◆290 リナの不安
2018/1/31 8話目の投稿です。ご注意ください。
「後退!」
降下と同時にガストンは真下にいるヴィオラに指示を伝える。
ヴィオラはガストンの言葉に従いすぐに号令をかける。
「後退! 後退だ! 林を抜けても構わん!」
ヴィオラは全てを理解したように言い含めた。
それ程ガストンの指示には重みがあったのだ。危機という名の重みが。
「続け!」
オルネルが先に駆け、皆がそれに続く。
ガストンが着地し、馬に跨ると同時に第二小隊のジャンヌが追いつく。
「ガストン様、お早く! 殿は私が!」
ジャンヌの言葉に頷くと、ガストンはフユと共に後退し始めた。
幸か不幸か、この後退でジャンヌの小隊がそれ以上兵を失う事はなかった。
ジャンヌの小隊が南下して林を抜け、林とある程度の距離を空けて振り返るも、あの生物は追いかけて来なかった。
「被害は?」
「ザックが戦死。他は皆無事です」
ヴィオラに報告するジャンヌ。
「一体何にやられたというのだっ?」
「わかりません。赤黒い肉の塊のような生物でした……!」
俯くジャンヌに近付き、ガストンがその肩に手を置く。
「咄嗟の判断見事だった。無論、リナもな」
ジャンヌを褒め、リナの方を向くガストン。
「ガストン様……どう思われます?」
「モンスターでも動物でもない。ナニカだろうな。それも…………尋常じゃない数だ」
先程までいた林の方を睨むガストン。
皆が構え、緊張を露わにする。
情報のない敵程怖いものはない。数々の戦闘をこなしてきた精鋭たちだからこそわかるのだ。
目の前に迫った脅威に。
「マ、マジかよ……」
オルネルが零した驚きの言葉。
林から現れる異形の生物たち。
ジャンヌの報告通り赤黒い体表をした四足歩行生物。
視線は定まらず、身体が脈動によって痙攣しているように見える。
それが続々と林から現れるのだ。
「二百はいるな……いや、まだ増えるか……!」
ガストンが目視によって数を数えるが、その数はどんどん増え続けている。
「不意を衝いたとはいえザックを殺す程だ。想定をランクS以上にして全員戦闘準備」
ガストンの簡潔な指示にヴィオラが頷く。
「想定ランクS以上! 全員戦闘準備!」
「「応!」」
一気に緊張に包まれる場。しかし、ガストンだけは冷静を貫いた。
頭が揺らげば、足下がおろそかになる事を、彼自身が知っているから。
「使い魔準備」
「はっ! 使い魔準備!」
この号令によって皆が皆の使い魔を召喚する。
「ほいのほい、ハウス! バラード、おいで!」
「んっきゃぁああああああああああああっ!! おはようございましゅ、リナしゃま!」
リナの魔法陣から出現した、四翼の竜バラッドドラゴンのバラード。
身体の大きさはやはり変わっていない。
「強敵なの、助けてバラード……!」
「リナしゃまの敵は私の敵でしゅ!」
林の方を睨むバラード。
そしてその隣ではオルネルが宙図を始める。
「ハウス! マイガー、出番だぞ!」
「かぁああああああああっ! ようやく出番か! ……あん? おうおう今日の相手はトカゲ野郎じゃねぇのか糞野郎!?」
灰虎の化身と呼ばれるマーダータイガーのマイガー。
「それは終わった。今はそれ以上の緊急事態だ」
「……見た事ねぇ奴らだな。歯ごたえがありそうだ……!」
使い魔を持つ精鋭の皆が使い魔を召喚し、戦闘の場の戦力として加えていく。
「こちらの戦力は使い魔を合わせて七十程……か」
ガストンが増えた魔力の数を数えるように言った。
「申し訳ありません。私に使い魔がいれば――」
謝罪するヴィオラに、ガストンは手を出して止める。
「構わぬ。元来魔法士と使い魔の契約は魔術要素が強いもの。合わぬ魔法士も多いだろう」
「ご主人も戦闘に強い使い魔は合わなかったからな!」
ガストンの懐からコノハが口出しする。
「コノハ殿……」
「ふん、お主は黙っておれ。……さて、どうやって奴らを叩くかだな」
「林ごと燃やしてしまいますか?」
ヴィオラの提案に黙るガストン。やがて大きな溜め息を吐くと、頬をぽりぽりと掻いた。
「…………それしかないな」
「かしこまりました。攻撃の四! 構えろ! 零れた敵の接近に注意しろ!」
「「応っ!」」
全員が呼応すると同時に宙図を始める。
「なんでえ、俺様の出番がねぇんじゃねぇか?」
「五月蠅い、何匹か零れる可能性は十分にある。気を付けろよ!」
「だーれに向かって言ってるんだか、この糞野郎は……!」
オルネルに反抗するマイガーだったが、その軽口以上に瞳は事を重いものと捉えていた。視線だけは林にいる生物から逸らさなかったのだ。
「バラード、空からの援護お願いね」
「任せるでしゅ!」
鳥や竜系の飛べる使い魔たちはバラードと共に空に待機する。
そしてヴィオラの号令がかけられる。
「今!」
「「グランインフェルノッ!!」」
林に放たれた五十近くの大魔法。
魔法の着弾と同時に、林は眩い程の大火炎へと姿を変える。
しかし、目を閉じる事なくガストンはその動向を見守った。
いち早くこれから訪れるかもしれない異変に気付くために。
そう、異変は起きた。確かに。
しかし、起きた異変は、ガストンの想定とは大幅に食い違い、ヴィオラやフユを驚愕させた。
「嘘……」
「効いていないだとっ!?」
燃え盛る林の木々。しかし、その真下で佇む異形の生物は、炎等ないものかのようにこちらを見ていた。黄金の瞳を充血させながら。
「怯むな。炎に耐性のあるモンスターなどいくらでもいる。切り替えろ」
「はっ! 攻撃の九、構え!」
再び詠唱を始める精鋭たち。
だが、カオスリザードと戦った時程、その顔は自信を宿していなかった。
(いかんな。不気味な圧力が魔力に揺らぎを与えている……)
ガストンの推測は正しく、戦闘に影響を与えかねないものである。
一度これが瓦解すれば、混乱となりえるのだ。
「今!」
「「ボルテックウィング!」」
風と共に走る紫電。未だ燃え上がる林を裂き、その中に混じる雷が異形の生物たちの間を通り抜ける。
だがやはり…………、
「悲鳴すら出さないか。む……?」
木々の割れる音が響き、その中の一本、大きな木が倒れる。
ガストンが不可解に思ったのはこの後、倒れる木々を避ける生物たちにあった。
「魔法は食らうのに、木を避ける…………なるほどな」
ガストンが何かに気付く。
「ガストン様、一体?」
「知っているかヴィオラよ?」
「と、いいますと?」
「魔法とは魔力を伴ってこそ相手を傷付ける事が出来るのだ」
「は、はぁ…………?」
魔法の基礎中の基礎を語るガストンにヴィオラは答えに困り、そしてコノハが……、
「あぁ~、ついにキちゃったか~。ぐぇっ!?」
コノハの額をデコピンするガストン。
「つまるところ、魔力さえ無くなれば魔法はただの着色された空気のようなものだ」
ガストンの言葉の意味が、徐々にヴィオラの脳に浸透していく。
「木々には吸われる前に燃え移ったと見るべきだな」
「つまりあれは……――――」
「――――そう、吸魔だな」
この衝撃の事実にヴィオラが言葉を失う。
「そういう事でしたか。奴らは魔法士にとって天敵とも呼べる存在」
フユもガストンの思考に追い付き、その考察を述べた。
「こんなに都合よく魔法士の天敵が現れるものか……」
そう言ったガストンが、視線を林の奥へと向ける。
ガストンは疑心を持って睨み、そして確信する。奥には練磨された魔力が蠢いているのだ。
そしてその魔力は、ガストンに気付かれた事を察したかのように密度を上げた。
「……この魔力は知っている。こんなまとわり付くような不快な魔力はな。いるのだろう……ビリー!」
瞬時に皆の視線が林の奥に向けられる。
燃え盛る炎の中から現れる黒き影。
異形の生物たちが、まるで主人に道を空けるように分かれていく。
「くくくく、殺しに来てやったぞ……友よ」
「やはりか……!」
対峙するガストンとビリー。
ビリーの圧倒的な魔力と、異形の生物たちの巨大な戦力を前に、王都守護魔法兵団の精鋭たちは固まるばかりである。
「ビリー……先生…………」
リナは、拭えぬ不安を耐えるように、キーペンダントを握りしめた。




