306 今日で最後
「余に……使い魔?」
「そうです。サガン様にも使い魔がいれば、先日仰っていた印象も大分違うのではないかと思いました」
これを伝えなければサガンがツァルと契約する事もなくなってしまう。目下の課題を含め、確かにこう言えばスムーズ……か。
「なるほど、そうなれば国民の受けも変わる……か。それと共に貴族たちの私への印象も変わる。面白いな」
「では、本日はその使い魔契約の公式をお教えします」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「サガン様、遂に今日は結界魔術の実技に入ります」
「おぉ、それは楽しみだな」
「それではあそこのポッチー仮面を目標にですね――あれ? いない? っ!? 痛ぇ!?」
「だから、何さらっと私を目標にしてくれちゃってるんですか!」
「いいじゃないか減るもんじゃなし!」
「心がすり減ります! いいですか、サガンさん! ここのレオール仮面を目標にしましょう!」
「ハハハハ、それは面白そうだ」
何て楽しそうに笑うんだ、この人はっ?
結界魔術なんてポチ以外に放ったらどうなるかわかってるのか?
「何ですかその顔は?」
「何だよその目は?」
「まるで結界魔術が私専用みたいな顔してますよ」
「まるで全てわかっているぞという目をしてるな」
「マスターの考えてる事がわからないと思ってるんですか!?」
「しょっちゅう質問してくるくせに何言ってるんだよ!」
「それは知識の事ですー! 放っておくと何するかわかりませんからね!」
「何を!?」
「何ですか!?」
「六角結界」
「「ほぇ?」」
いつの間にか俺とポチは青白い結界の中にいた。
「何とも間抜けな声だな、二人とも?」
「閉じ込められちゃいましたー!?」
ポチの悲痛な叫び。
しかし、今の俺にはそれ以上の事が起きてた。
サガンという男の異様な魔法適正に。魂性の一致…………いや、これは魂性の合致と言っても過言ではないのかもしれない。
「どうだ、驚いたか?」
「凄いですー! 一回目で成功しちゃいましたー! ねぇマスター!?」
サガンが言っている事も、俺が驚いている事も、ポチのソレじゃない。
「……マスター?」
「…………本当に凄いです。こんな事、今の俺には出来ません」
「そうであろうそうであろう、ふふふふふ」
「え? え? だってマスター十角結界とかさらって出しますよね?」
ポチはやはり気付いていない。
俺は結界の障壁に触れて確かめてみる。
…………うん、やはり確実に成功している。
「マスター?」
少し困った顔を見せるポチが首を傾げる。
「もしかしたらいないかもな、ポッチー仮面。過去複数人を結界魔術に閉じ込めた魔法士は……」
「…………あっ!?」
そこでようやくポチも気付いたようだ。
「本当ですー! 私たち一緒に閉じ込められちゃってますー!?」
「あぁ、こんな事俺にも出来ないよ……」
「マスターにもです!?」
随分過敏に反応するな、ポチのヤツ。
「ふふふふ、二人仲良く喧嘩しているものでな。ならば一緒に閉じ込めてやろうと思ったまでよ」
「一体どんな公式を入れたんですー!?」
「いや、ポッチ―仮面。これは公式とかそういう問題じゃない」
「左様。余も教わった魔術公式はいじっていない」
自信に満ちた表情と共に笑みを零すサガン。
いや、これにはそれだけの価値がある。
おそらくサガンは空間把握能力に長けているんだ。対象との距離、対象の身長、体重、そして魔力の量。それらを俺とポチ二人分把握する事で、どの位置に結界魔術を置くかを判断したんだ。
「いい目をしているな、レオール仮面?」
いつの間にかサングラスを外してその結界を見ていた俺を見て、サガンが微笑む。
「おっと……」
慌ててまたサングラスを掛ける。
「知識欲と向上心が一片に見て取れる逞しい目よ。配下に欲しいくらいにな」
「あ、はははははは……」
「何、後でコツを教えてやる。良き師は弟子を育てる。そして良き弟子は師を育てると聞くしな、ははははは!」
高らかに笑うサガンを前に、ポチが俺に囁く。
「その内立場逆転しちゃうかもしれませんね、マスター?」
「……やっぱりポチを実験台にして――痛ぇ!?」
「逆転しちゃえばいいですー!」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなポチの突っ込みから半月程。
俺たちは既にサガンと共に一月もの夜を、鍛錬の時間に費やしていた。
勿論、俺も遊んでいた訳ではない。
昼間にモンスター討伐をこなしたり、魔法や魔術の研究をしていた。
そして、突貫といえど、魔法士としての才を開花させたサガンは、その夜鋭い眼差しと共に俺の前に現れた。
「レオール仮面、ポッチー仮面……今日で最後だ」
そんな張り詰めたサガンの言葉に、俺とポチは顔を見合わせた。
神の判断かと思いきや、まさかサガン自身が最後を決めるとは思わなかった。
だが、この雰囲気は何だ? これはいつもの稽古とは少し違う様子。
「今宵は王都レガリアを荒らすモンスターの退治に参る。供をしろ」
「……かしこまりました」
そういう事か。
だが、サガンのこの気迫。相手はそれ程のモンスターって事なのか?
あ、そういえばここに戦魔帝サガンがいるっておばちゃんたちの会話を聞いた時、「最近あの辺に恐ろしいモンスターが出たって聞くし……」とか言ってたな?
おそらくそいつの事なんだろう。
出た……って事は、生息しているのはここらではないのかもしれないな。
毎晩このレガリア湖跡に来ているが、強い魔力の反応はなかったしな。
俺の魔力は激減しちゃってるから狙われてもおかしくない――――
「何かあったら私が何とかしますからね! ふんふん!」
あ、天獣の称号を持ったコイツがいたか。
ははは、これだけの魔力を持ったヤツがいれば、この時代のモンスターは流石に近付けないよな。
「いや、ポッチー仮面。有難い申し出だが、今宵のモンスター討伐は余に任せるのだ」
そんなサガンの言葉を受け、ポチは俺の方をちらりと見る。
確かに今のサガンの実力を見るにはちょうどいいかもしれない。
「サガンの好きにさせてやろう」というアイコンタクトをポチに送ると、ポチはコクリと頷いた。
……勿論、危険な時は助けに入るけどな。
「では、お供しましょう!」
ポチのそんな掛け声と共に、俺たちはそこから西の方へ歩き始めた。
まさかこんな深夜にこの戦魔国の長が危険な道を歩いてるなんて、誰も思わないよな。
色んな意味で大きな人間だとは思うが……はて? 現代の戦魔帝ヴァースも、実際はこんな感じなのだろうか?
一時間程歩いただろうか。
俺とポチはちょっとした魔力の揺らめきを感じた。
一歩、また一歩進む度、その揺れは大きくなり、俺たちを威嚇している事がわかった。
これは……かなり強いモンスターみたいだ。
「サガン様、いい加減教えてくれてもいいんじゃないですか? 今日の標的って一体?」
「そんな顔をするでない。今にわかるであろう……」
そんなサガンの言葉だった。
サガンの顔に余裕はある。しかし、その声には余裕を感じられなかった。
このひと月サガンを叩いてはみたが、その実力はやはりランクS程。過去に無数の強者たちを見た俺としては、やはり心配なんだ。
サガンの気の張りつめようから察するに、相手は相当以上のモンスター。
ランクS……もしくは――――
「…………いたな」
サガンの震える声。
それは恐怖なのか武者震いなのか。
サガン自身にもわかっていないだろう。
隣を歩くポチの目は徐々に警戒が強くなり、遂には遠目に見える強敵を捉えた。
あれは人影……いや、人に見えるだけ。
荒野の中央でポツンと佇む姿はただの人。しかし、一度その不吉な魔力を肌に感じれば、それは冒険者に死を予感させるだろう。
いくつものボロボロの布きれを全身に纏い、佇む姿。
光る橙の目から放たれる圧倒的な殺気。
ゆらりゆらりと揺れる身体は死者独特の動き。
「あれは……」
「そうだ、奴こそ王都レガリアに仇なす死者の王――」
――ランクSSモンスター、《リビングデッドキング》。
この度コミカライズ版「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ と、ポチの大冒険」第一巻が再び重版致しました! これで3刷目です! 漫画家の荒木先生に感謝しつつ、皆様にも感謝感謝であります!
出来れば原作もその勢いに乗っかりたいと思ってます!
という訳で3月15日木曜日に発売する「悠久の愚者アズリーの、賢者のすゝめ」第八巻の最新情報の情報解禁致しました!
まず【巻末特典】には「アイリーンの転機」を収録!
⇒「アイリーンの転機」は、アイリーンが解放軍に移った経緯について触れております。
更に【初回特典】のSSには「エピローグ・ソラ豆」!
⇒「エピローグ・ソラ豆」は戦場に残ったソラ豆ことガイルが体験するストーリー。ポルコとかあの人も出てくる私としても好きなシーンです!
ここから店舗限定特典です!
【とらのあな 様】 「聖戦士候補たちの小さな葛藤」⇒聖戦士として覚醒したポーアを見て、未覚醒ジョルノとリーリアのちょっとした葛藤を描きました!
【TSUTAYA 様】 「深く長い付き合い」⇒あのポチが! バレンタインデーにマスターに贈るモノとは!? そしてアズリーがホワイトデーにお返しするモノとは!? そんなお話です。
【くまざわ書店 様】 「さぁ、冒険の始まりよ!」⇒ブライト、フェリス、チャッピーが家出して始まった冒険の中の一つ。フェリスが金棒を手に入れた謎もわかるよ! そんなお話です。
【WonderGOO 様】 「留守番念話の軌跡」⇒アズリーがソドムの街に残した留守番念話! 実はその魔術には続きがあった!? ポチとブライトが起こす一瞬のコントをお楽しみに!
以上、四つのSSを用意致しました! どれも力を入れて書いたので宜しくお願い致します!
第九章も残り僅か! 頑張ります!
追伸:レビューを新しく頂きました! 超嬉しい! ありがとうございます!




