロボロな王都守護魔法兵団の制服。疲弊した身体。そんなものではなく、本来の、アズリーの魔法教室の……最初の生徒。


「……ただいま、リナ」


 たった一言の挨拶だった。

 しかし、それは彼女の耳に一生残るだろう。

 その瞬間、リナの瞳に溜まった涙は、(せき)を切ったように流れ出したのだ。

 止めどなく零れる大きな雫。震えるような嗚咽。

 だけどリナは、掠れるような声で絞り出すように言ったのだ。

 敬愛する恩師を前に。愛するアズリーを前に。


「……おかえりなさい……」


 自分の成長した姿を見てもらうために。

終わったー! いや、まだ終わってないけど!

とりあえず、これにて「第九章 ~激動編~」は幕となります!

サガンとの修行シーンをもう少し書きたかったけど、ビリーとの戦闘の後なのでスッと書いた方がしっくりきたので、色々端折りましたが、いい感じにまとまったと思います!


【ちょこっとだけネタばらし】

お気付きの方は少ないかもしれませんが、ここでガルムが出てくるのは大分前から決まってたんですよ。

もし気付いた方は本当に凄い。アズリーのWikiとか書いてくれるといいです。マジで。

最短だと、サガンが「リビングデッドキング」という単語を出した時点で気付いたかもしれません。

実はこのモンスター名。タラヲが口走ってるんですね。詳しくは「◇112 おやおや」を読むとスッキリするかもしれません。

また、その後もタラヲは「◇165 湯けむりスーハー!」であの時のアズリーを褒めると共に、アズリー以上の存在と対峙した事があると述べています。まさかこれが過去で強くなったアズリーだとは……! いや、普通は気付きませんよね(汗)




【!新刊発売!】

さぁ、そんな謎をいっぱい残していますが、いよいよ明日! 『悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ』第八巻が発売致します!

Twitterで宣伝絵ならぬ宣伝声とかやっちゃってる痛い作者ではありますが、是非是非お買い求め頂ければと思います。


以下、宜しくお願い致します!


まず【巻末特典】には「アイリーンの転機」を収録!

⇒「アイリーンの転機」は、アイリーンが解放軍レジスタンスに移った経緯について触れております。


更に【初回特典】のSSショートストーリーには「エピローグ・ソラ豆」!

⇒「エピローグ・ソラ豆」は戦場に残ったソラ豆ことガイルが体験するストーリー。ポルコとかあの人も出てくる私としても好きなシーンです!



ここから店舗限定特典です!


【とらのあな 様】 「聖戦士候補たちの小さな葛藤」⇒聖戦士として覚醒したポーアを見て、未覚醒ジョルノとリーリアのちょっとした葛藤を描きました!


【TSUTAYA 様】 「深く長い付き合い」⇒あのポチが! バレンタインデーにマスターに贈るモノとは!? そしてアズリーがホワイトデーにお返しするモノとは!? そんなお話です。


【くまざわ書店 様】 「さぁ、冒険の始まりよ!」⇒ブライト、フェリス、チャッピーが家出して始まった冒険の中の一つ。フェリスが金棒を手に入れた謎もわかるよ! そんなお話です。


【WonderGOO 様】 「留守番念話の軌跡」⇒アズリーがソドムの街に残した留守番念話! 実はその魔術には続きがあった!? ポチとブライトが起こす一瞬のコントをお楽しみに!



以上、四つのSSを用意致しました! どれも力を入れて書いたので宜しくお願い致します!



次回からいよいよ現代に戻ったアズリーが…………やべぇ、何するんだっけ?

次章「第十章 ~戦魔国の闇編(仮)~」をお楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↓連載中です↓

『天才派遣所の秀才異端児 ~天才の能力を全て取り込む、秀才の成り上がり~』
【天才×秀才】全ての天才を呑み込む、秀才の歩み。

『善良なる隣人 ~魔王よ、勇者よ、これが獣だ~』
獣の本当の強さを、我々はまだ知らない。

『半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~』
おっさんは、魔王と同じ能力【血鎖の転換】を得て吸血鬼に転生した!
ねじ曲がって一周しちゃうくらい性格が歪んだおっさんの成り上がり!

『使い魔は使い魔使い(完結済)』
召喚士の主人公が召喚した使い魔は召喚士だった!? 熱い現代ファンタジーならこれ!

↓第1~2巻が発売中です↓
『がけっぷち冒険者の魔王体験』
冴えない冒険者と、マントの姿となってしまった魔王の、地獄のブートキャンプ。
がけっぷち冒険者が半ば強制的に強くなっていくさまを是非見てください。

↓原作小説第1~3巻が発売中です↓
『転生したら孤児になった!魔物に育てられた魔物使い(剣士)』
壱弐参の処女作! 書籍化不可能と言われた問題作が、書籍化しちゃったコメディ冒険譚!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ